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第2章 異世界転生 1

 落ち着け。夢だ。ふざけるな。

 そのまま、夢だ、という単語を俺は脳内でスリーサウザンドくらいの回数を繰り返し唱えたつもりになって、だがやはりどう見てもプレイヤーマルスの姿ではなく、寝巻きのジョン(笑)がケンタウルスの世界に降り立っていた。

 いや、慌てるのはまだ早い。こういった状況に陥る現象には名称が付いていた筈だ。確かそう、異世界転生とか異世界転移? か? それをよく思い出そう。

 そう、あれは21世紀初頭。引きこもりになった日本の若者達が、働きもせずだが漫画を描くような技術を得ようとするでもなく脳内で繰り返す冒険譚を延々と(※自主規制)だ!

 つまり、その時代に流行った異世界転生とやらは人生に行き詰った連中が(※自主規制)だ!

 だから(※自主規制)で(※自主規制)が(※重度の偏見があるため自主規制)だ!

 ――まるで益体の無い情報だった。自然と怒りが沸きあがる。

 もう何度目になるか分からないが、もっと落ち着くべきだと自分に言い聞かせ、現時点での結論を出すべく頭を働かせる。

 つまりこの状況を、勿論フィクションではあるが異世界転生とやらに照らし合わせて考えた場合、俺のような人間がその対象となるのはおかしい。

 何と言えば適切か分からないが、もっと根暗な人間が身の丈に合わない夢を見る感じにならなくては、例えここが俺の夢の中の出来事であったとしてもやはりおかしい。変だ。

 そう、それに異世界転生とやらに付きモノである異性との至近の接触を俺は必要としていない。現実世界で十分以上に欲求は満たされている。

 だからつまり、一番の問題は! これではスポンサーがつかないだろうってことだ!

 その結論に達すると同時、俺は近くの木を拳で叩き、それを区切りにしていつのまにかまた頭に上ってしまっていた血を引かせていく。

 空想そのものである推論その1は一先ずその辺で落ち着かせ、俺は別の推論を現実的な観点から考えることにする。

 ――ナチュラルコントロールシステムの発展型の実験。気付かぬ内にこれの被験者にされてしまった可能性が一番高いのではないだろうか?

 俺はその場を右へ左へうろうろと歩き回りながら推論2についてもう少し掘り下げて思案し、だがそこへ森の奥から複数の音が近付いてきたため俺は振り返り、そして戦慄する。

 ケンタウルスの世界で人間もリザードマンも共通して使う、馬と一般に呼称される爬虫類だが両生類だかよく分からない四足の生き物。これが何匹も俺の目の前に並んでおり、そしてそれらの上に座っているのは、人間ではなくリザードマン達であった。

 馬に跨ったまま俺を見下ろすリザードマン達はいずれも武装済み。彼等がその気になれば槍の一突きで俺の命を絶つことが可能であり、そして勿論逃げようとしても馬の足に勝てる訳が無かった。

 俺はゆっくりと両手を挙げ、伝わるかどうか分からないが彼らに降伏のポーズを見せた。

 

 

 拘束され、連れて行かれた先は森から少し歩いたリザードマンの集落の一つだった。

 着くなり、俺はリザードマン達の手によって拘束はされたまま木とか革で出来た小さな家みたいな場所に押し込められる。それを文句一つ言わず受け入れていると、俺を引っ張って来たリザードマン達の奥から、彼らとは別の、妙な頭飾りをしたリザードマンが現れた。

 「稀人。お前は今、自分が如何なる状況下にあるか、正しく認識出来ているか?」

 驚いた事に、その妙な頭飾りをしたリザードマンはゆったりとした口調ではあるが流暢に言葉を話した。確かに一部のリザードマンは少し言葉を話すらしいが、ここまで達者なヤツを俺は今まで見た事が無かった。

 その事実そのものについても、また単純に目の前の光景においても、いずれも衝撃的であったため俺はしばらくあっけに取られ、しかしすぐに自分が今すべき事を思い出し、口を開く。

 「拘束されている。・・・・・・自分と敵対している可能性が高い存在に」

 「宜しい、では尋ねる。稀人、お前は何故、あのような場所に居た? 一体どうやって来た?」

 「・・・・・・分からない。気が付いたらあの場所で寝ていた」

 「自発的な行動の結果ではないと言うのだな? 心当たりはあるのか?」

 「いや、全然」

 その言葉を聞いたリザードマンはしばらく黙り込み、やがて仲間に何か指示を出してから俺の方に向き直る。

 「殺しはせん。が、当面の間、お前は今のままの状態で生活して貰う」

 こうして俺は、煌びやかな生活から一転、下された判決で命までは取られないものの、虜囚としてこの集落で過ごしていくことになった。

 

 

 それからの俺はと言えば、毎日狭い家でリザードマンの出した食事を食い、食べた分のクソをするだけの生活だった。

 いつ元の生活に戻れるのか、なんてことを思うのは当たり前だが、それよりこの部屋の中はあまりに退屈で気が狂いそうだった。

 まぁ、一匹の小柄なリザードマンが甲斐甲斐しく世話を焼いてくるせいで、部屋の中がいつも清潔に保たれているのは幸いだったが、マシなのはその一点だけ。その小柄なリザードマンが部屋へ来ても俺の言葉なんて分からず、話し掛けても通じない。

 会話そのものが恋しくなった俺は、いつの間にか妙な頭飾りをしたリザードマンが面会に来るのを心待ちにしていた。

 「気分はどうだ?」

 「気が狂いそうだ」

 「部屋の中にずっといればな。だが自由に動き回らせるわけにはいかん」

 「じゃ首に縄付けてさあ」

 「お前の面倒を見ろと? 我々にそのような時間は無い。忙しい者ばかりだ」

 「分かった。じゃあ身体の不自由なヤツの代わりに俺が働く。そうすれば俺を監視する手間があっても釣りがくるってもんだろ。それに、食ってばっかじゃあ気分悪いんだよ」

 「本気か?」

 「ああ」

 即座に頷くとリザードマンは考え込み、そして俺の目を覗き込む。彼の目は爬虫類のそれで瞳が縦になっており、あまり感情が読めなかった。

 「ではそのように手配しよう。明日の昼まで待っていろ」

 「おおおぉ? おっし!」

 

 

 次の日。腰の曲がった、つまりは年老いた? リザードマンと妙な頭飾りのリザードマンの付き添いで、俺は彼等の畑に出た。

 リザードマン達の話によると、この畑は長らく使われていないらしく、俺の手でここを再度開墾して欲しいらしい。

 見たところ畑の面積はそれなりにあるものの、雑草や木の類はあまり生えていないためそれらを除去する作業の必要は無く、土を耕すのがメインとなるようだ。

 妙な頭飾りのリザードマンから一通りの指示を受けたあと、俺は早速鍬を手に持ち、土を耕していく。

 同じ単調な動作を、位置を変え向きを変え、ひたすらに繰り返していく。

 時々は首に付いた縄が邪魔になることもあるが、その他の四肢は自由で、そしてなにより陽の光を存分に浴びることが出来る。最高の気分だった。

 

 

 リザードマンの食べる食事は味気の無い植物と、それから昆虫だった。植物、というか多分野菜なんだが、これはまぁ調味料があまり充実していないらしく、味気ないのも分かるが、反面昆虫は元の生活で食べていたものとほぼ変わり無く、食事の面におけるストレスは今まであまり感じていなかった。

 が、それも昨日までの話。労働で一日中身体を動かしたあとは当然腹も減り、そこへ入っていけば昆虫は当然として、味気の無い野菜も極上に美味い。

 思わず顔が綻び、するとそれを見ていた俺の世話をしている小柄なリザードマンも、何故かとても嬉しそうな様子を見せる。

 コイツはこの短時間でもう俺に情を移したのだろうか? なんと気楽で間抜けなヤツなのだろう。

 とは言え一方的に世話になっているのも事実。もし元の世界に戻ることが出来て、またケンタウルスをプレイしリザードマンを相手にする機会があれば、その時は少しだけ手加減してやろうと思った。


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