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スプーンで世界はすくえますか?  作者: 木林森
第一章 イスト編
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「始まりですか?」

 ーー【育成都市ユーシャ】。まるで世界を隔絶するような巨大な山を背後に抱え、その麓にあるこの国はそう呼ばれている。その名の通り「勇者」を育成する国だ。

 ここで育つ子供達は「勇者予備軍」と呼ばれ、十六歳になると国王直々に魔王討伐の命を受ける。

 命は絶対ではないが、ほとんどが外の広大な世界を一目見ようと旅立っていく。中には本気で魔王討伐なんて考えてるやつも少なからずいる。

 俺はどちらかと聞かれれば、後者だろう。


 なぜかって? それは多分、父さんの影響だろう。父さんは名のある勇者らしい。らしいと言うのも俺は父さんと直接会ったのは幼少期に一度きり。

 しかし、小さい頃から風の噂でドラゴンを倒しただの、荒廃した村を救っただの、父さんの武勇伝は聞いていた。

 そしてそれは、小さかった俺には十分な刺激であったと言えよう。


「父さんのようになりたい」

 いつしかそう思うようになっていたからだ。


 そんな父さんへの憧れと勇者にかける熱い情熱を毎日のように語る俺を、母さんはいつも馬鹿にするでもなく真摯に受け止めてくれた。

 母さんは誰にでも分け隔てなく接し、人を貶めることもなく、まさしく聖人と呼ぶにふさわしい人であった。


 ーーだが、母さんは俺が十歳の時にいなくなってしまった。


 失踪してしまったのだ。理由は未だに定かではない。もちろん、この町に住む人も誰一人として知りはしない。

 母さんが失踪して後、俺は母が親しかった人の元でお世話になった。律儀にも手紙がしたためられていたらしい。


 ただ一文「息子をお願いします」と。


 ーーそしてそれから六年の月日が経ち、俺は十六歳になった。


 十六歳になったその日、俺は朝早く城に呼ばれ、客室でお仕えの方々に身だしなみを整えられていた。

 今から行われるのは国王との面会。無論、無礼があってはならない。

 部屋を出る直前、俺は黄色い瞳で客室の鏡を覗き込み、やや長く伸びた黒髪の寝グセはないか、ドアの横にある姿見で、服装に不備がないかを最終確認し、部屋を後にした。

 いよいよ国王とご対面。深呼吸をして王室の扉に手をかけ、扉を開いた。


「失礼します」

 そう言って部屋の深部へ進み、ある程度の地点でしゃがみ込み、片膝を立てて、玉座に座る王の方を見つめた。


「ーーおお、来たかユウ」


「お久しぶりです国王」


 国王はいつも国民の事を考え、よりよい国にしようと努められている。白い髭を生やし、まるでRPGにいるような国王の風貌をしているが、国民からは慕われ、そして高齢を感じさせないパワフルさで未だに健在だ。これで八十近いなんて誰が思うだろう。


「お主ももう十六か。知っている通りこの国では、十六を迎えた若者には魔王の討伐を命じておる」


「はい。国王の期待に添える働きをしてみせます」


「頼んだぞ、ユウ。ーーでは、次に重要な話をしてもよいかな?」


 重要な話? それらしい見当もつかぬまま俺は頷いた。


「ーーこの旅は辛く過酷なものになるだろう」


「ええ、父さんのように消息が絶たれる可能性も存じております」


「ああ、そうだ。お主の父のように何年も消息が知れぬ者、そして死にゆく者もいる」


「それでも私はここに留まるつもりはありません。国王も私の決意はご存知でしょう」


 ーー俺の決意というのは、"父さんと母さんを探すこと"と、魔王を倒し、憧れである"父さんを超えること"だ。


「分かっておる。止めるつもりはない。これから話すのはその旅についてだ。先程申した通り、旅は辛く過酷なものになるだろう。そこで、旅立つ勇者には力の会得について話している」


「力の会得⋯⋯とは?」


 そう尋ねると国王はおもむろに、小さめの正方形の箱を取り出した。

 その瞬間、俺は驚きを隠せず思わず立ち上がり、そして目を疑った。


 ーーそれはまるで女子が私物を可愛く変身させるため、ビーズや宝石を散りばめキラッキラにデコレーションするような、いや、まさしくそのようにデコレーションされた箱であった。


 一瞬、爺さんふざけているのか、と言ってやりたかったが咄嗟に国王であることを思い出し、出かけた言葉を胸の奥にしまい込んだ。


「その箱は何ですか?」


 あくまで平静を装って尋ねた。


「これは"パンドラの箱"と呼ばれるものだ。正確にはその箱に入っていた箱。マトリョーシカみたいだね。箱の中に箱なんて」


「それでその箱がどうしたのですか? ただの箱にしか見えませんが⋯⋯」


「たしかにそうだな。だが、私がこうやって手を近づけるとーー」


 そう言って国王が箱に手を近づけると、箱はこれから何か捕食でもするかのように手が近付いた部分に丸い口を開けた。


「どうやら、この箱は不思議な力を一つ授けてくれるようでね。ただし、一度力を得た者が再び手を近付けても口を開いてはくれなかったよ」


 不思議な力ーー。これだ。これこそ俺が求めていたもの。

 冒険や戦いにおいて特殊能力なんてものは必要不可欠。誰だって一度は思い描いたことがあるだろう。唯一無二の力だとか戦いの最中で覚醒するとか、そんなシチュエーションを。


「それで、その力というのはどうすれば手に入るのですか!」


 最早興奮しすぎて少し食い気味にかかっていた俺を国王がなだめ、そして続けて言う。


「おや? 今の説明で分からなかったかね? くじ引きだよ」


 耳を疑った。


「くじ⋯⋯引き?」


「そう。くじ引きだ」


 先程抑えた言葉が再び込み上がってくる気がした。そんな大事なことを、そのように決めてしまっていいのだろうか。

 もっとこう⋯⋯自分で選べるとか、凄腕の人が適正に合わせて授けてくれるとか。そんな方法もあったのではないか。

 と思ったわけだが、この箱を作ったのは国王ではない。国王を責めるのは筋違いだ。箱のデコレーションだってそうに違いない。

 と妙に自分を言い聞かせるようにして、喉まで上がっていたあの言葉を、文字通り消化しようと胃に流し込んだ。


 覚悟を決め、国王の元へ歩み寄り、箱に手を近付けた。箱は不気味に口を開く。

 自分で選ぶと言ったが、これだって一種の選択だ。運ではあるが。

 箱の中に手を入れ、動かす。中にはたくさん紙が入っているようだ。

 実は壮大なドッキリではないかと内心思いつつも紙を手でかき分ける。

 途中、数枚握って取り出せないかと試みたが、数枚握ると手首から先以外が固定されたように動かなくなり、紙を全て手放すか一枚だけ握ると固定は解除されるようだ。どうやら、本当に一つだけらしい。


 ーーそして、俺は一枚だけ握り取り、その手を箱から引き抜いた。


 箱は口を閉じ、俺が再度手を近付けても開きはしなかった。

 俺は握りしめた拳を開き、四つ折りにされた紙をおそるおそる開き始めた。

 最初の折り目を開いた時、うっすらと先頭に「ス」という字が見えた。

 ス? なんだろう、「スコープ(視野)」とか? 広範囲が見えて、大勢に囲まれても華麗に回避して反撃したり、「そこに隠れているのは分かっている」なんて台詞を言ったり。

 はたまた「スティール(鋼)」とか? その名の通り鋼の肉体で攻防一体。同じく「スティール(窃盗)」で敵の持ち物やあわよくば能力を盗ったり。

 そういえば「スクルド」っていう神もいたはず。神の力ってそれだけで最強感が否めないね。もう最高。

 そんな想像を膨らませながら、四つ折りから二つ折りになった紙を開いていく。


 これが⋯⋯俺の能力ーーーー


『スプーン』


「ーーは?」


 思わず目をこすり、紙に書かれていた文字を見直した。


『スプーン』


「はああぁぁぁ!?」


 驚きと同時に、紙から禍々しい邪気のようなものが溢れ出し、俺の身体を取り囲む。

 そしてそれは俺の身体に染み込むようにして消えていった。

 普通は紙からそんなもの溢れ出したら驚き慌てるだろうが、俺は今それどころではなかった。


「なんなんだよ『スプーン』ってよおぉぉ!!!」


 思わず声に出してしまった。予想外すぎた。

 せめて、そこまで特殊でないにせよ、もっと誰もが知ってるようなものはなかったのか。


 ーーなんだ、『スプーン』って。


 ある意味特殊な力ではあるが、正直どう反応して良いのか全く分からなかった。

 不思議な力を得られるという先程までの高揚感と、現実とのギャップ。


 ーー複雑だった。


「あのー⋯⋯」


 国王が気まずそうに話しかけてきた。


「あ、あの、その、と、と、とりあえず魔王討伐た、頼んだよ」


 どもりながらそう言う国王の顔はーー苦笑いだった。


 そうして城を後にし、旅路の支度をして、門へと向かった。

 門の周りにはたくさんの人がいて、祝福してくれている。歓声で溢れ、指笛も聴こえる。毎回勇者が旅立つ時はお祭り騒ぎだ。


「気を付けて行ってくるのよ」


「行ってきます、おばさん。六年間ありがとう」


 母さんがいなくなってからお世話になったおばさんにも別れを告げ、俺は大勢の人に見送られ門を通った。


 ーーここから始まるんだ、俺の冒険が。

 当初思い描いていた煌びやかな冒険は残念ながら最初から頓挫してしまったが。

 しかし、まだ始まったばかりだ、冒険は。最初のマイナスはここから巻き返せばいい。

 この世界にはまだ見たことのない町やダンジョン、強敵やライバル、素敵な仲間、きっと父さんと母さんもどこかにいるはずだ。


「ーー待ってろよ!」


 誰に向かって言うでもなくそう言い放った俺は、期待に胸を踊らせ、門の外に広がる世界へと一歩を踏み出した。

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