第2章 異世界転生 3
「ああー・・・・・・ジョナサンか? キャラクター名が確か、キリアン。ああ、覚えてるぞ。お前はまだスタープレイヤーじゃないんだっけか。そういえば以前その件で、俺の方からラファロに口利きしてくれってジョルシュに内密で頼まれたこともあったな」
その男、キリアンは話の真偽を確かめるように、俺の言葉を黙って聞きながら注意深く瞳を観察していた。ちなみにラファロという人物は、俺のスポンサーを受け持ってる会社の一つの社員であり、契約その他に関する窓口を担当しているオッサンのことだ。
「あの話は流れたんだよな。・・・・・・なんで流れたんだっけ? 確かその時に俺はジョルシュにお前のプレイ動画を見せられて・・・・・・ああ、そうだ。まだ一定の技量に達していないと判断したんだったか。ジョルシュも、素直に自分のスポンサーに紹介すればいいのにな。七光りのイメージを持たれるのを避けたかったのか」
七光りそのものの出来事だったけどな。
「・・・・・・本当に本人ですか? その話は私達とジョンさんしか知らない筈」
だろうな。少し恥ずかしい話だから外部に漏れるのは避けようとするだろう。
「ああ、まぁ、信じられないかも知れないけど、本人だよ」
俺がこの話の結論をはっきりと告げると、キリアンは自分の馬から降り、俺の手を握った。
「またお会いできて光栄です、マルス。それで、本日は何故こんな場所に、しかもそんな格好で?」
言われて見れば、確かに格好もおかしいか。俺は今、革で出来た服一式とボロボロのローブしか身に着けていなかった。どれも小柄なリザードマンの手製だ。
「話せば長くなるし、それとウソ臭いと思うだろうが――」
状況説明を始めかけたその時、どこか遠くで鉄が鳴る音がしたような気がした。
「・・・・・・今の音はなんだ?」
「はい? 何がですか?」
「キリアン、お前ここに何しに来た」
「私達ですか? 私達はこの付近にある敵の集落を掃討しに」
「今すぐ止めさせろ」
俺は左手でキリアンの襟首を掴み上げ、右手で相手の腰の鞘に入ったままの剣の柄を握る。
「な、なんですか突然」
「今すぐ、攻撃を、止めさせろ」
強調し、かつゆっくりと、必ず聞こえるように言葉を重ねる。
「キリアン、どうしたの? トラブル?」
異常を感じ取ったのか、後ろに居た女も前に出てくるが、俺は手の力を緩めなかった。
「せ、説明して下さいミスタージョン」
説明。今から胡蝶の夢の話をして、こいつらに俺が置かれている状況を理解させた上で、下等生物とすら思っていないリザードマン達の命を乞えば被害は減るか?
否、それは全く現実的ではない。
俺は襟首を掴んだ手を一旦離し、しかしその手ですぐにキリアンの顔面を殴り付けて地面に倒すと同時、右手で鞘から抜き放った剣を女の首目掛けて投げる。
女はダウン。つまりキャラクターが死亡したためプレイヤーのコントロールを離れ、その女は馬の上から落ち、驚いた馬もどこかへ走り去る。
一方俺はキリアンの乗っていた馬に跨り、急いで村に向かって走らせた。
派手に火の手が上がった村を想像していたが、走らせる馬の背の上から徐々に見えてきた光景は、もっとシンプルだった。
村の至る場所で、リザードマン達の死体がただ転がっているだけだ。
そして村の中央広場、そこに居るのは抱き合って固まる妙な頭飾りを着けたリザードマンと、小柄なリザードマンのニニフ。それから、彼らに向かって剣を振り上げるプレイヤーキャラクターが一人。
「Woooooo!」
俺は叫びながら彼等の注意を引きつつ、馬の進行方向を剣を振り上げるプレイヤーに定めてさらに加速。そいつへ突っ込ませる。
「うぇっ!?」
驚いたそのプレイヤーは馬の進路から外れようとそこから飛び退き、だがそれと同時に、馬から跳躍した勢いのままに蹴りを放った俺の足が彼の顔面にめり込む。
ゴキリと嫌な音がしたのはたった一瞬、その直後、剣を持ったその男はごろごろと遠くへと飛ばされ、こちらの蹴りの勢いがつき過ぎたのかそのままダウンしていた。
「な、え・・・・・・?」
「PK野郎か!? いや、こんな場所で・・・・・・?」
村に居た他のプレイヤーキャラクターは四名。どれもが今の俺の一撃を見て殺気を立たせながらもうろたえている。今の内に周囲をよく見渡すべきだ。
「稀人・・・・・・」
妙な頭飾りのリザードマンは呟くと、腕の中のニニフの顔を俺に見せる。どうやら無事なようだ。
だが、リザードマンで生存が認められるのはこの二匹のみ、他は全て死に絶えているように見える。
リザードマン達はそれを俺に直接は話さなかったが、この村には男がほとんどおらず、それはおそらくここからそう遠くないリザードマン達の要塞へ戦力として送り出したからだろう。
つまり死んだ者達は全て戦闘行為の出来ない女、子供、それから足腰が不自由な、老人。それに限る。
頭に血が上っていくが、不用意にこちらから手を出して良い状況ではない。俺は今しなければならないことを冷静に考え、速攻で纏めていく。
――ナチュラルコントロールシステムとは、肉体は休眠状態にしたまま脳を覚醒させ、まるで自分がケンタウルスの中に本当に入っていくかのような体験を可能にしたシステム。そしてケンタウルスオンラインの特徴は、現実と見紛う程のリアリティのあるグラフィックスと物理エンジン。つまりこれらの要素を合わせると、ケンタウルスの中で出来る人間の動きは、現実世界でも出来るということになる。これこそ、ケンタウルスオンラインが全世界から絶賛された理由であり、そして俺のようなスタープレイヤーがガンガン金を稼げている理由でもある。何が言いたいかと言えば、先程俺が敵を蹴り殺した感触から鑑みるに、俺の今の肉体とプレイヤーキュラクターマルスの感覚はほぼ同じであり、おそらく俺は今までケンタウルスの中でそうしてきたのと同じ様な戦い方が今も出来るということだ。その一方で、マルスの時とは全く違う点が一つある。それは痛覚の有無である。当たり前だが、俺は今までゲームの中でしか戦ったことが無く、この状態では攻撃された際の痛みにより、今までよりも反応が大幅に遅くなる可能性があると見るべきだ。他にも不利な点は二つあり、一つは数の優劣。まぁ、これは今更言っても仕方ないとして。もう一つは、これが引けぬ戦いという、俺にとってはどのように感情が動くかまだ分かっていない未知の状況という点だ。以上の事項から推察するに、この戦いではこちらが劣勢になる前に、または不利な点を一切的に見せないまま、一息に、そして完全に勝利するのが望ましい――。