第1章 スタープレイヤー 3
シーク。大抵のプレイヤーは使える一般的なスキルで、短時間だがリザードマン達の目を欺く効果がある。難点は短時間しか持続しないことと、攻撃のように急に身体を動かすような動作を取ると即座に効果が無くなること、人間相手には姿が少し曖昧になるくらいにしかならないことである。
このシークを使い、俺と他三人は今にも集落に攻撃を仕掛けそうなリザードマンの部隊の後ろに忍び寄る。そして全員がそれぞれ適当なリザードマンを選び、その背後で武器を構えた。
「やれ!」
俺の合図と共に全員が自分の武器を振り下ろし、合計四匹のリザードマン達が悲鳴を上げて地面の上に倒れ込む。
同時にこちら側のシークが消失、露になった俺達の姿を見付けたリザードマンの連中は一瞬騒然とし、しかしすぐに統制を取り戻すと武器を構えて迫り来ようとしていた。
「いくぞっ! トラン○ム!」
注釈、決して自発的にそうしたのではなく、これは技名を叫ばないと発動しない仕組みになっているためそうしただけであって、俺にこんな痛々しい趣味は無い。
ともかく俺は叫びながら胸元で赤い宝石を砕き、すると赤いオーラが俺の全身を覆いはじめた。
これこそが秘儀、ではないが必殺技! でもないか? とにかく凄い(お金が掛かる)技で、数分間攻撃力上昇! 移動速度も上昇するスゴイやつ!
「うおおおおーっ!」
俺は叫び声を上げながら、二本の大剣を構えてリザードマンの群れに突っ込み、それを後ろから三人の仲間がボウガンや弓や魔法で援護していく。
俺は決して三人の側に敵が近寄らないよう、突出した敵を優先して叩き斬っていく!
「うおおおおーっ! 負けるかーっ!」
ちなみにケンタウルスの中では肺の動きと四肢の動きは全く関係が無いので、このように叫びながら攻撃することも楽に出来るのだ!
そんな調子で敵を捌き続けていると、あまり時間も経たない内に段々と相手の数が減り、ついにリザードマン達は遠距離攻撃をしている三人の方には全く近寄れず、最後には全滅していた。さすがトラ○ザム! 効果は絶大だ!
「すごい! さすがマルスさん!」
「かっこいい・・・・・・! なんて完璧な戦い方・・・・・・!」
心底鬱陶しいリアクションを取っている味方の二人組みを他所に、俺は周囲に変化が無いか、気配を探っていた。
すると微かに空気の震える感触が肌を伝う。それに気付いたのは俺とただもう一人・・・・・・あれ? コイツ、よく見たら赤い服の・・・・・・全く喋らなかったから気付かなかった。ともあれ俺とソイツだけが異変に気付いていたようだ。
「気を抜くな。まだ何か来るぞ」
俺は二人に注意を促し、振動のある方角へ顔を向けると、彼らもそれに倣う。
すると少し遠くの丘から出てきたのは、緑色の巨人だった。リザードマンとは違って鱗は無く、像のような牙が口から生えている。
「タイタンだー!」
味方のその叫びは間抜けだが、気持ちは全く分からないという程でもない。タイタンは強力なモンスターで、これを撃破するには数十人が必要と言われている。それくらい皮膚が硬く、そして攻撃力も高い。
この敵が出てきてしまっては、今度こそ集落のクリスタルは諦め、ここの全員を連れてどこかへ退避するべきか、という考えが俺の頭に浮ぶ。だが同時に、もしもここを突破できたら、とも思う。
「君、フラッシュは使える?」
俺は赤い服のウィッチに話しかける。いざという時この女が信用出来るかどうかは怪しいが、タイタンを倒すならコイツの手を借りる以外に無い。だが女は俺の言葉に頷きはしたものの、声に出しての肯定はしなかった。
「使った事はある?」
この質問にも頷くだけ。女の態度に内心舌打ちをする。
「それでいこう」
「えっ、それでいこうって、マルスさん?」
「むっ、無理無理無理! 無理ですよ! 大体、フラッシュ使ったってタイタンは倒せないです!」
二人組みは狼狽していた。まぁ、普通そう思うよな。
「大丈夫、なんとかなる。もしダメならすぐに引き返すから、そしたら全員で逃げよう。じゃ、行ってくる」
これ以上の説明は面倒だった。俺はタイタンに向かって駆け出す。
「えっ、ま、マジで?」
「マルスさん! 自分達はなにをしたらいいんですか!?」
俺は二人組みの声を無視しつつタイタンに向かって走り、そしていよいよ互いの距離が近くなっていくと、タイタンは容赦なく大木のような太い腕で俺を殴りつけようとする。
「Oh,YEAHHHHHHH!」
俺は興奮のあまり叫び声を上げ、そうしながらも視界を覆い尽くそうと迫るタイタンの腕を、掠りそうなくらいギリギリで潜って避ける。
次に今度は逆側から緑の巨体に接近し、だが危うく蹴り飛ばされそうになったので、その足を高くジャンプして躱す。
そして着地と同時に伸びてきた腕を横に避け、その隙にタイタンに近付こうとしたものの反対の腕も向かってきたので、地面すれすれに寝転んで避ける。
飛んで、滑って、跳ねるようにタイタンの攻撃を躱し続け、しかし未だに好機は訪れなかった。
「す、すごい・・・・・・」
「飛び跳ねてる・・・・・・」
まだリアクション大会続けてる二人組に俺は呆れを通り越して感心し、それはともかく二人の向こう側に居るウィッチの女を見るが、その女はつばの長い帽子を被って顔を伏せており、表情を窺うことは出来なかった。
俺はもう少ししたら仕掛けるつもりなんだが、本当にあの女は大丈夫なんだろうか? だが今更それを確認する術も無し。覚悟を決める!
次にタイタンが腕を振り上げたとき、俺は行動に出た。相手の殴りつけ攻撃を前に踏み込むようにして回避し、それと同時に相手の股の下を潜り抜ける!
一瞬で敵の姿を見失ったタイタンは棒立ちになり、そして背に回り込んだ俺はそこへ飛びつき、緑色のざらざらした肌を登っていく!
「ウォォーン!」
喚きながらまるでノミかダニを振り払おうとするタイタンの腕を、俺は背中から手を離して飛び上がったり左右に飛び移ったりしながら回避し、やがて首の真後ろ辺りまでやって来る。
そして上下左右に激しく揺れるタイタンの背の上で俺は一本の大剣を高く掲げ、すると遠くから一条の赤い光が飛来し、その光は俺の大剣に当たると更に強い光を発して剣全体を飲み込む。
剣は眩い程の赤い輝きを放っていた。俺はその状態の剣を強く握り、タイタンの数少ない弱点である首筋を深く斬り裂く!
――フラッシュ! 遠距離にいる者の近接武器を一瞬だけ超強化する魔法である。難点は二つ。照準が難しいため、成功するかどうかはフラッシュを使う者の技量に大きく左右されることと、呪文を唱えるのに時間が掛かってしまうことだ。つまりあのウィッチの女は相当のやり手ってことだ。いや、まぁ、俺の実力あってこそあの女の見せ所を引き出せたワケだけど。
とにかく俺は緑の背から飛び退き、敵から距離を取ると、タイタンは首から大量の血を撒き散らしながらやがて土埃を巻き上げながら倒れ込み、地面の上で何度か痙攣するような感じはしたが、それも最初だけで段々と動かなくなっていった。