第1章 スタープレイヤー 4
「う、うおおおおー! すっげぇー!」
「これがマルス・・・・・・! 軍神の力・・・・・・!」
分かりきっていた反応に内心辟易しながら手を上げて応える。だがウィッチの女だけはやはりほとんどリアクションを取らず、俺が彼女に近付いても地面の方にばっかり目を向けていた。
「君すごいな、エリーさんだっけ? あんな不安定な状態でフラッシュ当ててくるとは思わなかった」
「――いえ・・・・・・」
やっと初めて彼女が出した声はか細く、そして上擦っていた。聞き返すべく思わず襟首を掴み上げたい衝動に駆られるものの、だがもっとよく観察すれば、まぁ、そういうことか、と納得する。それなら多少相手に失礼な態度を取ってしまったとしても仕方ないのかもしれない。
「じゃ、一応クリスタルが無事かどうか確かめに行こう。まぁ、陽動しようとしてもこれ以上部隊を潜ませる場所なんて無いと思うけど」
俺達四人は集落へ向かって歩き出した。
「お疲れ様でした」
ナチュラルコントロールシステムから起き上がると、すぐに秘書から労いの声が掛かる。
彼女の手には淹れたばかりのコーヒーのカップがあり、俺はそれを受け取るために手を伸ばすと、自分の手首のコンソールが点滅していることに気付く。
どうやら連絡が入っているようだ。コーヒーを飲みながらコンソールを操作し、連絡を寄越してきた相手を壁に投影する。
「素晴らしい戦いぶりだったな、ジョン」
「ああ、マーティン。あの戦い、やっぱり撮影されてたか。」
ケンタウルス内でのスタープレイヤーは本人への事前の断り無く撮影され、その姿が全世界へ配信される場合がある。確かに、今回のタイタンとの戦いはさぞ迫力のあるショーだったことだろう。
「PVは今期で最も高い数値にまで達した。スポンサー達も喜んでいるんじゃないのか」
それはそうだろう、と口には出さず、しかし何とはなしに横目でブロンド美女の秘書を見ると、俺と目が合った彼女は微笑んだ。何と鬱陶しい。
「・・・・・・それで、マーティン。お前はわざわざ俺にお褒めの言葉を下さるためだけに連絡してきたんじゃないんだろ?」
「ああ、そんな柄じゃないからな。今朝の話にあったメディチとの提携が正式に結ばれたのでその報告と、その件でも話題に上がった女があの場に居たようなのでな、どういった感想を持ったのか聞いてみようと」
「なるほど納得。いや、あの女スゲーぞ。あのフラッシュを見たか? あんな真似が出来る人間なんて、スタープレイヤーでも居ないんじゃないのか? はっきり言って外部ツールの不正使用を疑うレベルだ」
「確かにな。だがクラン加入の際にはプレイ環境のチェックを受け続ける義務があることをメンバーは了承する必要があり、それはあの女も例外ではない。ナチュラルコントロールシステムのログを洗うことだって出来る状態で、そんな真似をするとはあまり考えられない」
「ああー・・・・・・まぁな。じゃ、偶然フラッシュが上手く当たった感じなのか。いや、奇跡か」
俺の気を少しでも引けたのだから、あの女にしてみれば一生に一度の奇跡だっただろう。
「その女、今お前が滞在している場所の近くに住んでいるようだな」
頼んでもいないのだが、マーティンは軽くあの女の情報を調べているようだ。
「もしもあのフラッシュが偶然でないのなら、そのエリーという女のクランでの階級を上げるべきだと?」
「ああ、私はそのように考えている。他のクランに移籍されたりしないようにな」
「あー……ははっ、いや、多分それはないぜ」
「なに、どういう意味だ?」
そこでマーティンの姿を映している画面の隅で、赤い表示が点滅する。どうやら誰かの通信を待機している状態を示しているらしい。
「丁度いい。用件も殆ど済んだ。私はこれで失礼する」
「あ? ああ、悪いなマーティン」
「気にしなくていい。ではな」
マーティンとの通信を終え、画面を切り替えると、そこには胸元のぱっくりと割れたドレスのような服を着た派手な女が映し出された。
「ジョン! 最っ高にクールな戦いだったわ! ホント、あなたってステキよ!」
「やあ、ジョスリン。そう言ってくれるのは嬉しい気持ちもあるけど、俺ってあんまり褒められるのは得意じゃないんだ」
「あら、そうなの?」
「褒める方が好きなんだ。ジョスリン、今夜の君も素敵だ。会いたくなってきたよ」
「まっ・・・・・・!」
女は先回りするに限る。ましてこの時間に連絡してきたという意味は一つしかないため、男の俺から切り出すことにした。
「待ってて! すぐにそっちへ行くから!」
彼女はまるで落ち着きのない様子で通信を切った。俺はそれを鼻で笑い、彼女が到着する前に引っ込むよう秘書に伝える。
ジョスリンとの一時を終え、俺は一人、ベッドに横になる。
プレミアを挟んだからか、今日はやけに忙しく、だがまぁ充実した日だった。
このような日々をあと数年楽しみ、それからどっかの女と子供を作り、人生の楽しみ方を変えていこうと思っている。
そんな未来を想像しながら、目を瞑り、深く息をして意識を手放していく。
自分の粗い息遣いが嫌に耳に響く。
暗い部屋の階段を俺は駆け上がって居た。
これは夢である。だから別に、ここで何かが起こったとしても、俺の身に危険が及ぶ訳じゃない。
部屋のドアをゆっくりと開ける。
これは夢である。それが故に、結末は変えられない。
「そんな・・・・・・ダメだ、ダメだっ!」
「へ、へぶっしゅ!」
くしゃみをしてしまった。クソ寒い。
毛布を一体どこにやってしまったのか、目を少しだけ開けて探し、だがそこに毛布は無く、ベッドも無く、自室ですらなかった。
あまりの異常事態に俺は目を完全に開き飛び起きて周囲を見回すと、そこでやっと自分が森の真っ只中に居るらしいことに気付く。
森だ。しかし目の前をゆっくり通り過ぎる鳥のような生物、足元に生えてるキノコ、聳え立つ巨大な木は現実世界のものではなく、どれもケンタウルスの中にしか無いものだ。
頬をつねると痛覚を感じる。それはケンタウルスの世界では無いものだ。
「つまり・・・・・・?」
つまり目が覚めたら俺はゲームの中に転生していたらしい。
風がまるで嘲笑うかのように身体の横を通り抜けていった。