第3章 No more shame 2
その日の集落での仕事はジークに任せた。
いざ頼んでみると彼は文句一つ言わずにそれを引き受け、荷造りをする俺に、言葉が通じなくても構わないから自分の口でニニフに家を少し空けることを伝えるように言ってきた。
ジークの言う通りにした後、俺は馬と共に村を出発、昨日とは別の、そこよりも少し離れたプレイヤー達の街へと辿り着く。
緑の多い土地だった。
俺は街の中に潜入すると木と屋根の上を渡り、目的の人物を捜索し、程無くして発見。追跡、対象が一人になるところを狙って木の上から飛び降りる。
「Hello」
この交渉にどういう態度で臨めば良いか分からず、最終的にはメディア向けのそれでいくことにした。
そして上から降ってきた高身長のイケメンに道を阻まれた彼女は、俺の顔を見るなり目を丸くする。
「マルス・・・・・・?」
「エリー」
赤い服のウィッチ、エリー。
彼女はきっと俺に好意を持っており、かつ非戦闘員のリザードマンを掃討する際、それを逡巡した人間。つまり、俺の話を信じなかったとしても、そのまま協力してくれる可能性がある筈だ。
「え、えっと、これはどういう・・・・・・」
「すまない、少し奥へ行こう。人目を避けたい事情がある」
「え、ええ・・・・・・」
道の先にある家屋の一つに入り、その扉を締める。
「じゃあ、単刀直入に言うよ。・・・・・・俺を助けて欲しいんだ」
彼女は俺の顔を凝視したままだった。本物との違いを探しているかのようだ。
「ある日朝起きたらこの姿でケンタウルスの中に居たんだ。この身体は――まるで本物の肉体のようだ。物を食べられるし、夜は寝る必要がある。俺に一体何が起こったのか、全く何も分からない。これからどうするか・・・・・・まずは真実を知りたいんだけど、今の俺じゃインターフェイスにすらアクセス出来ない、だから誰かの協力が必要なんだ。頼む、エリー」
「分かったわ」
「あ、えっ?」
彼女は全く悩む仕草すら無く返答をしたが、俺は戸惑っていた。
「あなたに協力するわ。だからまずは、あなたが今置かれている状況を詳しく話して」
「あ、ああ・・・・・・」
協力者が得られたのはとても喜ばしいことだし、俺に好意を寄せていた彼女なら即答で承諾するのもそれほど不思議ではない。俺が動揺した理由は別のところにあった。
彼女の雰囲気だ。タイタンを倒したときのエリーと今の彼女はまるで別の人物というくらいに違う。ハッキリ喋るし、俺の目をまっすぐに見ている。照れてばっかりだったあの時とは比べ物にならない。
どういうことかと一瞬悩みはしたが、俺の知っているエリーと目の前の女性は同一人物で間違いないようなので、その疑問は一度置き、俺は彼女の要求に応えることにする。
「最初目覚めた場所はリザードマンの要塞から南西くらいの方角にある集落の近くで、ここでリザードマン達に世話になって何日か過ごして――」
「・・・・・・彼らがあなたを迎え入れたの?」
「ああ、あいつ等の中に言葉が分かる奴が居て、いやまぁ最初は捕虜だったんだけど。とにかくその集落で過ごして、でも俺が集落から用事で少し出てる間にキリアンとかいう無名のプレイヤー達に村を襲われて、だから俺がキリアン達は倒して」
「あの」
「うん?」
「何故倒したの?」
「だってそりゃまぁ、腹が立ったしさ、まだ生き残ってたリザードマン達を連中が殺そうとしてたし」
そこまで話すと、どうしてかエリーは段々と顔を下に向けていったため、その表情が分からなくなった。俺の話で何か考えるところでもあったのだろうか。構わず、話を続ける。
「で、今は生き残った二匹のリザードマン達と要塞から西に行った先にある集落に身を寄せて――」
急に彼女が顔を上げ、目が合うと俺はぞっとした。彼女はプレイヤーキャラクターであるにも関わらず表情から露骨に彩度を失い、有体に言えば物凄く顔色が悪かった。
「な、なん、どうした?」
「そのリザードマン達はあなたにとって大切な人達なの?」
「え、えっとまぁ、そうだが」
照れ隠しで答えを濁している場合ではないことくらい理解出来るほど、彼女の言葉には差し迫った何かがあった。
「そんな――どうしよう・・・・・・」
今度は俯き、震える唇で指を噛み始めた。
「なんだってんだよ、教えてくれ」
両肩を俺に掴まれたエリーは伏せた目線を徐々に俺に合わせ、唾を飲み込んでから口を開いた。
「襲われるわ」
「あ? 誰が誰に?」
「要塞が、プレイヤー達によ! 大規模な攻撃で、きっとあなた達が住んでる場所も巻き込まれるわ」
「な、はっ? 大規模な攻撃って・・・・・・?」
「セオリー通りの地上侵攻を陽動に、本命の飛行輸送艇の大船団が押し寄せるわ」
「な、大船団!? 誰が発起人? てかいつ始まる?」
「公式イベントだから止められないわ! もう、すぐにでも始まる!」
「は、はあ!? なんだそれ! そんなん前例あったか!?」
公式、つまりケンタウルスの運営が先導している侵攻作戦。それでは首魁を闇討ちするような方法で作戦を中断させることも出来ない。
どうする? 今からニニフとジークの元に戻り、集落の人々を連れてどこかに避難するか? でもどこへ? あのリザードマンの要塞の守りが無くなれば、どこへ逃げようと同じことだろう? プレイヤー達に見付かって殺されるか、定住出来ずに飢えて死ぬ!
俺の思考は空回りしまくっていた。攻撃を阻止出来ず、逃げても意味が無く、まして今度は戦うにしても相手の数が多過ぎる。
「ジョン!」
エリーの呼び掛けにより、俺は無為な思考の海から引揚げられる。
「早く何かしないと! せめてその村から移動して!」
「あ、わ、分かったっ!」
何をどうすればいいかも決まらないまま、俺はその場から走り出した。