第3章 No more shame 1
これもプログラムなのだろうか。
ケンタウルスの世界に積もっていく雪は美しく、この風情が人の手によって作られたとは信じ難い。
ともあれ好都合。俺は白いローブを纏い、降雪を味方に景色に紛れ、家屋の影に潜む。
ここはプレイヤーキャラクター達の居る街。照会された場合IDが表示されない俺は正規の手段ではこの場所まで入ることが出来ず、苦労してやっとここまで潜入することが出来た。
そして都合の良い獲物が現れないか、寒さに僅かに震えつつ、その時を待つ。
街頭から、一人の男がやってくる。肩を張るように悠々と歩くその人物は、装備品もまた刺々しく、子供染みた自信に溢れていることが外見から理解出来た。狙いは定まる。
男は物陰の前をふらりと歩き、即座に俺は飛び出すと、標的の首筋にショートソードを当てると同時、その人物の身体を抱えて物陰の奥へと引っ込む。
「えぁ?」
「・・・・・・動かず、大きな声も出すな」
「え、あ? あ、ああ・・・・・・」
ここまで鈍いとは思わなかった。その男は状況を把握するのに五秒ほどの時間を要し、やっと俺の言葉に頷いた。
「言われた通りにだけ行動しろ」
「わ、分かった」
男は過剰なくらい頷く。ケンタウルスはリアルなゲームだからか、突発的な状況に陥るとリアリティのある反応を示す人間が少なくない。彼はまさにその典型であり、はっきり言って街中でダウンしたところでそこまで大した損害にはならないため、こうまでビビる必要は無い。
「――インターフェイスを呼べ」
「お、おう・・・・・・」
返事をしながら、男は手首のコンソールを操作する。
「ケンタウルス公式メンバーズサイト、メインメニュータブ、コミュニティ」
検索すべきページの名前を読み上げ、しかしいよいよとなれば躊躇いも生じる。俺は一つ息をしてから、再び男に指示をする。
「ランキング」
「――ランキング表示したけど、で、どうすれば?」
「・・・・・・現在のトップは?」
「マルスだが」
一瞬気が遠くなるが、念を押して質問を重ねる。
「マルスの最終ログイン履歴は?」
「・・・・・・今ログインしてるらしいが」
「そうか」
俺はショートソードを持つ手に力を込めた。
夜。
俺はその日の内に現在身を寄せているリザードマンの集落に帰ると、それをニニフと、妙な頭飾りの、もとい、今は亡き村の長であったジークに出迎えられる。
俺の顔を見て察したのか、彼らは何も言わず、三人で家の中に入り、腰を下ろす。
きっと俺が何も言わなければ、彼らも普段通りの振る舞いも出来ないだろう。意を決し、真相を口にする。
「俺はニセモノらしい」
「・・・・・・ふっ」
ジークは何故か小さく笑っていた。嘲笑の類ではないようだが、タイミングがタイミングなので不思議だ。
「なんだよ」
「いや、なに。稀人、双子だったと思え」
「はあ?」
「あまり重く考えるな。最初から双子として生まれてきたくらいに思え。どうせお前の魂はお前のものだ」
「――だが、元の生活には戻れない」
「新しい生活はもう始まってるぞ」
「えっ・・・・・・い、いやいや、ふざけんな」
一瞬だけ納得し掛けたが、いやまぁ確かに今更ああだこうだ言ってもってのはあるけど、いやいやでもここで流されては・・・・・・。
「稀人、お前明日は早く起きるのだろう? この集落の者達の仕事を手伝うことを申し出たのはお前なのだぞ。さっさと寝ろ」
「ちっ、てめえも働けよジジイ」
「そのうちな」
俺とジークはそれぞれ寝そべってから灯りを消し、毛布を被ると、何故か俺の方にニニフが潜り込み、ゴツゴツした身体を寄せて来る。
ニニフは親のいない、一応雌のリザードマンらしい。ジークの親類が引き取る形で、実際は村全体で面倒を見ていたそうだ。
ジーク曰く頭が良いのであまり手が掛からない子供だったらしいが、しかし何かと言うとこちらの方に寄ってくるため、俺にとっては少なからず邪魔になることがある。夜も一人で寝ればいいものを、俺の腕の中に入り込んできてしまうため、止むを得ず抱き寄せながら寝るような格好になる。眠りにくい。
これがせめて人間型ならば、と一度思ったこともあるが、所詮は子供。未成年を異性として識別出来ない俺としては、やはりこの格好は邪魔でしかないだろう。
そのようにウダウダと詮無い事に考えを巡らせていたものの眠気は訪れず、やはり今日知った事実は俺にとって衝撃的だったのではないかと思い直す。
俺のプレイヤーキャラクターであるマルスが未だ活躍している。他人が成り済ますのはシステム上不可能に等しく、それでなくても幹部のマーティンはそういった不正を決して許さない人間だ。
よってここに居るジョンという人間は、ケンタウルスオンラインというゲームプログラムの世界で、オリジナルから人格をコピーし移植された自律行動するキャラクター、なのだろうか。
常識に照らして考えればその可能性が最も高い。そしてこのネタは古いSF映画にもあるので、誰にでも発想は可能である。
だが最近、俺の中で一つの疑惑が重大なものになりつつある。
今の俺はケンタウルスの中で、呼吸し、物を食べ、火で身体を温めている。これらはマルスの時には感じなかった要素であり、元々リアリティのあるゲームだと思ってはいたが、今では現実との区別が付かなくなっている。そう、差異が見付からないのだ。
それに俺達がリザードマンと呼んでいた彼等。接してみると彼等は気さくで温厚、そしてなによりそれぞれの個性が強い。感情の起伏が激しい者や、思慮深い者、多彩な歌や踊りを披露する者も居る。
これら全てを人間の手でプログラムするには、一体どれだけの労力が必要になるのか。例え感情を数値化することが可能だとしても、ここまでのバリエーションや量を用意するというのは、果たして現実に可能なのだろうか。
重大な疑惑――ケンタウルスは、本当にゲームなのか。
俺の今後の行動指針は、この疑惑を中心として定めることになるだろう。
・・・・・・具体的にどう探るべきか。
今の俺はプレイヤーのインターフェイスにも満足にアクセス出来ず、ランキングの現状を知るだけでも昼間のような手間を掛ける必要がある。それにケンタウルスの側から向こうの世界に探りを入れるのはコンソールが限られている以上、すぐに限界が見えることは分かりきっている。
誰かプレイヤーの協力者が必要だ。
しかしこの一連の狂った与太話を一体誰が信じるというのか。例えば道行く人に適当に声を掛けたところで、人間に擬態する新しいモンスターくらいに思われて追い掛け回される可能性も少なく無い。
一番マズイのはマルス、俺のオリジナルに見付かることだ。マルスがこの件に関して何か重大な秘密を握っていることも考えられるが、それ以上に俺を見付けた場合、面白がり嬉々として殺しにくる見込みが高過ぎるため、あまりに危険。徹底的に避けるべきだ。
誰か俺の話を信じてくれそうな人間は居ないか、記憶を掘り返すものの、そもそも俺自身の信頼の問題ではなく、話が突拍子も無さ過ぎるため、誰を対象にしたところで分が悪い。
であれば発想の転換をしてみよう。信じられない話なら、そこは信じないままでもいい。信じられないままであっても、その状態でも俺に協力する人間が居るとすれば、それは誰だ?
有能な俺の相棒、マーティンか。それともお馬鹿だが情に厚く、映画俳優でもあるクリスか。いや、或いは――。