そして私はストーカーになったらしい。
「麻衣子、あんたそれストーカーだよ?」
それは違うと声を大にして言いたい。
ただ、素敵な偶然が重なっただけなんです。本当です。
両親が海外赴任になるとの事で、もともと大学に入ったら家を出る予定だった私。少し早まった形になるだけと、独り暮らしを親に了承してもらった。
セキュリティのしっかりした賃貸マンションで、二階の一室に引っ越すことになった。
そして目の前には一戸建ての「彼」の家があり、「彼の部屋」は二階にあるようだった。しっかり確認した。
「違うのです。誤解です。必然な偶然なのです」
「結局それって麻衣子のさじ加減じゃないの」
「そんな事……ないのですよ」
机に突っ伏して沙耶の言葉を否定するけど、強く言えない。
だって下心満載だもの。
恋する乙女だもの。
「まぁいいけど。麻衣子が恋するなんて、めでたいことだからね」
沙耶はため息をつきながら。数枚のレポート用紙と写真を私の机に置く。そこには待ちに待った彼の情報が記されているのだ。
ありがとう沙耶!心の友…ソウルメイトよ!
「生徒会仲間からと、彼の通う近所の道場の人からと、隣のクラスからもらった情報だよ。私の知り合いだから楽に集まったわ」
宮田一之介…というのが、彼の名前だ。
一年では生徒会の会計。二年になり推薦され投票で生徒会長になった。
そして宮田くんは、女子からとても人気があるようだ。
『イケメンすぎる生徒会長』とかで雑誌に載ったり、バレンタインでは渡す女子の大行列があったとか、ファンクラブが三桁超えたとか、とにかく話題に事欠かない人だ。
写真には友人らしき人と笑顔で写る宮田くんが写ってる。沙耶が誰かからもらってくれたみたいだ。
「おお、イケメンさんだねぇ」
「今更か。てゆか顔を見る前に一目惚れって、麻衣子っぽいね」
「匂いで分かる。追いかけられるよ」
「犬か」
どうやら私にしか宮田くんの匂いが分からないらしい。あんなに甘い良い香りなのに、なんでだろう?
そんなわけで、私の生活は宮田くん一色で染まっていった。
いつも遠くからこっそり見ていたり、あわよくばすれ違った時に匂いを嗅いだり、誰もいない隣のクラスに忍び込んで彼の机に座ったりした。
沙耶の言うストーカーではないと思う。片思いの女子がやる行動ベストファイブに入ってるはずだ。
たとえ朝、自分の部屋から見える、家から宮田くんが出るのをみて「いってらっしゃい」と呟いて、そのまま付かず離れず登校してても。
夕方、宮田くんの部屋の明かりがついたら「おかえり」って言って、明かりが消えたら「おやすみ」というのを日課にしてたとしても。
私はストーカーじゃない。
恋する幸せな乙女なのである。
「不毛よ」
「何が?」
高校三年の春。私のいつもの日課である、昼休み宮田くんが外で友人らしき人達と話しているのを見ていたら、沙耶が突然私に苦言を呈してきた。
「一年見守ってるだけなんて…せめて友達になるとかさ」
私だって分かっている。見守ってるだけなんて不毛だ。
それでも過去に私と関わり狂っていった男の人達を思い出すと、どうしても次の一歩が踏み出せなかった。
「事情は分かってるつもり。過去に何があったか聞いているし、怖いのも分かる。分かるって言っても、麻衣子の半分も分からないかもだけど」
「そんな事ない。沙耶はいつも助けてくれる、私は何も返せないのに…」
「バカだな麻衣子。なら幸せになってよ。それが私の幸せになるんだから。好きなものは好きって、顔を上げて言う麻衣子が見たいの。難しいのは分かってるけど、それでも私は麻衣子の幸せを願うよ」
「沙耶……」
「悔しいよ。麻衣子は可愛いのに、綺麗なのに、そうやって俯くしか無いなんておかしいよ」
「ありがとう。沙耶」
私がお礼を言うと、沙耶は首を振って「ごめんね」と言った。謝ることないのに。
そうやって言ってもらえる人がいるだけで、私は幸せだ。
こんな素敵な友人がいる幸せ。
それだけで良いと、そう心から思えた。
そんな高校三年の春は過ぎていった。
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