「金欠ですか?」3
「⋯⋯どうしたのよ」
「いや、今音がしなかったか?」
「そう? 聞こえなかったけど」
今、確かに背後の卵から音がしたはずだ。だが、エルが聞こえてないなら、もしかしたら俺の勘違いの可能性もある。
そう思っていた時、再び音がした。
「⋯⋯やっぱり何か聞こえるぞ!」
「そうみたいね。今のは私にも聞こえたわ」
卵の殻に覆われていて、一体何なのかは分からないが、そこに何かいることは確かだ。
「⋯⋯もしかして、また卵を割ったのか?」
エルに尋ねる。
「いいえ、あの爆発からは一つも割ってないわ。それまでも中身はお金だけだったし⋯⋯あ、そういえば一つだけお金が入ってない卵があったわね」
「⋯⋯おい! 絶対それじゃねぇか!」
「仕方ないじゃない! この卵がモンスターだなんて思ってなかったから、割ってすぐお金が出なかったらハズレだと思ってたのよ!」
「ちゃんと中身まで確認しておけよ! ⋯⋯ったく、とりあえず戦闘準備だ」
今は言い争っている場合ではない。目の前の卵の殻に意識を集中させ、出てくるものを待つ。
しばらくして、卵の殻の中から出てきたそれは⋯⋯小さなネズミだった。
「ネズミ⋯⋯だよな?」
「ネズミ⋯⋯ね」
ーーもっと凶悪な何かが出てくる事態も予想していたが、それはどこからどう見てもネズミだった。出てきたネズミはその場できょろきょろしている。
「偶然、殻の中に入り込んでただけかもな」
「⋯⋯そうかもね」
「⋯⋯行くか」
しばらく様子を見てそう判断し、気にせず行こうとした時だった。
「おい、近寄ってくるぞ」
立ち止まっていたネズミがこちらへ来る。それもどうやらエルの方へ。
「私の方に来てるみたいね、何かしら」
腰をかがめて、ネズミを待つエル。
すぐそこまで来たネズミは勢いよく跳んで、差し出されたエルの手ーーーーではなく、腰にかかった巾着に入った。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて巾着からネズミを取り出すエル。すると、中から両手でお金を押さえたままかじっているネズミが出てきた。
「ーー!!」
すぐにネズミを投げるエル。
投げられたネズミは地面に着地した後もお金をかじり続けている。
「何なのこいつ!」
「俺も状況がよく分からないんだが⋯⋯」
食べ終えたネズミは再度こちらへ近寄って来て、エルの巾着に飛びつく。が、
「駄目よ! これは大事なお金なの!」
そう言って巾着をかばうように背中を向けたエルに阻まれ、地面に落下する。
それからほんの数秒後のことだった。
さっきまで愛くるしさを漂わせていたネズミの顔は、途端に敵を威嚇するような顔つきに変化した。
「⋯⋯お、おい! 行くぞ!」
未だに状況がよく分からないままだったが、豹変したネズミに多少の危険を感じて逃げることにした。
「⋯⋯何なのあれ!」
逃走の最中、エルが話しかけてくる。
「わからん! でも、とりあえずこのまま逃げるぞ!」
あれがモンスターなのか、図鑑で確認しようとした時だった。
「ねぇ! 追ってきてるんだけど!」
後ろを見ると、少し遠くから血相変えたネズミが後を追ってきていた。
「⋯⋯ったく、何なんだよ!」
逃げ続けるが、徐々に追いつかれる。
「くっ! ⋯⋯エル! 一発頼む!」
「分かったわ!」
そう言うとエルは体をネズミの方へ向け、魔法の準備にとりかかる。
そして、
「フレイム!」
攻撃を放つが、ネズミは横に回避する。
「⋯⋯外れてんじゃねぇか!」
「なっ! 今のは割といい方だったわ! あいつがすばしっこいから避けられたの!」
「今は言い訳してる場合じゃない! 次だ!」
「⋯⋯わかってるわよ! これならどう、ライトニング!」
そうして雷が放たれる。さっきのフレイムに比べると、こちらの魔法攻撃は多少のランダム要素があるから、避けにくいはずだろう。
が、ネズミは構わず直進してくる。ーー攻撃は一度も当たらなかった。
「⋯⋯今のは、お前のミスだよな?」
「うるさい、うるさい! 的が小さいの! 次よ次!」
そう言って再度ライトニングを放つ。
今度はジグザグしながら回避された。
「ほら! 今度はしっかり狙えてたでしょ?」
「おお、そうだな。でも⋯⋯当たらないと意味がないんだよ!」
三度にわたる攻撃は全て避けられてしまった。だが、今のを見ていると、たまたま狙えていた攻撃も避けられている。
これじゃあ当てるのは難しいか。それならーーーー俺は買ったスプーンを地面に突き刺して、再び走り出す。
「もしかしてあれって⋯⋯」
「ああ。あの時とはまた違った状況だけどな」
あの時とは敵の数も図体も違った。だが、やる事は同じ。足止めだ。
刺した地点に近付いてくるのを確認しながら、走る。
そして、ついにその時がやってきた。
「いくぞっ!」
スプーンに力を送る。スプーンは徐々に曲がり、追いかけてきたネズミを見事に捕らえた。
「よしっ!」
「やったわね!」
しかし、ネズミは力ずくで前に進もうとする。図体が小さい分少しずつだが体が抜けはじめていた。
「まずいっ!」
慌ててスプーンに再度力を加え、更に曲げる。ネズミはもうこれ以上動かないという程に固定された。
「ふぅ⋯⋯危ねぇ」
「ーー待って! あれ見て!」
エルにそう言われてネズミを見ると、その体は膨らんだり縮んだりしていた。
そして何度かそれを繰り返した後、押さえていたスプーンは弾き飛ばされてしまった。
ネズミは先程よりも一回り大きくなっている。
「おいおい、どうなってんだよ⋯⋯逃げるぞ!」
予想外の事態に整理が追いつかなかった。
「ねぇ! もう一回できないの?」
「無理だ。あの大きさじゃ、スプーンに入らない」
「⋯⋯じゃあ、どうすればーー」
「決まってるだろ! 逃げるしかない!」
必死で逃げる。が、ネズミは体が大きくなっただけではなく、速度も上がっていた。
「ーーエル!」
「ーーっ!」
大きくなったネズミは再び巾着に飛びつき、袋をかじる。
「ちょっ! 助けてユウ!」
「分かってるよ!」
片手剣でネズミの背中に斬りかかる。一撃を食らったネズミは、巾着から落下したが、かじられた部分からはお金がこぼれ落ちた。地面に落ちたお金をネズミはかじり始める。
その時にもう一度斬りかかるが、今度は避けられてしまった。すばっしこいやつだ。
「駄目だ、さっきは油断してたみたいだが、今は完全に警戒されてる」
目の前のお金に夢中ながらも、しっかりと攻撃は警戒されていた。
「とりあえず今は地面のお金に夢中みたいだ。今のうちに行こう」
破れた巾着を手に持ったエルにそう言って、その場を去った。
ーー何なんだ、あいつは。図鑑を開いて確認する。
カネズミ⋯⋯
図鑑にはその名前が載っていた。モンスターだったのか。
情報はなかったが、名前と今までの行動からある程度予想はついていた。
「結局あれは何だったの?」
大事そうに巾着を持つエルが聞いてくる。この様子じゃ図鑑は開いてないみたいだな。
「どうやらあれは⋯⋯」
調べたことを伝えかけた時だった。後ろから音がし始めたので振り返ると、大型犬のような大きさのネズミがまたしてもこちらへ向かってくる。
「なんだよあれ! 大きすぎんだろ!」
もう最初の愛らしいネズミの姿はそこにはなかった。
「そんなこと言ってる場合!? どうするのよ!」
その通りだった。今あいつに通用するものは何もない。エルの魔法だって、図体こそでかくなったものの、すばしっこさは上がる一方だ。当たりはしないだろう。
「お手上げかもなーーーーいや、待てよ」
図鑑で得た情報とさっきまでの出来事を思い出し、一つ試してみたいことが思い浮かんだ。
ーーポケットからお金を取り出し、俺は思いっきり遠くに投げた。
すると、ネズミはその投げた方へと方向を変える。
「やっぱりか! エル! こいつらはお金に目がないみたいだ! そしておそらく、食べた量に応じて体が巨大化する」
「何よそれ! じゃあ、私達はお金を持ってるから狙われてるわけ!?」
「ああ、多分そうだろう」
投げたお金を捕食したネズミは再び俺達めがけて走ってくる。
逃げていると、少し先の方に町が見えてきた。
「ーー町だ! あそこまで逃げ切れば、きっと誰か助けてくれるはずだ!」
「でも、その前に追いつかれたらどうするの!」
「持ってるお金を少しずつばらまくんだ。それであいつの気を逸らす」
それから、僅かなお金を様々な方向へ投げ、町までの時間を稼いだ。
しかし、巨大化したネズミの捕食スピードは上昇していて、まるで一粒のドッグフードのようにペロリと平らげては追いかけてくる。
その捕食の早さに俺の手持ちはすぐに底をついた。
ーーーーそして時間を稼いでいるときに、俺はあることに気が付いてしまったのだ。
「エル」
「ーーな、何よ」
「⋯⋯お前、さっきから一回も投げてないよな?」
「ーーっ! な、なんのことかしら〜? ちゃんとやってるけど?」
「⋯⋯そうか。それなら、俺の手持ちがなくなってしまってな? 半分分けてくれよ」
「だ、大丈夫よ、私一人でやるわ」
「⋯⋯⋯⋯早く貸せ!」
「ーーっ! だ、駄目! お金がなくなったらどう生活すればいいのよ!」
「やっぱり投げてねぇじゃねぇか!」
「わ、わかった、それは謝るから! せめて、せめて半分だけでも! ね?」
「⋯⋯町に着いた時に残ってたらな」
「そ、そんな! 駄目!」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「せっかく集めたの! だから⋯⋯」
こうして、二人で言い合いながら巾着を取り合った。
その結果、巾着は真っ二つに破れ、中のお金は全て地面に落ちる。
「あ、ああ! 私のお金が!」
拾い集めようとするエル。しかし、敵はそこまで迫っていた。
「ーーっ! 行くぞ!」
首根っこを掴んで引きずっていく。
「私のお金があああああ!」
ーーーーそれから、あのネズミが追ってくることはなかった。どうやら、本当にお金にしか興味がなかったようだ。落ちていたお金を平らげると、そのままどこかへ行ってしまった。
「うぅ⋯⋯」
こいつはあの時からこんな感じだ。こいつもこいつでお金への執着が凄いな。あのネズミと張るんじゃないか?
こうして、俺達は所持金ゼロとなり、町のすぐ目の前まで来ていた。
ーーーーこれから、どうしようか。




