隠密魔法と弟子。
一ヶ月ほどボイトレ、歌、貴族の礼儀作法と歴史、世界の情勢、それらを学ぶ。
師匠はスパルタな詰め込み教育主義者だった。
「天使が悪魔に見えます……」
「悪魔も神の一部。あなたの国でも和魂と荒魂ってあるでしょ?菩薩と修羅みたいなものだよ」
「なんでそんなに詳しいんですかぁ……」
「とりあえずは、一通り座学は詰め込みしたから、あとは実戦で鍛えていこう。今日はそれ以外に君の『隠密魔法』を使ってみようか」
私には下を向いて生きていたということで、なぜか大地の神の加護がついている。この魔法は人前でも使って良いらしいが、私の固有魔法(?)の隠密魔法は師匠にもよく分からないらしい。
「魔法の名前からジャパニーズニンジャかと思ったのだけど、ここの世界観とは合わないような気がするのだよ……とりあえず使ってみてくれるかな」
えーと、ステータスには火遁、水遁、地走り……は、走る感じだから、まずは……。
【火遁】
手を出したらボワッと一メートルくらいの火が出た。「うわっ」って声が出た……師匠が。
「……君、今何をイメージしたの?」
「火炎放射器です」
「いきなりそれかい!?ロウソクとかそういうのじゃないの!?」
「ヤれそうだったんで……」
「何を!?」
師匠は「大人しそうな感じかと思ったら過激な子だったとは……」ってブツブツ呟いてるけど、私は大人しい子だと思うよ?今度は水遁やりましょうか?
「コップに水を入れるイメージでやってみて」
「消防車から出る……」
「コップの水」
「……はい」
【水遁】
パシャパシャ出る水に、ホッとする師匠。「意外と魔力をコントロール出来てる」ってブツブツ呟いてるけど、失礼ですね師匠。
「魔法は使えば使うほど強くなるとされているけど、大きな魔法を使えばいいわけじゃない。回数をこなす必要がある。ロウソクの火を何度も出して、水を一滴ずつ出す、それを繰り返してみよう」
「地走りっていうのは?」
「これから毎朝走ってもらう。例えば二十分で五キロ走ったとしたら、翌日は二十分で六キロ走るという感じかな。時間は変えずに距離をとにかく伸ばす。腹筋背筋を鍛えて声を出す練習もする」
「はい」
「この世界で生きると決めたんだろう?出来ないとは言わせないよ」
「はい!!」
「マイコ、頑張ってるねぇ」
「カミーラさん……ありがとうございます」
昼休み中ぐったり座り込む私に、カミーラさんが果物のジュースを持ってきてくれた。
「サンダルフォンさんは厳しいかい?」
「私がお願いしたので……ここで生きるために何でもやるって」
「でもねぇ、マイコはまだ子供だ。甘えても良いんだよ?」
カミーラさんの言葉に、私は思わず顔を上げる。彼女の慈愛に満ちた眼差しは、なぜか懐かしくて胸が痛くなった。
捨てたはずの故郷、親、友人、私を愛してくれた数少ない人達を思い出させるような眼差し。
「ありがとうカミーラさん、でも今はやめときます。いつか……いつかカミーラさんに思いっきり甘えられるように強くなります。待っていてください!」
彼女に思いっきり甘えられたら、どんなに良いだろう。
でも、それは出来ない。
私はあの人に会うために強くなりたい。あの人を守れるくらいに強くなりたい。
「そうかい。なら何も言わないよ。でも、ご飯はきちんと食べてもらうからね!」
そう言って出された賄いは、私が好んで食べる鶏肉のソテーがメインのものだった。
カミーラさんの優しさに心が温かくなり、その日はいつもより訓練が楽に感じられた。
不思議だ。何でかな。
「人と関わること、それだけでも君にとっては得るものが大きいよ」
「人と関わる?」
「あちらの世界では、人と関わることが難しかったから、君の魂は強いけど心は弱い。だけどこの世界なら君は好きなだけ人と関わることが出来る。体の成長は肉や野菜で補えるけど、心の成長は心でしか成長が出来ない。だから『人と関わる』ことが君にとって得るものが大きいってことさ」
「それで訓練が楽になるんですか?」
「うーん、モチベーションっっていうのかな。心の動きによってやる気が出たり、逆に出なかったり。君はカミーラさんが応援してくれて嬉しかった、頑張ろうと思った、そうでしょ?」
「はい。心が温かくなりました」
「それが心の成長だよ。もらえた気持ちが心に栄養を与え、成長出来たんだね」
「私……それだともらってばかりじゃ?」
「はは、変な子だね。気持ちは返せるじゃないか。『あなたのおかげで成長できました。ありがとう』って言えばいい。簡単なことだ。その簡単なことを出来る人間は少ないかもしれないね……」
そうか。返せるんだ。
簡単ならやるだけだ。私はもらった気持ちはちゃんと返そう。
受け取れないときは、ごめんなさいって言おう。
人と関わることも、強くなる一つの方法なんだね。
頑張る。
私は、あの人に誇れる自分になる。
お読みいただき、ありがとうございます。
更新不定期ですみません。