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黒き風の皇女(おとめ)  作者: 吉田さゆか
邂逅 -1989-
11/14

大きな玉ねぎの下で

大、大、大遅刻です、申し訳ありません。

ただひとつ言い訳をするならば、今回もこの長さでデータ消滅があったということです。数日の努力が水の泡になって泣きそうになりました。

この長さを毎日書き上げる一流なろう作家の皆様が羨ましいです。




※ココナの怒りのボルテージを下げました。5月22日

 東京、靖国神社。ココナはここに祀られた約200万の英霊たちに手を合わせていた。ヒトミは協力してくれると言ったが、同時に世間には知らせても意味がないとも言っていた。戦えるものは、黒き姫騎士(ココナ)だけであると。しかし、これから戦う相手は1つの運命共同体、すなわち『国』なのだ。それも日本よりも、世界よりもずっと強大な。そんなものと、この平和な国で戦争を起こそうというのだ。それも援軍などいない、たった独りで。しかし、ココナはその方が良いと思っていた。もしこれ以上協力者がいれば、ココナはそれに頼ってしまう、すがってしまう。それにこの戦いで誰かを失うことだけは絶対にしたくなかった。誰も犠牲になどしないし、悲しませる気もない。その為ならば、自らはいかなる危険にもさらし、どんな犠牲もいとわない。その心の内奥に隠された矛盾に気付くことなく、ココナはここで異世界からの侵略者と壊れゆく自らの心、その2つととの戦いに打ち勝つことを誓った。そのとなりでモトは、ココナが無理をしないようにと願っていた。

 神社を出たところで、ココナは人とぶつかった。ココナは無事だったが、その少年はこけてしまった。

「ごめんなさい、大丈夫?」ココナが手を差しのべると、少年は顔をあげてこちらを見た。かなりの美形だ。見たところ15、6といった感じだが、それでも少年という表現が似合う。それは、無邪気で活発そうに見える、というより童顔で幼く見えるといった方が正しい。

「す、すみません!」少年はそう言うと、走り去っていってしまった。ココナは何度か手を握ったり開いたりしたあと、その後ろ姿を見送って、一言。

「可愛いわねぇ...」


 ーーーーやだ、私ったら何言ってるのかしら。


 少年はココナの方に振り替えって頭を下げた。そしてまた向こうへ走っていった。



 ※



「決定事項だ。浄化は行わねばならん。」〈皇考〉は冷たくそう言った。

「嫌じゃ、嫌じゃ嫌じゃ!妾は、その様なことは認めぬ!」ここで言う浄化とは、汚染物質を取り除くことではなく、穢れた精神そのものを祓う(ころす)事をさす。そのままの意味でとれば、地球人を皆殺しにするということになる。

「貴様もあの一件でどれ程の被害が起きたか、知らんとは言わせんぞ。」〈皇考〉は〈鬼姫〉を睨んで言う。

 ココナが精神接続し(つながっ)たあの一瞬、感じられたのは悪意と殺意だけだった。そしてあの気に当てられて、沢山の同胞が狂った。なぜそれが浄化の決め手になるのか、それについてはまず【惑星(ほし)皇女(みこ)】について語らなければならない。【惑星の皇女】とは、多次元宇宙、すなわち『世界』が自らを護るために造り出す免疫抗体(そんざい)。それぞれに特殊な力を持ち、あるものは侵入した異物を排除するために、あるものは知的生命体を残らず殲滅するために無機質にその力を振るう。その中でも人の姿をとり、異世界との接触時にのみ誕生する有機的な個体の事をさす。その力は『世界』と密接に繋がっており、またその内面は、その個体が生きている環境や共に暮らす者の内面に強く反映される。【惑星の皇女】は『世界』の代表者であり、その内面を覗けばその世界がどの様なものかが解るのだ。故に〈皇考〉は現人類の殲滅を決め、〈鬼姫〉は対話をのぞんだ。〈皇考〉は精神の内奥に潜むものを、〈鬼姫〉は敵を一体殺めることに心を痛め涙する様を、それぞれの視点から神有月ココナという存在を見た上での判断だ。

「ちょっと待った、浄化だけが目的なら方法が無いわけではない。」〈禰宜〉はそう言って2人を止めた。

「まずひとつ、あんた達が勘違いしていることがひとつある。彼らにとって精神とは、単なる脳内の化学反応でしかない。それはつまり、精神の死=(すなわち)死ではないと言うことだ。だから、1度精神を溶かしてその後肉体に見合ったものへと再構築する。その肉体を浄化すれば、死者を出すことなく精神の浄化が行えるだろう?」精神生命故の盲点だろう?と〈禰宜〉は言った。

「して、そう話すからには根拠があるのだろうな?」〈皇考〉は机上の空論に付き合うつもりはないぞ、という姿勢を見せた。〈鬼姫〉もそれは同感だった。

「こいつを使う。」〈禰宜〉ば机の上に置いてあるサボテンを指差した。しかし、サボテンそのものを示唆している訳ではない。彼らの世界に姿形のよく似た植物があるのだ。その名を“承露盤(ソロバン)”と言い、彼らの世界におけるごく一般的な観葉植物で、たくさんある種類のうち、何れもが多肉植物のそれにとても近い。この木を見つめると心が落ち着くとされ、リフレッシュ効果も学会で証明されている代物だ。

「だが、この木の本来の能力はそうじゃない。あんたたちも知っていると思うが、この木は転移装置に使用されている。その理由は、この木が(よりどころ)とその依り代との親和性を高める効果を持つからだ。」〈禰宜〉によると、この木は核が肉体なら精神を、精神なら肉体を変化させて互いの違和感を無くすことで、リフレッシュを行っていたという。転送装置に利用することで、向こうでもいつもの姿で行動できるようになったのだ。つまり、肉体を改造出来るのならば、精神の浄化にこの木は最適だと言うことだ。

「じゃが、肝心の“承露盤”はどうやってこちらに運び込む?」〈鬼姫〉は問うた。

「さっきも言っただろう、この木は転移装置に使用されている、と。」〈禰宜〉はニヤリと笑った。

 が、〈鬼姫〉はそれを全く見ておらず、先ほど運ばれてきた味噌ラーメンに舌鼓を打っていた。味噌が鶏ガラにいい案配で溶かされたスープとコシのある麺が堪らない。〈鬼姫〉はもやしやメンマを麺と共に口に運ぶ。さらにそのあとスープを口に含む。口の中で様々な食感の具材が味噌の風味に抱かれて躍る。〈鬼姫〉は恍惚の表情を見せた。今度は肉厚のチャーシューをかじった。その幸せそうな表情は、性行為を終えて絶頂の余韻に浸っているかのようだった。


 ーーーー色気より食い気か、最近まぐわいのことを話さないのは俺の発言を気にしてと思っていたが、どうやら違うらしい。


 〈禰宜〉の元にも味噌ラーメンが運ばれてきた。出来立てのラーメンは旨い。しかし、放っておくと、麺が汁をすって伸びてしまい、旨さは半減してしまう。ここからは時間との勝負だ、と〈禰宜〉は味わいながら、それでいて素早くどんぶりを空にしてしまった。その旨味によいしれる〈禰宜〉は、このあとの会計で〈皇考〉も〈鬼姫〉も財布をもっていないせいで代金が1人持ちになるなど知るよしもなかった。



 ※




「おいおい、人の服汚しといて謝りもしねぇのかよ。」

「え、で、でも、ぼく、ごめんなさいって...」

「ガタガタうるせぇんだよ!弁償しろよ!ベ・ん・しょ・う!」

「ひ、ひいぃ!」

 目の前では先程の少年が絡まれている。見たところ相手はかなりおしゃれをしているようだ。隣にいるのが女性であることからしても、いいところを見せたかったのであろう事はうかがえる。


 ーーーーまぁ、センスは最悪ね。


 ココナは自分の服が他人のコーディネートであることを棚にあげて、そう思った。

「誠意を見せろよ、お前男だろ⁉なよなよして気持ち悪りぃ。男としての自覚が足りねぇなぁ。ったくよぉ~。...うん?なんだぁ、その反抗的な目は?」

「待った、そのお話私も参加していい?」ココナは見ていられなくなって出てきた。それによってその場にいた全員がココナに注目した。ココナは昼間でも気配を殺して野生のシカを背後から捕らえたことがある。尤も筋力は伴っていないので、驚いたシカが走り回ったせいで首にしがみついたまま10分ほど振り回され続けたが。それほどの隠密が一般人(しろうと)に感づけるはずがない。だから、彼らにはココナがいきなり現れたように見えたのだ。

「な、なんだお前、いきなり現れて!?こ、こいつの彼女かよ!?」

「いいえ、でも、何だか見るに耐えなくなっちゃって。その服、私なら今すぐきれいにできるけど、どう?そこの貴女だって、彼氏が服を汚したままだととなりにいるのが恥ずかしいでしょう?」そう言って半ば強引に服を取り上げると、近くの水場で手を濡らし、汚れたところに押し当てた。すると、汚れはするりと落ちた。原理はスチームアイロンと同じである。手に水をつけ、エネルギーを流し込むことで蒸気にし、服についた油汚れを柔らかくして削ぎ落としたのだ。ついでに服のシワもすべて伸ばして返してやると、青年はココナに素直に礼を言い、彼女とその場を立ち去った。


 ーーーー肩に力が入りすぎちゃってたのねぇ。


 あの様子だと、あとで自分の服装の変さに気づいて悶絶しそうである。

「あ、あの、ありがとうございました!」少年はココナに礼を言った。第二次性徴もまだなのだろうか。透き通るように細い声、童顔で背が低い様はさながら少女のようだ。ココナは何故かにやけそうになる顔を引き締めて少年に近づいた。それが怒っているように見えたのか、少年は後ずさった。

「ぅあ、ぼく、あの、その...」

「私と会ったときも、ぶつかったでしょ。ちゃんと、気を付けなきゃ。ね?」ココナはそう優しく語りかけた。

「え?...あ、あの時の!...でも、あれ?あそことここって結構離れてるような...?」

「う、うぇぇぇ!?え、ええとね、そ、それは、その...。ちょ、ちょっと貸しボート、乗らない?ほ、ほら、お、オダイワワタシガダスカラ~」棒読みでそう話したココナは、無理に話題転換を行ったその行動が、完全な逆ナンであることに気づかなかった。



 ※



「へぇー。文通ねぇ。」少年は文通をしているらしい。今日、東京に来たのはこの前来た手紙の封筒に武道館のチケットが入っていたからだと言う。

「会うのはやっぱり怖いけど、でも、せっかくチケットくれたんだし、行かなきゃなぁって。」少年は笑顔で話す。やはり会いたいのだろう。

「それで?相手はどんな人なの?」文通というものはいくらでも嘘がきく。向こうからチケットをよこすあたり、嘘偽りは書いていないのだろうが、どうも心配である。端から見れば、同世代のカップルなのだろうが、ココナの思考はまさに過保護な母親のそれになっていた。

「とても優しい人です。悩み事はいつも相談に乗ってくれますし、この前うちの猫が死んじゃったときだって、彼...」顔を覆いながらそう話す少年は恋する乙女のようだった。


 ーーーーちょっと待って、彼って言ったわよね!?


 まさか、本当に少女だったということか。それならば、先ほど男扱いされた時に反抗的な目をしたことも頷ける。確かに、服装さえ変えれば完全に女性である。ココナがその事を指摘すると、少年は明らかに取り乱し始めた。

「え、ええと、そのわたしは、じゃなくてぼくは、うぁあぁ...」少年はボートから落ちそうになった。ココナはそれを助けると、なんとかなだめて少年に再度問うた。

「実は、ぼく、男の人が好きなんです。へ、変態ですよね。」彼は同性愛者だった。彼の言葉にココナは首を降った。

「いいえ、人の好き嫌いなんて、他人がどうこう言うものじゃないもの。それに、ギリシャ神話の英雄なんてみんなバイよ?」これはココナの本心だ。次いで言えば、他人の趣味趣向、性癖に口を出したかったら、神様か何かに成ってからにしろ、という持論もある。ココナはこの持論に基づいて行動していないことの方が多いが。

「そんなことより、君は自分の体に違和感を持ったこととか、ない?」

「何で、男の体なんだろうって思ったことは、少なからず...」

「じゃあ、女性への憧れとかはある?」

「憧れとかは、でも1人でいるときは女言葉ですね。あと、1人称は『わたし』の方が言いやすいです。だからなんでしょうか、男のくせに、とか、男らしく、とか、そんなことを言われるの、すごく嫌なんです。」

「それ、性同一性障害ね。」ココナは彼の、いや彼女の言動からそう判断した。

 性同一性障害とは、性同一性、精神の性別と肉体の性別の同一性がなく、自分の肉体に違和感やコンプレックスを抱いている状態。そのなかでも、医学的治療が必要なものについての呼称である。いまでも定義は曖昧であるが、少なくとも先に述べた性同一性の有無が関係する。だから同性愛者でも性同一性が有れば、性同一性障害ではないし、逆に異性愛者でも性同一性がなければ、性同一性障害ということになるのだ。

「え、ええ!?わ、わたし、障害者、なんですか?」少年は力なく項垂れた。

「そうね、でも君は昨日までの君のままよ。言われる前と言われた後で何かおかしなことが起きたわけでもないでしょう?」

「そう、ですね。」少年はそう言った。ココナはさらに続ける。

「障害者と言うのはね、その人物が障害だということではないの。今の社会にも個性は受け入れられているでしょう?本当はあれと同じなんだけど、社会が成長できていないから、その新しい個性を受け入れられないのよ。胸を張りなさい、君は素晴らしい『個性』を手に入れていたのよ。」

「...はい!」

「ただし、一度は精神科か心理関係の外来、若しくは心理カウンセリングを受診する事。人間関係やら何やらで溜まったストレスも馬鹿にはできないからね。鬱になってからじゃ遅いのよ。」

「分かりました。でも、どうしてそんなに構ってくれるんですか?」少年は問うた。見ず知らずの自分になぜこんなに優しくしてくれるのか。

「昔お世話になった人がいてね。その人も君と同じだったの。まぁあの人は君とは逆で、体は女の子、心は男の子なんだけど。それより、文通の相手はそれを知ってるの?」ココナはそう聞いた。これは重要なことである。相手が彼女を女性として見ている場合、チケットはデートの誘いととらえて間違いないだろう。文面では彼女も素を出すだろうから、文脈や言葉回しは女性的なはずだ。後は、相手が彼女にどのような感情を抱いているか、同じ恋愛感情でも相手の精神年齢によって肉欲的か、純愛的かは大きく変わる。


 ーーーー体まで求めていないのなら、こちらにも打つ手はあるし、そもそもカミングアウトしているならなんの問題もないのだけど...


「彼には、伝えてません。わたしは、彼のこと好きだけど、その気持ちを彼にぶつける気はないし、何より、私は女の子扱いしてくれるのが嬉しいから...。もし、話しちゃったらって思うと...。でもでも、会いたいって言われて、断りきれなくって...」

「相手の年はいくつ?写真とか、ある?」

「ないです。」

「ふぁッ!?」ココナは今まであげたことのないような声をあげてしまった。顔も見たことない人物に会おうと思えるだろうか?


 ーーーーいや無理、ぜっったい無理!!


「よくもまあ、顔も知らないのに会おうと思えるわね。相手だって、君かどうかわからないじゃない。」

「それは大丈夫です。わたしは写真を送ってますから。」少年はそう言って写真を渡してきた。まあ写真があるなら、相手も男だと思うだろう。そう思って受け取ったココナは、固まった。

「...誰、これ?妹さん?」そこに写っていたのは紛れもなく少女。肩まで伸ばした髪が揺れ、笑顔が輝いている。

「わたしです。中2までは髪の毛伸ばしてましたから。」これはだめだ。いくら本人の写真でも、これでは誤解しか招かない。


 ーーーーこうなったら...


「ねぇ、これからお買い物行きましょ。」ココナは少年を買い物に誘った。デート続行である。



 ※



「は、恥ずかしいですよ~。」少年は赤面してスカートを押さえる。ココナ達は今、洋服店に来ていた。丁度ココナが選んだ服を彼女が着ているのだ。その服はどこから見つけてきたのか、ロリータでミニスカートで...と女装初心者には少しハードルが高すぎるものだった。

「だいたい、どうして女の子のカッコして行かなきゃいけないんですか!?彼だって困惑しますよ!?」

「それは大丈夫だと思うわよ。相手は君のこと、女の子だと信じて疑わないと思うし。」とわいえこの服はいけないとココナ自身も自覚していた。今まで気づかなかったが、ココナは重度の少女趣味のようだ。かわいい服を選ぶとどうしてもフリルが沢山付いたカジュアルには程遠い代物が出来上がる。そこで店員に事情を説明し、コーディネートの手伝いをお願いする事にした。

「そうですねぇ、ウィッグはどうされます?着けるのであれば、選択肢は広がりますが...?どちらにしろパッド入りはNGですね。どう見ても似合いませんもん。」

「わた、ぼ、ぼくウィッグは...」

「別にわたしでいいのよ。君は今『女の子』なんだから。ウィッグも、嫌ならいいのよ?」

「女の子....ぅあ、わたし、もっとおしゃれしたいです!!」

 こうして、化粧まで済ませて、少年は美少女となり、ココナの財布は一気に軽くなった。モトの食事(ガソリン)代すら残っていないが、ココナはやりきって満足だった。鏡を見た少年は、生まれ変わった自分の姿に言葉を失っていた。

「店員さん、君のこと聞いても、別に嫌な顔しなかったでしょ?」

「はい。女の子として扱って貰えたのは嬉しかったです。」

「世の中にはね、君と違って女の子っぽくない見た目の女の子(・・・)だっているの。君はその人たちの分まで、女の子を満喫しなくちゃ。それに、君だって声変わりが来たらこういうこと易々とできなくなるんだから。出来るうちにやっとかなきゃ、あとで後悔することになるわよ。さぁ、もうすぐライブでしょ?行ってらっしゃいな。」

「見ぃつけたぜぇ~」折角のいい感じのムードをぶち壊すやからが現れた。それは、

「誰よ、あんた。」ココナには覚えがない。それもそのはず、この男は以前ココナが一蹴したナンパ男だ。あの日はモトと再会した日。そんな小事は記憶から消し飛んでしまっている。ココナには絶対記憶があるが、覚えようとしたものを永遠に忘れないだけで、覚える気のないものや思い出す必要のないものは、自動的に海馬から消滅するようになっているのだ。

「忘れたとは言わせねぇぞゴルァ!テメェは――」

「どうやら狙いは私みたいね、人から恨みを買うような事をした覚えはないのだけれど。君とはここでお別れね。後で、武道館前で落ち合いましょ。その時に結果、教えてね。」

「はい!」

 少年を念のため逃がした後、ココナは男に向き直った。誰だか知らないが、人間相手に本気を出せば相手が死ぬ。もうすぐ夕方、こいつを一捻りして彼女を追いかけねば。ココナが動こうとする前に、男が迫ってきた。

「なッ!」ココナは無抵抗のまま、みぞおちにボディブローを喰らった。肺の空気が強制的に押し出される。

「カッ、ハッ...!」なんとか踏みとどまったが、足元がおぼつかない。


 ーーーーこ、こいつ、人間の動き、じゃない...


 なんとか反撃しようと、蹴りを入れる。しかし、まだ日が出ている中で、ココナの蹴りは弱い。簡単に止められてしまった。しかも足に激痛が走る。見ると、針が刺さっている。

「その針はな、肉体に合わせた精神に矯正してくれる優れものさ。ガキはガキらしくしてもらおうと思ってな。」

「じょ、冗談じゃないわよ...ウッ!」ココナは膝をついた。男が迫ってくる。


 ーーーーだ、駄目!私、何か、わすれて......このおにいさん、だれ?いやだ、こわいよ。こないで、こないでぇ!


「だれかぁ、だれかたすけてぇ...ぐぇぇッ!」男に押し倒されたココナは羽交い締めにされ、首を絞められた。

「ヘッ、ガキは趣味じゃねぇが...このままぶっ壊れるまで犯し尽くしてやる!!」男はベルトのバックルに手をかけた。ココナは窒息と恐怖でそのまま白目をむいて、舌をだらしなく垂らしながら気を失ってしまった。



 ※



「...ょうぶですか!?しっかりしてください!!」ココナが目を覚ますと、そこには先程別れたはずの少年が。

「刺さっていたトゲは全部抜きました。どうですか?」その言葉を聞いて徐々に覚醒していったココナは赤面して飛びのいた。


 ーーーーま、まさか私、アへ顔(あんなかお)晒して気を失っていたところを助けられたの!?


 あの時、もっと落ち着いていれば、精神年齢が下がろうともなんとかなったのではないか、いやそもそも変身していればよかったのではないか。後悔の言葉は尽きないが、ココナには言うべき言葉があった。

「ありがとう、助けてくれて。でも、どうやってあそこから助け出したの?あの男の言葉からしても、着衣に乱れがないのはおかしいし...。」あの動きはどう考えても人間のものではなかった。一体どうやって?

「それはですね、ココナさんに気をとられていたのを、後ろから角材で思いっきり殴ったんです。そうそう起きないですよ。頭から血を流していましたし...血!?どうしましょう!?この場合正当防衛ですよね!?適用されますよねぇ!?」ココナは肩を掴まれて前後に思いっきり揺さぶられた。

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて!?....はぁはぁ、その程度で死にやしないわよ。それに、あれは法律の対象外でしょう?」ココナが指を差す先にはあの男がいた。しかし、その姿は大きく変わってしまっている。特に右半分は緑色の肌が隆起して所々にトゲが刺さっている。いや、生えている!?

「ヨォくもやっテぇクレたなァ、ガキ共ォ!」話す言葉も人間のものとは思えない。

「ひっ、か、怪物....。」少年は身を震わせてココナの後ろに隠れた。

「アノ人ニ会ッタノガ俺ノ人生ノ転機ダッタナァ、アノ人ハ失敗作ダトイッタガ、コイツハ最高ダゼ!コノ針ガ十本デモ刺サレバ、サッキミタイナダラシナイ顔ガ、戻ラナクナルンダカラナ!!」

「精神崩壊ってこと!?」ココナは跳躍して、まだ肌色が残っている部分を殴り付けた。しかし、その拳に激痛が走る。見れば、その手には既に200本近いトゲが突き刺さっていた。

「あ、あ、ああぁッ!!」また、頭の中で何かが消えていく。


 ーーーーまた、だ。このままじゃ駄、め。はやく、へんしん、しないと...!


 ココナは立ち上がり、ゆっくりと右拳をひき、左手を掌の形にしてゆっくりと上げた。それをゆったりと、それでいて力強く斜めに降り下ろす。男を、“覇王樹男”を睨み付けながら。

(へん)(しん)ッ!!」その場一帯を紅い光が包み込み、高温の湯気が、ココナの姿を覆い隠す。

「やぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」ココナは上空から奇襲をかけた。しかし、“覇王樹男”はそれを利用してカウンターを放つ。その拳はココナのみぞおちに深々とめり込み、吹き飛ばした。

「グゥゥッ!」ココナは壁に激突した。体に刺さるトゲは、優に1000本は越えている。

「シブトイ女ダ。ナラコイツデドウダ!」“覇王樹男”は大きな槍を造り出した。それをココナに投げる。ココナは間一髪で避けたが、バランスを崩してしまった。

「ソコダ!」次に投げられた槍は、ココナの左肩を貫通した。そのまま壁に突き刺さり、身動きがとれなくなる。

「マサカ、コンナニ手コズルトハ思ワナカッタゼ。ダガ、ソレモモウオワリダ。コノ針ハ元ノ針ノ10万本分、耐エラレルワケネェカラナァ!!」

 “覇王樹男”は次々と槍を投げる。それはすべてココナの体に吸い込まれていった。


 ーーーーこ、こんなの、痛い、いたい、いたいよ。


「ごめんなさい、ごめんなさい....」大粒の涙をこぼしながら、ココナはそう言った。その体には、既に槍が100本程刺さっている。途中刺された小さいものを含めれば、彼女には10億を軽く越える数のトゲが突き刺さっていた。

「ヤットがきニナッタカ。ソウ言ワレテヤメルト思ウカ!?」“覇王樹男”はココナに止めを刺そうとした。

「駄目!」そこに少年が飛び込んできた。“覇王樹男”は何を思ったか、槍を投げなかった。

「ククククク、イイコトヲ思イツイタゼ。オマエハソコデオトモダチガ壊レテイクノヲミトケ!」“覇王樹男”はそう言うと少年にとげを1本突き刺した。

「え?...うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」少年は激痛にのたうち回り、地面に突っ伏した。

「マズハ1本目」

「どうして、どうしてこんなひどいことするの?やめてよぅ、やめ..ぐぇぇッ!」「ウルセェ、次ハ2本目ダ」“覇王樹男”は先程投げなかった槍をココナの腹に突き刺した。

「ン、ナンダコイツ?カツラナンカ被ッテヤガル。...オイオイ、マサカオマエ男カヨ。コンナ格好シテ気持チ悪クネェトカ、コッチガ気味悪ィゼ。マァソレモモウシバラクダケドナ。自分カラ脱ギタクナルサ、ソンナ服。」“覇王樹男”のその言葉にココナは反応した。


 ーーーーそういえば、あのトゲは心をつくりかえるって...


「だめだよ、その子は今日やっとじぶんの性にきづいて、これからだったのに。どうして、他人の思想をふみにじるようなまねができるの?」ココナは目に涙を浮かべてそう言った。

「自分ノ性ニ正直ダッテェ?ハッ、ソンナモン生キニクイダケジャネェカ。ソレナラ、真ッ当ナ男ニナッチマッタ方ガ、無理シテ生キテイカナクテモイイシ、最高ダロウ。ヘヘッ、差シ詰メ俺ァ、神に選バレタせらぴすと、ナンテナァ。ヒャハハハハハハ!」

「今、何て言った?」

「聞コエ無カッタカ?俺ハ神ニ選バレタせらぴ――」“覇王樹男”が言い終わる前に、その頬を槍が通りすぎていった。男は言葉を失う。

「...さない....ゆ゛る゛さ゛な゛い゛!」ココナの怒りは頂点に達し、抑えきれなくなって溢れ出た熱がトゲを全て溶かした。

「バ、バカナ、俺ノ針ヲ溶カシヤガッタ。ソレデモ1度作リ変ワッタ精神ハ元ニ戻ラナイハズ...。ソウカ、ソイツダナ、ソイツヲ壊セバイインダ!」“覇王樹男”はココナのベルトのバックルで光輝く紅い宝玉を指差して言った。そして槍を突き刺そうとしたが、ココナに片手で止められてしまった。槍は押しても引いても動かない。

「あ゛ん゛た゛が...神に゛選は゛れ゛た゛って゛言う゛ん゛な゛ら゛、他人の゛意思を゛、踏み゛に゛し゛る゛よ゛う゛な゛...神か゛、い゛る゛ん゛な゛ら゛、」地獄の底から響いてくるようなドスの効いた声でそう言いながら、ココナは槍を握る手に力を入れた。槍は跡形もなく消え去る。

「私か゛...(そいつ)こ゛と゛、あ゛ん゛た゛を゛...」ココナは右拳を構える。“覇王樹男”は逃げようとするが、高温の影響でガラス状になった地面が足をとる。体も溶け始めている。

「ウ、ウワァァァァァァ!」「消し゛飛は゛し゛て゛や゛る゛ッ!!!!」ココナの全力のパンチは“覇王樹男”の腹を貫くだけではおさまらず、その体を遥か彼方に吹き飛ばした。

「に゛か゛さ゛な゛い゛!!」怒りの収まらないココナは、地面を蹴り、“覇王樹男”に追い付き、足を突き立て、そのままの勢いで地面に擦り付けた。“覇王樹男”は身を削りながら絶命し、その道筋には、大量の泡が残った。ココナは周りの惨状を見て焦り、何とか大火事になるのだけは防いだ。それでも、一面焼け野原である。


 ーーーーやばい、この状況は非常にまずい!


 ココナは気持ちを落ち着かせて変身解くと、少年のところに向かった。あそこは無事なようである。

「大丈夫!?」ココナの問いかけに頷いて答えるが、その額には脂汗が滲んでいる。

「わ、わたし、消えたく、ないよ...」彼女は涙ながらにそう言った。

「私に任せて、このトゲを抜けば...」しかし、トゲは抜けない。どうも返しがついているようだ。このまま抜けば傷口が広がる。どうすれば?

「ごめんなさい、少し熱いわよ。」ココナはトゲにエネルギーを送り込み、灰化させた。火傷した患部には、“覇王樹男”の欠片を気休めに塗っておいた。サボテンの樹液に治療効果などはないが、その由来からしても、消毒効果は期待できそうだったからである。ココナは外れてしまったウィッグをもう一度つけてやると、少年の手を引いてその場を後にした。



 ※



 先程の場所から武道館までは、そう遠くなかった。モトで1分もかからない場所である。それでももうライブは終盤だろう。ココナは自分のせいで、少年遅刻をさせてしまったことを後悔していた。

「ごめんなさい、私に構わせてしまったせいで、君の約束が...」

「いいんです。それにきっと、彼も分かってくれますよ。」そう話す彼女の横顔が、無理をしているように感じられた。

「私もついていくわ。君が遅れた原因は、私に有るんだから。...キャッ!」ココナは前を見ていなかったせいで人とぶつかった。もうすでに彼女についていっていたため、階段から落ちそうになった。

「ごめんなさい!」ココナとぶつかった少女は、そう言うと走って行ってしまった。

「ココナさんも、ちゃんと前見て歩かなきゃ。」少年はそう言うと、中に入っていった。

 残されたココナは、追いかけようと思ったが不意に立ち止まった。足元に何か落ちている。


 ーーーーこれは、定期入れ?


 少年は会場に入ると、自分の席を探した。彼に会える嬉しさ、自分のこんな姿をどう思うのかという不安、遅れてしまったことへの申し訳なさが彼女の中でぐちゃぐちゃになって、今にも泣き出しそうだった。そして、やっと見つけたその席の、その隣には、空席があった。

 今、アンコールの拍手が止み、最後の曲が始まろうとしていた。自分の席に座り、震える手で隣の席に触れると、その席は暖かかった。


 ーーーーさっきまで、ここに、いた.....。


 もう、感情が押さえきれなくなっていた。すると、となりに誰かが座った。顔をあげると、ココナだった。ココナは少年にて手を差し出させると、その上にあるものを置いた。定期入れだった。それを渡すココナの表情は、優しさと哀しさが入り交じったようだったと、彼女は感じた。ひっくり返して見ると、そこには写真があった。


 ーーーーこれ、わたしの写真....。


 もういよいよ抑えがきかなくなって、彼女は泣き出してしまった。しかしその声は、ライブの歓声にのまれてしまい、誰の耳にも届かなかった。ただ1人、ココナだけが、彼女の肩を引き寄せて、最後の曲を聴いていた。

ココナは正太郎コンプレックス(通称:ショタコン)です(本人は無自覚)。大事なショタがいじめられてぶちギレました。

今回のお話の題名「大きな玉ねぎの下で」はさる有名なグループの名曲で、アンサーソングまであります。この話は私なりのアンサーなんですが、邪道過ぎてというかなんというか.....。


次回 「地獄から来た女」 お楽しみに!


※この作品はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。

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