私とあなたは似ているね
貴方は死んだ後に「ああ、生きててよかったな」と思う自信はありますか?
生きることに意味を見出していますか?死ぬことに意味を見出していますか?
「ん……ここは……」
目を覚ますと、私は知らない場所に横たわっていた。
真上にはどこまでも広がる青空。横たわっていたのはまるでふわふわとした床。
まるで空に浮かんでいる雲の上にいるような感覚。そう考えてみると、雲と空以外なにもない空間だった。
私は混乱する頭で、自分が覚えている限りの直近の記憶を探った。
「んー……あ!」
そして私は思い出した、
「私死んじゃったのかな」
覚えていた最後の記憶。道路に横たわる私、鳴り響くクラクション。そして目の前に迫ってくるトラック。
「そっか、私はあそこでトラックに轢かれて死んじゃったのかな?……あーあ、死んじゃったか」
どうやら私は死んでしまったらしい。
そうするとここはどこだろう。死んだあとにもこんな風に意識があるとは驚きだ。もっと真っ暗な世界のなかにふわふわ浮いているようなものだと思っていた。
つまり今いる場所、ここは……。
「天国かな?ほんとにあったんだ、天国」
天国と地獄があって、死んだあとの人が行く……。そんなものあるわけないと思っていたけれども、どうも本当にあったらしい。
「キレイなところだけど何もないし、天使とかも見えないけどー」
私はキョロキョロと周囲を見回した。
何もない。神殿みたいな神様が住んでいそうな場所もなければ、私を連れてきたのであろう羽の生えた天使の姿も見えない。
後ろを振り返る。
すると少し離れたところに、私と同じように倒れている少女を見つけた。
「あ、あの子も死んじゃった子かな?」
私はとりあえず、彼女に駆け寄るために立ち上がった。
「……足はちゃんとあるんだ」
幽霊みたいな感じだと思っていたが、足があることは意外だった。
私は両足で立つことができたことに少し嬉しくなりつつ、彼女のもとに向かった。
近づい見ると、倒れていた少女は私と年齢があまり変わらないように思えた。
「もしもしー!大丈夫ですかー」
そう声をかけて、肩を揺さぶる。
「う、うーん……」
どうやら気を失っていただけのようで、彼女は目を覚ました。
「あー、目が覚めましたね。よかったー」
「……」
彼女は私が最初にしたように周りをぼんやりと窺っていた。そうして自分の直近の記憶を思い出したのだろう。しばらくするとうなだれて、自分の置かれた状況を理解したようだ。
「貴方、死んでるわけ?」
彼女は急に話しかけてきた。
「そう……思うかな、死んじゃう!って思った次の瞬間にここにいたもの。多分死んでる。」
「はぁ……そうすると私も死んでることになるわね。はーあ、残念」
そう吐き捨てて、彼女は思い切り伸びをした。
私はそんな彼女の余裕そうな素振りが、なんだか不思議だった。
「あなた、自分が死んだって思っているの?」
「ええそうよ。私は自分で死んだから、流石に死んだかどうかはわかる」
飄々とした顔で彼女はそういった。
私は心底驚いていた。
「自分で死んだ?」
「そう。自殺したの、私」
彼女はそう言って再び周囲を見回していた。
「な、なんで死んじゃったんですか?」
「別に、なんとなく死にたくなっただけよ」
私の問いに彼女は何の感慨もなく答える。
「ただ単に自分が必要のない人間であることがわかっただけ。自分の高校の屋上から飛び降りたら簡単に死んじゃった。ははは」
彼女は笑っていた。
「それにしてもここは何もないわね。ここ本当に死後の世界?天国とかなんじゃないの?」
「私も最初は天国だと思ってたけど……なんか天使とかそういうのがいないから……」
「ふーん……あなたもここに来たばかり?」
「うん?そうだけど」
「あらそう。なら使えないわね」
バッサリと切り捨てられてしまった。
「あーあ。せっかく死んだのにどうしたらいいのかしら」
「……」
「……」
「……」
「貴方」
私が黙っていると、彼女は再び話しかけてきた。
「ん?」
「貴方はなんでここに来たのよ」
「私?」
「それ以外いないでしょ。暇なんだから教えなさいよ」
彼女は言った。
「私もさっき言ったんだから」
「私は……」
私は口ごもった。
正直あまり気乗りはしなかった。でも、彼女が教えてくれた手前、私が言わないのも不公平だと思った。
「私も死んだからだと思ってるわ」
「ふーん」
「……」
「……」
「……」
「……で、どういう死に方だったわけ?」
沈黙に耐えきれなかったのか、彼女が再び問いかけてきた。
「えっと……私が道路に転がっていて、それをトラックが轢いちゃって……みたいな」
私がそう言うと、彼女は突然笑いだした。
「ははは!なんで道路に寝転んでるのあんた!しかもそれでトラックに轢かれるとか!ははは!貴方、どんだけ運動音痴なの!?ははは!」
彼女はそうやってケラケラ笑っていた。
「よかった、私よりアホみたいな死に方の人がいて」
とても馬鹿にされている気がした。でも自然と怒りは湧いてこなかった。
だってもう取り返しがつかないことだから
「うん……そうだよね。私が運動音痴だから」
「そうね、私だったら避けられてるかも」
「と、言うか私動くことすらできなかったからね」
ふっ、と彼女が笑うのをやめた。
「は?動くことすらできなかった?どういうこと?」
「いや……私、事故のせいで体がうまく動かなかったから。ずっと車椅子に乗っていたの」
私は事実を淡々と告げた。
「それで、多分轢かれちゃったのかな」
「あっ……」
彼女はしまった、という顔をした。
「ご、ごめん……」
とっさに謝る彼女。
「いや、謝らないで!だってもう二人共死んでるし!」
正直な話、私は気にしていなかった。そんなこと、生きてるうちには散々悩んでいたのだが、今更それを指摘されたとしても特に心は動かない。
「うん……」
「そもそも私十年間くらい体が全部動かない状態で、意識があるだけだったから。あんまり気にしないでほしいな」
「意識があるだけ?」
「そうそう。事故で脳がやられちゃって。意識はあるけど体は全部動かない的な」
そう、それが私。
「多分、みんなからは植物人間って思われていたんじゃないかな」
生きている間の私はそんな状態だった。
「お医者さんとか看護師さんとか親とかがさ、私の周りで好き勝手に喋ってたんだもん。こっちに聞こえてるって」
「……」
「私の排泄物が臭くて処理が面倒くさいとかさ、人工呼吸器のレンタル代が高いとかさ」
私を生かすために、いろいろなことが行われていた。
「私、別に頼んでなんかなかったんだもん。ただ、みんなが私を生かすために色々勝手にやってただけ。……でも私から伝える手段がなかったから辛かったなー」
「そうなんだ……」
彼女は言葉を失った様子だった。
「そうそう」
私は話し続けた。
「それで私が死んだ時の話なんだけどね、母親が勝手に『お散歩だよ』とか言って勝手に外に連れ出すしさ」
別に私は外に出たいなんて思っても無かった。
「お前らワタシを見世物にする気なのかと。周りの人達みんな見てくるし。あんな姿、見られたくなかったから。自己満足かな、って」
そうして。
「でその時に、多分きっと偶然車椅子の車輪が壊れたんだよね。それで私は道路に倒れ込んで、そのままドーンと。そう轢かれたんだろうなぁって思う」
そこまで言ってしまうと、私は少し黙った。
彼女は何も喋らなかった。
そうして少し時間が経った頃。
「ごめん……」
彼女はぽつりとそう言った。
「なんて言えばいいかわからない」
「別に気にしなくていいよ」
私はにこりと笑った。
「でも今考えると、もしかしたら車椅子の車輪が壊れたのって偶然じゃなかったのかなって思う。だってさ、私がいると世話のために家族は旅行とかにも行けないでしょ」
「やめて」
彼女は言った。
「ひっくり返すと、私がいなければ元の平穏な日々が返ってくるわけでしょ」
「やめてって」
「本当は私を殺すために家族は車輪を」
「やめてって!」
彼女の絶叫が響き渡る。
「知らない!私は貴方のことなんて一切知らない!貴方が死ぬ前にどういう状態だったとか、どうやって死んだとか。別にそんな深く知りたいわけじゃない」
「でもね、私はあなたが羨ましいよ」
「な、何が」
彼女は少し怯えた顔をしていた。
「自分で死にたい時に死ねたこと」
ハッとした顔を私は眺めていた。
「私は10年間、ずっと死にたい、死にたいって思っていたんだもの。それでやっとさっき願いが叶ったの」
本当に。
「死ねてよかった」
私の話を聞きながら、目を伏せる彼女。
そしてぽつり「私、死ぬんじゃなかった」と言った。
「え?」
「今更死んだのを後悔している」
うつむきながら彼女は続けた。
「いや、ずっと後悔していた。なんなら飛び降りる少し前から、後戻りできなくなって飛んだの」
「へえ」
「せっかく死んだ理由を探していたのに。貴方がいたら絶対に見つからない」
「そうかもね」
私は彼女の言葉に賛同した。
「死にたい理由があって、やっと死なせてもらった私と。死にたい理由もないのに簡単に死んじゃったあなた」
「似てるね、わたしたち」
彼女は数拍息をおいて
「ええ」とだけ言った。
私たちに生きた意味はあったのだろうか。
死ぬ理由と、生きる理由を見つけられたのだろうか。
死んだ今となっては、そんなことはもうわからない。
お読み頂きありがとうございました。
羽栗明日です。
普段から常々感じていること。なかなか表現が難しく、今回はまずこのような形で作品としてみました。
しかし、生と死というものは人類の永遠のテーマであると思います。
何のために生きているのか、何のために死んでいくのか。
重みを感じながら扱いたい内容です。
今後もこのテーマを掘り下げていければと思っております。
コメントなどいただければ幸いです。