「一人目ですか?」6
ーーーー目を覚ますと、上空にはプラネタリウムのような光景が広がっていた。
「ーーユウ! 目が覚めたのね!」
「⋯⋯ああ」
どうやら俺は、気を失っている間に森の中へ運ばれていたらしい。
「どうして俺はここに⋯⋯それに⋯⋯っ!」
痛みが⋯⋯引いている。慌てて傷口に触れると出血もない。
「ーー目覚めたのですね」
起き上がって声のする方を向く。
「もしかして⋯⋯あなたが」
「ええ」
傷はエルのお母さんが治してくれたようだ。
「あと少し遅かったら危なかったって、お母様も言ってたわ」
「⋯⋯そうか。⋯⋯! それにしても、一体誰が俺をここまで⋯⋯」
「エルが運んできたのですよ」
「ーーっ! でも、お前動けなかったはずじゃ⋯⋯」
「あのすぐ後、少しだけなら動けるようになったの。まあ、それでもフラフラだったんだけどね? でも森に入れば、後はお母様が気付いて、助けをよこしてくれたわ」
「帰ってきたら血まみれだったもんで驚いたぜ、少年」
そう言って兵隊達も近寄ってくる。きっと森からは彼らが運んでくれたのだろう。
「あの! ⋯⋯なんて言ったらいいかわからないですけど、その、ありがとうございました!」
「いいえ。お礼を言うのは私の方ですよ。ゴブリン達の群れは解散し、中にはこの草原を去る者もいたようです。これも、あなたのおかげですよ。それに⋯⋯」
そう言ってエルのお母さんはエルの方にちらっと視線を向けて、すぐ戻した。
「もう一つの約束も⋯⋯ね」
そういえば、エルを必ず守ると約束したんだったな、俺。まあ、結局助けられてたのは俺の方だったわけだが。
「傷の痛みはありませんか?」
「⋯⋯はい。むしろ、怪我する前よりいいくらいです」
塞がれた傷は傷跡一つなく、まるではじめから怪我なんてなかったのでは、と思ってしまうほどだった。
「ーーそれじゃあ、依頼も終わったので、俺はそろそろ行かせてもらいます。色々とありがとうございました」
「はい。本当にありがとうございました。ご武運を祈っていますよ」
「ーー気を付けて行ってきな、少年」
エールをもらい、そろそろ行こうかとした時に横から声が飛び込んできた。
「⋯⋯ねぇ!」
そうだ、まだこいつにお別れを言ってなかったな。
「お前も、元気でな⋯⋯エル」
そう言いながら見たエルの瞳は、うっすらと潤んでいるようにも思えた。強気で自惚れなお姫様でも、別れは悲しいみたいだな。
「いつになるかは分からないけど、俺はきっと魔王を倒してみせるよ。だから、お前は俺に聞かせてくれたようになれるよう頑張れよ?」
「⋯⋯⋯⋯うんっ!」
言葉に詰まって振り絞られたその一言。その瞬間、エルの目からは涙が溢れた。
「あれっ⋯⋯私、何でこんなやつに⋯⋯」
おいおい、こんな時までそんなこと言うのかよ。まったく、仕方ないやつだな。
「ーーっ! いつまで見てるのよ! とっとと行きなさいよ!」
はいはい、分かりましたよ。
「⋯⋯じゃあな」
「うん⋯⋯」
そう言って俺は外へ向かって歩き出した。後ろを振り返ることなく。
ーーーー「エル、あなた、あの者と一緒に行きたいのではありませんか?」
「なっ! ⋯⋯そんなことありません、お母様! それに私は⋯⋯」
「私の跡を継がなければならない⋯⋯と?」
「⋯⋯なぜお母様がそれを!」
「あなたを見ていれば分かりますよ。時々思い詰めたような顔をしていましたから。それに、あなたが小さい頃から、外の世界に憧れていたのも知っていますよ」
「ーーっ! でも、私は⋯⋯」
「いいですか? エル。私はあなたに、一言も跡を継いで欲しいなどと言ったことはありません。そして、はっきり言って、今のあなたに女王の役目は不十分です」
「そんなっ! ⋯⋯お母様、どうして!」
「ちゃんと話を聞きなさい。⋯⋯今の、と言ったでしょう? 今のあなたは実力も経験も、そして覚悟も足りません。娘だから女王にならなければならない? そんな覚悟の者に私は跡を任せるつもりはありません」
「⋯⋯っ、でも、でも⋯⋯」
「いいのですよ、エル。あなたはあなたがしたいことをすれば。⋯⋯そして、その全てが終わった時に、森を守れるほどの実力と経験、強い覚悟があったならば戻ってきなさい。その時はあなたを次期女王として、皆が認めるでしょう。もちろん私も」
「⋯⋯」
「行きなさい、エル」
「⋯⋯⋯⋯ありがとう、お母様。私、絶対立派になって戻ってくるから!」
「はい。楽しみにしていますよ」
「ーーーー行ってしまいましたね」
「昔のあんたを見てるようだったな」
「ーーっ! そうですね」
「それにしても、自分の娘が危険に遭うかもしれないってのによかったのか?」
「良いわけありません。とても心配ですよ。でもあの方ならきっとエルを助けてくれる。そう思ったのです。⋯⋯それにあの子が心配なのはあなたも同じでしょう?」
「⋯⋯おっと、その話はやめだ。今の俺は与えられた使命を果たすだけよ」
「そうですか⋯⋯」
ーーーー森を抜け、草原へ出る。
町を出てから目まぐるしい勢いで時間が過ぎた気がするな。
強敵オーラを発するゴブリンに出会って、逃げ込んだ森の中では裸の女の子に出会い、その母親からはモンスター討伐を受け、挙げ句の果てには死にかける。
今のこの落ち着いた時間がまるで別世界のようだった。
ーーさて、これからどうするかな。
そうは言ってもまずは仲間集めからだろうな。魔王に一人で挑むなんて無謀にも程がある。
ある程度実力があればいいな、頼り甲斐なんかもあると更にいい。あとはメンバーに一人華があるのも、パーティーをより際立たせてくれるだろう。できればお淑やかな子でーー、
「待ちなさい!」
突然背後から響いてきた大声の方を向くと、そこにはエルが立っていた。ずかずかとこちらへ近づいてくる。
「お、お前、なんで!」
「お、お母様に言われたから仕方なく旅に出ることにしたの!だ、だから⋯⋯」
ーーまずい予感がした。
たしかにエルは今の俺よりは実力もある。一時的ではあったが頼り甲斐もあった。それにこのルックス、悔しいが可愛かった。間違いなくパーティーの華になれる器だ。
ただ、それを補って余りあるコントロールの問題と、お世辞にもお淑やかとは言えない自惚れっぷり。これは何としても阻止しなければ。
「⋯⋯そ、そうか、いいメンバーに恵まれるといいな。お互い頑張ろうぜ!」
「⋯⋯⋯⋯。何言ってるの。あんたが私を連れてくのよ」
必死でとぼけてみたが、通用しなかった。
「いや、悪いけど他を当たってくれ!」
「ーーっ! なんでよ! この私よ? 私がいれば魔王なんて⋯⋯何が、何が不満なの!」
「そういうところだよ! 実力があるならそんな感じでも文句は言わないけど、お前、俺と最初会った時、地面をえぐるくらい下に撃ってたよな? ゴブリン達の時は、上空に撃ってたし⋯⋯相手が図体でかかったから当たったけど、ほとんど下半身残ってたぞあいつら! あの雷も危なかったしな!」
「⋯⋯なっ! あなた助けてもらっておいてそれはないわ!」
「うっ! それはそうだが、それとパーティーになるのは別だ! 第一、俺のパーティーでなきゃならない理由でもあるのか?」
「そ、それは⋯⋯」
ーーあと少しだ。こんな短い間で大層な理由の一つなんてあるわけがない。
正直、心は痛んだ。なんせ心優しい母親を持つ息子が、こんないたいけな女の子の誘いを必死で拒否しているのだから。が、しかし、俺はまだレベル五で、片手剣とスプーンを曲げるという特技じみたことしかできない駆け出し勇者だ。問題を抱えたメンバーを受け入れてやれるほどの器はまだない。そうだ、そういうことにしておこう。
とりあえず、パーティーに入れるのだけは避けたい。威力云々ならともかく、コントロール難ありなんてこれから先が思いやられる。何としても他を当たってもらおう。このルックスなら他のパーティーでも大歓迎だろうしな。
「⋯⋯っ! あ、あるわ!」
「そうだよな、あるわ⋯⋯け!?」
あるのか!? いや、嘘だ、ハッタリに決まってる。
「な、なんだよ、言ってみろよ」
「⋯⋯たでしょ」
「ん? 聞こえないぞ?」
「⋯⋯だから、見たでしょ!」
「見たって何を」
「私の裸に決まってるじゃない!」
その瞬間、必死に忘れようとしていた記憶が強烈にフラッシュバックしてきた。
「あ、あれは不可抗力で⋯⋯」
「見たことに変わりはないの! ほら、これが理由よ!」
「ぐっ⋯⋯、いや、でも、元々あれはお前が歌ってたから!」
「ーーっ! 言い訳無用よ! 見たのは見た! それは紛れも無い事実よ!」
最早、お互い必死にそれぞれの思惑の為、ああ言えばこう言う様な状態だったが、突然エルがこんなことを言い出した。
「ーーーー! そ、それにエルフ族では、初めて裸を見られた異性とは、永遠に愛を誓わないといけない掟があるの!」
「なっ、なんだよその今とってつけたような掟は!」
「い、今じゃないわよ! それにあなたが嘘だと決めつけるような証拠はないでしょ?」
「そ、それは⋯⋯」
「はい、決まり! 愛を育むなら近くにいないとね!」
結局、勢いで押し切られてしまった。これ以上言ってももう無理そうだな。
「⋯⋯わかったよ。ほら、行くぞ」
「ったく、最初から素直に連れて行けばいいのよ」
「はいはい、すみませんでした」
「⋯⋯おかげで、変なこと言っちゃったじゃない」
「⋯⋯何か言ったか?」
「何も言ってないわ! バカユウ!」
ーーこうして、エルがパーティーに加わった。あの掟とやらが本当かは疑わしかったが、見てしまったのは本当だし、そこは少し負い目も感じている。この先不安だらけではあるが、まあ、きっとなんとかなるだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、少し先に、小さな村が見えてきた。
《ゴブリンの長を討伐せよ》 Clear




