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黒き風の皇女(おとめ)  作者: 吉田さゆか
邂逅 -1989-
3/14

変身

11/28 モトコ→モト

 夜のトンネル、一台のバイクが走り抜ける。ココナは追われていた、死神に…


 時は少し遡る。ココナは翼の怪物の情報を集めるために、街を出て旅に出ていた。懺悔を聞いた神父から有益な情報を手に入れたのだ。’彼女’は天使に導かれるようにこの街に来たらしい、と。その天使と件の怪物が同一であれば、他の町にも〈天使〉の目撃情報があってもおかしくない。ココナには〈天使〉があれ一体だけとはどうも思えなかった。ココナの直感はよく当たる。


ーーーー悪い方に、ね。


 遅めの昼食を済ませたココナは、SA(サービスエリア)から出て、別の場所に向かうことにした。そろそろ高速道路を降りないと、降りられなくなる。ここでも有益な情報は得られなかった。この近くの出口を探して…

「でよ、俺怖くなって、それからあの道使うのやめたんだよ。」

「嘘つけ、そんな話だぁれが信じるかよ。」

「ホントなんだよ。なぁ信じてくれよー。」

「どちらにせよ、お前の仕事だろ。代わってくれってのは無理ってもんよ。」

「それに、お前の話が本当なら、もう出てこねぇんじゃねぇか?その青い目の骸骨。」


ーーーー青い目!?


「そういう問題じゃあ…」「あの!」ココナが呼び掛けると、ガタイのいい4人組がこちらを向いた。

「そのお話、詳しく聞かせてもらえませんか?」



 4人組はトラック運転手らしい。遭遇した彼の話によれば、ある日荷物を届けに行く途中、トンネル内でいかにも死神といった風貌の人影をはねてしまった。ブレーキをかけようとして人影を見ると、その顔も体も白い骨で、青緑色の目がこっちをじっと見ていた。

「で、パニックになってアクセルを強くしちまって、骸骨ははがれたんだけどよ、その時に、確かに聞いたんだよ。『オ、マ、エ、ハ、チ、ガ、ウ』って。」

 ココナは彼の話を聞いて、それは〈天使〉である、と確信した。しかし遠い。そこまで行くにはかなりの料金がかかる。手持ちでは足りない。そこでココナは、

「あの、そこまで乗せていって貰えませんか?」と言った。



 ※



「へぇ、ヒッチハイクとはねぇ。嬢ちゃん、その年でよくやるよ。」

「あら、私歳話しましたっけ?」

「いや。でも18越えてるようには見えないけどなぁ。」

「…私、21ですけど。」

「マジかよ!」

 そんな話をするうちに件のトンネルが見えてきた。

「ここだ。」彼は明らかに緊張している。

「大丈夫です。私がついてます。」ココナが同乗を許可してもらったのは、半ば彼を押し付けられた形であったため、会話などの主導権はココナに傾いている。その代わりに、彼の心のケアと運転(ドライブ)を楽しいものにする事は最低限すべき仕事だ。でかい態度はとれても、彼を怒らせたり怖がらせたりして困るのはココナだ。下ろされたり、道を変えられたりしたら、たまったものではない。

「嬢ちゃん、ありがとよ。」彼は苦笑いしながらトンネルに向けてアクセルを強めた。



 トンネルの中は明かりがひとつもない。出口が見えないどころか、ハイビームでやっと視界が十分になるほど暗い。ココナは目を凝らした。彼女の目をもってすれば、懐中電灯ひとつで同じだけの視界が保てる。だからこそ、ココナはすでに”死神”を見つけていた。

「アクセル緩めて。来たわよ。」ココナの口調が変わる。硝子玉のような瞳が警戒に染まる。

「来たって、まさか…?」

「ええ、貴方の言ってた死神。」

「じゃあアクセル緩めちゃダメだろーが‼」

 彼はアクセルを強めた。スピードはぐんぐん上がる。”死神”の方もこちらを見つけたようだ。生気のない瞳でココナを睨み付け、

「うああぁぁぁぁ!」

 はねられた。


 ”死神”はフロントガラスのココナ側にへばりついている。運転する上では問題ない。

「ねぇ!」

「なんだぁ⁉」

「コイツがはがれたのってど…グゥッ!」

 ”死神”はフロントガラスをすり抜け、ココナの首に手をかけた。

「見ツケタ、ゾ。」”死神”は顎の骨をカタカタ鳴らしながらそう言った。手にはいつの間にか鎌を持っている。

「チイイイ…!」”死神”は鎌を横になごうとしている。このままでは彼も危ない。

「お兄さん、ごめん!」ココナはそう言うと助手席側のドアを蹴破り、走るトラックから飛び降りた。彼は気づいていない様子だ。無我夢中なのだろう。

 ココナは無策で飛び降りたわけではない。その先にはココナの相棒、「SUZUKI-RA125 ココナカスタム」別名モトが待ち構えていた。このバイク、見た目こそオリジナルと変わらないが、最高速度は時速3675km、さらに自走機能まで兼ね備えたモンスターマシンなのだ。ココナは飛び乗ると、”死神”を振り落とした。

 そのまま出口まで逃げ切ろうとしたが、目の前に振り落としたはずの”死神”が現れた。

「んなっ…!」ココナはそのまま追突し、体を放り出した。そのまま何度も地面に体をぶつけた後、壁を突き破って高速道路の外に落ちていった。後に彼は戻ってきたのだが、そこで見たのは道路に引かれた真っ赤な線だった…。



 ※



 ココナは血だまりの中で目を覚ました。そして今が夜であることに安堵した。ココナの身体を構成する強化細胞〔ハイ・フラクション〕は常人の数十倍の潜在能力を持ち、100m5秒を切る走力、水中で2時間、真空でも20分の活動を可能にする肺活量、内蔵破裂などの致命的なダメージをたちどころに直す回復力を有している。しかしこの細胞、紫外線B波にめっぽう弱い為に、昼間では実力の半分も出せない。今の傷では回復しきる前に死んでいただろう。ココナは全身の痛みに耐えながらゆっくりと身体を起こした。


ーーーーここ、は…?


 ココナは歩きだした。足の肉が所々抉れているせいでうまく歩けなかったが、ある程度するとそれも回復した。壁に飛び乗って辺りを見回せば、そこには海があった。飛び乗った壁もコンテナだった。ここは港だ。しかし、港にあるはずの船がない。


ーーーー廃港、か。


 しかし、最近まで使われていた港らしい。船さえ着けば、今にも作業を始められそうだ。人の気配もする…いや、人ではない。ココナはこの’ニオイ’を知っている。先日相対した怪物=〈天使〉のものだ。”死神”がここまで追ってきたか。ココナは今が夜であることにもう一度安堵した。

「貴方たちの目的は何?私を『見つけた』とはどういうことかしら?」返事はない。代わりに大鎌が飛んできた。

「答える気はないのね?」ココナは鎌を避けながらそう言った。視線の先の青緑の眼がココナをじっと見つめている。

「そこね!」

 ココナは一気に跳躍した。拳を握りしめ、勢いをつけて殴った、がその拳がとらえたのはコンテナだった。金属の壁はひしゃげ、穴が開いた。振り返っても”死神”の姿はない。見渡してみると、いた。遠くの方に青緑の光が2つ、目を離すと消えてしまった。そこからしばらく光は現れては消え、現れては消えを繰り返していたが、急に後ろから切りかかられた。

「くッ!」

 間一髪で避けたココナはある仮説をたてた。


ーーーー”死神”は複数いる。


 こんなにすぐ近くに寄れるなら、遠くに気をそらせる必要もない。さらに、先ほど感じた気配は複数だったのだ。結論から言うとその仮説は正しかった。切りかかった一体の腕を殴り飛ばすと、また後ろから切られた。

「ぐぅッ」

 ココナは振り向きざまに殴りかかったが避けられた。腕を吹き飛ばした方もその腕を回収して接着してしまった。これでは埒が明かない。

 ココナは一旦開けたところに出た。”死神”は追ってこない。あの連携は閉所や狭い通路でこそ真価を発揮する、それを理解しているらしい。


ーーーー手強いわね…


 しかし、策がないわけではない。ココナはコンテナのひとつをこじ開けた。空のはずの内部に、袋が入っている。中は恐らく粉だ。先ほど穴を穿ったコンテナにも同じものがあった。中身は粉だった。

 ココナは”死神”を誘導した後、粉を撒いた。”死神”は3体いた。”死神”が大鎌を降り下ろし、ココナがそれを避ける。そうしているうち、粉が宙を舞い始めた。ココナが誘導したのは先程穴を開けたコンテナの前。中には宙を舞った粉が充満している。


ーーーー今!


 ココナは”死神”が降り下ろした鎌を後ろに飛び退いて避けた。同時に、先ほど千切っておいたコンテナの欠片を”死神”の鎌に投げつけた。瞬間、大爆発が起きた。

 ココナは粉塵爆発を起こしたのだ。もとから可燃性の高い粉だったようだ。コンテナが木っ端微塵に吹き飛んでいる。この威力では跡形もないだろう。ココナはその場を立ち去ろうとした。が…


ーーーー!


 後ろを振り向いたココナは絶句した。主にコンテナを運ぶために使われる高さ約50mのクレーン、通称ガントリークレーンが音を立ててひしゃげていたのだ。一体どこにこんな力が。いや、これは…


ーーーークレーンを吸収している⁉


 それだけではない。”死神” いや〈天使〉は周囲のコンテナをも次々と取り込んでいる。その様子はさながらブラックホールだ。奴等には吸収量の上限というものがないのだろうか?

 やがて それ は人の形をなした。金属の四肢、頭部に輝く6つの光。その姿は機械に形作られた”巨人”、その圧倒的な質量が、ココナを叩き潰さんと襲いかかる。

「チイイイ…!」

 ココナは迫り来る拳をなんとか避けた。ココナの身長よりも大きいその拳は、コンクリートの地面を深々と抉り取った。”巨人”の力は恐ろしいものだ。今のココナでは相手にならない。


ーーーーでも、「あれ」を使えば…


 ココナは”巨人”に向き直り、全身を怒りに震わせた。細胞に稲妻がほとばしり、血液は流れに逆らい始める。


ーーーー変態(へんしん)!


 瞬間、周囲を紅い閃光が包み、辺りは真昼のように明るくなった。”巨人”はそれに怯まずココナのいた辺りに拳を放った、が空を切った。そこに取り残されたように、湯気が煙のように漂っている。そのときココナは、すでに”巨人”の後頭部をその拳でとらえていた。”巨人”の頭が変形し、その身体は海へと落ちた。


 ココナの今の姿は黒を基調としたプリンセスラインのロングドレスだ。ベルトのバックルには紅い宝玉がはまり、他にも紅い意匠が所々に散見できる。この、およそ戦闘とは無縁とも言えそうな姿こそ、神有月ココナの戦闘形態なのだ。この姿のココナのパンチ力は89mmバズーカに匹敵し、キック力は厚さ30cmの鋼鉄の板を易々と蹴破る。そこに、さらに全身の筋肉がその拳を振り抜くためだけに、その足を蹴り出すためだけに連携し、動作する。最早それはカタログスペックそのままの威力ではない。例え空中であっても、50mの巨体を殴り飛ばすには十分なのだ。


 ココナはその場を立ち去るために歩き出した。その後ろで大きな波が起こる。”巨人”だ。”巨人”はまだ完全には倒せていなかったのだ。ココナの背中を睨み付け、その変形した頭部から砲口を覗かせた。しかし、ココナは振り向かない。”巨人”はココナに狙いを定めた、がその直後、砲身が爆発して頭部が吹き飛んだ。その後身体中から発火した首なしの巨人は、燃えながら海の中に沈んでいき、大爆発を起こして大きな水柱をあげた。


 ココナが戦闘形態になる際、動力源である〔賢者の石〕から膨大なエネルギーが発せられる。そのエネルギーは体内に蓄積され、余剰分が体外に水蒸気として放出される。この時蓄えられるエネルギーは熱量にして6×10の13乗J。広島型原爆(リトルボーイ)に匹敵する。そのエネルギーを、パンチの瞬間に”巨人”に流し込んだのだ。じわじわと漏れ出すエネルギーは金属の身体を発火点にまで到達させ、例え海に潜ろうともその火は消えない。そして”巨人”はその身体を融解させ、それでも余ったエネルギーと共に爆散したのである。


 ココナは少し派手にやり過ぎたかと思い、そそくさとその場を立ち去った。後にこの港が麻薬の密輸から武器の密売までを手広く行うある組織が使用していたものとわかったが、証拠が吹き飛んでしまったために立件できなかったことは、ココナの知る由のないことである。



 ※



 高速道路、とあるSA(サービスエリア)。トラック運転手の伊藤は暗い気分で朝食を食べていた。先日、とある少女を自らが恐怖体験をしたトンネルに連れていった。しかし、トンネルを出てみると助手席に少女の姿はなく、あとで戻ってみるとトンネルを出たところに血で引いたような赤い線が道路の壁の穴まで続いており、近くにバイクが転がっていた。慌てて警察に通報し、仲間や友人をつれて現場に戻ると、赤い線もバイクもきれいさっぱり無くなっており、警察には嘘偽りを通報するなと厳重注意をされ、仲間や友人には冷たい目をされるなど、さんざんな目に遭った。


ーーーーお嬢ちゃん、無事かなぁ。


 あの少女がいたことは、あのとき話していた3人も認めている。だが警察も取りあってはくれないだろうし、友人とはあれ以来疎遠になってしまった。探したいのは山々だが1人ではどうしようもない。

「すみません、相席、よろしいですか?」

 そんな声が頭上から聞こえた。今の時間帯、別に混雑しているというわけでもない。不思議に思った彼は顔をあげた。そこには…

「お、お嬢ちゃん…」

 助手席からこつぜんと姿を消した少女、ココナが硝子玉のような紅い瞳を喜色に染めて立っていた。




次回話で今回語りきれなかった部分について書こうと思っています。


次回「紅い瞳」お楽しみに!

※この作品はフィクションです。実在の人物団体とは一切関係ありません。

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