目指すは看板娘。
追いかけられる。ひたすら追いかけられる。
どこかに隠れたいのに、隠れられない。私の腕を掴む気持ち悪い手、手、手。
顔を上げたらダメ。
顔を見られたら捕まっちゃう。
見られたら……
……あの人が殺されちゃう。
ーーコンコン
「……っ!!はい!!」
「そろそろ大丈夫かい?準備が出来たら厨房に来ておくれ、うちの人にも紹介するよ」
「今行きます!」
いけない、寝てたみたい。
レストランの二階は住居になっていて、私の部屋も用意されていた。
軽い食事をもらって食べてからお日様の匂いのするベッドで横になると、つい寝てしまった。変な時間に寝たから怖い夢見ちゃった。
夢と分かっても怖い。でも、負けない。……やっぱり怖い。
支給された制服に着替える。
緑の半袖・膝丈ワンピース、スカート部分はフレアになっている。フリルのついた茶色のエプロン、柔らかい皮のショートブーツ。うん。可愛い制服で嬉しいかも。
テンション上がってウキウキと厨房に行くと、急に目の前に巨大なシルエットが…
「ひぃっ!?」
「アンタ、急に出たらマイコがビックリするだろ!」
「……すまん」
わぁ、ビックリした。えっと、この人が料理長さんなのかな?
外国人プロレスラーみたいな、がっしりとした体型のおじさんだ。
「この人は私の旦那のダンだよ。無愛想でゴメンよ」
「よろしくお願いします!」
旦那さのダンさん!覚えやすい!素晴らしい!
変なところで感動しちゃったよ。
私の仕事は給仕係、いわゆるウェイトレスなので、ダンさんの料理を運んだり、オーダーとったり…会計はカミーラさんがするから、とにかくお客さんに…お客さんに…
…………やばい。
私って…接客…したこと…ないや……。
バイトといっても、内職みたいなのとか、人と接しない事ばかりやってきた。
出会った商人さんや門にいた兵士さんと、顔を上げて話せたけれど、悪夢見るくらい疲れてしまった。
私はこんなにヘタレだ。人が怖いのに接客業とか…隠密はともかく吟遊詩人とか…これって、もしかしてもしかすると……
…………無理?
「マイコ、ほらお客さんだよ、注文とってきな!」
「あ、はい!」
もう、逝ってやらぁー!!
ヤケクソで出て行く私。ええい、ままよ!!笑顔装備!!接客モード切り替え完了!!
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりですか?」
どっかのファストフード店員みたいになる私を許して欲しい。見本がないのよ見本が。
「お嬢ちゃん!来たよ!」
「勤務が終わったのでな、道に迷ってないか確かめに来たぞ」
「商人さん!門の兵士さん!」
お客さんは知り合ったばかりの人達だ。カミーラさんもビックリしている。
「ケーラー商会の会長さんに、ヨアヒム兵士長さんじゃないか!マイコと知り合いなのかい?」
「いや、今日出会ったばかりさ、ここで働くって言うし、何だか必死に頑張ろうとしてるからなぁ」
「うむ、何だか娘のような気がしてな。ここの客は荒くれ者も多いから心配でなぁ」
おお、偉い人達でしたか……商会長さんも兵士長さんも、私を心配そうに見ている。
それを見たカミーラさんが、我慢できずに吹き出した。
「ぷっ、あっはははは!マイコは大物になるね!泣く子も黙る商会長も、鬼のような訓練をする兵士長も、娘を心配する父親みたいだよ!」
真っ赤になるおじさん二人に、私はもう泣き出す寸前だ。
神様の言ってた通り、前の世界とは違う。ここは私にとって生きやすい世界なのかもしれない。
ぐっと涙をこらえて、初のお客さん二人に笑顔で話しかける。
「えっと、ケーラーさん、ヨアヒムさん、私はマイコと言います!ご注文お伺いします!」
「エール二つに、オススメの肉料理とサラダを二人分頼むよ」
「マイコちゃんか。ここには時々来るのだよ。よろしく頼む」
「はい!よろしくお願いします!オーダーおすすめ肉料理とサラダ二つです!」
笑顔のおじさん二人にぺこりとお辞儀をすると、大きな声でオーダーを厨房に伝える。
「その調子だよマイコ。メニューにないものを頼む客もいるけど、そのままいえばダンが作るからだいじょうぶだよ。無い時は代わりを出すからね」
「はい!」
夕方ご飯どきになると混み始め、カウンター含めて五十席ある店内は満員になった。私は頭をフル回転させながら、注文をしてきたお客さんに料理を運ぶという作業を繰り返す。
紙が貴重らしくメモが取れない。でも瞬間的な暗記物は得意なので、集中してれば大丈夫だ。
でも、これちょっと考えないとな。
ケーラーさんとヨアヒムさんも帰り、お酒を頼むお客さんが多くなってきたくらいに代わりの人が入ってきた。若い男の人と女の人だ。
ラルフさんはお酒類担当で、バーテンダーみたいな人。リンダさんは酔っ払いの扱いが上手いウェイトレスさん。二人は兄妹らしい。
疲れ切った私は、二人に挨拶すると速攻自室に戻り、賄いも食べずに寝てしまったのであった。
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