表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒き風の皇女(おとめ)  作者: 吉田さゆか
邂逅 -1989-
5/14

ブラックホールメッセージ

『速報です。先程、佐賀県杵島郡北方町大峠の山林近くで女性3人の遺体が発見されました。警察は、3人の身元確認を急ぐと共に、殺人事件として捜査する模様です。』

 夕方のニュースを見ていたココナはこの事件に興味を持った。なんの根拠もないが、自分と何らかの関係があると疑ったのだ。ココナはすぐに支度をすると、現場へと急行した。向かう途中、ラジオから新たな情報がもたらされた。3人のうち2人は絞殺された可能性が高いらしい。ココナは自分の首筋をさすりながらバイクのスピードを上げた。



 ※



 現場についたココナは、辺りを見回して一言、

「仕事が早いわねぇ。」

 現場近くにはまだ規制線が張られているが、こちらから見る限り遺体はもうない。昨日のうちに検視を済ませ、今日は司法解剖、といったところか。


 ーーーーそれなら…


 ココナは神経を研ぎ澄ませて辺りの音を聴いた。

「…いわねぇ、犯人が早く捕…」

「…件の概要ですが、ガイシャは…」

「…上、現場からで…」

「…留品については、カバンにメモ帳と免許証、他にはガイシャの服ですね。ただ、女性ものの下着が4着ありまして、不法投棄のゴミが混じっている可能性があります。」

 ココナはこの言葉に引っ掛かった。


 ーーーーもしこの事件に4人目の被害者がいた(・・・・・・・・・・)ら…


 ココナは此処に着いてから、何となく違和感がしていた。何かが抜け落ちたような違和感。それが”4人目の被害者”ということではないのか。ココナはばれないように規制線をくぐり抜け、痕跡を調べ始めた。何度か見つかりそうになったがやり過ごした。並の人間なら気づかないであろう痕跡がいくつかある。やはり4人目がいると見て間違いない。しかもこれは…


 ーーーー4人目は生きている(・・・・・)!?


 ”4人目”の足取りを追う。規制線を抜け、跡は続く。非常時の備えとして、モトには人間態になってもらっている。といってもバイクがそのまま人になるわけではないので、モトは脱け殻になったバイクを押しているが。


 ーーーーここ、か。


 ココナは大きな横穴の前で立ち止まった。ここは坑道、だろうか。大きな人工の洞穴が闇を称えている。ココナはその中に足を踏み入れようかと考えたが、やめた。ココナは気まぐれで先に昼飯を済ませることにした。この気まぐれがココナの命を救うことになる。



 ※



「おまちどうさま、親子丼定食2つだよ。」ココナとモトの前に出来立ての親子丼がおかれる。モトは目をキラキラ輝かせながら親子丼を見つめている。ココナが箸をとると、モトは親子丼にがっつこうとした。その手をココナが弾く。

「いただきます、は?」そういうとココナは箸を両手の親指と人差し指に挟んで手を合わせた。モトも同じポーズをした。

「いただきます。」ココナはそう言って5゜ほどお辞儀をした。モトは喋れないので、動きだけ真似た。

「ゆっくり、味わって食べるのよ。」そう言うとココナはまず親子丼を手に取った。一口食べれば、卵の風味と鶏の食感、熱々の白米が口の中で混じりあう。

「~~~~!!」ココナは顔を綻ばせた。モトは普段見せないにやけた自分の主を見て戸惑ったが、一口、もう一口と口に運ぶうちにそんなことも忘れた。美味しいご飯は万人に喜びを与える。それだけのことだ。案外うまい飯で世界平和が手に入るかもしれない。

 ココナは親子丼を平らげた。やはり白飯はゆっくり味わうに限る。カレーは飲み物だ、などと言う暴論をはくものがいるが、そういう人間は噛み締めれば噛み締めるほどに溢れ出る白米の旨味をわかっていないのだ。そんなことを考えながら、ココナは味噌汁と漬け物をいただき、ホクホク顔で店をあとにした。きっとココナが隣に目を配っていたらこんな顔はしていなかっただろう。モトはあまりの美味しさに夢中になってご飯を掻き込んでいたのだから。

 ココナとモトは入り口に程近いところで食べていたから、親子丼に頬を緩ませる美少女2人を見かけた人によって店は長蛇の列ができていた。そんなこととは知らず、ココナは今の時間に食べに来ておいて正解だったと考えた。



 ※



 ココナは先程の洞穴の前に立っていた。その顔はすでに先程の緩みきった顔ではない、この先の”何か”に対する警戒で引き締まっている。とてつもない殺気だ。ココナは足を踏み入れた。中は真っ暗だったが、モトがヘッドライトをつけたことでよく見えるようになった。普通なら気づかれることを防ぐために明かりは消した方がよい。しかし、それは杞憂だったようだ。向こうに薄明かりが見える。


 ーーーーあそこに、いる。


 ココナはモトを待機させ、一人先に進んだ。そこで見た光景は…たくさんの幼児だった。

「んなっ、冗談じゃないわよ…。大丈夫、貴方たち!?」実はこの日、幼稚園バスの失踪事件が起きていた。後にバスだけが見つかったが、そこにはたくさんの獣傷がついていたそうだ。

 すぐにココナは幼稚園児を逃がした。モトにはその護衛を頼んだ。

「えみちゃんが、えみちゃんがばけものに…」

「安心して、貴方のお友だちは私が助けてあげる。だから今は逃げて、ね?」ココナは全員を助け出すと一方を睨み付けた。

「いるんでしょう?そこに。隠れても無駄なんだから出てきなさい。」ココナは紅い瞳を怒りに染めた。一方で


 ーーーーこれだけの数の人間を集めて手をつけないということは、こいつある程度知能があるってことね。


 と冷静に考えていた。

「ほう、妾の術を見破るとな。ここに来るぬしの気配が我が同胞に似ていると感じたが、はて、ぬしのようなやつは知らんな。」姿を表したのは女。着物を纏う妖艶な姿は〈鬼姫〉といったところか。

「貴方と同じにされるのは心外だわ。寄生虫のように他人の肉体を乗っ取っている貴方と。」ココナは〈鬼姫〉を挑発した。〈鬼姫〉は挑発には乗らない。

「赤子に近ければよかったのじゃが、だからと言うて言葉も話せぬとあっては困るからのう。あれくらいの年の子がちょうどよかったのじゃが…。《受肉の儀》の邪魔をしたこと、詫びる気はないと言うことか。まぁ、詫びても許さぬが。」〈鬼姫〉は右手を上げた。すると近くに豹の怪人が現れた。これも〈天使〉か。

「まだ馴染まぬか…。〔口寄せ〕も満足に出来んとなると…危ういぞ。」〈鬼姫〉は何やらぶつくさと言っている。実はこれは〈鬼姫〉が昼間に呼び寄せていたものだ。ココナが昼入り口に来ていた時、目と鼻の先にこの豹はいたのだ。もし踏み込んでいたら、紫外線で実力の出せないココナはあっさり食い殺されていただろう。


 ーーーー人型か。


 豹が二足で立っている。その姿も妖艶な女の色気を持っている。”女豹”だ。”女豹”はココナに飛びかかってきた。ココナはそれを避けた。速い。このままではやられてしまう。


 ーーーー変態(へんしん)!


 紅い閃光がその場を支配する。”女豹”は目を覆ったが、〈鬼姫〉は目を細め、口角を上げた。まるで「ふむ、面白い」とでも言うかのように。

 ”女豹”は体勢を立て直した。今度は襲いかかってこない。こいつも知能があるらしい。こちらの隙をうかがっている。ならばこちらから向かうまで、とココナは飛び上がり、上空から奇襲をかけた。しかし、それを黄色い光球が阻む。


 ーーーー!!


 ココナは吹き飛び倒れた。そこにすかさず”女豹”が飛びかかる。火花が散った。爪は皮膚を切り裂き、ココナの赤黒い装甲を露にした。これだけでも恐ろしいことである。この爪はココナのドレスを引き裂いた。それは同程度の強度を持つ鋼鉄の板を、易々と切り裂ける、ということだ。


 ーーーーまともに喰らったらやばい…!


 ココナは〈鬼姫〉に目を配る。先程の光球は〈鬼姫〉が出したものだ。かろうじで目で追うことが出来たので、光線の類いではない。さしずめエネルギーの塊だろう。しかし、かろうじで、である。避けるのに一寸の余裕もない。光球が飛んできた。ココナはなんとか避けるが、後ろから”女豹”に切りかかられた。背中に痛々しい傷が入る。間髪を入れず光球が襲う。今度は全弾をまともに喰らってしまった。これでは回復の暇がない。


 ーーーーこうなったら…


 今度は”女豹”と光球が同時に飛んでくる。ココナは光球を踏ん張って受け止め、飛びかかる”女豹”の腕をつかんだ。そのまま勢いを殺さずに〈鬼姫〉に投げつけた。

「何ィ⁉」〈鬼姫〉は”女豹”と衝突して吹き飛んだ。立ち上がった〈鬼姫〉は苦虫を噛み潰したような顔をして、姿を消した。気配が完全になくなっている。逃げたか。


 ーーーーあとはこいつだけね。


 ”女豹”は体勢を立て直し、再び睨み合いが始まった。しかしそれも長くは続かない。ココナが先に仕掛けた。”女豹”は距離をとろうと後ろに跳ぶ。ココナは止まらずにもう一歩踏み込み、”女豹”の胸に重い一撃を当てる。

「フギャゥッ!」

 さらに、吹き飛んだ”女豹”めがけて飛び蹴りを放つ。もちろん、どちらにもエネルギーを込めている。”女豹”はその場に倒れ込んだ。ココナが駆け寄る。こいつにはまだ聞きたいことがある。

「貴方、子供が1人見当たらないのだけど、知らないかしら?」子供達が言っていた’えみちゃん’の姿が見えない。どこに監禁されているのか。その答えは意外なものだった。

「…ツイヨウ、アツイヨウ」”女豹”はみるみるうちに人の姿になった。それは妖艶な怪人の姿とは真逆の幼女だった。

「アツイヨウ、タスケテ、オネエチャン…」幼女は手をこちらに差し出す。その手は燃えていた。

「ッ…!」ココナの頭の中でたくさんのことが渦巻いていた。この少女は’えみちゃん’なのではないか。自分が気まぐれなど起こさずにあのまま踏み込んでいたらこのようなことにはならなかったのではないか。すべての考えが自分を攻め立てる。ナイフのように心に突き刺さる。ココナの硝子玉のような瞳にヒビが入る。

 熱さに苦しむ幼女に差しのべる手はなかった。幼女の声が消える。死んでしまったのか、?自分が殺してしまったのか?また、助けられなかったのか(・・・・・・・・・・・)?

「あ…あ゛あ゛ッ…う、グウッ!」ココナは胸と目を押さえてうずくまった。動悸が早くなる。瞳のヒビがさらにひどくなる。その度に、心を抉り取るような激痛がココナを襲う。涙を称えた紅い瞳が砕け散らんとする。

「あ゛ッ…」耐えきれなくなったココナは上体をそらし、そのまま気を失った。倒れ込むココナを、モトが優しく抱き寄せる。モトは子供達を送り返して今さっき戻って来たのだ。モトはしばらくココナを抱き締めた。壊れてしまいそうな何かを優しく守るように…。



 ※



 ココナはまだ目が覚めない。たまに起きることがあっても、また先日のような発作が起きる。その度にモトが優しく抱き締めて、寝かしつけるのだ。ココナは感情が高ぶると瞳にガラスのひび割れのような傷が浮かび上がる。強い感情、特にネガティブなものに反応してその傷は深くなるのだ。モトは思った。これはPTSD(心的外傷後ストレス障害)なのではないか、と。自分と出会う前に何かいやなことがあった、それを今でも引きずっていらっしゃるのだ、と。モトは教えてあげたかった。’えみちゃん’は生きていたこと。酷い火傷を負っていたが、”女豹”の回復力で全快したこと。そして、

「おねーちゃん、また来たよー!」’えみちゃん’は毎日ココナを見舞いに来ていること。

 モトと’えみちゃん’…絵美はすっかり仲良くなっていた。モトが話せないことを知ると、絵美は筆談という方法を勧めた。絵美は覚えたての字でモトに言葉を伝えた。モトはそんなことをしなくても自分は耳が聞こえるから、と伝えたが、絵美は「おねーちゃんと一緒のことがしたい!」といって筆談を続けた。ちなみに、”女豹”への変身能力は消えていないらしく、「じゆうじざいにできるようにれんしゅうちゅうなの!」ということだそうだ。

「あの子、まだめがさめないんだね。」絵美は青緑の目を悲哀に染めた。モトもその様子を見て悲しくなった。


 ーーーーこの子が元気だということを、せめて教えて差し上げることができるならば…


 その時、布団が擦れる音がした。ココナが起きた。また発作を起こしてしまうだろうか?いや、今回はそんなことはなかった。ココナがこちらに来る。絵美もココナが起きたことに気づいたらしく、目を輝かせて最近出会う人出会う人に話していることをココナに言った。

「おはよう!あのね、私、らいだーの女の子に助けてもらったんだよ!」

「…そう。そう、なんだ…。良かったわね。」ココナは驚きと喜びがない交ぜになったような、儚げな笑顔を絵美に向けた。モトにはその笑顔が、太陽のように輝いているようにも、月のように落ち着いているようにも見えた。




えみちゃん、生きていて良かったですね。

今回の話、大急ぎで仕上げたので誤字脱字が多そうで怖いです。


次回「少年の恋」 お楽しみに!

※この作品はフィクションです。実在する人物団体とは、一切関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ