第2章 異世界転生 4
方針を固めて次は敵を観察する。敵は剣士A、Bで二名。クロスボウと弓を使い者がそれぞれ一名ずつ。バカ剣士Aはショートソードを構え、クソ剣士Bは大剣持ちだ。また、先ほどまで彼等は突然登場した俺に動揺していたが、今は落ち着きを取り戻し、戸惑いを見せている者はおらず、そして全員が既にこちらを敵と認識しているらしい。
最後に俺自身の状態を確認。する必要があるだろうか? 俺は碌な防具を身に着けていないばかりか、武器すら手にしていない。
「なぁ、あんた、その二匹を助けるつもりなのか?」
バカ剣士Aが口を開くことで俺の思考は中断された。主観では長考に耽っていた感覚もあるが、現実時間で言えば三秒ほどの出来事だっただろう。
「それは、なんだ? 動物愛護とか、そういう理念の下での行動なのか? ・・・・・・一応言っておくが、コレってゲームだぜ?」
剣士はまるで諭すような口調ではあるが、内心では俺のことを死ぬほどバカにしている筈だ。俺には彼の気持ちがよく分かる。何故ならそれは、いつか誰かに言った言葉だったからだ。
これがゲーム、プログラム。それはその通りなのかもしれない。今の俺も含め、この二匹のリザードマン達も、生命体ではなくただそういう風に見えているだけという可能性は、少なくとも俺の中ではまだ大きいものとして残っている。
であれば無理をしてまで戦う必要があるのだろうか。いや、常識で言うなら、この二匹の扱いは彼等に預けた上で、俺自身が陥っている危機を彼らに伝え、そして助けを求めるべきだ。
第一、俺こそが今まで大勢のリザードマンを殺してきたのだ。
俺はゆっくり両手の拳を開き、身体の構えを解き、深呼吸をする。
そして剣士と、その後ろに居る遠距離職の二人組みに話し掛ける。
「すまない、聞いてくれ。全部誤解なんだ」
俺が理性的な言葉を発したからか、彼らの雰囲気から少しだけ柔らかくなる。
「俺は――」
そこまで言い掛けた瞬間、俺は走り出す。
敵はほんの一瞬だけ気を緩めていた。まず俺は敵方が遠距離攻撃での支援が出来ないよう、バカ剣士Aの元へ一気に詰め寄り、接近、を通り越して密着と言えるほどの距離まで近付き、同士撃ちを恐れさせ、懐に入り込まれた形のバカ剣士Aが反射的にショートソードを振るよりも早くその両腕を掴み、ねじり上げると同時に腹目掛けて蹴りを放つ。
その際奪ったショートソードを右手で逆手に持ち、その武器で奥からやって来たクソ剣士Bの大剣の一撃を打ち払い、その動きのまま身体を一回転させて勢いを増し、大剣を打ち払ったときと同じ角度で相手の胸元を深く切り裂く。
前衛二人が無力化されたため、次の瞬間に訪れるのは遠距離攻撃。俺はそれが飛来してくるより前に、彼等の放つボルトや弓矢の回避と照準の撹乱を行うべく、胸元を斬られ地面に倒れていくクソ剣士Bの膝に足を掛けてその場で高く跳ね上がり、宙返りをして空中で身体を何回転かさせ、すると目論み通り二種の遠距離攻撃は標的を外し、その直後着地した俺は反撃として右手に持った剣を弓野郎に向かって投げ付ける。
弓使いの胸元に、深々とショートソードが突き刺さっていた。そのシーンに驚愕したのか、目を瞠り棒立ちになるクロスボウ使いを他所に、俺は弓使いが完全に地面に倒れる前にその身体との距離を詰め、彼の胸からショートソードを引き抜くと、その軌道のままクロスボウ使いを斬り捨てる。
彼のクロスボウはその主が斬られた際に宙へ舞い上がり、俺はそれをキャッチすると最初に蹴り飛ばしたクソ剣士Aに向けて装填済みのボルトを放ち、中途半端な距離で及び腰になっていたソイツは頭を射抜かれて地面に倒れ込んだ。
四名はダウンした。俺は静かになった彼らの間を歩き、クソ剣士Bが使っていた大剣を拾い上げ、彼の方を見る。
「あんた・・・・・・何故、こんなことを?」
そこに居たのはキリアンだった。特に負傷してはおらず、だが馬を失った彼は走るしか移動手段がなかったため、やっと現場に到着することが出来ても彼の味方は最早一人も残って居なかった。彼にとって、この場での状況は全て終わったに等しい。
俺は少し考えてから、彼の問いに答えることにした。
「こうじゃなきゃ、俺の人間性が壊れるみたいだ」
二匹のリザードマンを背に守り、クロスボウを捨て、大剣を両手で構え、切っ先をキリアンへ向ける。
マルスの時は大剣二刀流なんて馬鹿な真似をしていたが、スポンサーが見ているでもなく、つまり見栄えを気にする必要が無いのなら、中世からの流れを汲むオーソドックスなスタイルとブレイドアーツこそ俺の好むところだ。
「くっ・・・・・・」
無意味に呻きながらキリアンは自分のロングソードを構える。
俺はそれを見てから剣を構えたまま遠慮なく彼に歩み寄り近付いていくと、キリアンは自らの剣の突きの上に恐怖を乗せてきたため、それを切り上げの形で腕ごと両断。そして振り上げた剣をそのままキリアンの頭の上に落とした。
「・・・・・・他に生存者は?」
ニニフを抱き締めたリザードマンは力無く首を横に振る。
掛ける言葉が見付からず、その不安が俺を苛み、おそらく間違った言葉を彼に投げた。
「・・・・・・きっと俺のせいで」
彼らにどう償えばいいのか、俺のような身勝手な人間には想像すら出来なかった。
「――いや、それは違うぞ。稀人、お前は我々を守ったじゃないか」
「・・・・・・やめろ。そんな言葉欲しくない」
俺が慰められてどうする。それを必要としているのは家族を失ったリザードマン達の方なのに。
「お前が自らの種の業全てを背負う必要など無い」
妙な頭飾りのリザードマンは言葉の後深く息を吸い込み、やがて立ち上がった。
「それより、早くここを去るぞ」
「は? いや待て、皆を弔わないとダメだろ」
俺はジークに同意出来なかった。あの骸の中には、毎朝挨拶を交わした者や、畑仕事の道具を借りた者、俺の見張り役だった者達が居る。それを野ざらしにしたまま放ってどこかへ行くなど、このリザードマンの言葉が正気の者のそれとは思えなかった。
「・・・・・・異変に気付いた他の敵がやって来る。急いでここを離れるぞ」
「待っ、いや、まぁ、そうかもしれないけど!」
彼の言い分が全面的に正しい。だがどうしても納得出来ず、何か折衷案のようなものを考え付かないものか知恵を振り絞っていると、不意に俺の袖が引っ張られた。
確固たる意志を込め、しかし涙を流した瞳で、ニニフは俺を見上げていた。
「・・・・・・わか、分かったよ」
俺は視界を滲ませながら、だがようやく歩き出した。