第1章 スタープレイヤー 2
そこはレッドカーペット。今日はクランの重要メンバーである俳優が主演する映画のプレミアが開催される日だった。
その主演俳優や他の共演者達が招待した客がこのレッドカーペットを歩いて会場の中へ入るんだが、まぁどれもセレブ。それも俺のように中途半端な育ちの奴なんて居ない。
そんなことで縮こまるようではスタープレイヤーなんて廃業するべきだが、絡みに行くヤツが居ないのも事実。実際ここからどうしようかと迷っていると、背後から誰かの気配が近付く。ちなみにケンタウルスの中でこんな真似をしてくる奴が居たら味方でもブン殴る。
「ジョン! 来てくれて嬉しいよ!」
「ああ、クリス」
慣れ慣れしく肩を組んできたのは、俺をこの会場に呼び付けた馬鹿な俳優、クリスだった。馬鹿だが、顔が良く、プロ顔負けのスタント技術と、演技に対する真剣さ、そして情の深さはいいところだ。
「来てくれないかと思ってたよ!」
「ああ、まぁ、お前と俺は友達だけどお前のお友達と俺の友達は友達ではないしお前のお友達と俺も友達ではないからここに来てもお前以外とはあんまり話が合わなくてさ」
「ん? つまり?」
本気で分かって無い様子だ。レッドカーペットの周囲はごちゃごちゃ人がいるからあんまり細かい話をしても今一つ通らないのもあるが。
「俺はお前のお友達とちゃんとお話し出来るか心配で怖くて家に引きこもっていようかと思ってたんだよ。だから俺が途中で帰らないように捕まえててくれ、ああ、あとあんまり今はインタビューを受けたくない事情が」
「ジョン! クリス! やっぱり二人とも仲いいね!」
言い終える前に顔見知りの記者に見付かり、俺の言葉を聞いてなかったのか、肩を組まれた状態でクリスにその記者の前へ連れて行かれる。ふざけんな。
いや、確かに彼は大手に務めてる記者だから無視なんて出来ないのも確かだが。
「クリス! 今回の映画はアクションシーンが多かったけど、そういうシーンが得意な君はやっぱりマルスから何かこう、動きとかを学んだりすることってあるの?」
「それは映画にフィードバックするって意味でかい? いや、それは無いよ。僕なんかがジョンの真似なんて到底出来っこないし、第一、現実でそんなことやったら危ないよ」
「ああ、やっぱりそうなんだ。そういうものなんだねぇ」
記者の質問は如何にも当たり触り無いもので、あからさまに前置きだった。しかしもうこうなってしまっては手遅れで、俺はこの場から逃げることは出来ない。スタープレイヤーの義務だ。
「それで、ジョン――」
「悪いけど事務所通して」
しまった! 無意識の内に逃げを打ってしまった。これには流石にクリスも苦笑いだ。いや、今ならまだ冗談に出来る。
「イッツジョーク。俺と君との仲じゃないか。で、なんだい?」
「女優のアンナ・キッドマンとの交際が噂されてるみたいなんだけど、ジョスリンとはどうなったの?」
「アイ、アー・・・・・・なぁ、俺と君との仲だからこそ、遠慮を覚えるってことは出来ないか? いくらなんでもストレート過ぎねえ?」
「どうなの?」
舐められてるのか、それともこれぞ記者のメンタルと賞賛すべきか、ともかく彼に引く様子は無いようだ。とはいえ、こちらとしても正直に答えることなんて出来ない。なにせ俺が今付き合ってるのは女優じゃなくてモデルだ。
「確かに、アンナとは個人的に仲良くしてるけど、でもそれだけ。これは本当のことだ。それにもしジョスリンとの関係に何か変化があったなら、その時は君だけに隠さず教えるよ」
今答えることが出来る全てを彼には話した訳だが、するとその記者は自分の後ろに居るカメラマンに合図をし、撮影を中断させる。
「実際のとこはどうなの?」
こういうやり取りは持ちつ持たれつな訳で、癪だが今回の取引も決して悪いものではない。俺は応じることにした。
「ハメられたんだよ。一回、その、まぁ、色々あって。気付いたときには相手が意地になってた。法的措置を取ろうとまでは思わないけど、少なくともこれ以上親密になるつもりはねえなあ。お前も、次にネタあったらそっちをやるから、この話は終わりにしろよ」
「なんで?」
「なんで、って。普通に恥ずかしいんだよ」
「ふうん? いや、分かった」
納得した記者はカメラマンに合図し、彼らと共に他のセレブへ声を掛けに行ったようだ。
「結婚とかしないのかい?」
隣に並ぶクリスは、これまた能天気な顔して聞いてくる。
「するわけなくねえか? あんなうざい女。つか俺、多分どんな女とも結婚はしねえ。いつか子供は欲しいけど」
映画を見終わり、そこからまた一時間以上掛けて滞在している自宅の一つまで戻り、一息つく。
映画の出来は悪くなかった。ただスタープレイヤーとしては、映画の中での重力の表現がいい加減になっているのがどうにも気になってしまったため、あまり入り込めなかった。
ともあれ帰宅後、軽く食事を取るともうあまり時間は残っていなかったが、一応ケンタウルスの中に顔を出そうとポッド型ナチュラルコントロールシステムのある部屋へ向かう。
秘書はこうなることを予想していたのか、彼女の手によって既に準備は済んでいたため、俺はポッドの中へ入りスイッチを起動。ケンタウルスオンラインの中へと入っていく。
「ああああっ!? マルス!?」
「えっ、マジ?」
「おおお! 軍神!」
入るなりいきなり数人に詰め寄られる。なにやら緊急事態のようだ。
「どうした?」
「敵の襲撃だ! このままじゃ集落ごとやられる!」
「敵? リザードマンか?」
「そうだ! 数は三十匹くらい!」
「こっちは何人?」
「・・・・・・マルスを合わせて六人だ。つい今しがたの最初の奇襲でクリスタルが倒れ、ポータルが開けない状態だ。味方の増援は見込めない」
「倒れただけ? 壊れてはないんだな?」
「ああ、だが元に戻して再起動するには時間が掛かる。・・・・・・すまない」
この場所を任されていた人物なのだろうか、報告をしてきた彼はまるで恐縮していた。
これがもし現実世界での出来事であれば、このようなミスは怒鳴りつけて一度スカッとしてから取り組んでも良いのかもしれないが、俺みたいなスタープレイヤーはケンタウルスの中でこそ振る舞いに気を付けなければならない。度を失ったような態度を取ってはならないし、ついでに言うならFu/kもSh/tも厳禁だ。
「君が謝る必要は無い。もし手抜かりがあったとすれば、それは俺かスタンリーのどちらかだ。それより、なんとかしてこの集落を守ろう。折角クリスタルを設置したばかりなんだし、それを失った上こんな辺鄙な場所で倒れたら大変だ」
どう大変なのかはゲームシステムの話になるので割愛するとして、だが相手が三十というのは多く、普通に戦えば負ける。
「――仕方ない、アレを使う」
「・・・・・・えっ? アレを? それは・・・・・・」
「いやでも、アレを使ったらマルスさんに負担が・・・・・・!」
「大丈夫、君達が思うほど心配するようなことにはならない。安心しろ」
「マルスさん・・・・・・!」
そう、痛いのはお財布である。別に身体に何か負荷が掛かるとかって訳じゃない。当たり前だが、ケンタウルスオンラインの運営はそんなの容認しない。
大きな出費だが、こんなところで無様に負ける訳にはいかないし、敗走して仲間を見捨てるなんてもっと最悪だ。その場合スポンサーがいくつか離れる。
「じゃあ二人は集落に設置してるクリスタルを防衛、残り三人は俺に付いてきて援護して」
『了解っ』
彼らの名前を具体的に呼ばなかったのは、ここに居るプレイヤーの殆どが鬱陶しく訳の分からない長さの名前だったからだ。