もう私はストーカーじゃない。
気がつくと秋も深まり、私の意識が浮上してきた。
あの祭りの後の記憶はない。その後二ヶ月ほどの記憶も曖昧だ。
沙耶が色々してくれてたのは覚えている。辛うじてご飯は食べていたらしい。
「最近、やっと会話が出来るようになったね」と微笑む沙耶を見て、私はやっと自分の状態を知った。
そして、あの事件の後のことを知る。
何てことだ。
私は何て恩知らずなんだ。
あの事件のことを沙耶に聞くと、宮田くんは『浴衣の女の子を庇って変質者に刺され、たまたま通りすがった岡崎さんが助けを呼んでくれた』と、救急車の中で説明したらしい。
私は現場に居合わせたショックで頷くことしかできず、捕まった変質者は『浴衣の女の子を襲った』と供述し、襲われた子は逃げたと認識されていた。
私は沙耶に泣きながら違うと説明した。私を庇ったんだと。
「それなら尚更、このままにしておかないとダメだよ」
「なんで!?」
「それが宮田くんの遺志だから」
「遺志……?」
キッパリと言い切る沙耶に、私は呆然と返す。
「宮田くんは頭の良い人だった。きっと麻衣子を庇って自分に何かあった時、その後の事を考えたんじゃない?見ず知らずの人を助けて、見ず知らずの人を責める人はいない。だって存在しないんだから」
「そんなのおかしい。私は責められなきゃいけないんだよ。私のせいで…宮田くんは…」
「それが嫌だったんでしょう?麻衣子が責められる状態が、彼のとって嫌だったんだよ。もしかしたら……いや、それはもう分からないか」
私は呆然としていた。
彼は、あんな深い傷を負った状態で、私の事を最後まで庇った?
「麻衣子。生きなきゃダメだよ。許されたいなら絶対死んだらダメだよ。生きなきゃダメだ」
「……分かった」
混乱する中、沙耶は私を家まで送ってくれた。ご飯は定期で配達してくれるのを沙耶が頼んでいてくれていた。
レンジで温め、機械的に食べて、容器を洗う。
味も何も感じない。沙耶が生きろと言うのは正しい。私は自分を消したいと思っても、彼が助けてくれた命を粗末にする事は出来ない。
久しぶりに自分の部屋から、彼の部屋の窓を見る。
電気はついていない。ストーカーをする理由もない。
でも、私の生きる理由は彼だ。
冷たい布団に潜り込み、温まらない手足をそのままに目を閉じる。
思い出すのは彼の香り。
あの祭りの夜、私は確かに彼の触れた。
泣きじゃくる私の頬に、触れる彼の冷たい手。
彼のかさついた唇に、無意識に私は自身のそれで触れた。
ただ乞うように。祈るように。
突き刺さる胸の痛みに、涙は枯れずに今も流れる。
あれ以来ほとんど眠れない私は、不思議なことに今夜は意識を失うように眠りに落ちていった。
夢?
何もない、ただの白い空間に私はいた。
なんでここにいるんだろう。死後の世界ならウェルカムだけど、私が死んだら沙耶に怒られるからヤダなぁ。
「友達に怒られるから死ぬのがヤダとか、面白いね!」
突然聞こえる声。
振り向くと黒髪の少年がいた。Tシャツにジーパン、小学生くらいの少年。
少し違うのは、瞳がルビーのように深い赤色だ。
「誰?」
「神様って奴だよ。君の世界のじゃないけど。僕は頼まれて配ってるんだけど、君だけ受け取らないから困っているんだよ。しょうがないから呼び出した」
「受け取るって、何を?」
不在通知は入ってなかったはずだけど…
「ポストに入れとけるもんじゃないよ。君に渡したいものは『宮田一之介を思い出した時に悲しい感情にさせない』っていうやつ。パソコンでいうソフトみたいなもんだね」
「え…そんなの要りません。私は死ねないけど、彼への感情は捨てずに生きるので」
「うーん。君の魂って、この世界では強すぎるんだよね。よく見たら君って『魅了』とかあるし……なんだ。彼の事故って純粋なものかと思ってたけどそうじゃないな。これは神の仕訳ミスだ」
え?どういうこと?
「世界は数多存在するけど、魂は大きく一つにまとまってる場所があるんだ。それをそれぞれに合う世界に飛ばすんだけど、稀に仕訳ミスをする神がいる。しかも今回続いていてガイア…あ、地球の神が頭抱えてるんだ。僕はそれの尻拭いで大変なんだよ」
「はぁ…って事は、私はこの世界にいる人間じゃなかったって事ですか?」
「僕の世界…って訳でも無いけど、魂の強さは近いね。こっちの世界じゃ大変だったんじゃない?」
「はい!そうなんです!なぜか私を見ておかしくなる男の人が多くて……え、それなら彼が死んだのは私のせいでもあるけど、ミスした神様のせい!?ひどい!!」
「あ、あ、ちょっと待って!それはそれで上手くいったって所もあるんだよ!」
怒りに沸く私に、神様が慌てて言った。何が上手くいったと言うんだ。ひどい!悪魔!
「悪魔も神だよ。それは置いといて……彼、宮田一之介も強い魂を持っていたんだ。彼は僕の世界で役割を持つ魂だったんだよ。だからね、僕の世界で転生してもらったんだ」
神様は心が読めるみたいで、私が話さなくてもどんどん会話が進む。
宮田くんは、この少年…神様の世界で生きてるって事?
「そうだよ。その代わりに日本で彼に関わった人の感情を操作して回ってたんだ。辛い思いをしないようにって、それが彼の願いだったからね」
宮田くん……強い魂って、本当にそうかもしれない。彼は強くて優しい。私が惹かれたのも、彼の周りに対する優しさがあったからこそだ。
「困ったな。君が受け取れないなら……そうだ。仕訳ミスの事もあるし、君、僕の世界に来ない?」
「ええ!?」
何を言うんだこの神様!!
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