異国の男
・Jeanne d'Aragon=Juana de Aragon→本作の主人公。イスパニア王女でブルゴーニュ公妃。レオン=カスティーリャ女王イサベル1世とアラゴン・マヨルカ・バレンシア・シチリア国王フェルナンド2世の第3子次女として生まれた。対フランス同盟の為に初恋が破れて傷心のままブルゴーニュ公国に嫁いできた。
・Philippe IV(4世) de Bourgogne→主人公の婚約者で、後に夫になる。神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世と最初の后でブルゴーニュ女公マリー長子。ブルゴーニュ公国の君主。
3歳の時に母が亡くなり、幼くして公位を継承した。父は国内での立場をなくして追放されたので貴族による寵臣政治を敷いていた。
フランス寄りの貴族に養育された所為で、周囲の思惑とは裏腹にフランス贔屓。美男だが、女好きとして知られている。
・Marguerite d'Autriche→主人公の義理の姉妹(お互いに夫の妹・兄の妻)。
神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世と最初の后でブルゴーニュ女公マリーの次子。母の死・父の失脚を経て半ば拉致される形でフランス王太子シャルル(後のフランス国王シャルル8世)に嫁ぐ。ところがこのフランス国王側は、父の再婚相手とされていたブルターニュ女公アンヌを半ば拉致する形で結婚してしまう。この為、マルグリットとの婚姻は無効にされたが、フランス側が持参金返還を渋って中々帰国できないという屈辱を味わった。その後同盟による2重結婚によって、主人公の兄フアンと結婚する。
フアナが乗っている船は地中海に差し掛かった所で大波に襲われた。
当時船は木製に物しかなかった。
波に攫われると大破して跡形もなくなる事が少なくなかった。当時の航海は命懸けだったのだ。彼女は死を覚悟した。
何とか大波を切り抜けバルセロナの港から出港してから数週間後、フランドルの港に到着した一行は、都があるヘントに向かった。
数日経ってヘントの宮廷に到着したフアナ改めジャンヌの一行は、婚約者にしてこの公国の君主であるフィリップに謁見しようとしたが、生憎彼は父の神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世と内戦を鎮める為に宮廷を留守にしていた。
代わりにジャンヌを迎えたのは先々代のブルゴーニュ公の公妃で、未亡人となってからも宮廷の女主人として君臨するフィリップの義理の祖母Marguerited'Yorkだった。
ブルゴーニュの宮廷人の服装はやはり流行の最先端だった。きっと彼らには自分は一昔前の服を着ているように見えている事だろう。
厳めしい顔つきでマルグリット妃に対してジャンヌは緊張の面持ちで挨拶した。
齢50を迎えたマルグリット妃は既に足腰が弱く、同名の義理孫でフィリップの妹に当たるマルグリット公女に支えられながら退出していった。
ジャンヌが与えられた部屋で休息を取っていると、マルグリット公女が入ってきた。
濃い蜂蜜を思わせる艶やかな茶色い髪にキメの細かな白い肌、そして優雅な所作、全てが完璧だ。
ブルゴーニュの女性に対して苦手意識を持っていたジャンヌは、謁見が終わった後の休憩の時間ぐらいは故国から同行してきた者たちだけと過ごしていたかった。
部屋は暫し沈黙に包まれた。
沈黙を破ったのはマルグリットだった。
「ご挨拶遅れて申し訳ありません、お姉さま。ブルゴーニュには馴染まれましたか?」
「ええ、まあ、お陰様で」
「兄の事を気にされているのですか?確かに兄は女好きでフランス贔屓な所がありますが、粗野でありませんよ。ご安心ください」
「ありがとう」
「分からない事や気になる事は何でも私に聞いて来てくださいね。同い歳で気の置けない女性が出来てとても嬉しいですよ。ところで私の婚約者のジャン(フアン)はどんな方なのですか?」
「ありがとう。兄は病弱ですが、とても心優しい人ですよ。」
ジャンヌは同い歳の義妹マルグリット公女と親しくなれて、少し安心した。
故国を離れてから初めてリラックスできる気がした。
ヘントに到着してから2週間後、漸く婚約者フィリップが戦場から帰ってきた。
いよいよ初対面。流行遅れとは分かっていながらも持参した衣装に中で一番高級な衣装に身を包み、謁見に臨んだ。
ジャンヌは彼を見て驚いた。
妹マルグリット公女を見た時もその美しさに驚いたが、彼は一線を画していた。
イングランドの血を引く母以外に見た事が無かった金髪、病弱な兄以外で見た事がなかった白い肌、フランドル港の青い空を連想させる蒼い眼。息を呑む程の美男だ。
あの甘酸っぱい初恋は何処へやら、
一目見た瞬間に恋をした。
次回予告
互いに惹かれ合ったフィリップとジャンヌは幸せな新婚生活を送り、1年後マルグリットをイスパニアへ送り出す。
神聖ローマ帝国(ハプスブルク家)とイスパニア(トラスタマラ家)の同盟によって成立した2組のカップルのその後は如何に。