表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

第2章 異世界転生 2

 さらに一週間が経過した。

 俺の担当している作業は特に問題も無く順調に進み、いよいよ今日か明日、畑に種を植えるかどうかという日。

 その日は天気が良く、とても穏やかな陽気の下、何と俺の見張り役が眠りこけていた!

 俺があんまりにも熱心に働くからすっかり気を緩めていたのか、それとも単に気持ち良い気分だったからか、腰の曲がったリザードマンは、俺の首に繋がっている縄を握ったまま、完全に目を閉じて眠っていた。

 邪な――とまでは言わないが、俺の中に一つアイディアが浮ぶ。

 今の内であれば気付かれない内にここを脱走することが可能であり、そのままプレイヤー達が居る街へ行ってケンタウルスオンラインの運営にアクセスすることが出来れば、今俺に起きている事の真実を知り、よしんば状況を変えられるかもしれない。

 逡巡は一瞬。俺は眠りこけているリザードマンの手から縄をそっと抜き取ると、そのまま全力で走り出した。


 

 結論から言う。甘かった。見通しが甘々だった。

 俺はなんと、森ですっかり迷子になっていた。いや、遭難していた。

 あれから三日ほど、飲まず食わずで走り周り、しかし食料を探そうと一度森に入ってからというもの、そこから抜け出せなくなってしまった。

 その理由は単に道が分からないというのも勿論大きいが、ケンタウルスの森はまるでワンダーランド、いや、それそのものであり、俺が行く先々にはとんでもないサイズの化け物が闊歩していたため、そもそも身動きが取れない状況に陥っていた。

 俺は空腹のあまり身体に力が入らず、木の根に寄り掛かり、そして楽しかった思い出に浸り始めるという迷子の、いや遭難の末期症状にまで達していた。

 ジョスリン、アンナ、名前は分からないが今思い返せばけっこう美人だった俺の秘書。出来れば最後にあの女達ともう一度会いたかったが、どうやらそれも叶わず、俺の命は間も無く尽きるようだ。

 俺は木の根に寄り掛かり、そして目を閉じた。

 

 

 森の奥で、黒い巨大な何かが動いた。

 俺は慌てて起き上がり、その方向を見ると、黒い巨大な何かは全く容赦なくこちらに近付いてきているようだった。

 ただ死ぬのではなく、苦しんで死ぬのはさすがに嫌だった。俺は逃げるために黒い巨大な何かが居る方向とは反対の方向を向くと、走り出そうとした瞬間少し久しぶりの顔ぶれと目が合った。

 「稀人」

 そこに居たのは、妙な頭飾りのリザードマンと、俺の世話をしていた小柄なリザードマンだった。

 見付かったことに対し俺が危機を覚えるより先に行動を起こしたのは、小柄なリザードマンだった。小柄なリザードマンはその場で何か大きな声を発すると、それを聞いた黒い巨大な何かは森の影の中で立ち止まる。そして少しの間両者の間で沈黙が横たわり、だがやがて黒い巨大な何かは身体の向きを変え、ゆっくりとした歩みでどこかへ去って行った。

 「・・・・・・間一髪だったな。あれはこの森に住む偉大な王だ。彼は人間も、我々の種族すらも心底嫌っている上、そもそもあまり良い性質のものではない。稀人、お前は殺される寸前だったのだ」

 「え、じゃあ」

 何故今俺は助かったのか。疑問を口に出すより先に、身体に小さな衝撃が訪れる。

 見れば、小柄なリザードマンが俺の腰の辺りに抱き付いていた。

 「ニニフは、本当にお前のことを案じていたのだ。拒んではやるな」

 俺は脱走した虜囚だ。現実には、彼らに見付かった以上、何らかの処罰を受ける覚悟をするべきだ。だが安心してしまったせいなのか、俺は思わずこの小さな身体を抱き締め返しそうになっていた。

 しかし不意に、この世界がゲームの中での出来事であったことを思い出す。危ない、完全に情に飲まれるところだった。

 「すまなかったな」

 妙な頭飾りのリザードマンは、何故か謝罪をしてきた。その理由が分からず、俺は呆けてしまう。

 「お前がどのような理由でこの地に来たのだろうと、虜囚となってしまった以上、そこから逃げようとするのは当然のことであった。だからせめて、この森が深く簡単には抜け出せないことや、そもそも馬が無ければ到底他の土地へは行けないということを伝えておくべきであった。まして、何の準備もせずに村を出るなど・・・・・・。よく、無事でいたな」

 「あ? あ、ああ・・・・・・」

 彼は俺のことを扱いに困って捕まえておく程度に考えていて、敵とは見做していなかったのだろうか。そこのところがよく分からず、生返事になる。

 「しかし、今回の件でお前が単に偵察をしにここへ来た人間の兵であるという疑いは晴れたな。集落の場所を人間に教えないと約束するなら、今度はしっかりと準備してから旅立つが良い。それか、働き続けるなら畑を一つ任せても良いと言っている者もいる。どちらを選ぶにせよ、一旦村に帰ってこい」

 「あ、ああ、分かった」

 気付けば俺はすぐに返事をしていた。

 これが罠であり、現時点で俺を拘束する術を持たない二人が、それでも俺を集落に連れ帰る為に口実をでっち上げた可能性も否定は出来なかった。だが俺の中の何かが、そうではないと言っていた。

 

 

 毎日、昼間は畑で過ごし、夜は小柄な方と妙な飾りの方のリザードマンと三匹、あ、いや、二人と一匹、違う、二匹と一人で食卓を囲む。勿論、どんな時であってももう俺が縄の類で縛られるようなことはなかった。

 その頃の俺はスタープレイヤーとしての輝きはすっかり失い、最早ただの農夫だったが、どうしてか心の彩りは鮮やかになりつつあるような気がしていた。

 女すら居ない生活なのに、何故こんなにも充実しているのか不思議だったが、ただまぁワケの分からん言語で挨拶してくる村のリザードマン達を見ていると、不思議と危機感が削がれていく。俺はこの生活に埋もれていくのだろうか。

 

 

 ある日の事。

 俺は自分の畑に設置する柵の材料を集めるため、村から少し離れた場所で丈夫そうな木の枝を拾い集めていた。

 するとそこへ、いくつかの馬の足音がやってくる。村の連中が俺に何か用かと思い見上げてみれば、だが馬に跨っていたのはリザードマンではなかった。

 「失礼。あなたは一体そこで何をしているので?」

 枝を抱えて立ち尽くす俺に質問を投げたのは、やや神経質そうな二枚目顔の、黒髪のプレイヤーキャラクターだった。その後ろにもう一人、女のプレイヤーキャラクターも控えている。

 「え? えっと、あの、木を・・・・・・」

 そういえば人間と話したのは何日ぶりのことだったのか。唐突な出来事だったので、俺は思わず質問の本質から外れた返答をしてしまっていた。

 すると男は俺の顔をじっと見て、そして段々と眉間に皺が寄っていく。

 「・・・・・・ジョンさん、ですか? 凄いそっくりですね」

 「あ、ああ、ジョンだ」

 「・・・・・・本人であると? なら以前私とも会ったことがある筈ですが。私はスタープレイヤー、ジョルシュ・クレインの息子です」

 そう言われても、同じ様な肩書きで自己紹介をするような奴は腐るほど居る上、目の前にいるのはプレイヤーキャラクターなので思い出と顔が一致する訳が無いのだが、ここで正確な情報を伝えることが出来れば事態が好転する可能性があると思い、俺は必死の思いで記憶を手繰り寄せる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ