「一人目ですか?」5
キングゴブリンとその群れが近付いてくる。勝負は一発。タイミングも大事だ。
トラップだと悟られた瞬間、この作戦は失敗する。つまり、直前まで絶対に悟られてはいけない。
深呼吸して息を整え、剣を構えた俺は、敵を迎え撃つ態勢をとる。
見たところ相手は、戦闘における危機管理能力は高いが、知能が高いわけではなさそうだ。その証拠に攻撃は単調だしな。
だから、やつらがスプーンという代物を知っている可能性は低いだろうが、万が一があってはならない。
少しでも足元から目線を逸らすため、俺は再び囮となる。
「ーーはあぁぁぁ!」
勢いよく振りかざした片手剣を、いとも簡単に左腕で防がれる。
そしてすかさず、敵の右腕はカウンターの態勢を作り始めていた。
ーー待ってたぜ、それをな。
「曲がっ⋯⋯れぇぇぇ!!」
俺は足元にあるスプーンに、左手で念を送る。いつもよりも強めに。
すると、スプーンは勢いよく曲がり、先端が地面に突き刺さる。地面にはスプーンで半円の輪っかが形成された。
ーーすでに数回見た攻撃を回避するのは、そこまで難しい事ではなかった。
威力を高めるためにねじられる、その右半身。そして大きく振り下ろされる、その右腕。そして、勢いよく前にかかった体重を支えるために踏み出される、そう、その右足。
ーーその瞬間キングゴブリンは、俺が仕掛けたスプーントラップに躓き、そのまま前に倒れ込んだ。
やつの背後からはリーダーに攻撃をさせまいと、ゴブリン達が突っ込んでくる。
「いいぞ! エル!」
「任せて!」
そう言うエルの身体は微弱な電気を帯び、周囲からは空気が弾けるような音がしていた。ゴブリンや俺の上空には黒い雲が広がっていく。右腕を上に挙げたエルは、
「今度こそ終わりよ! ライトニング!」
そう言うと、右腕を振り下ろした。次の瞬間、黒雲から無数の雷の槍が降り注ぎ、ゴブリン達に突き刺さる。
そして、
「うわっ、あぶねっ!」
コントロール力が難ありなため、俺の所にも二、三本降り注いできた。まあ、当たらなかっただけよしとしよう。
倒れたキングゴブリンにも、容赦なく雷の槍は降り注ぎ、黒雲が消えた後、やつらの中に立っている者はいなかった。
「何とか⋯⋯倒せたな」
そう言ってエルに近づく。
「ええ、そう⋯⋯ね⋯⋯」
フラフラしながら前に倒れかかったエルを、俺は受け止めた。
「あはは⋯⋯魔力を使いすぎたみたい」
「⋯⋯たくっ、仕方ねえな」
そう言って、俺は肩を貸す。
「これで、歩けるか?」
「⋯⋯うん、ありがとう」
まず帰ったら、報告だな。そしてそれから⋯⋯
「ヴォォォォォ!!!!」
「⋯⋯なっ!」
後ろを振り向くと、キングゴブリンが立ち上がっていた。ただ、エルと同じく、今にも倒れそうにフラフラしながら、こちらへ向かってくる。
ーーエルはもうこんな状態だ。戦えるわけがない。
俺はエルをそっと草原に寝かせ、剣をとる。
「ちょ⋯⋯っと! ユウ!⋯⋯」
「⋯⋯あとは俺に任せて、お前はそこで休んでろ」
エルがここまで頑張ったんだ。ここからは、俺が何とかするしかない。
さらに、相手は手負い。さっきまでよりかは、勝算だって高いだろう。
ーー近寄り、一撃、二撃と剣で攻撃を入れる。敵の反応速度は鈍く、防御すらままならない状態だ。いける、いけるぞ!
「はああぁぁぁ!!」
一度後退した後、再び前進し、その勢いで胴を切り裂くように一太刀浴びせ、通り過ぎる。
背後ではキングゴブリンが膝をつく音がした。
「⋯⋯やった、やったぞ!」
思わず喜びが溢れ出してくる。だが、この一瞬の油断がいけなかったのだ。
「ヴォォォォォォォォ!!!!」
倒したと油断していた俺は、やつが繰り出す渾身の右フックを防げるはずもなく、振り向きざまの左脇腹に直撃した。
「ーーーーっ!!」
五、六メートルくらいは飛んだだろうか、その後地面に叩きつけられる。
そして、左脇腹からは激痛が走った。これは何本か折れてやがるな。
キングゴブリンは俺にトドメを刺したと思ったのだろう。エルの方へ向かっていた。
ーー油断しやがって。俺はまだ生きてるぞ。
痛みに耐えながら立ち上がり、やつを追いかける。まあ、この痛みも元はと言えば、自分の油断が招いたことなんだがな。到底敵に、油断したな、なんて言える立場ではなかった。
どうしようもなく痛くて、動く度に激痛が走る。本当なら動きたくなんてなかったんだけどな。でも、あいつが、あいつがーーーー
「っエルから! 離れろぉ!」
エルの直前まで近付いていたキングゴブリンに斬りかかり、押し飛ばす。さっきまでならびくともしなかっただろうが、弱っていたため簡単に押し飛ばせた。
「⋯⋯ちょっと、ユウ! あんた、大丈夫なの!?」
エルが話しかけてくる。先程に比べるとまだ動けはしないみたいだが、だいぶ回復しているようだ。
「だいじょう⋯⋯ぶ」
大丈夫なんかじゃなかった。痛みや出血はひどいし、意識だって朦朧としてきた。でも、
「おま⋯⋯えが⋯⋯」
「⋯⋯?」
「お前がそんなになるまで頑張ったってのに、俺だけここで諦めるわけにはいかねぇんだよ!」
空元気で何とか持ち堪えている。そんな状況だった。
良くてあと一撃。俺は渾身の力を振り絞り、キングゴブリン斬りかかった。敵も既に攻撃に入っている。
ーー先に攻撃を入れたのは俺の方。力の限り剣を押し込み続ける。が、敵の右腕が止まることはない。
ーーーーもう、駄目か。そう思った時だった。
右腕は俺の左脇腹に当たる直前に止まった。そして、キングゴブリンは光のシャワーとなって消え去った。
「今度こそ、やったのか⋯⋯?」
キングゴブリンが消え去ってすぐ後、俺のレベルが上がった。レベル五だ。
俺は血を垂らしながらエルの元へ近寄り、エルを担ぎ上げた。
「ねぇ!? 大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃ⋯⋯ないな。ははっ。でも、お前も動けないし、俺まで倒れたら帰れないだろ?」
「それは⋯⋯そうだけど」
痛みに耐えながら、一歩ずつ森へと向かっていく。
実際あいつを倒せる適正レベルはいくつだったのか知らないけれど、何とかレベルニでも倒せたな。まあ、今はレベル五か。
「それにしても、なかなか手強いやつだったわね。まあ、でもこれで私もレベル八よ! どう?」
「どうって⋯⋯今聞くことかよ」
「⋯⋯それもそうね。ふふっ」
他愛もない会話だったが、一つ気になっていたことがあったことを思い出した。たしかあの時は、戦闘中でそんな事を聞いている場合ではなかったな。
「そういえば⋯⋯お前⋯⋯さっき、レベル七って⋯⋯なんで、そんなに⋯⋯」
「もう! 喋りすぎると痛みが増すわよ?」
たしかにな。さっきから呼吸する度に痛みが増している。
「私がレベル七だったのは⋯⋯あの森を守るためよ。本当は子供の頃、絵本で見たような世界を旅してみたいけど、私はお母様の娘だから、次は私が森を守らないといけないと思ってる。だから、立派な女王になるためにこの近辺でレベル上げしてたってわけ」
ーーこいつなりにしっかり森のことを考えてるんだな。
「そう⋯⋯か⋯⋯なれ⋯⋯ると⋯⋯いいな⋯⋯」
「ちょっと! ユウ!」
遂に朦朧としていた意識が途絶え、目の前が真っ暗になった。




