「バトルロイヤルですか?」6
「何者だ、ですか」
「ああ」
そう聞いた直後、控え室の中は妙に静けさを増した気がした。
物音一つしない。まるで、俺とロマン以外の時が止まってしまっているような。そんな感じだ。
そんな静けさが少し訪れた後、ロマンはベンチから立ち上がった。
そして反対側のロッカーへと歩きながら答える。
「残念ですが、それはお答えすることができません。ただ、ユウさんが気になさる通り、普通の方達とは違います。でも、それ以上は答えられない。いえ、できれば聞いて欲しくないのです」
言い終わる頃にはロッカーの目の前まで辿り着いて、ドアに手をついていた。
答えられない。聞いて欲しくない。そう言われてしまったらこちらとしてもそれ以上詮索することはできない。
俺は何も聞き返せず、黙り込んでしまった。
また、気のせいならばいいのだが、その時のロマンは、素顔は見えずとも悲しそうな雰囲気のように思えた。
思い出したくないことを思い出してしまったような、そういう雰囲気だ。
そんなロマンはロッカーからこちらへ視線を戻して、再び話し始める。
「⋯⋯すみません。何もお話できなくて。ですが、残りの試合も精一杯手助けするつもりです。そこは変わりません」
「ああ、よろしく頼むよ」
そこからはまた静けさが訪れた。
相変わらずロッカーの前に立ち尽くすロマン。
言葉をかけようにも何を話していいか分からない俺。そして⋯⋯⋯⋯。
そういえばさっきから一言も発してない人物がいた。エルだ。
思えば先程廊下であいつとすれ違った時も、最後に俺に相槌を打っただけだったな。
最初にあいつとあった時は言い返してたってのに。
少し気になってエルの方を見たのだが、彼女は、
「Zzz⋯⋯」
寝ていた。ったく、呑気なやつだ。
なんて思っていたが、ふとゴブリンの群れと対峙した時の事を思い出した。
たしかあの時は魔力の使いすぎで動かなくなったっけ。
それからイアンチームとの試合を振り返ると、威力こそ抑えめだが、数はあの時より多かったかもしれない。
エルなりに頑張ってくれていたのかもな。当たっちゃいなかったが。
とにかく今は次の試合まで少しでも休ませるとしよう。
「⋯⋯ユウ」
おっと、起こしちまったか?
「んん⋯⋯Zzz⋯⋯」
なんだ、寝言か。
それにしても、本当に寝顔だけ見ると可愛いやつだ。
起きてる時のあの感じなんて微塵もない。まるで別人。人形のような美しさだ。
「ユウ⋯⋯」
またか。俺の名前なんか出してどんな夢見てんだ。
「もっと力を込めて扇ぎなさい。あと、そこの果物も⋯⋯Zzz⋯⋯」
前言撤回。やっぱりエルはエルだ。
それから、何となくこいつの見ている夢の察しがついた。
きっと、夢の中の彼女は玉座にでも座っていて、俺はその召使いにでもされているのだろう。
正直、今すぐにでも叩き起こしてやりたかった。
エルにとって幸せな、俺にとって不幸な夢から覚めさせるため。
だが、そうはしなかった。
前述した通り、休ませてやろうという気持ちがあったから。
「ったく、仕方ねえやつだ」
ーーーー「んん⋯⋯⋯⋯」
「やっと起きたか」
「あれ、私いつから⋯⋯」
「控え室に来てからすぐだよ」
「そう」
ようやく目を覚ましたエル。というより起こしたのだが。
まさか、開始直前になっても起きないとは。相当疲れていたんだな。
そして、その間俺が夢の中でどんな扱いを受けていたか。
召使いなんて可愛いものだった。終盤の扱いは最早、召使いと言うより奴隷。
ああ、思い出しただけで夢の中の俺が可哀想になる。
まあ今はそれはいいとして、いや、よくはないけれど。
「そろそろ俺達の試合だ。行くぞ」
「え? もう!?」
「はぁ⋯⋯よく言うよ。今までずっと寝てたってのに」
「でも⋯⋯」
「でも?」
「まだ休み足りないというか⋯⋯体もどこか重い気がするのよね。それに⋯⋯」
「それに?」
「何だかすごく幸せな夢の途中で目覚めた気がして⋯⋯」
「そんなことはないと思うぞ?」
「えぇ、なんでユウに分かるのよ」
「それは⋯⋯その⋯⋯なんとなく?」
「何よそれ。とにかくあと少しだけ⋯⋯」
冗談じゃない。あの夢の中に戻してたまるか。
夢とはいえ、これ以上俺がひどい扱いをされるのはごめんだ。
それに、
「駄目だ。さっきも言ったろ? もう試合が始まるんだよ」
「そんなぁ⋯⋯」
とても本調子には見えないエル。
立ち上がるのもゆっくりだし、立ち上がってからも少しけだるそうだった。
「あの⋯⋯」
ロマンが俺達に声をかけてくる。
「どうした? ロマン」
「いえ、その、次からの試合ですが、決勝戦までお二人は休んでてください。それまでは私一人で戦いますから」
「そんな⋯⋯いいのか?」
「もう! 休んでいいって言ってるんだからいいのよ!」
「いや、でも⋯⋯」
「いいんですよ、ユウさん。任せてください」
ロマン一人に任せるのは申し訳ない気持ちがした。
元々誘ったのは俺達なのに、そんな俺達が楽をしていいものか、と。
「本当に⋯⋯いいんだな?」
最後にもう一度確認をとる。
「はい」
「そうか、じゃあ頼んだぞ」
「はい」
こうして、俺とエルはロマンに頼って次の試合に臨むことになった。
ーーーー「二回戦、勝者、ユウチーム!」
「三回戦、勝者、ユウチーム!! 快進撃が止まらない!」
それからの俺達は順調に勝ち進んでいった。
二回戦、三回戦、そして⋯⋯準決勝さえも。
「遂にユウチームが決勝に進出だぁぁぁぁ!!!」
しかし、ここで一つ言っておこう。一回戦以降、俺とエルは何もしていない。
そう、宣言通りロマンが全て一人でやってしまった。
そして、その勝負どれもが一回戦と同じ結末。
気付けば相手チームが三人とも地面に埋まっている。それも開始直後に。
俺達が加勢したら逆に決着を先延ばしにしてしまう。それくらいスピーディーな勝利だった。
こうして決勝まで進んだ俺達は控え室にいた。
「ねぇねぇ! これって本当に優勝できちゃうんじゃない?」
「ロマンのおかげでな」
ロマンの方を見ながらそう言う。他人の力での優勝。
たしかに優勝できるのは嬉しいことだが、なんというか、複雑な気持ちだ。
「そんなに気にしないでください。お互い優勝が目的なんです。協力するのは当然ですから」
気にしないでくれ、とは言われたがここまで実力差を見せられると
気にするな、と言われて気にしない方が難しい。今の状況だって協力というより依存という言葉がお似合いだしな。
はあ、俺も、
「あと一勝すれば優勝。賞金が⋯⋯まともな生活ができるのね⋯⋯!」
こいつみたいに楽観的だったら、気にせずにいられたのだろうか。
「まもなく決勝戦を開始します。該当チームの皆様は入場をお願いします」
そうこうしているうちに決勝だ。
「それじゃあ、あと一戦、頑張ろうぜ!」
「ええ!」
「はい」
とても言えるような状態ではない中、そんな言葉を二人に言って、控え室を出た。
それから、ゲートに向かって直線の廊下を歩く。
「ねぇ、ユウ」
その最中エルが話しかけてくる。
「ん? どうした?」
「決勝の相手って⋯⋯」
「ああ、分かってる。でも⋯⋯」
言われずとも分かっていた。
言葉通りならば、決勝の相手はあいつだ。
あいつとは二度目に廊下ですれ違ってから会っていない。だから、あいつのチームがどうなったかも知らない。
でも、決勝の相手はあいつだと、そう思った。なんとなくではない。絶対にだと。
しかし、別にあいつが相手だろうとなかろうとさほど関係はない。
だって、
「たとえ誰が相手でも、優勝するのは俺達だ。な?」
「ええ、そうね」
気付けばゲートの前に着いていた。
このゲートの向こうに行けば⋯⋯始まるんだ、決勝が。
⋯⋯少し手が震えていた。緊張してるのか?
こんなところエルに見られたらからかわれるだろうな。ビビってるだとかそんな風に。
だから、とりあえずポケットにでも入れて紛らわせておこうと思った時だった。
ポケットの中に何かある。
何だろうかと取り出してみると、それはーーーースプーンだった。
そういえば一回戦始まる前に入れたっけ。
⋯⋯⋯⋯ふっ、そうだよ。ビビってる? 緊張してる? 弱気になってどうする。
そんな必要はないんだ。だって、俺には⋯⋯⋯⋯
(この時俺は)
ロマンがいるんだからな!!
(スプーンに映るロマンの姿を見ていた)
ーーーーそして、遂に決勝戦が始まる。




