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黒き風の皇女(おとめ)  作者: 吉田さゆか
邂逅 -1989-
13/14

ROUND ABOUT

ヒトミ回、2話目です。

ちょっと何話続くかわかんなくなってきました。

「ねぇココナ....ココナってば!」

「な、何?」ヒトミの言葉でココナは我にかえった。ヒトミはしきりに質問をしてくる。ココナは、くよくよ考えるのはよそう、とヒトミの質問に答えていった。

「ねぇココナ、変身した後写真に写ってなかったけど、影はどうだった?」

「そんなの自分で思い出しなさいよ。」

「だから、思い出せないって言ってんでしょうが!」

「そうだったわね...多分無かったと思うわよ。気にしたことは無いけど。」

「そ。じゃあ苦手なものとか、ない?」

「苦手なもの、ねぇ...。にんにくのきつい料理は嫌いだわ。後は、弱い金属アレルギーかしら?銀製品を着けたりすると肌がかぶれちゃうのよ。」

「ふーん。そう言えばこの前、私が轢いたときに血まみれになってたけど、あんなに傷だらけなのが今すっかり治ってるのに、あの時治る気配が無かったのは?」

「私の細胞(からだ)、日光に弱いの。だから昼間は身体能力とか新陳代謝が常人並みになってしまうのよ。」ココナがそう言うと、ヒトミは半目になってココナをじっと見つめた。

「ねぇココナ。」

「今度は何よ?」

「血、飲んだりしないわよね?」その問いかけに、今度はココナが半目になって、

「するわけないでしょ。私は蚊の改造人間じゃないのよ。」と言った。

 ココナには〔サクション〕という器官があり、相手の体に神経毒を送り込むことができる。八重歯(トゥーサー)尻尾(テイル)の二種類が存在し、(トゥーサー)には逆に毒を抜く事ができるように吸引機能もある。この場合、ヒトミは『吸血が出来るかどうか』と聞いており、そういう意味では不可能ではないのだが、聞き方が悪かった。

 ヒトミはそれ以上は追求せず、何やら1人でぶつぶつと言いながらハンドルを握っていた。すでに2人はヒトミの車に乗り込んでいる。ココナがどこに向かっているのかとヒトミに聞くと、彼女は「寝るとこ」と言った。もう夜も遅い。車はヒトミの家に向かっている―――はずだった。

「じょ、冗談じゃないわよ...。何なのよこれは⁉」ココナの指差す先には周りの建物から完全に浮いた豪華な建物――逆に安っぽく見えなくもない――があった。つまりは、ラブホテルである。

「何って、今日寝るところよ。私何も間違ったことは言ってないと思うんだけど?」確かに、家だとは一言も言っていない。おそるおそるヒトミに「…家は?」と聞くと、ヒトミは「一応あるわよ、大阪に。今から行く?」と言った。そんなところに今から向かえば、夜が明けてしまう。ココナは首を大きく横に振った。

「だ、だからと言って、何もラブッ…とにかく、なんでここなのよ⁉︎」

「まあまあ、入ってみたらわかるわよ。」ヒトミはそう言うとココナを引きずって中に入った。ヒトミは受付の男性に何事かささやくと、男性は並んでいる部屋鍵ではなくカウンターの下から取り出した鍵を渡した。

「ねぇ、さっき何を話してたの?」ココナはヒトミの背中からひょっこりと出てきてそう言った。さっきはずっとヒトミの後ろに隠れていたのだ。その様子が見た目相応の純真な少女に見えたので、ヒトミはからかってやろうと思った。

「えっとね、『ちょっと激しいプレイをするから、壁の分厚い部屋がいい』って言ったの。こういうところは隣の音が聞こえやすいようにわざと壁を薄くしてたりするから。」

 それを聞いたココナは顔を真っ赤にさせて押し黙ってしまった。いつでも逃げれるように身構えているのがたまらなく面白くて、ヒトミは口をヒクヒクさせていたが、結局耐えきれずに爆笑した。

「アッハハハ、ハハ。あのねぇ、別にそういう目的だけでここを利用する人ばかりじゃないのよ。」

「え?そ、そうなの?」ココナは目を丸くした。確かに、ラブホテルをビジネスホテルがわりに使う人もいる。料金がビジネスホテルより安かったり、設備が充実していたりと、コストパフォーマンスがかなりいい。ただ、お一人様お断りを掲げているところもあるので、利用前に確認を忘れずに。

 ココナは部屋に備え付けられた温泉に目を輝かせ、脱いだ服が床につかぬうちに湯船に飛び込んだ。ヒトミはベッドに腰かけると、上着を脱いで後ろ向きに倒れ込んだ。バフッ、という音がして体が沈んだ。ココナが風呂から上がった頃には、ヒトミはすぅ、すぅ、と寝息をたてていた。


 ーーーーほんと、スタイル良いわねぇ


 ココナはヒトミの躰を眺めた。出るところは出て、くびれるところはくびれ、胸は大きいが不自然ではない。均整はないが、ごく自然で崩れてもいないその身体は、不自然なほど均整の取れた『工芸品』のようなココナとは逆に、肉感的で『生きもの』らしさを感じさせる。ボディコンの似合う女ってこんな感じなんだろうなと思いつつ、ココナはヒトミの胸に触れた。弾力のある乳房はココナの手を押し返してくる。ヒトミは幾つなのだろうか?肌は十代後半(ハイティーン)のようにみずみずしく、ハリもある。けれど、物腰や語り口は長い経験を積んだ大人のそれで…


 ーーーー暖かい…


 自分の体温が低いわけではない。ただ、彼女はここに『生きて』いる。その生命のぬくもりはココナとはまるで違うもののように感じられた。ココナは俯いた。


 ーーーー私は『生きている』と、そう言えるのかしら。


 昔見た映画にこんな話があった。あるロボットが自我に目覚め、それを育みながらたくさんの人とかかわりを持っていく。出会いと別れを繰り返しながら、そのロボットは徐々に人間の姿に自らを寄せていった。そして一人の女性と結ばれた『彼』は、自分を『人間』として受け入れてほしいと願った。

 今のココナと、とても良く似ている。いつまでも変わることのない美しい容姿、そしてその内に潜む異形。食事も睡眠も、果ては呼吸すら必要とせず、その肉体は酷使しなければ理論上5万年はもつというバケモノ。ココナは知りたかった。自分の今の境遇に意味があるなら、この力は何のために使えば良いのか。神坂の『作品』の中で人の姿かたちをしているのはココナだけだ。


 ーーーーもしも、私に、私が此処にいる事(・・・・・・・・)に意味があるというのなら…


「私は一体、あなたに何を託されたの…?」ココナはこぶしを握り締めた。その答えを、今の彼(・・・)が知っているかは定かではないが...。不意に下からきゃいっ、という悲鳴が聞こえた。見るとヒトミが顔を歪ませていた。ココナの手がヒトミの胸を鷲掴みにしていたのだった。



 ※



「ごめんなさい!」ココナは土下座した。あともう少し気づくのが遅かったら、ヒトミの胸はねじ切れていたかもしれないのだ。

「…。ひっどぉーい…。」ヒトミは蔑むような眼でココナを睨んだ。その瞳の奥には悪戯心が湧き上がっていたが、素っ裸で頭をマットレスにこすりつけているココナには気付けるはずもなかった。ヒトミはココナが顔を上げる様子もないので、

「もういいわよ。ただし、次からは優しくシてね。」

「本当にごめんなさ....へ?」

「ここはラブホテルだし、別に情事(そういうこと)したくなってもおかしくはないしね。それに女の子同士ならマチガイもないでしょうし。」と言った。

「ち、違うっ、そ、そんな、つもりで...」ココナはバッと顔を上げて否定した。ヒトミは優しい微笑みを向けている。ココナはその生暖かい視線に耐えきれなくなってテレビをつけた。そちらに目を向けると画面いっぱいに男性の局部が...。

「ひぃやぁぁぁぁ!?」ココナは顔を真っ赤にしてひっくり返った。アダルトビデオが再生されたままだったのだ。


 ーーーーあ、あれがああなって?え、そんなふうになるの?ふえっ!?は、入っちゃった。


「アッハハハハ、ヒーヒヒ、あーおもしろー。」起き上がって画面を凝視するココナを見てひとしきり笑ったあと、ヒトミはマットレスの端に腰かけてパソコンをいじり始めた。

 結局、ビデオが終わるまでの間、ココナは目玉が飛び出そうなほど目を見開いて、画面の中で行われる行為に見入っていた。誰でも信じられないものを見ると、まばたきも目を背けることも出来ないものである。

 我に帰ったココナは、先程まで赤らめていた顔をもっと赤くして、画面に指を突き立て、首関節の滑りが悪い人形のようにかくかくと少しずつ頭をヒトミに向けた。動画での女優の乱れようはすごかった。自分もああ・・なるのか、と。あれを見て動じないヒトミは、つまり経験があるのかと。いやいや、それよりも


 ーーーー子どもを作る行為って...あんな...


 さすがにココナもコウノトリが運んでくるだとかそういう夢物語を信じていたわけではない。それでも、話に聞くのと、実際に見るのとでは全く違う。何だかんだ言ってココナも女だ。恋をしてみたいとか、いつか子どもが欲しいとか、そういう生理的な、女性的な欲求を覚えたことはある。しかし、ココナが望んでいるものはあんな生々しいものではなかった。

 自分の中に答えがあって、しかしそれを自分では生み出せない。女性なら誰しも一度は感じたことがあるであろうそんな感情がココナを支配していた。

「ねぇ、ヒトミ。」

「うん」

「あ、あの、さ」

「うん」

「何て言えばいいのかわからないんだけど...」

「うん」

「聞いてる?」

「うん?」ヒトミはココナの方に振り返った。この反応は聞いていなかった証拠だ。

「やっぱりもういい。」ココナはそのまま柔らかいマットレスに沈み込んだ。ヒトミは「そ」と言ってまた向こうを向いてしまった。

 部屋に静寂が流れる。それが耐えられなくて、ココナは何か話題がないかと辺りを見回した。こんなに人肌恋しくなったのは初めてだ。ココナは起き上がると、それとは悟られないようにヒトミに抱きついた。すると、板状の電子機器が目に入った。

「それ、ノートパソコン?」ココナはヒトミに問うた。

「なにそれ?...あ、これのこと?そうよ、ラップトップPC。」ヒトミがキーボードを叩くと、オレンジ色のディスプレイに文字が打ち込まれていく。ヒトミは今日の取材内容をまとめて記事にしていたのだった。

「時代は変わるわねぇ。昔は一文字失敗しただけで全部書き直さなきゃいけなかったのに、今じゃほら、」そう言うとヒトミはバックスペースをクリックした。「簡単にやり直せる。」

「それはいいんだけどさ、」ココナは気になることがあった。「それ、どこから出したの?」

「そりゃ、懐からよ。」ヒトミは上着の内ポケットを指差した。

「...上着、あっちなんだけど。というか、無理があるでしょ、その大きさはさすがに。」ヒトミは上着を着ていない。少なくともパソコンを取り出した時は着ていなかった。それなのにヒトミは自分のブラウスの脇辺りを指差している。ココナはますます気になった。

「え、あ。」ヒトミはココナに指摘されて、しまった、とでも言うように顔をしかめた。その手には、さっきまでは持っていなかったフロッピーディスクを握りしめて。

「それも、どこから出したの?」ココナは静かに問い詰めた。ヒトミはそれを無視してディスクをpcに挿入した。

「そ、それより、問題はこの中身よ。」そう言うとヒトミは画面に写し出された内容を示した。オレンジのディスプレイに、文字が羅列されていく。内容は英語だった。


 ーーーーなんか、鏡が歪みそう。


 ココナは英語がわからないので、ヒトミに内容を聞いた。

「あなたにも関係ある話よ。多分、だけどね。」ヒトミはうまく話をそらせていることに内心ほくそ笑んでいたが、顔には出さずに内容を説明した。それは、ある組織へ宛てたメールのようだった。

「『1989年1月、我が社の所有する港で発生した爆発事件について、『彼』が関与している可能性が出てきた。コンテナやクレーンといった動かせるはずのないものが、海中で融解してひとつの鉄塊となっている。こんなことは噂に聞く『INGARITSUHEIKI』を使わなければ不可能だ。都市伝説が事実だと身をもって知ることができたが、そのせいで代金を支払った品物はすべて海の藻屑となってしまった。しかもだ、その商品の中には頼んでもいない薬物が入っていたそうじゃないか!?お陰で我々は薬物所持などという下らない疑いをかけられるところだったんだ。あんたらが信頼できる組織だと思ったから、取引の場としても貸し与えてやったんだ。もう手を切らせてもらう。『彼』との接触に成功すれば、『INGARITSUHEIKI』を入手できるはずだ。そうなればあんたたちがうちに卸す武器も豆鉄砲でしかなくなるからな。』...ですって。この『彼』と『INGARITSUHEIKI』ってのは何だかわかんないわね。まあ取り敢えず、この文書に書いてあることと、最近の日本各地で起こっている小規模の爆発事故、その現場での取材から、私はあなたを見つけたって訳よ。」すごいでしょ、とでも言うようにヒトミはふんぞり返った。ココナは対処に困ったが、しばらく考えた後、頭をよしよしと撫でてやった。

「それで、私に聞きたいんでしょ?そのために私を探し出した。」ココナはヒトミの疑問にすべて答えられるだろう。だが、ココナはヒトミに今一度問いかけた。ココナの紹介記事を書く程度なら、これ以上は必要のない情報だ。ヒトミがその情報を得て何をしたいのか、そもそもただ知りたいだけなのか。それによってココナの答えも変わってくる。『INGARITSUHEIKI』に興味を持っているならば、危険だ。


 ーーーーもしヒトミが、所有者ホルダーになってしまったら、殺さなければならなくなる...。


 情報を開示しないという方法でそれを未然に防ぐことができる。知り合いを手にかけるなど、今の自分・・・・には到底できない。いや、できるが絶対にしたくない。

「そう、だけど...」ヒトミもココナの意思を雰囲気から察したのか、緊張したようにそう口を開いた。その後に続く言葉はなかなか出てこなかったが「何だか、ちょっと怖くなっちゃった。」と言うと、ヒトミは困ったような笑顔で言葉を紡ぎ始めた。

「これ以上知ると戻れなくなるのが怖いとかではないの...。ただ、こんな、あっけなくていいのかなって...。」

「どういうこと?」

「ココナ、私今さっき嘘をついたの。あなたを探してはいたけど、見つけたのは本当に偶然。もし自力であなたのところまでたどり着こうと思ったら、あと3ヶ月はゆうにかかってた。それ以上の犠牲も...。...この文書ファイルは、あなたを見つける手がかりとして、今日受けとるはずだった。相棒との手渡しでね。でも、1ヶ月前に連絡があったの。『何者かが狙っている。いつもの場所に隠しておくが、正直手を引いた方がいいと思う。』ってね。」

「ここがその、いつもの場所なの?」

「そう、それで、きっとここで会えると思ってたの。」

「ずいぶんな余裕ね。普通狙われているって聞いたら、しばらくは会えないって考えるはずなのに。」

「今までだって危ない橋は渡ってきた。今回も大丈夫だと思ったの。だから、5日前、彼の惨殺体が見つかって、それで...私、最初は一体何が起こっているか分からなかった。」

「5日前って...!?」5日前と言えば、ココナとヒトミが一睡もせず、食事もとらずにぶっ通しの取材を始める、その前日である。

 何故そんな時期からこんな殺人スケジュールを組んだのか?いや、その理由は分かる。仕事で忙殺することで喪失感を埋めようとしていたのだろう。

「知らなかった...。そんなそぶりも見せなかったから...。」

「私と彼は信頼しあっていた。互いに恋愛感情は全くなかったけど、共通の知り合いとかに夫婦同然と言われるぐらいには...。正直ね、私、今でも信じられなくって、きっと、ここにいれば私のことを見つけてくれる気がして、彼、私と違って探し物が得意だったから...きっと私が見つけられないだけだって...。」

 ヒトミは涙を流さなかったが、徐々に声が涙ぐんだものへと変わっていった。ココナはとっさにヒトミを抱き締めた、モトがいつも自分にしてくれるように。今のヒトミは精神的に不安定だ。ココナの瞳にヒビが入るようなとき、モトはココナが落ち着くまでやさしく抱きしめる。モトの胸に頭をうずめ、肌を密着させると、とても心が安らぐのだ。


 ーーーー胸には自信がないけど...


「ギューって、したら、落ちつく。」いい言葉が見つからず、片言で話してしまった。そう言えば、昔はこんな喋り方だった。

「私が、友達になっちゃ、駄目?」ココナは少し間をおいてから、そう言った。

「女同士だから、夫婦同然なんて呼ばれることはないけど、その人の代わりなんてなれないかもしれないけど、貴方の、心の、拠り所に...その、」言葉を選ぶ度に何だか気恥ずかしくなって、途中で言葉を切ってしまった。すると、ヒトミにぐいっと引き寄せられて、抱き締め返された。

「私!...私も...。家族を、ムラのみんなを皆殺しにされてから、ずっと一人で、復讐のために生きてきて、そんなんだから、心を許しあえるような人もいなくって...。やっと、見つけた、親友だったのに、私がふがいないせいで死なせてしまって...。だから、私もココナと友達になりたい。でも怖いの、また失ってしまうのが、怖いのよ...。」ヒトミはココナを抱き締める力を強めた。

 ココナはヒトミにそんな過去があったのかと驚いたが、それは表に出さず、また腕をヒトミの後ろに回した。泣きじゃくる子供をあやすようにやさしく。ヒトミの方は、一度弱いところを見せると止まらなくなって、すがり付くようにココナを抱き締め続けた。

「大丈夫、私は不死身よ。そこいらのやつにやられるもんですか。私を倒したかったら、世界中の軍隊を召集しなきゃならないわよ。」ココナはヒトミの目を見た。ヒトミもこちらを見ている。

「ありがとう、落ち着いたわ。ごめんなさい、取り乱してしまって。」ヒトミはそう言って、恥ずかしそうに視線をそらした。

「いいのよ。私だって、そういうことよくあるもの。」ココナはそう言ってヒトミから離れると、いつの間に着ていたのか、バスローブがはだけているのを整えた。

「ねぇココナ、取材が全部終わったら、行きたい場所があるのよ。ココナと、二人で。」

「どうして?」

「ココナにずっと取材ししてたから、私はココナの事よく知ってるでしょ?でもココナは私の事沢山知ってる訳じゃない。だから私の秘密を、ココナと共有したいのよ。ココナは包み隠さず話してくれたんだから、私も教えないとフェアじゃないでしょ?」

「そんなの気にしなくていいのに。」

 ココナはヒトミが隠し事をしていることは気づいていた。でも、きっとそれは、彼女自身の心の深いところに踏み込む事になるから、聞かないでおこうと思っていた。

 今ココナは、自分から話してくれるのなら、と言葉に反して聞く気満々である。

「でも、簡単に他人ひとに言える秘密じゃないから、取材が終わるまでは待ってほしいの。それまでには心の準備をしておくから。」ヒトミはまた困ったように笑う。どうやら彼女の本当の笑顔はこちららしい。

 不意にアラームのような音が鳴った。ココナは警戒したが、ヒトミが大丈夫よ、と言って携帯電話を取り出した。そしてばつが悪そうに、

「こ、これについても、今度話すから。」と言って電話に応対した。


 ーーーーパソコンあれといい携帯これといい、あんなバカでっかいものが出てくるなんて、不思議なポッケでもついてるのかしら?


 ココナはヒトミの携帯電話に注目した。

 携帯電話が発売されたのは、だいたい2年前。ポケベルとの決定的な違いは、その場で音声通話ができることだ。

 問題はその値段。基本的にレンタルなのだが、契約時に払う契約金、保証金、諸々あわせて約30万もかかる。しかも月々のレンタル料が2万5000円とこちらも高い。

 そのせいで使用人口はかなり少ないが、それによって携帯電話を持っていることが一種のステータスとなっている。

 まぁヒトミがいつも乗り回している車は高級そうなので、持っていること自体は不思議ではない。


 ーーーーでもやっぱりテレカで十分だと思うなぁ。60分しか電話できないものに33万はちょっと...。


 携帯あれはやはり格好をつける為の道具に過ぎない。ココナはそう結論付けた。しかしそんなことはない。緊急の連絡の際、ポケベルを1度経由する手間が省ける分迅速な対応ができる。

 ココナがベッドの端に座って自分の手(セルフドライヤー)で髪を乾かしていると、電話を終えたヒトミが神妙な面持ちでココナを呼んだ。

「ココナ...」

「ん?どうしたの。」

「昨日のユキちゃんから。人を、殺したかも知れないって...」



 ※



「人を殺したって...?」そうは言ったが、ココナが気になっているのは「かもしれない」という言葉だ。相手の生死が確認できない状態なのだろうか?

「分からない。とりあえず急ぐわよ。私のGP7なら10分で着くわ。」ヒトミはアクセルを全開にして急発進した。法定速度なんて無視する、とでも言わんばかりの走りで次々と車を追い越していく。ココナが窓の外を見ると、並走するモトが紙を1枚窓に張り付けていた。そこには

『御二人とも、私に乗ればよかったのでは?』と書かれてあった。

「も、モトぉ、言うのが、遅いわよぉ...ぅぷ。」夜や変身中であれば何ともなかったが、明け方(いま)のココナの三半規管には少し酷な走りであった。ヒトミの運転が悪いわけではないが、この速度、モトならまだ快適に乗っていられるのだ。

「ココナ、ちょっと地図見て!」

「無茶言うなぁ~!」ココナは助手席にあった地図をヒトミに投げつけた。

「もぅ、日が出ると役立たずなんだからー。」ヒトミはそう言って現在地を確認し始めた。

「なぁんですってぇ!?...ん?」ココナが突っかかると、不意にコンコンと窓を叩く音がした。どうしたのだろうと右を見ると、モトが必死に前を指差している。


 ーーーー前?......!


「ヒトミ、前!前!前~!!」ココナはハンドルを無理やりきろうとした。

「ちょっ、何すんのよ!危ないでしょ...!」ヒトミが前を見ると、そこには人が...

「きゃぁあああぁあぁあ!?」車は蛇行を繰り返し、何とかギリギリで停車した。

「ふぅ、何とか...って、ココナ!その(ひと)血まみれよ!」

 ヒトミはココナが座っている方のドアを指差した。確かに女性は血まみれで、ふらふらと足がおぼつかない。ココナが急いで車から飛び出すのと同時、その女性は倒れこんだ。地面に接触する前に抱き抱えると、女性の身体中に深い傷が入っているのがわかった。これではもう助からない。


 ーーーーこれ、まるで大型の肉食獣に切り裂かれたみたい...


「た、たすけ...たすけ、て...」女性は震える指で必死にココナにすがり付こうとする。ココナはその手を握りしめた。

「大丈夫よ、私たちがいるわ。今救急車を呼んであげるから、少し休んでなさい。いいわね?」女性はその言葉に安心して静かに目を閉じ、2度と覚めぬ眠りについた。

「この先のようね。」ヒトミは運転席から降りてきた。視線の先には林が広がっている。

「気を付けた方がいいわ、あの傷はかなり大型の動物の爪よ。」ココナは林の奥を睨む。中で何が起こっていても、まず優先されるのはユキの保護だ。


 ーーーー〈天使(やつら)〉と化してしまっているのだけは避けたいけれど。


 電話に応対したヒトミから聞いた話から考えると、ユキがこの件の被害者である確率は低い。しかし、肉体が変容しているならば声帯にも何らかの変化が訪れているはず。それがないということは...


 ーーーー中に入ってみないと、現状は全くつかめない。


「行くわよ」ヒトミは促した。「この先に崖がある。もし落ちてしまったら、それこそどうしようもなくなる。」

 ココナは首肯して林へと足を踏み入れた。



 ※



「ココナ、聞こえる?」ヒトミとココナは並走していた。

「ええ、音は向こうから聞こえる。まっすぐで間違いないわ。」今ココナに聞こえるのは、走って逃げる音、そして断続的な木を切りつける音の2つ。前者はユキでまず間違いないだろうが、後者は不可解な点が多い。

 まず足音がない。先程から目にする爪痕からして大型獣の可能性が高いのだが、それならば聞こえてくるはずの鈍重な足音が聞こえない。これはユキが〈天使〉となっている可能性を逆に否定している。今言ったように、『鈍重な足音』ではなく、『ヒールで逃げる音』が聞こえるのだ。

 さらに、後を追っていくと切り落とされた枝が見られるようになったが、一直線の道を作るようになっている。もちろん、その道の途中にある木は切り倒されている。しかし、そうなるとユキの逃げ道を件の獣が確保しているということになる。

「こっちは崖の方向よ!急がないと...、いたわ!あそこ!」ヒトミが指差す先、林を抜けて開けた場所には何度もつまづきそうになりながら、何かから逃げるユキがいた。

「ユキちゃん、助けに来たわよ!」ヒトミが呼び掛けると、ユキは安堵を顔に出したが、すぐに暗い顔になった。

「ありがとう、でも私に近づかないで!あなたたちまで...」ユキはそう言ってココナ達から距離を取ろうとする。

「近づいてはいけない...。何かがそこに“いる”のね。」ココナは直感でそうではないかと疑った。あの爪痕は動物霊によるものではないか、と。

「まさか、昨日の守護霊!?」そんなことはあり得ない、とヒトミは言った。守護霊とは『精神を守護する』霊であって、現実世界に過干渉しない、ましてや他者に攻撃をおこなうなどあり得ない、と。

「でも、現に被害が出てる。」霊的な存在の仕業であれば、足音がなかったことも、獣の姿が見えないことも説明がつく。何よりこの林に獰猛な肉食獣が住み着いているようには思えない。

「守護霊なら、ユキ(このこ)を守ろうとしているわけでしょう?なら私たちが敵ではないことを証明すればいいのよ。」そういうとココナはゆっくりと歩を進めてユキに近づいた。

「落ち着きましょ、興奮してたら話もできないでしょ。」ココナはある程度近づき、バッと飛びのいた。その左肩からは血がドクドクとあふれでている。

「ココナ、その傷!?」ヒトミが駆け寄ろうとするのを制止して、

「大丈夫、見た目ほど深くはないわ。」ココナは息も絶え絶えにそう言った。肩に何かが触れるような感覚がした瞬間に飛び退いたことで、傷は浅くてすんだのだ。

「誰も、傷つけたくないのに...」ユキは腕をふるわせて叫んだ「こんなの守護霊なんかじゃない、悪霊よ!」

「まずい!」ユキが崖の方に走り出した。ヒトミは動き出すのが一瞬遅れてしまった。このままでは間に合わない!

「私が止める!ヒトミは幽霊の注意をそらせて!」

「わかっ、えええぇぇぇぇ!?」ヒトミの困惑をよそに、ココナは全力でユキの方に走っていく。確かに今固まっている暇はない。


 ーーーー幽霊に何が効くかなんて、わっかんないけど...


「ちょっと痛いだろうけど、我慢してね。」幽霊の対処は出来なくても、ユキを止めることはできる。ヒトミは拳銃を取り出すと、中央に構えて狙いをすました。傷が浅くすみ、またけがが目立たないところ、それでいて一瞬でも歩行能力を奪うためには...。

 ガァーン、と銃声が響いた。しかし、ユキは止まらない。


 ーーーーどういうこと!?私は確かに右足の内太ももに射った。はずすなんてあり得ない!


 ヒトミはもう一度銃を構える。しかし、その腕はものすごい力で弾き飛ばされてしまった。拳銃が彼方に吹き飛ぶ。

「ガッ」悪霊(ヤツ)だ。こちらに迫ってきたのだ。先程の銃弾も弾かれていたのだ。


 ーーーー今からじゃなんの対処もできないわね...。一発は受け止めなきゃいけないみたい...。でも、こちらに惹き付けることには成功したわ...。...次の、攻撃が..くる...!


 しかし、ヒトミの体は切り裂かれも殴り飛ばされもしなかった。前を見るとココナは今まさにユキを追い越そうとしている。まさか、

「ココナ、そっちに向かったわ。気をつけて!」

 ココナは反転し、掌底をユキに全力で打ち込んだ。もう日が昇って身体能力は下がっている。気を失わせるにはちょうどいいだろう。しかし、その手はユキの腹部に達する前に軌道を変えた。


 ーーーーなっ、弾かれた!?


 ココナの手はユキのアゴにめり込み、その体を浮かびあげた。ココナの手の骨はバキバキに折れてしまっている。おそらくユキのアゴも...。なってしまったものは仕方がない、とはさすがに割りきれない。やってしまった、という気持ちが体に広がる。

 浮かびあがった体を、白い綱が巻き付いてしっかりと包み込む。それを引き寄せ、ヒトミはユキを受け止めた。

「それもあなたの秘密?」ココナはそう聞いた。いや、実際には聞けなかった。口が開かない。口を押さえると、血糊の感触。そして、


 ーーーー下顎の感触が、な............


 ヒトミは気を失っているユキを地面に寝かせた。一応、暴れださないように〔糸〕で拘束している。

 ドサッ

 その音は唐突に聞こえてきた。いや、聞こえてきたのはもう少し早かったかもしれない。ヒトミがその方向を見ると。すでにココナは倒れ伏していた。幽霊の気配は、ない。恐る恐る近づいて、ココナを揺り動かしたが、反応がない。ひっくり返してみると、ヒトミの目にとまったのは胸の中央に空いた穴だった。心臓を的確に貫かれている。


 ーーーー確か『日光には弱い』って...


 ヒトミはココナの両脇をつかむと、木陰まで引きずり始めた。すでに体が冷たくなり始めている、親友になれるかもしれなかった少女の亡骸を、もう助からないと悟りながら...

「いやだ...。私はこんな終わり方、認めない...。しっかりして、ココナ!もうすぐ日陰よ!日の光は当たらないわ!だから、傷を治して、目を覚まして...。お願い..お願いだからッ...!」

あ、ありのまま、いまおこったことを(ry

ココナが死んでしまいました。マジです。死んだふりじゃないです。...どうしよう?


《捕捉》

この話中に出てきた映画の概要です。

『アンドリューNDR114』

 1999年に公開されたアメリカのSF映画。クリス・コロンバス監督作品。原題はアイザック・アシモフの原作通り『バイセンテニアル・マン』

『マトリックス』

 1999年のアメリカ映画。もしくは、それ以降のシリーズの総称でもあり、この映画を題材にしたアメリカンコミックのこと。1999年9月11日日本公開。 SF作品であるが、カンフーファイトのテイストも含んでいる。日本のアニメ映画『攻殻機動隊-GHOST in the SHELL-』から着想を得たと言われている。

(出典:Wikipedia ※一部編集)

興味がある方はぜひ!


次回 「メメント・モリ」 お楽しみに!


※このお話はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。


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