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黒ノ騎士団

<序章>

 西暦二一五七年。人類は衰退し、文明も所々に残るだけとなった。

 此処、帝京はかつて世界屈指の経済大国の跡地に出来た都市である。人口は、およそ十万人。その数字は、世界各地に残る街の人口に比べたら、かなり多い。

 さて、その各地に残る街にはとある出来事以降、不思議な特徴が身体に現れるようになった。勿論、この帝京も例外ではない。帝京では、「魔力」と呼ばれる力が目覚め、それぞれ魔法が使えるようになった。それと同時に持ち上がるのは、様々な魔法製品、魔法薬、呪文の問題。それらの問題を解決し、帝京の治安を守るために結成されたのが、衛隊と呼ばれる組織である。

 私も、学生ながら、衛隊に所属し、日々治安を守るべく頑張っている。

 これから語るのは、私が衛隊として、関わった事件の一部始終である。


<第一章>

 「美桜!朝ご飯よ!」

下の階、食卓から姉の呼ぶ声が聞こえる。私は、ぼんやりとその声を頭の中で反芻すると、ふらふらと下の階へと降りる。


 「あ、姉さん、おはよう…」

「…おはよう。朝ごはん出来てるから、食べちゃいなさい」

「ふぁ~い」

私は、食卓に着くと、おぼつかない動作で朝食を口に運ぶ。時間はまだ七時半。日曜日なのにこんなに早く起こさなくてもいいと思うのだが。

 食後、すぐに私は部屋に戻り、今週末の課題を広げる。今週末は、数学と社会、それから魔法学のワークだ。私は、ペンを握ると、ワークとの闘いを始めた。二次関数に、古代中国史、魔法が発生する原理…。ただひたすらに、その問題を解いていく。それにしても、いくらテスト前だからといって、こんなに課題を出さなくてもいいと思う。本当、文芸部の小説を書く時間がなくて困る。今も、書きかけの作品が自分のパソコンの中で沢山眠っているのに。少し、先生に対しての不満を抱きつつ、私はただただペンを動かす。

――プルルルル プルルルル――

不意に、手元に置いておいた携帯が着信音を奏でた。ディスプレイを見ると、私のよくつるむ友人、中水美咲だった。多分、遊びのお誘いかな、なんて思いながら、軽い気持ちで電話に出る。

「あ、もしもし?美咲?」

『神懸ちゃん!大変なのっ!』

声に含まれる緊張感を感じ、背筋を伸ばす。

「どうしたの?何があったの?落ち着いて」

『うん…』

彼女は、数秒、間をおいてから話し出した。

『お兄ちゃんの部屋の本棚に、何時置いたかも分からない薬瓶があったの。それで、確認したら闇薬だったの。そのせいで、家中大混乱なの!ねぇ、お願い!助けて!』

「分かった。今、その部屋には誰もいないのよね?」

『うん。誰もいないよ』

「そう、一度全員、外に出てた方がいいと思う。今から向かうからちょっと待ってて!」

『うん…」

彼女は、そう言うと黙り込んだ。私は、そのまま電話を切ると、そのまま下へと駆け下りた。


 下では、のんびりとした優雅な時間が流れていた。しかし、急を要するため割り込む。

「みんな、ゆっくりしてる場合じゃ無い!中水魔法店で、闇薬が…!」

いつもの定位置で、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた湊が立ち上がる。

「全員、即刻、中水魔法店に集合!」

そう言い残すと、彼は玄関に立てかけてあった箒に跨り、商店街の方へと飛んでいった。私も、一階の玄関へと向かい、そのまま外へと飛び出した。


 現場に到着すると既に衛隊三一〇隊全員がそろっていた。

「全員集合だな。急ぎ、確認しに行こう」

「はい!」

全員で二階の美咲の兄の部屋へ入る。

 部屋の中は、まるで兄・湊の部屋のようだった。しかし、入っている本の種類は、全く違っていた。湊の部屋の場合は、魔力が宿る前の時代、今から数十年以上も前の時代に関する論文や、文芸書が所狭しと並んでいるが、この部屋は、オカルトや魔術、魔女狩りについて書かれた本が並び、所々には一体何のために使うか解らない道具が並んでいた。

 「うわ、この中なら、闇薬が置いてあっても不思議じゃねえぞ?」

「…凄い部屋…」

後ろから、双子の弟の翔と、従姉の麗奈の感想が聞こえる。それにしても、謎が多い。何故、こんなにもオカルトや魔術、魔女狩りについての本が揃っているのだろうか?また、この部屋にある用途のわからない道具の使い方は何だろう?私は、小説を書くために集めたオカルトチックな知識や、黒歴史についての知識を引き出す。しかし、見つからない。ほかに関連する知識は…。私は頭を回転させる。

 そのとき、本棚を丁寧に見ていた姉の沙羅が不思議そうにつぶやいた。

「ねぇ、思うんだけど、この書棚、禁書指定の本がいくつかあるよね?」

私は、自分の脇の書棚を見やる。うん、確かに禁書指定となっている「NECRONOMICON」や、「R'LEYH TEXT」が所々に混ざりこんでいる。となると、一体この本は何処から手に入れたのだろうか?私の中の疑問がさらに膨らんでいく。


 「なぁ、美桜。これ、分かるか?」

翔が私に一枚のメモを渡す。そこには、何処かの国の言葉で二言程書かれていた。一体、何処の国の言葉だろうか?全く見当がつかない訳でもないが、確信があるわけでもなく。

「多分、西欧地域の言葉か、米国都市部の言葉だと思う・・・」

それにしても、このメモを書いた人は、何処でこんな言葉を習ったのだろうか?英語なら学校で学べるが、この中には私の知っている英単語が無い。なら、西欧の言葉となるが、現在他の街へ行く方法は無いに等しい。確かに箒で飛んでいくことも可能だが、それ以前に帝京に暮らす者は、特別な許可無しに他の街へ行くことは許されない。となると、学べるのは書物だけか・・・。

「そうか、あとで、俺の方で調べてみるよ。幸い、俺のクラスに生き字引がいるしな」

彼はそう言うと、メモをポケットに仕舞った。


 部屋の捜索が終わるなり、私は下の階で怯えている美咲に話を聞きに行った。

 彼女は、リビングのソファーに座り、口元に手を組んだまま、微動だにしない。しかし、肩は小刻みに震え、音がする度にビクンと怯えたように振り返る。今回の件は、彼女に大きな影響を与えたようだ。私は、彼女にそっと声をかける。

「大丈夫?」

「……うん」

彼女は小さく頷いた。

「…それで、悪いけど、幾つか聞かせてね。まず、お兄さんの部屋に何度か入ったことはあると思うけど、最後に入ったのは何時?」

「…一週間くらい前…」

「じゃあ、もう一つ。お兄さんは、英語のほかの言葉は使える?」

「…多分、使えないはず。確かに、読書とかは好きだったけど外国語は興味なかったと思う…」

「ありがと。しっかりと、犯人の方はしっかり逮捕するから安心してね」

―コクリ

彼女は小さく頷いた。私は、彼女のためにも必ず逮捕すると心に決めた。


 家に帰り、話し合いを始める。場所は湊の書斎だ。

「さて、今回の事案についてだが。まず、管轄は僕達三一〇隊に決まった。しっかりと取り組んでくれ」

「了解」

全員が敬礼で返事を返す。

「それで、話し合いを始めよう。まず、自分が疑問に思ったものを上げてくれ」

私は見ている間に思った疑問を上げる。更に、私が思った疑問のほかにも幾つか疑問が上がる。まとめると、何故あの部屋にオカルトチックな本が揃い、更には禁書指定の本が混ざっていたのだろうか?次は、何処で外国語を学んだのか?そして、もう一つ。闇薬の流通ルートは何処からだ?私は、再び頭を回転させる。

「そうか…。確かにな。そうだな、陸、麗奈、二人は闇薬の流通ルートを探ってくれ。主線は、既存のルートから洗っていくべきかと。さて、美桜は中水さんを見守ってくれ。翔、お前はその紙に書かれたその単語の意味を調べてくれ。そして、沙羅。お前は外国語について探ってくれ。僕の方は、禁書について調べておく。それじゃあ、解散だ」

「了解」

私は、湊の部屋を出ると、自室に戻る。突然の依頼だったため、携帯は机の上に置きっぱなしだ。私は、携帯を手に取ると、そのままぼんやりとベッドに座った。こんな身近な場所で闇薬が見つかるなんて、嘘のようだ。確かに、自分は衛隊の一員だ。しかし、闇薬なんて他の世界、他の地域の話だと思ってしまう。そんな事を話したりしたら、多分兄から渇が飛んでくる気がするが、やはり・・

 ぼんやりと寝台の上で過ごしていると、不意に着信音が静寂の部屋に響き渡った。私は、ディスプレイを確認する。非通知だ。興味は無い。私は、そのまま放置する。着信音は少々耳障りだが、今は何する気力も起きない訳で。ポフンと、寝台に倒れ込む。無機質な天井しか目に入らない。何だか、いつもより体が重い。というか、怠い。何も考えず、寝転がっていると、隣の翔が呼びに来た。

「美桜、おやつ。今日は、手作りロールケーキだって」

「ん、分かった」

私は気だるげに体を起こすと、ふらりふらりと下の階へと降りた。 下の階では既に全員集合しており、それぞれの皿にはまるで買ってきたかのようなロールケーキが乗っていた。

「美桜、遅いぞ」

一番の甘党、湊が待ちくたびれたように言う。

「あ、ごめん」

私は、謝りながら自分の席に着く。

「さて、全員揃った事だし、食べるか」

従兄の陸が両手を擦り合わせながら、言う。彼も、湊に次ぐ甘党だ。多分、涎を我慢して待っていたのだろう。

 「じゃ、いただきます!」

私が、席に着いた事を確認するなり、湊が速攻で手を伸ばす。本当に待ちきれなかったようだ。更に、それを皮切りに皿が次々と分かれていく。私は、最後に残った皿を貰う。皿に乗るロールケーキは、ふんわり生クリームが上に乗っている。見ているだけで涎が垂れてきそうだ。私は、そのロールケーキをフォークで一口大に切る。

「ん、美味しい!」

ふわふわのスポンジはしっとりした口当たりで、クリームとの相性がぴったし。やはり、彼女の作るスイーツは、下手な店の物より美味しい。食べてたら、さっきまで考えていたことがとろとろと溶けていく。

「やっぱり、日曜日の午後はこれに限る」

脇で陸が呟く。同感だ。日曜日の気怠げな午後は、やはり姉の作ったスイーツに限る。

 スイーツを堪能した後、私は部屋に戻り、朝やりかけの課題を再び進める。面倒この上ないが、やはり将来に向けてもやっていかねば。私は、ひたすらにペンを走らせ、課題を終わらせる。多分、此の課題が全て終われば、私の人生の楽しみ、小説が待っている。

 一時間もすれば、課題の大半が終り、次の日の準備も終わった。その後はずっとパソコンの前に座り、ただひたすらに世界を紡ぎあげた。


<幕間1>

 「悪いね、こうして集まってもらって」

黒いローブを纏った一人の若人が、祭壇に腰かけ乍ら言った。彼の前には二、三十人程の男女が跪いている。

「いえ、構いません。主人(マスター)

その中の一人が冷淡に答えた。

「ありがとう、ネロ。さて、君達にこうして集まってもらったのは、この中から五人、隊長を決めたいと思ってね。きっと、近いうちにこの街の犬どもが嗅ぎ付けてくるだろうからね。さぁ、そういう訳だ。みんな、死ぬ気で戦い、死ぬ気で勝ち取れ。我が黑き騎士団(niger eques)の隊長の座を懸けて!」


<第二章>

 月曜日。今日の予定は、文芸部で小説の読み合いだったかな。その時間を楽しみに、学校へ向かう。

 「お、神懸ちゃん!おっはよ~!」

後ろから声を掛けてきたのは、同じクラスの七菜香が話しかけてきた。

「あ、七菜香!おはよ~!」

「ねぇねぇ、聴いた?!美咲んちで闇薬が見つかった話!」

「あぁ、その事なら聞いてるよ。とりあえず、無理はしないでとは伝えておいたけど」

「そっか、そうだよね、美桜、衛隊だもんね。で、やっぱり犯人とか分かったの?」

「全く。でも、絶対に逮捕するわ。大事な友人が傷つけられたし」

私は、力を込めて言った。

「頼むよ?」

「勿論」

二人で話しつつ、教室へと向かう。


 教室は、がやがやといつもの喧噪だ。私のクラスは本当、五月蠅いくらいにテンションが高い。私は、その喧噪の中へと身を投じ、またいつもの日常が始まる。

「じゃあ、神懸ちゃん。また!」

「はいはーい!」

それぞれの席に着く。そして、私は荷物を降ろし、席に着く。さて、今日はまだ時間がある。図書室にでも行ってみよう。私は、荷物を片付けると、教室を出て、別棟の三階にある図書室へと向かう。

 図書室に着いた。魔法大学を目指す先輩たちは既に来て、勉強をしている。私も、きっと来年は朝から此処で勉強を始めているだろう。しかし、今は勉強道具も無いので、ゆっくりと本を選ぶことにしよう。確か、ファンタジー小説はこの棚だったか。私は、棚に並ぶ本を一冊一冊丁寧に見る。魔力が覚醒する前の時代に書かれたと思われる小説もちらほらと見える。

「この本でいいかな」

私は書棚から一冊の本を取り出す。その本はかなり長い間読まれていたようで、表紙もカバーもボロボロだ。本も此処まで愛されて嬉しいだろう。私はその本を借りるべく、カウンターに持って行く。

「お好きね。ファンタジー小説」

司書の糸田先生はころころと笑いながら言う。

「…楽しいんで…」

私は、少し俯きながら答えた。ちょっと恥ずかしい。

「いいと思うわよ。学生時代は色んな本を読んでおくべきよ。はい」

先生は、私に本を渡す。さて、早く教室に戻らなきゃ。朝のSHR(ショートホームルーム)が始まっちゃう。


 教室に戻ると、さっきよりも人数は増え、更に活気を増す。私は、扉に近い自分の席に座ると、さっき借りてきた小説を読み始める。時間は、八時二十五分。あと五分もすれば先生が来て、SHRが始まるだろう。まぁ、其れまではゆっくり読書していてもいいだろう。

 ぼんやりと読み進めていると、ガラガラと前の扉が開き、担任であり、魔法学担当の中川先生が来た。

「はーい、席に着いて~!クラス委員、挨拶してね~!」

「はい!」

クラス委員の山崎さんが号令をかける。

「起立!礼!着席!」

全員が号令に合わせて、行動する。

 「はい、まず、今日のLHRは文化祭の出し物についてだね。それから、明日提出の魔法学のプリント、しっかりやっておいてね。よし、じゃあ、一時間目のリーディング頑張ってね~」

そう言って、先生は教室を出ていった。私は、しっかりとリーディングの教科書とノートを急いで準備すると、再び本を読み始めた。ん~、美咲、今日は休みのようだ。大丈夫だろうか。今日の部活は、中水部長のいない抜けたものになってしまうだろう。はぁ。寂しい。帰りに寄ってみるべきかな?

 一人で物思いに耽っていると、チャイムが五月蠅い教室に鳴り響いた。


 一時間目のリーディングから、二時間目の数学、三時間目の国語、四時間目の現代社会で時間は流れ、お昼休みになった。私は、七菜香の所へ向かった。

 「七菜香~」

「おう、神懸ちゃん!」

「お昼食べよ~!」

「分かった~」

私達二人は、七菜香の席に向かい合わせで座り、食べ始める。

 「ねえ、美咲、大丈夫かな?」

「…大丈夫だよ。きっと」

「そうだよね…。うん、大丈夫だよね」

私たちは、今この場にいないもう一人の友人について話す。一応、クラスには風邪と説明してあるが、私たちは心配で仕方がない。確かに、何も知らなければ風邪だと言えば納得するが、事情を知っている私たちにしてみれば、心配で仕方がない。

 二人で話しながら、この昼休みを過ごす。

「ねえ、今日の部活はどうなんの?やっぱり、副部長が仕切るのかな」

「そうだろうね。部長がいないわけだし」

「…本当、美咲の仕切りが恋しいよ」

「…早く来てくれるといいな。私も寂しい…」

本当、彼女がいないとクラスにも、部活にも活気が無くなってしまう。何で、彼女が事件に巻き込まれるんだよ。つい、深いため息が出てしまう。


 時間が経ち、五時間目になった。今日は、魔法学だ。チャイムと同時に、中川先生が入ってくる。

「はいは~い!クラス委員。挨拶頼むよ~!」

「はい!起立、礼、着席!」

五時間目が始まる。

「さてさて、今日はちょっぴり難しい技を使ってみようか~。それじゃあ、それぞれ別れて頂戴な」

私は、クラスにもう一人いる焔の遣い手、中田君の所へ向かう。

「よう、さくらん」

「やぁ」

この挨拶は、何だか毎回の恒例になってしまった。

 「じゃあ、今日の魔法はね、焔は焱蜥蜴(サラマンダー)で、水は水妖姫(ウンディーネ)かな。それで、風は…」

と先生は、それぞれの属性の呪文名を言う。

 そう、焱蜥蜴なら最近なんだかんだで兄に扱かれているから多分軽くできるだろう。さて、行ってみようか。私は、自らの指先に魔力を集中させ、魔法陣を自らの脳内に展開させる。

「世界を灰燼に帰す紅蓮の焔 蒼穹の如き碧き焔 太陽の如き黄金の焔 焱蜥蜴よ この世に転生せよ」

 私を中心に赤い糸のようなもので描かれた魔法陣が広がり、淡い光を放つ。そして、具現してきたのは、一体の焱蜥蜴。見た感じ、焔を纏った爬虫類なので、ちょっと気持ち悪いと言えば、気持ち悪い。が、何だか、見ていると可愛く見えてくる。焱蜥蜴は、焔を纏いつつ、私の足元に寄ってくる。なんか、可愛い。

 「さくらん、見事だな」

「ん、そんな、兄にかなり扱かれたからね」

何て話しつつ、私は足元に寄ってきた焱蜥蜴を撫でてみる。流石に兄の扱きの前でこんなことをしていたら、すぐに喝が飛んでくるわけで。

「中田君は、どんな感じだった?」

「俺は…ね…」

なんて言いつつ、私にヤモリに似たものを見せる。確かに、焱蜥蜴なんだろうけど、焔も弱くて、何処にでもいそうなヤモリだ。

「…可愛いヤモリだねー」

「ヤモリじゃねー!」

「どう見てもヤモリだねー」

二人で話していると、また新しい課題が出た。今度は、炎弓矢(フォーゴ・フレシャ)のようだ。基本的な攻撃魔法の一つだ。私も、戦いに発展した時、よく使う魔法だ。

「炎を纏いし弓矢よ 我の元へ顕れ給え」

そう詠唱すると、私の両手に小さな魔法陣が開き、真っ赤な弓矢が自らの手の中に現れた。事件の度に触っている気がする。そういう訳で、慣れたものですよ。はい、私は軽く弓矢を握った。

 それから数十分経って、五時間目が終わった。今日も、いい感じに魔力を消費した。さて、これからの十分休みは朝借りた小説を読み進めることにしよう。この作品もなかなか、自分の作品に生かせそうなアイテムなどがよく出てくる。私は、そのアイテムをメモしつつ、読み進める。

 ――キーンコーンカーンコーン

六時間目開始のチャイムが鳴り響く。私は、本に栞を挟み込むと、鞄に仕舞いこんだ。

「はいは~い!クラス委員、挨拶して~!」

「はい!起立!礼!着席!」

と、繰り返されてきた行動をして、再び授業が始まっていく。

 「さてさて、あと一カ月後に迫った文化祭について話していくよ~!さて、実行委員さん、頼むね」

「はい」

実行委員の二人が前に出て話し出す。

「え~、まず、出し物について話し合います。出し物の案はありますか?」

「あ、カフェとかどうですか?」

「いや、お祭りとかもいいんじゃないかな?」

様々な案が出る。私は、ぼんやりとしつつその話し合いに参加する。それにしても、もう文化祭の時期か。案外早いな。今年は、任務が入らないといいな。あ、文化祭ってことは作品も書かなきゃ。今回は何作上げよう?とりあえず。一作は出来てるから…。なんて、ぼんやりと想像していると、

「さて、多数決をとります!」

と声が聞こえた。ハッとして黒板を見ると、幾つかの案が出ている。カフェ、縁日、休憩所、メイドカフェ?! カフェとメイドカフェは違うのか?!何て思いつつ、多数決が始まっていく。とりあえず、私はカフェに手を上げる。しかし、カフェよりも何だか、メイドカフェの方が人気なようで、過半数を超える。おいおい、だとして、メイドの衣装はどうするつもりだ? 何て様々な事を考えているうちに、決まっていく。

 「それでは、メイドカフェに決まりました。さて、カフェで提供するメニューはどうしますか?」

「そこは、本物のカフェで調べるべきだと思います!」

「そうですね。では、それぞれ調べて、提供したいものがあれば、クラスのlinkで回してください。さて、次は衣装についてですが、衣装は何処で手に入れていきましょうか?」

どうするんだろ?まぁ、私はどうしようかしら? 何て考えつつ、ぼんやりしていると

「そこは、それぞれで準備してみませんか?」

「先生、伝手ありますか?」

「…さぁ…?そこは、私も探ってみるけど」

そんな会話が続いているうちに、六時間目終わりのチャイムが鳴り響いた。

「あ、終りね。さて、クラス委員さん、挨拶~」

「はい、起立!礼!着席!」

はぁ、これで六時間目まで終わった!あとは、文芸部に参加して今日は終わりだね。私は、自分の鞄に荷物を詰め込み、帰りのSHRに参加する。今日は、特に連絡事項もなく、すぐに終わった。

 「お~い、神懸ちゃん!図書室行く?」

七菜香が訊きに来た。私は、ちょっと荷物を纏める予定もあるわけで

「あ、う~ん、先行ってていいよ~。あとから行くよ」

と答えた。すると、彼女は敬礼を返しながら

「了解~!じゃあ、先行ってるよ」

言った。さて、私は、しっかりと今回提出の作品を準備してから行くことにしよう。私は、自分のお気に入りのクリアファイルに挟まれた少し分厚い紙の束を確認してから、私は教室を出た。


 教室を出て、別棟へ渡る渡り廊下を通り、図書室へ続く道を歩く。今の校内は部活に向かう学生たちでごった返している。私はその喧噪を抜け乍ら、図書室へ向かう。それにしても何だかドキドキする。一体、どんな反応をするのだろうか?というか、みんなも書いてきたのかな?私は、一応出来たけどやはり、まだまだ拙くて、直すところが多いわけで。そのせいか、何だかドキドキする。そんな事を身の内に宿しながら、廊下を歩いていると、右側にあった理科室から、声が聞こえてきた。今日は生物部の活動は無かったはずだから、多分先生だろう。所々漏れ聞こえてくる単語の中に、時々「薬」や「闇」「製造」といった言葉が入ってくる。私は、不審に思われないように気を付けながら、ドアに耳をつける。すると、さっきよりもはっきりと声が聞こえるようになった。

『先生、どうですか?闇薬の方は?』

『そろそろ完成です』

『ありがとうございます。もうそろそろ完成させないと、私が主人(マスター)に怒られてしまいますから。あと、試作品の方は私の教え子の兄に渡してというか、操っておきましたから。でも、其れなりに能のある衛隊は捕まえてないようですけど』

『そうですね。さて、俺の方はあとどれくらい作ればいいですかね。今使ってるあの機械もそろそろ限界近いので』

『そう、分かったわ』

…あぁ、何という事でしょう! 私は、耳を離した。そして、頭の中でさっきの会話を整理しようとする。しかし、あまりにも衝撃的過ぎて私の頭の中は爆発寸前だ。しかし、だからといって部活をさぼると、怪しまれるわけで、私は急ぎ図書室へ向かった。


 図書室では、既に様々な原稿を持った仲間たちが集まってそれぞれ、お気に入りの席に着いていた。私は、其の中に入っていく。

「おう、さくらん。新作できた?」

脇にいた泉が問いかけた。彼女も、新作の作品を引っ提げてきたようだ。

「あ、うん、まぁね」

「あれ、さくらんにしては歯切れが悪いね。なんかあった?」

「…別にないんだけど…。何だかね…」

何て話していると、副部長の美奈が両手を叩いて合図した。

「はい!みんな、今日は部長の美咲さんが休みってことで、私が代わりに仕切ります。で、みんな今日は新作、持ってきてくれたかな?!」

「持ってきたよ!」

「勿論!」

「そりゃ、締め切りだしね!」

皆が口々に答える。

「そっか。じゃあ、とりあえず、読んでみて添削と、感想を書くことにしようか!さて、自分の脇の人に作品を渡してね!」

その声で、私は脇にいる泉に渡す。

「さくらん、楽しみにしてるからね」

「今回は、一応いい作品かもなんて思ったけど」

何て話しつつ、私は言うと、反対側に座っていた七菜香の作品を読み始める。彼女の作品は、遠い異世界に生きる殺し屋の物語だ。なかなか、スリリングかつハラハラさせる展開で、読む人を飽きさせない。しかし、今の自分に素直に楽しむ余裕はない。さっき聞いたその話が未だに現実感がなくて、理解も追いつかない。本当の事だったのかですら、分からなくなってきた。しかし、だとしても、やはり伝えるべきことだと思う。私は、とりあえず、机に隠しながら、携帯でメールの文面を打ち込む。

 数時間も経つと、外は宵闇に覆われ、煌々と窓の光が光るだけになった。外では、まだサッカー部が練習をしている。多分、あの中に翔がいるだろう。まぁ、だから何だって話だ。「あら、時間がヤバい!はいはい!こっち向いて!」

美奈が前に出る。

「さて、原稿はそれぞれ本人に返して、今日の部活は終わるわよ。さて、ご苦労様でした」

こうして、今日の部活が終わった。私の原稿は、一年生の手まで渡っていたようだ。一年生の七岡瑠華が返しに来た。

「神懸先輩!ありがとうございました!とっても面白かったです!」

「ありがとう。でも、まだまだ稚拙だから、もう少し作り直さないと」

私はとりあえずそう答える。

「さて、私、これから衛隊の訓練があるから、先に失礼するわね。じゃあ、また、部活の時に」

私は、彼女にそう言うと、荷物を持ち、そのまま図書室を飛び出した。そして、箒置き場に行く途中で、私は打ち込んでおいたメールを兄の携帯に送る。が、必ずしも読んでくれるとは限らない。確かに、兄は携帯を持ってはいるが、基本は持ち歩かないわけで。でも、読んでくれる可能性も込めて送る。その送信が完了するなり、私は箒置き場まで駆ける。

 箒置き場。私は、箒に荷物を掛けると、そのまま兄との訓練場所である、家の近くの小さな空地へ向かう。いつも七時から訓練が始まる。きっと、今日の訓練は全く集中できない気がする。


 「美桜、メール読んだが、何処で聴いた?」

空き地につくなり、湊が問いかけた。

「高校の理科室」

「そうか。分かった。闇薬のルートは分かったな。で、また使うとかは言ってたか?」

私は、自らの記憶を引き出す。

「そんな事を言ってはいなかった気がします!」

「そうか、それで闇薬の製作者はそいつらで決定なのか?」

「はい!」

「分かった…」

彼は、口元に手を当て考え込んだ。このままでは、しばらく考え込んで動かないだろう。私もこの間に、あの会話をメモに残しておくことにしよう。ということで、自らの脳を絞り、あの会話を捻り起こす。

 「美桜、今日の訓練はやめる。急ぎ、家に戻って俺の部屋に全員集めておいてくれ」

「了解!」

私は箒に跨ると、家へと向かう。そして、朝、開けっ放しにしておいた自分の部屋の窓から、飛び込むと、荷物を置いて、靴を脱ぎ、部屋を飛び出した。そのまま、一階へと駆け下りた。

 一階では、従兄が自分の鞄に服と魔法具を詰め込んでいる。そして、台所では姉と従姉が夕飯を作っていた。私は、その三人を呼ぶ。

「姉さん、兄さん!湊兄さんの部屋に集合して!中水魔法店の事件に進展がみえたの!」

そう言うと、三人は勢いよく振り向いた。

「何処がどう進展した?!」

荷物を詰めていた陸が反応する。

「闇薬のルート!」

「分かった。急ぎ、部屋に行く」

「分かったわ、美桜。翔には伝えた?」

「まだ。これから伝える!」

そう言うと、私は翔の携帯に掛けた。多分、この時間なら部活が終わって、友人と歓談しているだろう。

 三回ほどコール音が続き、翔が出た。

【もしもし?美桜か?】

「うん。早く帰って来て。急ぎ集まりがある」

【お、おう】

「急いでよ」

私は電話を切り、二階の湊の部屋に向かった。


 湊の部屋に入ると、既に部屋の主は帰って来ていた。定位置の椅子に座って、眉根に皺を寄せている。こんな様子だと、話しかけるのも嫌だ。私は、いつも通りに椅子を出して座る。残るは一人、私の弟翔だけだ。

 彼が来るのを待っていると、開け放たれた窓からスポーツバックを肩に掛けた翔が飛び込んできた。

「すいませんでした!」

彼は、そのまま床に座る。これで、全員集合。

 「よし、始める。まず、美桜から聞いてはいると思うが、闇薬のルートが分かった。ルートは、学校だった。教師が作っていたようだ。美桜曰く、マスターと呼ばれる人物がいる様だ」

「美桜、その教師の名は分かるか?」

陸が私の眼をまるで覗き込むような目をして訊いた。

「…一人は化学のや、山田先生。もう一人は…分かんない。でも、女性…だった…」

さっきのショックが甦ってくる。勿論、女性の方の名前も知っている。しかし、言いたくない。私に目を掛けてくれた恩師を売るような行為など…。だが、私も衛隊の一員だ。言わねばならないのは分かっている。しかし、言えない。辛い。私の感情はまるでメトロノームのように揺れ動く。

 「さて、二人には、その山田について情報を集めてくれ。それ以外に何か分かったことはあるか?」

「あぁ、俺の方で一つ」

脇にいた翔が手を上げた。

「なんだ?」

「あの、外国語で書かれていたあの紙切れだが、調べてみた所、仏蘭西語で、『黒ノ騎士団』を意味するみたいなんだ」

「…黒ノ騎士団…。そうか、ありがとな。さて、他にあるか?」

周りを見渡す。誰も手を上げない。

「無いようだな。これで終わりにする。解散」

私は、その言葉を聞くと、部屋に置きっぱなしの箒と、靴を片付けるため、隣の自室へと入った。

 自室は、朝行く時と全く同じなわけで、かなり散らかっている。私は、散らかった服や資料を、溜息を吐きながら部屋を片付ける。何だか、いつもより疲れた気がする。片づけが一息ついたら、ココアでも飲みながら、月明かりでも浴びることにしよう。何だか、体力だけでなく、魔力もかなり消耗した気がする。

 部屋に散らかる服や資料をひとまとめにすると、一階に下り、愛用のコップにココアを作る。何だか、このミルクを温める時間や、粉を溶かす時間が長く感じる。

 出来上がると、私はコップを持って自らの部屋に向かう。

 窓際の机にコップを置き、自分も椅子に座る。そして、カーテンのかかっていない窓から、外を眺める。遠くに壊れかけのビル群が並び、手前には煉瓦造りの建物や、瓦屋根の日本家屋が並んでいるのが見える。目線を上に移せば淡い光を放つ上弦の月が浮かび、自らの部屋に差し込む。そして、その光を時々遮るのは、この街から遠くの星まで行くという魔法列車。聞けば冥王星(ユゴス)まで続いているという。一体、誰がそんな列車に乗るのだろうか何て思いつつ、宙を見上げる。

 ぼんやりと、宙を見上げているうちに、ココアが冷めてしまった。まぁ、少しぬるいけどいいか。なんて思いつつ、ココアを愉しんでいると、下から麗奈の声が聞こえた。もう夕飯の時刻だ。私は、飲み終わって空になったコップを持って、下へ降りる。

 下へ降りると、何人かは集まっていた。今夜は、ハンバーグだ。

「お、美味しそうだな」

湊が読書用の眼鏡をはずしながら言う。

「うん。美味しそ」

私も、自分の席に着く。本当、姉たちの作る料理はとても美味しい。やっぱり、プロ並みだと思う。

 「あ、そうだ、俺さ、明日っからちょっと旅に出てくる」

…ちょっと待て、今、かなり大きな事件抱えてんのに?!確かに、前から放浪癖があるのは知っていた。しかし、何でこんな時に旅に出る?!

「おいおい、陸兄!そんなふらりと出ていくって…」

翔が、私の思っていたことを代弁してくれる。

「あぁ、その点は問題ないよ。多分、数日だからな。まぁ、集合には参加できないが、その間に色々調べておくさ」

彼は笑った。にしても、よく、そんな軽く笑ってられると思う。私にしてみれば、友人が巻き込まれたというのに。私にしてみれば、友人が巻き込まれたというのに。私は、心の中で悔しがった。

「まぁ、俺の方でもしっかり調べておくから任せとけ」

まるで私の心の中を見透かして考えたかのような言葉。

「これでもそれなりに伝は持っているから心配する必要はない」

彼は笑んだ。私は、少し期待しつつ、一末の不安を感じていた。


食後、私はもう一杯ココアを作ると自室へ戻った。外では、まだ魔法列車が乗客や貨物を載せ、夜空を走っていた。変わらない帝京の夜。いつもなら、空を見上げて、神話に思いを馳せたり、月明かりを浴びながら小説の構想を練ったりするのだが、今日は全くそんな気も起きない。とりあえず、今日は課題だけある程度終わらせて、寝ることにしよう。

 ペンを握り、ひたすらにノートの上を走らせる。別に、明日提出の課題はない。しかし、早めに終わらせておいて損はない。私は、何も考えず課題を進める。しかし、あまり芳しくない。やはり、美咲のことが気になっているのだろうか。やはり、linkでもしてみるか?しかし、今は、それどころじゃないかもなぁ。駄目だ、考えもまとまらなくなってきた。もう、寝る頃合いかもしれないな。いつもはこんな早くに寝ることは無いが、何だか考えもまとまらないし、このままぼんやりと過ごしても、意味も無いわけで。私は、寝ることにした。そのまま、ぱたりと自らの寝台に倒れこむ。そして、目を閉じ、意識を深淵へ飛ばす。一気に、意識は黑い世界へと吸い込まれ、無くなった。


<幕間 2>

 「さぁ、始まりだ」

黒衣の司祭服を纏った彼は、そう静かに告げた。すると、部屋は一気に沸き立ち、あらゆるところで魔法が使われ始めた。

 焔が舞い上がり、水は迸る。風は周りを裂き、雷は全てを打ち付ける。闇は深淵へ人を飲み込んでいく。そこは、混沌そのものだ。司祭服の男は、その様子を口元に笑みを浮かべて見つめる。一体、何を考えているか分からない。

 さっきよりも、更に混沌としてきた。魔術の残骸が床に散らばり、その所々には黒く光る液体も見える。それでも、彼は戦いを止めない。いや、愉しんでいる。人が争い、傷つく様を愉しんでいる。が、ハッとした様な表情をすると、彼は、両手を打った。その音で魔術を撃ち放っていた者たちは立ちどまる。

 「やめてくれ。これで戦いは終わりだ。さて、今、この場で立っている者を隊長として任命しよう」

彼は、妖しく、艶やかに笑んだ。その顔は、女性といっても差し支えは無いだろう。

「さて、お疲れ様。もう、戻っていいよ。この部屋は、僕が綺麗にしておくから」

「いや、でも、主人(マスター)…」

血にまみれた女性が口を開く。しかし、彼は手で彼女の話を遮った。

「ネロ、君は休むべきだ。これから、犬どもと戦いが待っているからね。だから、休んでくれ」

「はい。仰せのままに」

「それじゃあ、生き残った君たちは部屋に戻ってくれ」

「はい」

生き残り、立っている者たちは部屋を出ていった。そして、遺されたのは、魔法の残骸とかつて人だったもの、そして幾らかの黒く光る液体だけだ。彼は、其れを一瞥すると

「さて、血液はサンプルにするとして、死体は棄てておく事にしよう」

と小さく呟いた。彼は、懐から小さな試験管を取り出し、血に浸した。そして、ある程度の量が集まると、彼は頷き、コルクで栓をした。

「片付けることにしよう。この役立たず達を」

と、何事かを口元で呟いた。すると、一気に黒い線で描かれた魔法陣が部屋中に広がり、部屋の床は奥底すら見えない深淵に変わった。そして、一気に残骸や、その他諸々がその深淵の中に吸い込まれ、消えていった。

 「これで終わりだ。さて、僕も自室に戻ることしよう。この興奮を治めなくちゃね」

そう言って、彼は、部屋を出た。床にぽっかり口を開けたままの深淵を残して。


<第三章>

 あの話を聞いた次の日、その日はあまりにもショックすぎて、記憶がない。何で、あの先生があんなことに手を出してしまったのだろうか…。そのせいなのか、本当に記憶がない。


 空白の日の次の日、私はぼんやりと学校へ向かった。

「…あ、神懸ちゃん!大丈夫?!」

振り返ると、美咲が声を掛けてきた。

「美咲っ!大丈夫?!」

私は、彼女に抱き着かんばかりの勢い駆け寄った。

「だ、大丈夫だよ?!それより、神懸ちゃんこそ大丈夫なの?」

「…まぁ、其処はね。大丈夫よ」

私は曖昧に答えた。本音は、あまり大丈夫ではないのだが。


 教室に行くと、先に来ていた七菜香が駆け寄ってきた。

「美咲!神懸ちゃんっ!二人とも、大丈夫?」

「あ、私は大丈夫だよ?」

「…あ、うん、まぁね」

やはり、曖昧に返す。

「良かった。ていうか、神懸ちゃん。昨日、どうしたの?何話してもぼんやりと返すだけでさ、何かあったの?」

「あ、ん、何も無いよ?」

私は、しどろもどろしつつ、答える。そんないつもの会話をしつつ、過ごしていると、一時間目の魔法学担当の担任が入ってきた。緊張して、顔がこわばる。

「は~い、始めるわよ。クラス委員さ~ん」

「はい。起立!礼!着席!」

 いつもの通りに、魔法学が始まる。

「さてさて、今日は久しぶりに教科書に戻るわよ。教科書の359ページを開いて頂戴。今日は、基本の回復について学ぶわよ。いい、今回は小さな物理怪我を治す方法よ。呪文は載っている通りだから、やってみよう!」

私は、教科書を見た。そこには、“治癒”と書かれた後に幾つかの単語が並べられている。さて、やってみようか。私は、ささくれ立っている左の親指に向けて、掛ける。すると、指先は淡い光を放って、滑らかな指先に戻った。その戻り具合が、また嬉しくて、つい微笑んでしまう。一人、そうやって小さな幸せに浸る。

 「さて、みんな出来るようになってきたね。じゃあ、次は、応用と行こうか。今度は他の魔法を遣いながら、使ってみようか~。例えば、私なら…」

先生は、そう言うと左の人差指に焔を灯しながら、右手で自らの右足に治癒魔法をかけ始める。流石、先生だが、今の私は、素直に凄いと思えない。やっぱり…、あれだよね…。


 時間が流れ、魔法学が終わる。そして、二時間目の数学、体育、国語とこなし、お昼休みもぼんやりと過ごす。今日は、何だか食欲がない。私は、とりあえず、時間を過ごすため図書室へ向かうことにする。

 あの話を聞いた理科室の前をそのまま走り抜け、図書室へ駆けこむ。そして、いつも小説の構想を練る時に使う棚へ向かう。そして、何か使えそうな本を選ぶ。今回は、魔法の使え

ない世界を舞台にするから…。

 魔力の覚醒する前の時代に書かれた作品や、その時代について書かれた本について調べる。そして、手にとってはパラパラとめくっては、元に戻す。そうやって、本を取っては確認する作業をしていると、私の眼に一つのイラストが飛び込んできた。それは、あの闇薬事件の時、あの部屋で見つけたあの用途不明の道具だ。私は、まるで嘗めるようにそのイラストと、描きこまれている説明文を読む。そこには、

「鉄の処女 16世紀のハンガリーで使われた拷問、処刑道具。領主の妻、エリザベート=バートリが使った拷問具。中空になった等身大の人形で、前が扉になっている。そして、内側にはとげがあり、中にいれた人を、扉を閉めて止めを刺す道具」

と書き込まれていた。私は、その場で目を見開いたままその場で固まった。確か、歴史書の記述にはそんなことが書いてあったような気もしないではないが、何故彼の部屋の中に、あんな道具があったのだろうか?私は、この本を借りることにした。もしかしたら、他の道具についても載っているかもしれない。というか、これでやっと用途不明の道具の使い道が分かってきた。もしかしたら、これも今回の事件に深くかかわっているのかもしれないわ。私は、一人考えながら本を眺めているうちに、五時間目開始五分前のチャイムが鳴った。私は急ぎ、本を借りる手続きを終えると、そのまま教室へと駆けだした。


 五時間目は現代社会、六時間目は音楽だ。私は、急ぎ現代社会の準備をする。ロッカーから資料集とファイルを取り出し、机の中からは教科書を取り出す。そして、あとは先生が来るのを待つだけ。その間に私は、さっき借りた本を読む。何だか、私の知らない世界に出会ってしまったようだ。何だか、実際に見てみたい気もするが、ちょっとやめておこうかな…。

 その時、ガラガラと教室の扉が開き、社会の先生が入ってきた。

「はい、挨拶」

「起立!礼!着席!」

また、いつものように始まっていく五時間目。私は、欠伸を噛み殺しながら受けることにした。

 「え~、人権というのは、19世紀に独逸のワイマール憲法に明記されたことによって守られるように…」

社会の先生の単調な声が私の頭の中を流れていく。本当に興味が湧かない。ぼんやりと、受けるうちに時間は過ぎ、六時間目の音楽へと変わっていく。私は、自分のロッカーから教科書を取り出す。

 「お~、神懸ちゃん」

「お~、美咲~」

「神懸ちゃん~」

「おう、七菜香~」

「行こか~」

「うん~」

私たちは、別棟の二階にある音楽室へ向かう。その道すがら、七菜香が今日の放課後、一緒にカフェでお茶しないかと誘ってきた。私は、すぐに頷くが、美咲は駄目みたいだ。やはり、先の一件が関係している様だ。

「そうだ、神懸ちゃん、今日、お昼食べてた?」

「…食べてないんだ。何だか、食欲湧かなくてさ」

「何かあった?もし、私でよければ相談に乗るよ?」

この心遣いはとても嬉しいが、話してしまったらきっと、というか絶対に彼女まで危険に巻き込んでしまう。私は、あえて首を振った。

「大丈夫だよ。最近、任務が忙しすぎて気が滅入っているだけなんだ。だから、気にすることないよ」

「そう?そう見えないけど…?」

「まぁ、気にすることないって。大丈夫」

何て話しているうちに、音楽室につく。今日は、きっと合唱だろう。


 「はい、今日はまず歌ってから合唱するよ」

まだ若い音楽の先生が言う。合唱なら、自分の声が埋もれるから、きっと音痴な声が聞こえなくなるだろう。

「さて、教科書開いてね~。まずは、独逸語の野薔薇から歌うわよ」

先生はピアノを弾き始める。私は、なるべく音を外さないように気を付けながら歌う。個人的に、この曲のメロディが好きだ。そうして、声出しをしていく。段々と、声が出てきて美しいハーモニーへと変わっていく。このハーモニーは何度聞いても聞き飽きない位に綺麗だ。確かに、声も綺麗だが、このメロディを作り上げた作曲家たちも凄いと思う。本当、人類が作り上げてきた物の中で最高の物だと思う。なんて、考えつつ私は、音楽の授業を受ける。本当、音楽は楽しくて仕方がない。

そんな訳で、時間は早く流れる。歌を歌っているうちに、時間は流れ流れて、終了時刻になった。

「はい、終わりにしましょう。礼」

先生の声で授業が終わる。あとは、帰りのSHRを受けて終わりだ。私は、荷物を持って友人二人を待つ。

「神懸ちゃん、お疲れ~」

「お、美咲、お疲れ~」

「おいおい、僕は置いてけぼりかい?」

「いやいや、そんな訳ないでしょ?」

私達三人でじゃれ合いながら教室へと帰る。本当、こういう時間は任務の事を忘れられる。そして、先生の話を聞いてSHRは終わった。私は、荷物を持つと七菜香を待つ。美咲はすぐに帰るようだ。

「じゃあ、神懸ちゃん、また明日!」

「うん、またね」

待っていると、七菜香も掃除を終えて来た。

 「じゃあ、行こうか」

「うん」

私たちは、昇降口へ向かう。

 昇降口に行くと、文芸部の一年、七岡瑠華が声を掛けた。

「あ、美桜先輩!七菜香先輩!」

「お、瑠華ちゃん、どした?」

「え、あ、なんとなく声かけてみました、ハハハ」

彼女は照れたような笑いを浮かべながら言った。そんなところがまた可愛い。

「そうだ、瑠華ちゃん、文芸の部誌用の小説、書けてきた?」

「はい!あと、校正して完成です!」

「そっかぁ~。私も書かなきゃなぁ~」

「先輩も、頑張ってください!」

なんて三人で話していると、二階の吹き抜けから声が聞こえた。

「そこの三人、早く帰りなさい。テスト期間です」

見上げると、科学担当の山田先生が上から注意していた。なんだよ、横着だな。なんて思いつつ、私たちは「は~い」と返事をして、昇降口を出る。

 「では、失礼します」

「はいは~い!作品、頑張って!」

「はいっ!」

彼女は、パタパタと足音を残して走り去っていった。私たちは彼女の後姿を見送りながら、ゆっくりと二人で箒置き場に向かう。

 「神懸ちゃん、任務が一段落したら、三人でカラオケ行こ~」

「いいね!絶対行く!」

二人で盛り上がる。

「じゃあ、その時は美咲も誘おうぜ!美咲もいないと、締りがないからな!」

「そうだね!頑張って、私も任務を完了させるよ。それで、絶対に美咲のお兄さんを騙した輩をひっ捕らえるわ!」

「ほう、御用だ御用だってか?」

「…はい」

私は聞き流す。まぁ、いいとは思うけど、どう返せばいいか分かんないっ!

「じゃあ、僕、先上がってるわ」

七菜香はそう言うと、つま先で地面を蹴り上げた。私は頷くと、自分の箒に荷物をかけ、跨った。そして、七菜香と同じように地面を蹴り、飛び立った。

 「さて、何処のカフェに行こうか?」

「ん~、じゃあ、私の家の近くに新しくできたカフェがあるんだよね。行ってみたいなって思うんだけど、やっぱり時間なくて」

「そっか、じゃあ、其処にしよう!」

私たちは、そのまま家の方へ箒を飛ばす。そして、飛んでいるうちに見えてきた。私の家の近くにできたカフェの屋根が。私たちは、その屋根の脇に着地できるように箒を操る。

 駐箒場に箒を置くと、私たちは荷物を持ってそのお店へ入る。

「へぇ~、カフェLunaか。確か、仏蘭西の言葉で月っていう意味だっけか?」

「どうだろ?私、外国語はあまり使わないからさ」

「そっか。あ、席空いたみたいだね」

「そうだね」

私たちは、空いた窓際の席に着く。


 「どうしようか?」

「ん~、カプチーノにしようかな」

「じゃ、僕も同じにするよ」

私たちは、近くのメイドにカプチーノ二つを頼んだ。

 「さて、文化祭での作品、書いた?」

「ん~、もう少しなんだけどなぁ~」

私は頭に手を当てながら言う。本当、あと少しで出来上がるのだが、本当最近任務が忙しすぎて、進まない。すると、彼女も困ったような笑いを浮かべた。

「そうだよね。僕もだよ。僕も、あと少しなんだ。だけどね…、課題がさ…」

「あ~、やっぱり?!私もなの~」

「え~でも、神懸ちゃんは凄いよ。衛隊の仕事をこなしながら、課題も欠かさず出して、作品まで描くんだよ?凄いじゃん」

「そうかなぁ?」

そう言われると、照れる。私は、ちょっと下を向く。

 「あ、それでさ、七菜香。七菜香って、中世の欧州について詳しかったよね?もし、よければ、これについて教えてくれない?」

私は、鞄から一冊の本を取り出す。今日、図書室で借りてきた、あの拷問道具の本だ。私は、その本から一つの頁を開く。そこには、あの鉄の処女について説明が書いてあった。彼女は、その頁を見ると、一つ頷いた。

「あぁ、これね。これは、この説明文の通りだね。私は、それ以外分かんないんだ。でも、これは絶対拷問具じゃなくて、処刑道具だと思うよ」

「そうだよね」

私は頷いた。確かに、こんなのが拷問具なら、どれだけ強いんだって話だよな。さて、この事は帰ったら兄に報告するとして、今の時間はゆっくりとカプチーノでも味わおう。丁度、カプチーノも来た。

 「あ、美味しい」

七菜香が一口飲んで、言った。私も飲んでみる。あ、うん、美味しい!さすがはこれを売りにしてるだけある。

「そうだ、思うんだけど、クラスの文化祭の出し物って、結局メイドカフェだよね?」

「そうだよね。でもさ、メイド服どうするんだろ?伝手がある人はいいとしても、伝手のない人は?」

「さぁ?でも、絶対持ってこられるだけ持ってきてって誰か言うよね」

「あぁ~、確かに」

 のんびりとカプチーノを味わいながら、ゆったりと過ごすこの時間。本当、何物にも変え難い。その時、私の携帯が震えた。画面を見ると、翔からだった。メールのようだ。私は、そのメールを確認すると、そのまま固まった。

「あれ、神懸ちゃん、どうしたの?」

「あ…、いや…何でもない…」

と返したが、内容はマジで何でもなくない。それは闇薬が今週の土曜日に、学校の地下室で使われるという内容だった。真面目に、帝京崩壊の危機だ。

「…神懸ちゃん、本当に大丈夫?なんか、ちょっと可笑しいっていうか、うわの空だよ?」

「…そうかな?」

「さっきから話しかけてるのに、気の抜けた返事しかしてないよ?」

「…そっか。一応、普通なんだけど…」

「神懸ちゃん、明日も学校あるし、今日は帰ろうか?」

「そう…ね…」

私達は、荷物を持つと清算し、箒に跨った。

 「じゃあ、また明日。しっかりおいでよね?マジ、神懸ちゃんまで休むと、僕、辛いから」

七菜香は、少し目を伏せがちに言った。

「勿論。また明日ね」

私たちは地面を蹴り、空へと飛び出した。私は、近くに見える自分の家へと向かう。

 空を飛びながら、さっきの七菜香の言葉を反芻した。ああやって私の事を思ってると分かって、本当に嬉しい。何だか。心が温まる。その心の温まりを感じ乍ら、私は自分の家に着いた。そしていつものように箒を定位置に置くと、玄関を開けた。すると、麗奈が出迎えてくれた。

「あ、丁度いいわ。今から、湊の部屋で集まりよ。アタシもついさっき呼び出された感じでさ。それで、翔は戻ってくる?」

「わかんない。まぁ、私も話すべきことがあったから、丁度いいかも。じゃあ、荷物置いてくる」

私は階段を駆け上り、自室へ向かう。そして、自室に荷物を置き、兄の部屋へ向かう。


 部屋には、まだ兄と姉しかいなかった。

「あれ?」

「美桜、早かったわね。でも、始まるのはもう少し後かしら?」

はぁ、そうですか。私は頷いた。

 十分ほどすると、部屋に陸以外の全員が集合した。

「さて、陸の方は今、放浪中だが、土曜日までに呼び戻さなければならないようだ」

湊のその一言で、集会は始まった。

「まず、全員翔からのメールは受け取ったと思う。それでだ、今回の闇薬の摘発は、土曜日、夜に行う。しっかりとコンディションを整えておけ。それから、翔、美桜、お前たちは学校の地下室についての情報を集めてくれないか。この文面にもあるように、地下室で使われるようだが、俺達は分からない。だから、頼む」

「はい」

「あぁ」

私たちは答える。

「さて、今回の集まりの主な話はこれで終わりだ。あと、話がある人はいるか?」

「あ、私」

私は手を上げた。

「なんだ、美桜」

「あの、前に麗斗さんの部屋に行ったとき、用途不明の道具があったと思うんだけど、その道具が何か分かったの」

すると、湊は身を乗り出した。私は、少し緊張しつつ、付箋をつけたあの頁を開く。

 「あの、部屋の棚の前に置いてあった奴は、鉄の処女と呼ばれる拷問具で、かつて欧州で使われていた代物みたい。それから、棚の中にミニチュアであったあの雄牛は…」

私は、もう一つの付箋を挟んだ頁を開いた。

「鉄の雄牛っていう奴で、こっちは処刑を主としてたみたい。あとは、まだ分からないけど、きっと拷問具、あるいは処刑道具に準ずると思うわ」

「ふ~ん、それにしても、何で一市民の部屋にそんな物騒なものが置いてあるのかしらね。確かに今、国連は殆ど形骸的なものだけど、かつて取り決められた条約はまだ一部、残っていたかと思うのだけど、で、その中に拷問禁止条約も入っていたかと」

沙羅が社会に対しての知識を披露する。

「そうだよね。やっぱり、今の時代、そんな拷問する必要性すら感じないのに、何でそんな中世の欧州で使われたような道具があるのかしら?分からないよね」

麗奈も己が意見を述べる。物の用途が分かったのは良かったが、更に謎が深まったような気がする。

「そうだな。とりあえず、土曜日の摘発が終わり次第、道具の用途や時代について調べてみよう。さて、あとは無いか?」

私は頷く。みんなも同じようだ。

「無いようだな。さて、今回は終わりだ。土曜日に向けてコンディションを整えておいてくれ。解散」

私は、兄の部屋を出た。


 部屋を出て、そのまま私は自室へ戻る。そして、本を机の上に置くと、椅子に腰かける。そして、外を見上げる。外は、どんよりと曇り、もしかしたら、明日は雨かもしれない。何だか、気も滅入りそうだ。

「はぁ…」

私は小さくため息を吐いた。何だか、幸せも逃げていきそうな深いため息だ。何にも考えず、ぼんやりと物思いに耽っていると、私の携帯が震えた。画面を見れば、クラスの友人の中田君だった。一体、何の用事かと思ってみれば、明日の授業変更について尋ねる内容だった。とても他愛のない内容。私は、何だか綻んでしまった。今、こうして緊張して張りつめていた心の糸が、一気に緩んでしまった。ナイスタイミングだよ、中田君。ありがと。

 私は、さくっと明日の授業変更について返した。そして、何も考えず、ぱたりと寝台へと倒れこんだ。シャワーは明日の朝、浴びよう。もう、疲れちゃった。もう、駄目だ。今日は何も考えられない。では、おやすみなさい。

私の意識はそのまま深い闇の底へ沈んでいった。


<幕間 3>

 あの戦いから数日が経った。彼は、自室でひたすらに何かを混ぜあわせては、頸を振ったり、頷いたりしていた。

「まだまだだな。近いところまで来たのだが…」

彼は、小さく呟いた。彼の持つフラスコの中には、黒く蠢く何かがいる。彼は、それをどうしたいのだろうか。

「あと、もう少し大きくなってくれ。出ないと、あの犬どもを殺せない。犬が、苦しげな表情で死んでくれない…」

何処か恍惚的で、悔しげな表情で呟いた。

「特に、あの白銀の犬には死んでもらわないとな」

彼はフラスコを握る手に更に力を込める。すると、力を込めすぎたのか、フラスコがパリンと、音を立てて割れた。彼は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに元の恍惚的な表情に戻ると、床に散った粘体をかき集め、新たなフラスコにそっと流しいれた。

「さて、あとはどれだけ大きくするかだな。しっかりと、殺せるように」

彼は、小さく呟いた。


<第四章>

 次の日、私は少し早めに学校へ行くことにした。ちょっと、地下室についての話を聞き集めてみなくては。しっかり情報を持っていないと、やはり敵と戦うには…。

 「おはよ~。さくらん」

「あ、おはよ!」

教室に入ると、友人が声を掛けた。私はその友人に軽く挨拶を返すと、荷物を机の上に置き、図書室へ向かった。もしかしたら、学校についての何かが眠ってるかもしれないということで、調べに行く。

 図書室はまだ開いてなかった。ちょっと時間が早すぎたようだ。私は諦めて、教室へ戻る。さて、どうやって情報を集めるかだな。残りは、クラスと部活の連絡網ぐらいしかないよね。でも、クラスについてはちょっと、頭とち狂っちゃったのかなって思われるかもだから、部活のだけにしておこう。私は、アプリを起動すると、文面を打ち込む。きっと、小説の題材にでもするんだろうなと思ってくれるだろうから、衛隊の仕事だとは思わないだろう。さて、あとは返信を待つとし、教室に戻ろう。

 教室に戻った時には、既に授業の始まる十分前だった。私は廊下にある自分のロッカーから、一時間目の社会の準備を持って、自分の席に着く。さて、あとはどうしよう。この十分間、携帯を弄って過ごすもいいが、小説の構想も練りたい。あぁ、でも、返事が気になって手につかないかも。あぁ、駄目ぇ。決まんない。私は悶々とこの時間を過ごす。

 授業が始まる五分前、私の携帯が震えた。相手はなんでだか、中田君だ。不思議に思いながら見ると、今日の放課後、教室にいてくれという話だった。私は、とりあえず了解とだけ送ると、授業もあることだし携帯の電源を落とした。

 一時間目の授業は相変わらずの単調すぎて眠気が私を襲う。しかし、朝から寝ていられない!でも…やっぱし、眠い…。と言う訳で、眠りに堕ちた!


 気づけば、授業が殆ど終わっていた。先生の話は殆ど聞いてないが、まぁ、教科書読めば余裕で分かるはずだ。私は、そんな事を考えつつ、うわの空で残りの授業を受ける。さて、あとは音楽や、体育、家庭科など技芸教科だから、寝なくて済むはずだ。さて、二時間目の音楽は音楽室だ。音楽室に行くことにしよう。私はロッカーに社会を戻すと、音楽を取り出し、七菜香と美咲を待つ。

 「お~い、神懸ちゃん。早く行こ~」

「あ、うん」

私は、七菜香と美咲の待つところへ向かう。

 「ねえ、今週末、空いてる?空いてたら、一緒に小説書きたいと思ったんだけど」

「う~ん、土曜日の午前中なら空いてるよ?」

「そっか。じゃあ、明日の午前中に行くよ」

「分かった。じゃあ。待ってるよ」

そんな会話をしつつ、私たちは音楽室へ向かう。

 今日の音楽は、前回と同じく合唱と、中世欧州でのバロック音楽だ。本当、音楽は楽しくて仕方がない。私は、毎回同じように楽しみながら授業を受ける。


 時間が流れ、三、四、五、六時間目と時間が過ぎていく。そして、先生のSHRが終わった。私は、久しぶりに携帯に電源を入れた。すると、一杯情報が集まっていた。その中には、鍵が必要だとか、そもそも存在しないとかそんな談義が果てしなく繰り広げられ、他のクラスもSHRが終わったようで再び談義が始まりかけていた。私は、その履歴を読みつつ、教室で勉強する用意をする。それもあるし、あと中田君からも言われてるし。さて、教室が静かになるまで、ゆっくり談義に参加することにしよう。

≪地下室の鍵はⅠ-Ⅲの教室にあるらしいよ≫

≪誰情報?≫

≪先輩。先輩曰く、前の入り口から入って、前に十三個、左に十三個いったところにあるタイルの中にあるみたいな。でも、その鍵を取れる時間が決まってて、午後三時以降、六時以前らしいよ≫

≪あ、その話、知ってる!更に、取れたとしても一週間以内に使わないと不幸になるとか!≫

≪それに、鍵が取れたとしても、地下室の場所が分かんないとね。そんな訳で、ちょっとした文書を上げるよ≫

友人の一人が、一枚の地図を上げる。そこには、かなり前の学校の地図が書いてあり、その中に地下室という表記が見つかった。私は、この図面を保存する。さて、中田君の用事が終わったら、早速取りに行ってみよう。

 「あ、さくらん、その、いいかな?」

「あ、うん」

気づけば、クラスには私と中田君しかいない。あれ、中田君の頬が紅い。何かあったかな?

「そのさ、こうして、引き留めちゃって悪いな…。その、伝えたいことがあって…」

彼は目を伏せた。

「…その、俺さ…。あぁ、言えねえ!」

彼は後ろを向いた。なんとなく、言わんとしていることは分かるが、代わりに言うと、ぶち壊しなので、何も言わずに待つ。

「…そのさ、俺さ、さくらんが、好きなんだ!つ、付き合ってくれ!」

彼は頭を下げた。言いたいことは分かってたが、こうして言われると一気に赤くなる。まるで熟したリンゴのようだ。

「…わ、私でよければ…。その、宜しくね」

私も、恥ずかしいというか、むず痒いというか、何だか、このままベッドにダイビングして、枕に顔を埋めて、絶叫したい。ベッドじゃなくても、街のはずれで思い切り叫びたい。

「…じゃ、じゃぁ、その、部活終わったら、連絡しても…いいかな?」

「いいよ…。その、私も九時ぐらいまでは訓練が入ってるから、何とも言えないけど、なるべく早く出るよ…」

「ありがとう…。じゃあ、また、あとで」

彼は、教室を出ていった。私は、一人、教室に残された。…さて、どうしようと思ったんだっけ?確か、行こうと思った場所があったと思ったんだけど…。そんな事を思いつつ、再び携帯を開く。すると、さっきの地下談義が更に増えていた。

「…あ!思い出した!Ⅰ―Ⅲへ行こうと思ったんだ!」

私は荷物を持つと、一階のⅠーⅢへ向かった。

 幸い、教室には誰もいない。私は、前の扉から入り、一三個数えた、丁度、黒板の真ん中だ。さて、あとは左に一三個。私は、その場所を確認すると、明日取りに来ることにした。さてあとは地下室の場所を確認しよう。私は、今度は昇降口から外へ出て、校庭にある東屋へ向かう。

 東屋に入ると、荷物を置き、調べ始める。すると、丁度中央に鍵穴のようなものが見える。さて、あとはそこに鍵を差し込むだけだ。私はしっかりと頭に叩き込むと、箒置き場へと向かった。さて、これからどうしようか。家に帰るもいいが、何だか今日は叫びたい。そんな訳で、街のはずれに行ってみよう。一応、行ってはいけないと言われているが、別に大丈夫な気がする。まだ、明るいわけだし、そんな魔物なんか出るわけもない。

 私は、箒に跨ると、そのまま街のはずれへと飛び出した。


 町はずれは、廃墟が広がっていた。壊れかけたビル、潰れかけた民家、ガラスが全て割れているマンション、その家を見ていくと、所々に人が生きていた証が残っている。そんなものを見てしまうと、何処か寂しいというか、虚しい感じがする。まぁ、しょうがない。私は、ある程度街に近くて、平らな場所に着地した。そして、叫ぶ。

「告白されたああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

つい、肚の底から叫んでしまう。ついでに、彼への思いを一言。

「中田君、好きだあああああああああああ!」

さて、叫び終わった。帰ろう。私は、箒に跨ると、そのまま街の方へ引き返した。そして、自分の家へ帰る。


 「おう、美桜か。今日の訓練は休みにする。翔に伝えておいてくれ」

「あぁ、うん」

私は荷物置くべく部屋へと戻った。さて、後は何も考えず、ごろごろしよう。ちょっと、今日は、テンションというか感情が高ぶっちゃって、疲れちゃった。私は寝台に転がった。 


 一時間ぐらいたって、私は下の階から呼ばれる声を聴いた。夕飯のようだ。私は一階に下りた。

 降りると、食卓の上に大きなホットプレートが置かれていた。え、今夜何?

「あ、聞こえてたのね。夕飯よ」

「あ、うん。今夜って、何?」

「今夜はねお好み焼きよ。と言う訳で、私は仕事を放棄します!」

姉は笑いながら言った。私は、一瞬あっけにとられたが、まぁ、いいだろう。脇では兄がお好み焼きを焼くべく、眼鏡をはずしていたし、今日はもう一人の兄がいないため翔が焼き屋の兄さんになりかけていた。さて、私は焼けるのを待つことにしよう。席に着く。

 「じゃあ、焼いていくぞ」

兄がヘラを握る。そして、一気にホットプレートへ油をたらし、焼き始める。部屋の中が一気に油のにおいで満たされる。まぁ、この匂いもまた好きだ。家族団欒の匂いがするから。

 「よ~し、一枚完成!」

「お、中々いい感じ!ってな訳で、いっただきま~す!」

麗奈が、焼き上がったばかりのお好み焼きに、タバスコを一気にぶっかける。

「あぁっ!食べよう、思ったのにッ!」

「へへん、どんなもんだい」

彼女は笑った。笑いながら、更にタバスコを掛ける。辛いものが苦手な私には、既にもう食べられなくなっている。私は、シュンとして箸をおく。さて、次の奴を待つことにしよう。


 10時を回ったころ、ガチャリと音がした。そして、大きなバックを背負った陸が帰ってきた。

「おっ!お好み焼きだと!何で、早く呼び戻してくれなかったのだ?!」

彼は、嘆くように言った。

「俺の生きる喜びは、焼くことにあったのにっ!」

何て言いつつ、彼はジャンパーを脱ぎ、頭に鉢巻を巻き、翔からヘラを受け取る。

「さて、俺に任せてくれ。湊、手伝ってくれよ?」

「え、あ、僕、まだやるの?!」

湊が、驚いたような顔をした。

「え、当たり前じゃね?だって、いつも、俺達じゃねえか。やっぱ、焼くのは」

陸は、湊の肩に手を回した。

「さて、焼くぞ!」

彼は、構えた。勿論、湊の肩を抱いたまま。

「え、あ、分かったよ。分かった、焼くから、焼くから手を離してくれよ~」

「よし、分かった。じゃあ、頼んだわ」

こうして、いつも通り二人の焼きが始まった。


 時間も流れて、気づけば十二時を回っていた。

「あ、うっそ、マジで?」

私は、皿をシンクに下げる。ていうか、みんな寝てんのかよ。さて、しょうがない。洗っておくことにしよう。私は、皿を洗った。さて、あとは自分の部屋で爆睡しよう。と思って、携帯を見ると、何通か中田君から連絡が来ていた。私は、ハッとした。彼、確かに連絡すると言ってたのに、私、完全に無視してたっ!ごめんなさい!中田君っ!明日、連絡するよ…。さておやすみなさい。

 私は、部屋に戻るとそのまま寝台に倒れこんだ。


<第五章>

 さて、土曜日。今夜は闇薬の取り締まりがあるな。でも、その前に学校で地下室の準備をしなくちゃ。でも、午前中は友人たちと小説談義だ。さて、しっかりと部屋を片付けなくちゃな。私は、体を起こすと、着替えた。まぁ、今日は部屋での座談会なわけだから、おしゃれする必要もないわね。ということで、部屋着に着替え、小説を準備する。一応、前に書き溜めておいたものや、まだ形にしている途中の物など、様々なものを机の上に置いておく。さて、後は友人が来るまで小説を書いて過ごそうかな。なんて思いつつ、下へ降りると、まだ、みんな爆睡していた。しょうがない。片づけでもしておこう。人を呼べる位にはしておかないと、ちょっとね。私は、昨日の残りを皿に上げ、ホットプレートを拭いて片付ける。それにしても、気になるのは、翔の間の抜けた寝顔だ。何だか、段々笑いが込み上げてくる。

まぁ、そんな阿保っぽい顔はどうでもいいとして、急いで終わらせないと、友人が来ちゃう。

 「…あ、美桜。おはよう…。朝ごはんどうしようか?」

一人、片付けていると、麗奈が起きてきた。

「麗奈姉、起きて早々悪いけど、片付け手伝って?」

「…分かった…」

彼女はぼんやりと起き上がると、脇で皿を拭き始めた。

「そうだ、美桜。あのさ、地下室の話、あったでしょ?あれ、分かった?」

「うん、どうにかなったよ。今日の午後、鍵を取りに行ってくるわ」

「そっか、頼んだよ」

私たちは、二人でリビングの後片付けをする。時間は、午前八時。まぁ、あと一時間ほどで七菜香と美咲が来るだろう。その時、後ろで「ハッ!」とかいう声が聞こえた。私が驚いて振り返れば、翔がハッとして座っていた。

「俺、今日、神酒が来る予定だった!着替えねえと!」

彼はバタバタと二階へ上がっていった。麗奈がそんな翔を見て一言。

「…美桜と瓜二つ…」

ん、聞き捨てならないなぁ。確かに双子だが、そこまで似てはいないはずだ!って思ったが、そんなことは言わず、黙々と片付ける。さて、これが終われば、私も友人を待つだけだ。


 数分もしないうちに片づけが終わった。

「麗奈姉、ありがと。じゃあ、私、部屋にいるね。とりあえず、友人がこれから来るからね~」

「分かった~」

私は、部屋に戻ると小説を書くべく、パソコンを起動した。さて、一体どんな展開にしていこうかな?何て考えつつ、ひたすらワードに作品を描く。本当、この時間が楽しい。

 ふと、顔を上げると丁度九時だった。さて、そろそろ友人を迎えに行こう。


 下へ降りると、丁度友人二人が来たところだった。

「お、神懸ちゃん!おはよ~」

「お、美咲、七菜香おはよ~。とりあえず、私の部屋に行こか?」

私は二人を自室に案内する。

 「神懸ちゃん、どう、書けてる?」

「まぁ、そこそこね…」

何て話しつつ、部屋で作品談義を始める。

 「今回はね~、とある世界に吹っ飛んだ少女と、その仲間の物語を出すよ」

「ほぉ、美咲らしいね。さて、僕はね、中世欧州の一人の青年貴族と、そんな彼が好きになった人妻の女貴族の物語だよ」

「う~ん、流石は七菜香だよ。七菜香らしい作品だと思うね」

「確かに、七菜香っぽい作品だよね。その男と女の愛憎劇。最高だと思うわ」

「言う通りだよ」

「あ、そうかなぁ?でさ、神懸ちゃんは?」

「あぁ、私はね~、まだ半分くらいしか出来てないけど、一人の少女とそのご先祖様の話かな~」

「ほぉ、今回はダークなファンタジーじゃないとですか、珍しいね~」

「そうかなぁ?そこまでダークは書いてないはずなんだけどね~」

何て、三人で小説について語り合う。これから、文化祭もある訳で話は弾む。三人で思い切り語り合っていると、不意にドアがノックされた。私は、立ち上がり、ドアを開ける。

「はーい」

ドアを開けると、翔ともう一人いた。確か、彼は…誰だっけ?

「美桜、小説あるか?」

「ん、小説?アンタが読むの?」

翔は首を横に振った。

「いや、俺じゃない。その、神酒がな…」

神酒…?あぁ、神酒君か!思い出した、この前クラスの友人がイケメン談義していた時に出てた!

「そう、今、あるのは…。前の部誌に上げた作品だけよ?新作、無いんだよね。それに、これから書く作品て、文化祭の部誌に載せるから、その作品については文芸部の部誌を見てほしいわね」

「…別に語らなくていいから、早く渡してくれ」

「あ、うん。分かった。じゃあ、持ってくる」

私は、書棚の中からコピー用紙の束を持って渡した。

「こんなもんでいい?」

「あぁ。神酒、これでいいか?」

「勿論」

「じゃあ、戻るわ」

二人は部屋に戻っていった。

 「神懸ちゃんの弟君と、神酒君だったね」

「うん」

「私も翔に名前を言われるまで分かんなかった~」

「それにしても、初めて神酒君を近くで見たかも。なんか、彼のお兄さんも売れっ子の劇役者らしいし。本当、格好いいね」

「あんなイケメン、小説に出してみれば?案外、いい役回りになるかもよ?」

「あぁ、アリだね」

更に話は盛り上がる。そして、時間は過ぎた。時間が過ぎるのは早いもので、いつの間にか時計は一二時を指していた。

「あ、もう、一二時か。じゃあ、僕達帰るよ。神懸ちゃん、任務、頑張ってください!」

美咲と七菜香が敬礼をした。私も頷いて、

「勿論、逮捕してくるよ」

と、返した。本当、美咲の兄に、闇薬を渡した輩にしっかりと法の罰を与えなくては。


 二人が帰って、私は制服に着替えた。制服なら、校内を歩いていても怪しまれないわけで。さて、お昼ご飯を食べたら、急いで鍵を取りに行って来よう。私は下へ降りた。

 下では、姉が二人で何か作っていた。

「あ、姉さん、起きてたんだ」

「あぁ、美桜。まぁ、起きてたけど、その、制服はどうしたの?」

「これから、学校で地下室の鍵を取りに行ってくる」

「あ、そっか。あれだね、学校の中は私服じゃいけないから、制服でってことね」

「うん」

私は席に着いて、昼食の焼きそばをかきこむ。うん、言われてみれば、昨日から粉ものしか食べてない!まぁ、別に構わないけど。私は、急いで食べると、そのまま皿をシンクに下げる。

「ごちそうさま、じゃあ、行ってくるね」

「分かった。頼んだよ?」

「了解」

私は急いで箒に跨ると携帯を持って、学校へ向かった。


 学校では、受験を控えた先輩がひたすら勉強し、校庭や音楽室では部活動が盛んにおこなわれていた。私は、そのうるさくて静かな校内を走る。確か、Ⅰ-Ⅲの教室にあるはず。私は、その教室へ向かい、鍵のある場所へ向かったが、此処で致命的な事を忘れていた。鍵を取れるのは、午後三時から六時までの間だった。ということは取りに行けない…。しょうがない。図書室で読書して待つことにしよう。読書してれば、すぐに時間も過ぎるだろうから。

 私は、いつもの図書室で読書をし始める。今日は、魔法が覚醒する前の時代に書かれた、所謂古典と呼ばれる本を読む。それにしても、図書館に置かれたその古典の数が多くて、私にはたまらない。何も考えないで、ただただ頁を捲り、字面を追う。


 気づけば、既に三時を過ぎていた。私は、本を棚に仕舞うと、再びⅠ―Ⅲへ向かった。

Ⅰ―Ⅲは、誰もいない。まるで、そのⅠ―Ⅲだけが、世界から取り残された様だ。私は、前の扉から入り、前に一三個タイルを数え、左に一三個数える。そして、そのタイルに手を突っ込んでみる。

―グニュー

…うわっ、キモッ。何だか、泥の中に手を突っ込んだような感覚だ。本当に、こんな場所にあるのだろうか?私は、中をかき混ぜながら探す。すると、固いものに当たった。私は、其れを手に取ってみる。そして、その手を取り出す。すると、その手の中には、小さな鍵。まるで、女の子が自分の日記帳につける小さな鍵のようだ。

「これ…かな?」

私は、その鍵をまじまじと見つめた。金色の小さな鍵で、ご丁寧に地下室の鍵とまで表記がついている。

「…あぁ。これね」

私はその鍵を握ると、そのまま校庭にある東屋へ向かった。


 東屋は昨日と変わらず、人が一人もいない。私は、地下室の入り口を確認した。それにしても、入ってみたい。しかし、今回、地下室に入る理由は、衛隊としての任務だ。そんな遊び半分で入った時点で、兄に殺されるだろう。それよりも、早く戻って兄に鍵を渡さなくては。私は、急いで箒置き場に行くと、箒に跨りそのまま家へと飛び立った。


 「ただいま」

「おう、美桜か。鍵はあったか?」

「勿論」

「そうか。分かった。今夜の七時に向かう。それまでにしっかりと準備しておけ」

「はい」

私は部屋に戻った。そして、寝台にぱたりと倒れこむ。というか、今回の相手は学校の先生だなんて…。哀しい…。何で、先生がこんなことをするの?私は、一人、ぼんやりと考えていると、携帯が震えた。私は、すぐに取り出す。

 電話だ。相手は中田君だった。私は、すぐに電話に出る。

「もしもし?」

≪あ、さくらん!あのさ、明日って、その、暇かな?≫

「明日?明日は…どうだろう?暇ならいいけど…。でも、今夜摘発があるから無理かもな~」

≪そっか。じゃあ、今度にするよ。もし、明日空いてれば、一緒に、そのカラオケとか、どうかななんて思っただけだからさ…≫

で、デート!これは、是非行きたい!いや、絶対行きたい!

「あ、そのさ、もしかしたら、午後なら暇になるかも…。だからさ、午後からだったら、その、いいよ」

≪あ、分かった。じゃあ、よ、予約しておくよ。じゃあ、また…。あ、そうだ、その衛隊の仕事、頑張ってくれよ…≫

「勿論。じゃあ、また明日。絶対、開けとくから!」

電話が終わった。さて、明日はカラオケだい!でも、その前にしっかりと任務はこなさなきゃ。


 時間が流れ、夜六時半を過ぎたころ。私は下の階に下りた。服装は普通に制服だ。兄さんたちは制服を持ってないわけで私服だが、一応、制服を持っている私と翔は制服で衛隊の仕事をすることになった。

「これから、零ヶ崎高校で闇薬の摘発を行う。行くぞ」

「はい!」

全員が空へと飛び出した。向かうは、私の通う高校。いつもなら、正義感に駆られて意欲的に取り組むのだが…。

「おい、美桜。腹、決めろよ。例え、お前の事をしっかり見てくれている先生だとしても、犯罪者だ。俺達の仕事は、その犯罪者を捕まえ、法の処罰を与えることだ。自分の仕事を守れよ」

翔に言われた。翔の言っていることは本当に言う通りなのだが。辛くて仕方がない。なんで、私の事をしっかり見てくれた先生がこんなことに手を出したのだろうか…。あぁ、だけど、美咲をこの事に巻き込んだのも先生だ。あああああああああああああああああああああ!私の心は葛藤していた。確かに逮捕して、美咲と美咲の兄を巻き込んだ理由を知りたい。だけど、逮捕すれば、先生のあの授業を受けることが出来なくなってしまう。何だか、涙が零れそうだ。それでも、腹を決める。もう、こうなったらしっかりと逮捕して、自分の職務を全うすることにする。


 学校は、普通に電気がついている。その上、まだちょっと空も明るい。灯りは必要ないな。さて、急いで闇薬の摘発に行こう。私は、校庭の東屋に向かった。


 「美桜、此処でいいのか?」

「はい」

私は、ポケットから小さな鍵を取り出す。そして、東屋の中央にある小さな鍵穴に差し込んだ。そして、その鍵穴のあるタイルを上に引き開けた。

 引き開けると、そこには漆黒の闇が広がっていた。

「…入れるか?」

「きっと」

私は、下を覗く。すると、手前に梯子があるのが確認できた。私は、その梯子を伝って降りることにする。

 梯子を伝って降りていく。上からは、姉たち、兄たちの声が聞こえてくる。

「美桜、大丈夫か?」

「大丈夫。でも、気を付けてね」

私は、そのまま梯子を下りていく。そして、一番下にたどり着いた。

 そこは、周りを煉瓦に囲まれた小部屋だった。そして、それぞれの壁には、板張りのドアがつけられていた。一体、どの部屋で作っているのだろうか?とても、気になる。しばらく一人で待っていると、全員がこの部屋に集まった。

 「さて、行くぞ。今回の摘発が成功するかによって、これからが大きく左右される」

「はい」

「いこう」

彼は、一番近くにあったドアを押し開けた。しかし、中は何もない。ただの漆黒の闇。私の照炎(ヴァレスト)で照らしても何も見えない漆黒の闇。この部屋には何もないと分かり、ドアを閉じる。さて、残るは三つ。私たちはそれぞれ二人ずつ分かれて入る。

 「このドアだな」

「うん」

私たちは、あるドアを押し開けた。


 そこには、私の担任が手に焔を宿して、私たちの事を待っていた。

「はぁ、神懸さん。突き止めてしまったのね」

先生はとても悲しそうに言った。でも、すぐに悲しそうな表情から一転すると、今度は少し恍惚的な表情に変わりこう言い放った。

「でもね、私たちを捕まえたところで何が変わるというの?私はたとえ捕まえられてとしても、何も話さないわ」

「…先生。何、言ってるんですか…?」

真面目に意味が分からない。今、私の前に立っているのは、本当に自分の担任なのか…?駄目だ、分かんない。それと同時に、あの時腹をくくったその誓いが揺らぎそうだ。…もう、逃げてもいいでしょうか…。

「美桜!耳を貸してんじゃねえ!捕まえんぞ!」

翔がポケットから魔封石の手錠を取り出した。そして、そのまま先生の方へ駆けた。

「中川先生、逮捕させてもらいます」

翔はそのまま手首を捕まえようとした。しかし、先生はするりと手を抜くと、そのまま翔を爆風で吹き飛ばした。

「うっ!」

彼は、そう一言うめき声を漏らすと、動かなくなった。気絶したようだ。残るは、決意が揺らぎかけている私と、万全の中川先生。

「…さて、私も仕事があるのよ。貴女みたいな学生に構ってる暇はないの。終わらせるわね」

先生は、そう言うと私に向けて思い切り爆発魔法を撃ってきた。これは、確か豪爆炎だ。私は、防炎(ヴァンす)障壁(シールド)を展開し、その魔法を防ぐ。こうなったら、例え担任だとしても、自らの任務をこなすしかない。私は、かつて先生だった人に向けて、自らの十八番「焔桜」を発動する。

「我に宿りし桜神よ、炎と交わりて舞い踊れ」

炎で出来た桜の花弁が舞う。その魔法を発動させながら、自分の手に「炎斧」を握りしめる。

「先生、すいません!」

私は、その斧を振り上げると、振り下ろした。しかし、そう簡単に当たるわけがない。先生は、一瞬で障壁を開くと、私の斧を跳ね返した。そして、そのまま、爆発系統の魔法を発動した。私は、その爆風でそのまま吹き飛ばされる。

「みゃっ!」

私は、床に叩き付けられる。痛い。だけど、諦めるわけにはいかない。私は、立ち上がると、再び自らの手に魔力を集める。そして、今度は、物理ではなく魔法を準備する。今度は、全てを焼き払うべく灼熱焔舞(ヴァスディン)」を発動する。が、呪文を言う時間がない。目の前では、先生が新たな魔法を発動すべく準備している。私は、短縮詠唱で発動することにした。

「灼熱焔舞!」

私を中心に一気に焔が起こり、煉瓦の壁やタイルの床を嘗める。きっと、これでかなりダメージが入るはず! そう思っていたが、その真っ赤な炎の中から焔を纏った矢が私にめがけて飛んできた。これは焱矢(ヴァンアロー)だ。私は、身を翻して避ける。しかし、少し左頬をかすった。痛い。あ、生暖かい物が流れていく。これは…。何となく物の名前は浮かんでくる。だけど、その名をここで言えば、絶対怖気づいてしまう。だから、考えないようにして、次の魔法の発動準備をする。今度は、自分の魔法を最大限に引き出すための補助魔法、焔姫。

「炎を掌る焔の姫よ、我に力を貸し給え」

そう詠唱すると、一気に自分の中の魔力が覚醒したのを感じる。よし、これでいい魔法が出来る筈!私は自分の十八番であり、最強の業火天昇を発動する。

「地獄を護りし閻魔大王よ、地獄の焔を分け与え給え。敵を殲滅させよ」

私は、思い切り力を込めて叫んだ。すると、私の周りに一気に赤を通りこして、白い焔が周りを舞い踊った。私は、一気に先生に向けて撃ち放つ。先生は、何故か、何も守りの魔法を発動していない。どうしてだ…?急いで頭を回転させた。そして、思い出した。魔法の基礎、同じ属性の魔法は、敢えて受けることによって、魔力の回復につながることを。それは、相手の魔力の込めた量に応じて増える。私は、此処で自分のミスに気付いた。さっきから、あまり反撃をしてこなかったのにはこういう理由があったのだろう。きっと、これで魔力を一気に回復して、私は、一気にカウンターをくらうはずだ。もう、魔法は半分以上発動し終えている。駄目だ、もう止められない。私は、その白い焔を発動し切った。魔力はもう殆ど無い。そして、相手の魔力はあの様子だと、きっとかなり溜まっている。

「さて、貴女には悪いけど、此処で寝ててもらうわね!」

先生は、一気に魔法を発動し始めた。私は、今出せるだけの障壁を発動するが、防ぐことなど出来ない。私は、そのまま一気に吹き飛ばされ、そのまま壁に頭を打ち付けた。一気に視界がくらくらしてきた。

「神懸さん、此処で寝ていてね。それじゃあ、また会えたらね」

先生はそう言った。私は、それでも捕まえようと、手を伸ばす。しかし、その手は空気を掴むのみで、私の意識は段々と暗闇へと吸い込まれてしまった。


 …桜、美…、美桜!

声が聞こえた。私の意識はその声に引っ張られるように、復帰した。

「………れ、麗奈姉…?」

「良かった。気を失ってたのよ。大丈夫?」

「…うん。それよりも、捕まえられなかった…」

そう思うと、何でだろう、涙があふれてきた。悔しいというか、哀しいというか、何だか分からないごちゃまぜの感情が私を支配している。

「…つか…まえ、られなかった……」

涙があふれてくる。駄目だ、涙が止まらない。止められない。とめどなく溢れては、頬を伝い落ちる。頬をかすったあの矢の傷跡よりも、心の傷跡がいたむ。

「美桜、悪かったな。お前だけに任せるべきじゃなかった。が、よく頑張った」

湊の暖かな手が私の頭をなでる。

「今回は、確かに取り逃がしたが、まだチャンスはある。深く考えすぎるな。深く考えすぎると、これからの任務に支障が出る。それに、深く考えすぎると、甘いものも甘く感じないと思うよ」

…甘いものがこの世で一番好きだという兄らしい言葉ではあるのだが、此処で言うようなことか?

「ねえ、湊。伝えた?」

沙羅が問う。湊は、ハッとした表情をすると、言った。

「あぁ、僕たちの方か。僕たちの方は、捕まえた。明日から、取り調べに入る。新しいことが分かり次第、僕の方から伝える。だから、二人はこれから禁書の線から当たってくれ」

「了解」

「りょ、うかい」

私と翔は兄の言葉に返事を返した。


 地下室を出た。既に学校の電気は全て消えていた。いつの間にか、かなり時間が経っていたようだ。私は、泣き止むと、箒を置いた場所へと向かった、

 「美桜、悪かったな…。そのさ、俺、手伝えなくて」

「…ん、大丈夫…。その、気絶してたわけだし…」

私は、そう答えると、自分の箒に跨った。さて、家に帰ってあったかいココアでも飲もうかしら?私は、ぼんやりと考えながら、家へと向かう。とりあえず、このまま自室に突っ込むことにしようか。


 家に着いた。私は、自室の窓に鍵明けの魔法をかけ、そのまま箒で突っ込む。一応、靴は箒に掛けてある。さて、一階に下りてココアでも作りに行こう。

 一階に下りると、麗奈姉と沙羅姉が二人で何か作っていた。台所があくまでちょっと待とうかな。

「あ、美桜。もう、戻ってたのか?」

「あ、陸兄。まぁ、戻ったけど。そうだ、あの放浪中の時、何処にいたの?」

「俺?まぁ、海辺をふらふらしてみたり、伝手をたどって調べたり、街の郊外で誰かの叫びを聞いたり…」

え、誰かの叫び声?!それって、まさかねぇ。そんなねぇ~?あ、でも、この流れって、絶対聞かれてたよね?一気に顔がほてる。顔に血が上り始めているのもよく分かる。駄目だ、恥ずかしい。このまま穴の中に入りたい。マジで…。

「まぁ、愛の叫びには俺も笑ったよ。きっと、本人の前じゃ恥ずかしいんだろうよね?」

あぁ、これはあれだ、もう、分かってしまった。之って、私の事だよね…。駄目だ、隠し通せない。絶対、終わった。やめて、もう、言わないで!

「…それでさ、俺、分かったんだけど…」

「何?!」

私は振り向いた。

「禁書のルートが見えてきたんだよな。何だか聞くところによると、この帝京の地下街で行われているとかなんだとかっていう話をだな、俺の友人から聞いたんだよ。俺は、地下街の線から追っていく予定だ。だから、美桜は、古書店とかのルートを探ってはくれないか?」

「…分かったけど、そのさ、この事は湊兄に話したの?」

「勿論。摘発の前にな。さて、そろそろ出来上がるようだな。二人のパティシエ級のスイーツが」

…え、何時からスイーツ作ってんの?というか、今の時間食べると太るよ?もう、夜の9時を回っているのだし…。あ、でも、疲れてるからな~。甘いもの、欲しいなぁ~。でも、太っちゃう…。うわぁ、悩む~!あ、目の前にふわふわのパンケーキが置かれちゃった…。上には、苺のソースが乗っている。あぁ、キラキラと光っている…。これは、抗えない。もう、誘惑に負けそうというか、負けたっ!私は、そのパンケーキに手を付けた。そして、そのまま勢いに任せて完食する。美味しすぎる。やはり、姉の作るスイーツはパティシエに勝る。あぁ、この甘さが堪らない。任務で疲れたこの体に染み渡る。あぁ、美味しい…。

 この甘さを堪能し終わったあと、私は、気づいた。これは太ると。あぁ、やってしまった。まぁいいか。しょうがないよ。うん、まぁ、いいや。さて、あとは寝ようっと。私は、そのまま二階の自室へ戻り、ぱたんと寝台に倒れこんだ。明日からまた頑張ります…。では、おやすみなさい。


<幕間 4>

 「う~ん、arznei(アルツナイ)が犬の餌になったようだね。さて、今度はどうしようか?」

司祭服の男は深刻さを感じさせない口調で言った。

「主人、誰か向かわせますか?」

「う~ん、どうしようか。一応、二日、三日ほど様子を見てみるよ。その間に、色々準備しておかないと。まだ彼らも使える状態じゃないしね。さて、僕は造りに行ってくるよ。じゃあ、あとは頼んだよ」

彼は、部屋を出た。きっと、あれを作りに行くのだろう。


<第六章>

 次の日、私は午前中から古書店に向かうことにした。箒に跨ろうとした時、携帯が震えた。見れば、中田君だ。私は携帯を耳に当てる。

≪もしもし?さくらん、今日の午後、空いてる?≫

「勿論!空いてるよ?!」

≪なら、一緒にカラオケ、行かないか?≫

勿論行きたい!あぁ、嬉しすぎて、ちょ、あ、だめ、可笑しくなりそう!なんだか、ニヤけが止まらない。ふふっ、嬉しい!

「勿論!じゃあ、何時行けばいいかな?」

≪…一時半にmusicaの前で逢おう≫

「了解!じゃあ、またね~」

私は携帯を閉じると、古書店へと向かうことにした。


 学校とは反対側に私の行きつけの古書店がある。今日は小説の資料を探すと同時に、現場で見つけたあの禁書について聞く予定だ。それもそれで大事だが、今はそれよりも文化祭に出す作品の方が大事だ。私は、そう考えつつ、トンッと古書店の前に下りた。さて、箒を置いて、店に入ろう。

 店に入ると、いつもの店主が眼鏡を上げた。

「久しぶりだねぇ。今日は何を探しに来たんだい?」

変わらない質問。

「あぁ、今日は小説の資料を主に。あとは、一つ聞きたいことがあって」

「ほぉ」

店主は眼鏡をずり上げた。

「えっと、禁書って取り扱ってます?」

店主は驚いた顔をした。

「そんな、危ないもの!扱ってるわけがないじゃないか!何かあったのかい?」

任務とは言えないし…。だけど、任務といわないと絶対分からないわけで。

「…あ、その、任務で必要になったんで、やっぱり知ってるかな…って」

そう答えると、店主は頷いた。

「そうだったのか、いつもご苦労様。儂も禁書については昔、一度か二度、見かけたことはあったがねぇ」

「そうですか…。で、見かけたのってどこですか?」

「地下街の古書市だね」

「地下街の古書市ですか?」

「あぁ、儂も時々本を買い込みに行くからな」

「そうですか…。ありがとうございます」

私は頭を下げた。そして、そのまま今度は小説の資料を探すべく、本棚へ向かった。今日はとりあえず、魔法が使えなかった時代の風俗についてかな。なんて思いつつ、本棚を丁寧に見る。そして見つけた!「日本の民族性について」と書かれた一冊の新書を。なかなか、いいかもしれない。さて、その本を買って、作品に応用しよう。私は、本を持ってカウンターに向かった。

 「これかい?はいよ、百円だね」

私は、財布から百円玉を取り出すと、店主に渡した。そして、店を出て、箒に跨る。さて、お昼ご飯は軽くパンでも買ってから、彼との待ち合わせ場所に行くことにしよう。私は、箒に跨り、そのまま街中の行きつけのパン屋へ向かった。

 丁度、パンが焼き上がったところだったようだ。うん、これはホカホカの焼きたてパンが食べられるかも!私は、お店へと入る。

「これくださ~い」

私は、メロンパンとベーコンエッグパンを差し出す。此処のお店のこのパンは他の人にお勧めするのが勿体ないくらいに美味しい。

「これとこれだね?二三〇円だよ」

「はい」

私は、おばちゃんに代金を渡す。そして、パンを受け取ると、箒に跨った。柄の部分に袋をひっかけて、空を飛びながらパンを齧る。やっぱり、美味しいんだよね~。一人、ほんわかしながら空を飛んでいるうちに、目的地まで着いた。一応、待ち合わせの時刻まではあと三〇分ほどある。そんな訳で、近くのベンチに座りながら資料でも読むことにしよう。

 私は、近くの公園に足を運んだ。

 公園は日曜日ということで、親子連れでにぎわっていた。私もこうして親に連れてきてもらったことあったかな…。私は、記憶をたどった。しかし、そんな記憶すら微塵もなく、さらに言えば、親の顔すら思い出せない。物心ついたときから、兄と姉に育てられた記憶しかない。…自分の両親のことが思い出せないなんて…。あとで、湊兄か沙羅姉に訊いてみよう。それにしても、かなりのショックだ。どうして、私の記憶の中には両親の姿は存在しないのだろうか?私が私として生まれるためには、両親の存在が必要だというのに…。


 ぼんやりと自分について考えていると、携帯が震えた。

≪さくらん、今、何処だ?俺、もう、待ち合わせ場所にいるんだが?≫

時間を確認する。一時四五分。時間を一五分ほど過ぎている。あ、待ち合わせ一時半だった。私は、急いで箒に飛び乗ると、全速力で待ち合わせ場所へ飛んだ。

 「ごめん、中田君っ!」

私は、半ば飛び降りるように、彼の前へ着地した。

「いや、大丈夫だよ」

彼は、にこやかに言った。

「それで、予約とかはある?」

「予約はしてないから大丈夫だよ」

「そっか。つい、資料本探しに夢中になってて…」

「そうだったか。さくらんらしいよ」

彼は笑んだ。

「さて、行こうか」

彼は私に言った。そして、そのまま店内へと入った。


 店内は音楽が大音量で掛けられていた。あまりこういう所に来ない私にとって、珍しいものである。私が周りを見渡している間に、中田君が手続きを終わらせてくれたようだ。彼はもう既にマイクを持っている。

「さくらん、行こう」

「あ、うん」

私は、彼に手を引かれてその部屋へと向かった。


 部屋は二三号室。定員は四人ぐらいだろう。その部屋で私たちは音楽をかけ始める。

「さくらん、先、歌うといいよ」

「ありがと」

私は彼からマイクを受け取った。歌う曲はどうしよう…?じゃあ、この曲にしようかな?私は、とあるバンドのある曲を歌い始めた。この曲はどちらかといえば反社会的というか、アンチテーゼのような曲だ。衛隊の私が歌っていいのかっていうような気がするも、まぁ好きなんだからしょうがない。私は、歌う。こうして、本気で歌うのもたまにはいいかもしれないな。あ、そろそろ終わる。さて、中田君にマイクを渡すことことにしよう。

「中田君、マイク~」

「あぁ、ありがとう」

それにしても彼の歌の好みは知らない。一体、何の曲が好きなんだろ?私は彼が歌う曲を待つ。

 イントロが流れ出す。この曲は…私の知らない曲だ。一体、誰が歌う曲なんだろ?でも、其れよりも彼の歌声が何だかいい。もう曲とか、何でもいいから彼の声だけ聴いてたいかも。なんて思う。

「さくらん、次だよ?」

「あ、うん」

私今度は、あるグループの戦い系ソングを歌う。この曲もこの曲で個人的にはお気に入りだ。それにしても、この曲は難しかった。やっぱり六人で歌ってると、それぞれ声が違う訳で歌い訳も出来ないし…。少し悪戦苦闘しつつ歌いきる。

「さくらん、慣れてきた?」

「うん。まぁ、慣れてきたような気がする」

二人で曲の合間に二言三言話して過ごす、こんな時間が続くと思ったのに…。私の携帯が震えた。見れば、兄からの電話だった。拒否出来たらよかったんだけど…。でも、駄目かも…。なんか、悪い予感がする。私は、気乗りしないまま電話に出た。

 「もしもし…?」

≪美桜か?今、何処だ?≫

「…今は、その、友人と一緒に、そのカラオケ中ですが…」

≪そうか、悪いが早く帰って来い。緊急招集だ≫

嘘でしょ…?え、何でよ~。折角、彼氏とデート中だって言うのに…。

「え、ちょっと、今いいとこ…」

≪緊急だ。急いで帰って来い≫

あ、駄目だ。これは続行できない感じだ…。

「分かりました…。急ぎ、帰ります」

私は電話を切った。

 「中田君、ごめん…」

「ん?」

「その、湊兄から電話が入ってさ、その、緊急招集みたいなんだよね…。ほんっとごめんっ!」

私は、謝った。すると、彼は「そっか」と残念そうな顔をしたが、彼氏以前にクラスメイトで私が衛隊の仕事をしていることは知っている。

「さくらん、頑張って来てくれな」

「うん、ありがと。でさ、今度一段落したら今度こそはね…」

「分かった。じゃあ、また」

「うん、また明日ね!」

私はそのままお代だけ彼に渡すと、外へ出て箒に跨った。


 家へ箒をぶっ飛ばしながら向かう。一応、法定速度っぽいものはあるが、もう、時間ないわけで、ちょっと規則やぶりだけど…。しょうがない!そして、家に帰ると、すぐさま兄の部屋へ向かった。


 「遅くなりました!」

入ると、既に全員が揃っていた。

「美桜、何度も呼び出したのに出ないとはどういう事だか知りたいが、その話は最後だ。さて、まず、昨日の摘発ご苦労だった、それで、今日はあの教員を絞ってきたのだが、分かったことがあった。まずは、あの闇薬は裏にデカい何かがある。それから、あそこにあった闇薬と、彼の部屋で見つかった闇薬は同じものだった。そして、闇薬を渡したことも認めた」

湊は一気に言った。

「それからね、彼の部屋で見つかったあの禁書の件だけど、あれについては何もわかってないみたいね。禁書についての話は何かある?」

「俺の方は無いかな。一応、俺の伝手を使って探っているけど、まだうまい具合に情報が集まらないようだ」

う~ん、禁書は難しいかも。私も一応行きつけの古書店とかで探ってはいるけど、これといった情報もないし、地下街の古書市しか情報ないけど、一応、言っておくべきかな。

「…そのさ、禁書の入手ルートかは分かんないけど、でも、地下街の古書市で稀にその見かけることはある……らしい」

「そうか…。じゃあ、他の班に頼んでみる。さて、他にある人はいるか?」

「アタシの方は特にないかな」

「ということは、これで終わりか。さて、解散。美桜だけ残るように」

…は?!私だけ、遺されるの?!ひどくないですか?!

「じゃあ、お邪魔しました~」

「では、スイーツ作りに行ってきま~す☆」

「図書館行ってくるね~」

「美桜、頑張れよ~」

四人は、それぞれ出ていった。部屋に残されたのは、私と湊の二人。湊は、笑ってはいるが空気がピリピリしている。

「さて、今回、かなり呼び出したはずだが、どうして電話に出なかったんだ?」

「…えっと、言った通り、カラオケ中だったわけで、その音楽に隠されて聞こえなかったんだと…」

「そうか…。基本、聞こえるようにと教えていたはずだが?」

「…その、歌ってる途中じゃ、電話に出られるわけもなく……」

「だが、それでも出るものじゃないか?それに、二、三回、掛ける度にぶち切りされたんだが、そこについてはどう説明する?」

「あ、その、やっぱり、友人の前じゃ電話とか、出にくいじゃん?だからさ、一応切ったわけでさ…。駄目だった?」

訊いてみる。まぁ、駄目だと言われるのは目に見えているが…。

「…その気持ちも分からなくは無いが、確認しろ」

「は~い」

「これで終わりだ。以上」

御咎めは無いようだ。ラッキーってことで、資料本借りてこ。

「兄さん、じゃあ、資料本借りてくね~」

私は、そのまま本棚に直行した。

「あぁ」

今回は、魔法が使えなかった世界の風俗だからね~。と、本を二、三冊選ぶ。本当、兄の部屋ってこう、本が揃ってるから嬉しい。

「じゃあ、この本借りてくね~。じゃぁ、またね~」

私は部屋を出た。


 部屋に戻ると、今日買ってきたあの本と、兄の部屋から借りた本を片っ端から読んでは頭に知識として詰め込む。それにしても、魔法がなくてもこんな便利な世界になるなんて、面白い!特に、このテレビとかいう箱!一日中色んな動画を放送してるんだって!こんなもの、実際にあったら嬉しいかも!うん、何かこんなもの小説に出してみるもいいかな。それからさ、本って燃える物だったんだね!真面目に、燃えないものだと思ってたのに!あ、でも確かに、燃えなくても大丈夫なんだね。わざと火をつけなければ燃えないもんね。私みたいな焔の遣い手だと、物事を考え込んでいるときも自然発火するわけだからね…。一人、新たな作品の構想を練りつつ、本を読み進めているうちに時は流れ、夕方になっていた。空は茜色に染まり、建物を紅く染め上げていた。あぁ、日曜日が終わっちゃう。急いで明日の準備しなきゃ。私は、自分の鞄に明日の準備を詰め込んだ。


 夜、私は兄の部屋へ向かった。とりあえず、読み終わったあの本を返さなきゃ。私は兄の部屋をノックする。

「兄さん、入るよ?」

私はドアを押し開けた。

 中では兄が、一人眼鏡をかけて読書に勤しんでいた。

「おう、美桜か。もう、読み終わったのか?」

「まぁね。資料だから、必要なところを読めればいいの。と言う訳で、ありがと。書棚に戻しておくね」

「あぁ」

此処で、ふと思い出した。私の両親の事。兄さんなら知ってるかな?後で、姉さんにも訊いてみよう。

 「ねえ、兄さん。思ったんだけど、私の両親てどんな人?」

「…そうか、美桜は覚えてないのか…」

湊は少し悲しそうな表情をした。

「そうだな、真面目で堅物な感じの父と、柔軟で暖かな母だな。だが、美桜と翔が生まれて数年たった時、『黒ノ旅団』に殺された」

余りにもショッキングな事実。まるで、心を冷たい槍で突き刺されたような感じ。

「それ以降、僕らは叔父さんの家にお世話になってたが、衛隊に入ったと同時に、両親の暮らしていた家に戻ってきたんだ。覚えているか?」

「うん、なんとなく」

顔の輪郭がぼんやりと脳裏に浮かぶ。表情は分からない。しかし、とても幸せそうだ。そんな両親がどうして殺されなくてはならなかったのだろうか?

「僕が覚えているのはそれくらいだ。もしかしたら叔父さんの方が色々覚えているかもしれない。機会があったら訪ねてみるといいだろう。さて、両親の話は終わりだ。それにしても、急だったな。両親について話してくれだなんて」

「いや、何というか、公園でお昼ご飯にパンを齧りながら、親子連れ見てたら気になってさ。ありがと」

私は部屋を出た。これで、すっきりはしたが何だか後味は悪い。聞かなきゃよかったかもしれない。少し悲しい気分だ。とりあえず、寝て頭をすっきりさせよう。私は寝台に倒れこんだ。


<幕間 5>

 「これで完成だ」

彼は静かに微笑んだ。彼の持つフラスコの中には、形容しがたいおぞましい動きをする粘液が蠢いていた。

「これであの白銀の犬を殺せる」

彼はとても恍惚的に呟いた。その恍惚的な呟きに応じるように、中の粘液は嬉しそうに身をくゆらせた。


 「主人(マスター)、なんでしょうか?」

数分後、一人の男が部屋の中に入ってきた。

「来てもらって悪いね。それで、一つ実験に協力してほしいんだけど、いいかな?」

「なんなりと」

「じゃあ、君は魔法の準備をしてくれ。そして、僕の完成品と戦ってほしい」

「分かりました」

彼は自らの右手に氷槍を持った。その間に、彼はフラスコから粘液を取り出した。そして、それに言った。

「彼奴を殺せ」と。


 一気に方は着いた。氷槍で応戦しようとした彼は一瞬にして粘液に飲み込まれると、一瞬で漆黒の闇の中へ連れ込まれた。そして、そこに残ったのは、粘液一つと、彼だけだった。

「フフフハハハ!最高だ!最高の出来だ!これで、あの犬も殺せる!アハハハハハッ!」

彼は狂ったように高笑いを上げた。


<第七章>

 月曜、私は少しの不安を抱えて学校へ行った。中川先生が、行方不明の今、先生は一体誰だ?もしかしてのもしかしてだけど、残りは、学年主任が担任とか…。だとしたら、泣きたい。もう、嫌だ。高校なんかやめてやる!そんな事をぼんやりと考えつつ、飛んでいると学校に着いた。さて、朝のSHRはあと二十分ほどで始まる。それまで、教室じゃなくて、図書室にいようかな?ふわふわと考えていると、教室に着いた。

 教室では、いつも通り、後ろの席で男子が携帯のゲームについて語っている。そして女子は、手前の方でのんびり読書をしたり、勉強したりしている。本当に変わらない日常。何だか、このまま中川先生が「ホームルーム、始めるわよ~」って言いながら、入って来そうな気がしてしまう。

「…なんか、あれが嘘みたい」

そんな事を思いつつ、席について読書に勤しんでいると、ホームルーム開始のチャイムが鳴り響いた。さて、誰が入ってくるのかしら?

 「は~い、席に着け」

学年主任が入ってくる。学年主任と一緒にもう一人、年若い男の人が入ってくる。だ、誰?!

見た感じ、陸ぐらい?う~ん、誰だろ…?ぼんやりと考えてしまう。

「今日から、Ⅱ-Ⅲの担任になる白岡先生だ。白岡先生、自己紹介お願いします」

「分かりました」

白岡先生と呼ばれた彼は、白墨で黒板に名前を書く。

「初めまして、今日からこのクラスの担任となる白岡亨です」

…ふ~ん、そっか~。へ~、新しい先生か~。うん、学年主任が担任にならなくてよかった

~。ぼんやりと考えていると、後ろの方から男子が学年主任に訊いた。

「先生!中川先生は?」

「えっと・・」

先生が困ってる。説明、難しいもんね~。

「中川先生は、様々な事情でこの学校を辞めました」

すると、案の定、

「先生、それはないでしょう!」

「ひどくないですか?!」

と声が上がる。まぁ、それも分かるが…でも…。今は、とても複雑な気分だ。そんな気分を一人味わっているうちにも、SHRは進んでいく。

「それで、私は魔法学の担当ということで、宜しくお願いします」

ふ~ん、中川先生の後継か。まぁいいか。これで、私の気がかりは無くなった。さて、あとはいつも通りに過ごそうっと。

 朝のSHRが終わった後、美咲と七菜香が私の席に来た。

「ん、どうしたの?」

「ありえないっ!」

七菜香が叫んだ。

「…主語を入れて話しましょうね」

「…だから!中川先生がこうして文化祭前に学校を辞めるなんてありえない!」

七菜香が私の机をたたきながら言った。確かに、七菜香は先生の事かなりリスペクトしてたし…ね。

「ねえ、美桜、ホント意味わかんなくない?」

「それな!」

二人は先生がやめたことについて話している。だけど、事情を知っている私には…。何だか、さっきから苦々しいというか、哀しいというか、複雑な感情を抱きつつ、二人の話を聞き流す。う~ん、今日しっかりと授業を受けられる気がしない。まぁ、いいや。今日は月曜。まだ休みボケしてるってことで。


 月曜日をぼんやりと過ごし、火曜日は特に特筆すべき事項も無く、普通に一日が過ぎた。


 動きがあったのは、水曜日の三時間目。その時間は国語。今日は芥川龍之介の羅生門だ。先生の薀蓄を含んだ言葉を聞きつつ、物語を読んでいたその時だった。急に教室がノックされて、翔が姿を見せた。

「あ、先生、すいません。神懸さん、いいですか?」

先生は察すると、頷いた。

「神懸さん。お呼び出しよ」

「あ、分かりました!」

私は、そのまま立ち上がると、翔の元へ向かった。きっと、何か緊急の事が起こったようだ。

 「ねえ、何があったかわかる?」

「全く。とりあえず、急ぎ湊兄の部屋に集まれとだけ言われただけだ」

分かんない。一体何があったのだろうか?が、やはり急ぎ戻るしかないようだ。私たちは急いで箒に跨ると暴走寸前のスピードで空を飛び貫いた。そして、一気に湊の部屋に突っ込んだ。

 「おう、二人か。早かったな。これから郊外の廃ビルに向かう。そこで、闇薬に関する裏組織の摘発を行う」

「了解!」

「即刻向かってくれ」

私はそのまま箒に跨ると、再び飛び立った。目指すは、郊外の廃ビル。そこで、私の友人を事件に巻き込んだ奴らを思い切り懲らしめてやる!


 摘発現場となる廃ビルに着いた。そこは、私が彼への愛を叫んだ場所だった。私は、少しの驚きを感じつつ、他の仲間が来るのを待つ。

「美桜、お前、今度こそはしっかり腹決めろよ?」

「そりゃ勿論!土曜日のあのことが悔しくて、仕方ないんだから!もう肚決めてるわよ。それより、アンタこそ、しっかりと戦いなさいよ?この前、一発で気絶してたくせに!」

「そうだが、あれでも、しっかり覚悟はできてたんだ!確かに、軽く気絶させられたけどよ…」

彼は不貞腐れたように言った。

 二人でしばらく待っていると、全員が集合した。

「よし、今日の摘発場所に着いてだが、此のビルの地下だ。くれぐれも、摘発前にけがはするなよ?」

「はい!」

「それでは行くぞ!」

彼の一言で、私たちは摘発現場へと飛び込んだ。


 壊れかけのビル。外見はひび割れて、今にも崩れ落ちそうな外観だが、中に入ると案外壊れかけた個所はあまり見えなかった。普通に内装は綺麗だ。それに、受付の所には人がいる。「意外だな」

「とりあえず、普通に受付を通して入るか?」

「その方がいいかもな」

私たちは、受付の方に向かった。

 「あ、すいません…」

麗奈が近寄って、声を掛ける。

「何でしょうか」

ん?!何これ!?

「…何これ、人じゃない?」

麗奈も同じような違和感を覚えたようで、小さく呟いた。だが、すぐに目的を告げた。

「えっと、会いたい人がいます」

「その方の名前をどうぞ」

「…なんていうの?」

麗奈は振り向いて湊に訪ねた。

「あ、えっと、矢神蓮だ」

「矢神蓮さんです」

「そうですか。矢神様なら、地下にいらっしゃいます。地下への行き方はご存知でしょうか?」

「…いいえ」

「それでは、そちらのエレベータをお使いになってください」

「ありがとうございます」

私たちは、エレベータと呼ばれたところへ向かった。

 エレベータは、その階の橋の方に二つ並んで置いてあった。というか、存在していた。

「…これのこと?」

「そのようだな。とりあえず、地下へ向かうぞ」

湊は、扉の仕舞っているエレベータに手を掛けた。と言うか、これ、一体何で動くの?でも、此のビルが建てられたのって、魔法のない時代だったから、やっぱり電気と呼ばれるものなのかな?だとしたら、流れてないはず。じゃあ、起動しないってこと?でも、動いているんだよね?あぁ、謎が尽きない。

「開いたぞ?」

湊が扉をこじ開けたようだ。…いつ、そんな鍛えてんだろ?そこまで、鍛えてる様子すら感じないというか、部屋に行ってもそんな鍛えるような器具すら見当たらないのに。まぁ、今はいいか。こんなこと。

「よし、行くぞ」

「おう!」

とりあえず、エレベータに乗り込んでみる。

「さて、どう下に降りるんだ?」

此処で行き詰るとは何とも不覚!でも、確か数日前にこの機会の説明を兄の本で読んだかもしれない。あれ、読んだのは違うのだっけ?でも、似たようなものを読んだ気がする。

「…あ、もしかして、これを押す?」

陸が壁に付いたボタンを見つけて、襲うと手を置いた。

「うん、押してみよう」

ということで、押してみる。すると、ちょっとぎこちない動きで、ドアが閉まり、そのまま下の階へ落ちていく感じがする。あ、何だか、耳がキーンってする。なんか、気持ち悪い。よく、昔の人はこんなのに乗って移動しようと思ったよね。数十秒の気持ち悪い感触を我慢すると、チーンと音が鳴り、エレベータが目的の階に着いたことを知らせた。

 「行くぞ!」

こうして、二度目の摘発が始まった。今度こそは、絶対に逃がさない。


 私たちは、エレベータから出ると、漆黒に塗られた廊下を歩く。何時、周りから襲われるか分からない。それにしても、静かすぎる。静寂しか感じない。と言うか、人の気配すらも感じない。響くのは私たちの足音だけ。私は、暗闇に目を凝らして、奥へと進む。


 ひたすら歩いていたその時、ひゅんと何かが空を切る音が聞こえた。

「ん?!」

振り向くも、漆黒の闇。何処からどう飛んでくるか分からない。緊張の糸は更に張りつめる。

「気を付けろよ」

「あぁ」

「勿論」

そのまま奥へ向かう。そして、一番奥に着いた。


部屋に入ると、さっきの廊下鳥もさらに黒い服を身に纏った、湊と同じくらいの男が一人、椅子に座って、悠長に構えていた。

 「来たんだね。神懸君」

どうして名前を知っているのだろうか?不思議に思って、少し振り返る。すると、兄の顔が蒼白になっている。さっき、名前を聞いたときは全く動じなかったのに。

「…蓮」

「神懸君、君が此処へ来た目的は勿論、僕も聞いている。僕の事を逮捕しに来たんだろ?」

「あぁ。お前のことは逮捕せねばならない」

「そうか。でも、僕の事を逮捕出来るかな?」

彼は、口元を大きく歪め、妖艶に微笑んだ。その顔は見る者をゾッとさせた。とても美しいのに、どうしてか見る者をゾッとさせる。

「さぁ、四人とも、出番だ!」

彼は叫んだ。すると、何もないただの床だった所からまるで湧き出るように四人の男女が出現した。

主人(マスター)

「あぁ、こいつらを冥府の底まで送ってやれ。例え、子供でも容赦するなよ?」

「了解」

すると、目の前の彼らは一気に魔法を放ってきた。私には、まるで針のように尖った氷柱が私の心臓めがけて飛んできた。私は、とっさに障壁を展開する。

「…誰だ?」

目の前には一人の女が立つ。彼女は、私の前に立つと、フードを脱いだ。脱ぐと、その下からは綺麗な蒼い髪がはらりと垂れた。

「私は、ネロ。主人の右腕。そんな他愛のないことを訊くより、自分の事を考えたら?」

彼女は一瞬で手元に氷槍を具現させると、私の頭に向けて飛ばしてきた。私は、一気に障壁を展開し、跳ね返す。そして、今度は私の方で魔法の準備をする。まずは、自分の魔法を強化する「焔姫」を発動する。しかし、焔姫だけでは全く攻撃が出来ない。ということで、焔姫と同時発動で「焔桜」を起こす。

「我に宿りし桜神よ、炎と交わりて舞い踊れ」

私は、叫んだ。すると、いつもよりも火力の強い桜の花弁が舞い踊る。自らの周りに花弁を舞わせながら、一部の花弁を弾丸のように相手へと飛ばす。しかし、その花弁も彼女の周りにある、冷気であまりダメージは無いようだ。

「学生の分際でよくやるわね」

彼女は笑んだ。

「だけどね、私も学生に負けるほど柔じゃないの」

そう言うと、私に向けて思い切り魔法を発動してきた。これは、湊兄がよく使ってる技だ。確か、寒冷気(ヒュールディ)だったか…。私の周りに一気に凄い冷気が纏わりついてくる。この技の反撃は…。頭の中で訓練の内容を思い出す。


【寒冷気はな、結局なところただの冷気だ。だが、只の冷気といえるほど柔なもんじゃないがな。さて、お前ならどう反撃する?】

私は頭を抱えた。だが、これはただの冷気と言う訳なのね。ということは、普通に焔を起こせば軽く返せる…


「そうだ!」

私は、凍える唇で詠唱を始める。

「森羅万象、全ての在る者よ 無と還れ 創世の焔よ 来たれ」

一気に焔が燃え上がる。私に纏わりついていた冷気は一気に消え失せ、紅蓮の炎が舞い上がった。凍えていた体も戻った。これで、どうにかこれからの魔法につなげられる!ということで新たな魔法を準備する。業火天昇。私が攻撃魔法の中で最も得意とする魔法。

「地獄を護りし閻魔大王よ、地獄の焔を分け与え給え。敵を殲滅させよ」

 赤を通り越して、白い焔が舞い上がる。これで、きっとかなりのダメージに。しかし、その焔は一瞬でかき消されてしまった。一体、どういう事?!その謎について考えたかったが、その思考回路に入る前に、新たな魔法が飛んできた。今度は、私の知らない魔法だ。一体、何?あぁ、彼女の後ろに水の龍が段々と形を成していく。一体、どう来る?私は、かつての授業で作り出した焱蜥蜴(サラマンダー)を念のために召喚しておく。

「…さぁ、行きなさい!」

そんな声が聞こえると、すぐに水龍(アクアドラゴン)が私に向かってくる。私は、自分が召喚した焱蜥蜴を前に出し、受け止める。これから、反撃して、目の前の彼女を斃さなくてはならない。どうしようか?彼女から来る攻撃を、焱蜥蜴に代わりに受け止めて貰って、その間に私は新たな魔法の準備をする。しかし、既に魔力は半分近く消耗しているわけで、連続攻撃をするならあまり威力は考えられない。だからといって、一発で決められるかといえば、自信がない。これじゃあ、駄目だ。どうしよう!迷う。その時、私の後ろで閃光が走った。きっと、これは翔が閃光(フラッシュ)を放ったのだろう。

「うっ…」

あ、動きが鈍い。と同時に、魔力の供給が切れたのか、水龍が消滅する。私は、焱蜥蜴に注いでいた魔力を攻撃に回すため、魔力の供給を停める。これで、攻撃に回せる量も増えた。あとは、彼女を撃沈させられるだけの魔法が発動できればいい。こうなったら、私の中に二つの選択肢が出る。一つは、業火天昇にいつもよりも多く魔力をつぎ込み、其処に爆発系魔法を連動させるという事。もう一つは、終極爆炎(ファイナルバースト)だ。しかし、これは問題がある。下手すると、この部屋にいる仲間まで巻き込みかねない。となると、選択肢は一つに絞られる。よし、行くぞ。私は、二度目の業火天昇を発動し始める。今回は、いつもよりも大きな魔法陣を描き、其処に爆発系魔術を重ねることにする。

「地獄を護りし閻魔大王よ、地獄の焔を分け与え給え。敵を殲滅させよ」

詠唱しているうちに、漆黒の床の上に地獄の焔の色をした糸のようなもので、魔法陣が描き出される。私は、其処に勘だけで爆発系魔術の陣を重ねだす。これできっと、彼女は終わりだ。

「業火天昇っ!」

私は、詠唱が終わると叫んだ。一気に白い焔が舞い起こり、彼女を包み込む。そして、その中から爆発音も鳴り響く。その音は、壁に反響し、鼓膜を震わす。これで、きっと…!そう祈りつつ、一応、次の魔法の準備をする。しかし、今、こうして賭けに使ったため、魔力はもう殆ど残ってないと言っても過言じゃない。くっそ、ミスった。賭けなきゃよかった。それでも、残りの魔力を全て使って次の魔法を準備する。

 …焔が消えてきた。中に人影はない。というか、何もない。一体、彼女は何処へ?私は、注意しつつ、周りを見渡す。私の周りでは、仲間たちがそれぞれ戦っている。しかし、其の中で兄の姿だけ見えない。少し、心配だ。でも、きっと、大丈夫。湊兄なら、きっと、打ち負かしてくれる。私は、兄の勝利を祈りつつ、周りを注意深く見渡す。

 「油断した?」

突然、私の首筋に氷で出来た刃が突きつけられていた。氷の冷気が私の首にひんやりと当たる。

「…ふふん、その様子ならかなり油断してたみたいね。さっきは、ありがとね。此処からは、私の水の復讐(アクアヴェンデッタ)よ。さぁ、その身でとくと味わいなさい!」

彼女は少し声を弾ませながら言うと、私から流れるように遠ざかり、魔法を発動し始めた。まずは、兄もよく使う氷針極冷凛(シャレスティ)だ。私は、短縮詠唱で障壁を発動する。しかし、威力はかなり弱い。そのため、完全には抑えきれない。幾つかの氷柱は私の作った障壁を通りぬけ、先の方が私の靴を貫きとおす。

「痛っ!」

「まだまだこれからよ!」

彼女は、更に発動する。私は、こんな負けてられないと再び障壁を張りなおす。

寒冷氷(ヒュールディ)!」

今度は私の周りに氷が張られていく。その氷の層は段々と分厚くなってくる。駄目だ、押し潰されちゃう。押し潰されたら、氷の像になるのが見え見えだ。絶対に押しつぶされてたまるか。私は、心だけでもしっかりと持とうと努力する。さて、此処であとは大火力を発動できれば、逆転できる。だけど、魔力が足りない。月光とか入ってこないかな…。月光じゃなくても、何か糖分を補給できるもの!私は、片手で障壁を繰り出しながら、ポケットを探る。あったっ!甘くて美味しいチョコレート!今朝、美咲から貰ってそのままだったんだ!私は、取り出すと、口に放り込む。これで、きっと少しは回復できる。私は、チョコレートの甘さに癒されながら、自らの魔力が少し回復するのを感じた。これなら、炎を発動できる。私は、魔力を回復したのを感じると、障壁を保ちながら、爆発系魔術を発動する。

暴発(エクスプロージョン)!!」

私は、爆発で周りにある氷を吹き飛ばす。

「はぁ、はぁ…」

緊張した。これで、行ける!私は、新たな魔法の準備をする。しかし、彼女も負けていない。

「あら、やるわね」

彼女はちょっと驚いたような顔をしたが、すぐにフッと笑んだ。何を考えてる?

「なんなら、これでどうかしら?」

彼女は、何かを呟く。すると、今度は部屋の中に思い切り吹雪が舞い踊る。私は、再び障壁の中に閉じこもり、今度はどの魔法を遣うかを考える。これは、吹雪なわけだ。だったら、暖気があればいい。私は、さくっと暖気(ワ―ムッシュ)を発動する。私の障壁についた雪は解け、私の周りは暖かな空気に包まれた。私は、その暖気を自らに取り込み、魔力へ還元する。仲間を巻き込む可能性もあるが、爆発系連続攻撃に賭けよう。

暴発(エクスプロージョン)(ヴァン)爆裂(フレア)終極爆炎(ファイナルバースト)!」

私は、爆発系魔術を連続して発動する。これで決まらなければ、私にもう勝ち目はない。だが、きっと、今の彼女の耐久力よりも、私の攻撃力の方が上だろう。絶対に、これで決められる!

「きゃぁっ!」

小さく悲鳴が聞こえた。私は、直感的にこれで勝ったと感じた。

 焔が消えていく。…これで、勝ったのか…?しかし、さっきのようなパターンもある。

「これで、勝ったのか…?」

私は呟いた。私は、炎の消えたあの場所へ向かう。


 そこには、炎に既に戦闘不能になった彼女が横たわっていた。一応、死んではいないが、ちょっと治癒が必要かもしれないな。やりすぎか?とちょっと後悔したが、やはり仕事だし、しょうがないよ。うん、いいよ。大丈夫。おとがめは無い筈。

 「逮捕します」

私は、彼女の両手首に魔封石の手錠をかける。これで、仕事は終わった。あとは、みんなの勝利を祈って、待つだけ。私は、ほっと一息を吐いた。緊張の糸が段々と解けていく。だけど、息を抜きすぎちゃ駄目ね。と、緊張を解きすぎないように気を付ける。

 目の前では、段々と戦いが終わっていく。みんな満身創痍だけど、戦いには勝ったようだ。あとは、湊兄だけだ。兄さんは、大丈夫かな…?


<幕間 6>

 「湊、君はどうして犬に成り下がったんだ?」

彼…いや、もう名前は出た。矢神蓮は、目の前で魔法の準備をしている、神懸湊に悲しそうに問いかけた。

「…僕は犬に成り下がったつもりはない」

彼は静かに言った。その言葉を聞いて、連はまるで舞台俳優のように大きなため息を吐いた。

「僕はただ、家族を守るために衛隊に入っただけだ」

「…建前なんか聞いてない」

彼はつまらなそうに言った。

「なら、僕はお前に一つ問う。君はどうしてこんなことをしている?」

湊はそう蓮に尋ねた。

「…俺は、この街、この世界を変えたいだけだ!」

彼は叫んだ。

「こんな、退屈で、つまらないこの世界をひっくり返したいんだ!退屈な世界に住み意味など無いっ!」

さっきよりも大きな声で叫ぶ。湊は小さく首を横に振った。

「…蓮、お前はもう、僕の知ってる連じゃ無いんだな…。哀しいよ」

湊は呟くように言う。その言葉を聞いた蓮は悲しそうな表情をした。

「…なら、湊。お前も、俺の知っている湊じゃなくなったようだね。今の君は、俺の計画を邪魔するただの邪魔者でしかないんだ。だから、旧友の君を殺すことにするよ」

言いながら、彼の表情は悲しげなものから、愉悦へと変わった。

 「さぁ、僕の最高傑作。君にはあそこにいる白銀の犬を殺してもらおうか!」

彼は、フラスコを何処からか取り出すと、そのまま地面に叩き付けた。

―パリィン!

硝子の割れる甲高い音が響く。そして、その割れた場所から黒い粘液のようなものがニュルリニュルリと這い出てくる。そして、全て集まり、大きさ八十糎(せんち)程の何かになった。

 「これは、僕の最高傑作、絶望だ。湊、君はこれに勝てるかい?」

湊の表情が強張る。

「…勝てる。いや、勝たなくてはならない。家族のためにも、この街のためにも!」

湊は叫んだ。そして、目の前でウニョリニョリと蠢いているそれを斃すために魔法の準備をした。しかし、その粘体は知性があるのか、彼に向けて触手を伸ばす。

「じゃあ、俺はゆっくりと君が死んでいく様を見せてもらうよ」

彼は妖艶に微笑むと、そのまま身を闇の中へと沈みこんだ。


 「…お前をこの街のためにも殺してやる!」

湊は自らの右手にかなり大きな魔法陣を展開する。

氷結(フリーズ)!」

彼は、大規模展開で凍らせる魔法を発動する。粘体は魔法を受け、一瞬だけ凍り付いたが、どうしてか動きが止まらない。触手は湊に向けて伸びてくる。

「…チッ」

彼は舌打ちをした。そして、違う魔法の準備に入る。今度は、「氷裂風塵」だ。これで、切り裂けば、きっと行けるかもしれない。

「大気に満ちる空気よ、凍れ、氷の刃となりて切り刻め」

彼は、詠唱する。すると、周りにあった大気の中からまるで突然現れたかのように、氷で出来た刃が四方八方に現れた。

「行け!」

彼は、手を前に出すと、そのまま粘体に向けて突き刺した。粘体に、思い切り不快な音を立てて、何本もの刃が刺さる。粘体は身を捩らせる。湊の魔力によって刺さり続けている。

そして、粘体は幾つかの欠片へと変わった。これで終わったはず…。と思い、刃を消滅させた。すると、粘体はすぐに元の大きさに戻った。全く聞いてない。一体、どういう事だ。湊はそれでも新たな魔法を発動する。今度は、氷の結晶の中に閉じ込める「極零氷殺(ゼロフールフィル)」だ。これで、氷の結晶の中に閉じ込めればきっと。彼はそう考え、思い切り発動した。しかし、その発動は途中で打ち切られた。その粘体の触手が一気に彼の腕を叩き落とさんばかりに打ち付けた。彼は、そう言う様子があるのに気づいており、一応障壁を展開していたため、叩き落とされなくて済んだが、かなり大きいダメージだ。

「クッ…。厄介なものを作ってんじゃねえ…よ!」

彼は珍しく口悪く罵った。それと同時に、彼はすぐに治癒魔法を遣う。しかし、専門じゃないため、魔力の消費が大きくなってしまう。しかし、此処で使っておかないと、これから先魔法が発動できない。

「大地に満ちたる命の躍動、我の傷を癒せ」

彼は両腕に掛けた。そして、再び「極零氷殺」を発動し始める。今回は、詠唱文を言わずに行う短縮詠唱だ。

「極零氷殺!」

彼は叫び、粘体に向け発動した。今度は、かなり上手くいった。分厚い氷の壁に閉じ込められ、粘体の動きは止まる。彼は、その後すぐに氷で出来た斧「氷斧(アイスアックス)」を粘体に打ち付けようとした。しかし、ふり降ろそうとしたその瞬間にその斧が遠くに吹っ飛んだ。彼は驚いたように、飛んでいった方向を向いた。すると、そこには蓮が口元を三日月のように歪めて座っていた。

「蓮…!」

彼は唸るように彼の名を呼んだ。彼は、更にニッカリと口を歪めて笑う。

「面白くないじゃん?だって、僕の最高傑作がこんなにも早く君に砕かれるなんて」

彼はそう言った。彼の口調は劇に出ているようなそんな感じだった。その言葉や口調に湊は苛々している様だ。彼は再び氷斧を創り出した。しかし、二人が話している間に粘体は氷の壁を破壊し、再び湊に襲い掛かるべく、触手を伸ばして機会をうかがっていた。彼は、その触手を睨み付けると、斧を振るった。一気に、触手が落ちる。しかし、すぐに生えてくる。まるでギリシャ神話のヒュドラだ。彼はどうするか、急いで頭を回しているようだ。彼の考えるときの癖が出ている。その間にも、彼は斧を振るい、向かってくる触手を切り落とす。

 そして、やっと思いついたようだ。彼は、切り落としたその傷口を氷でふさいだ。すると、彼の思惑通りに触手は生えてこなくなった。

「反撃開始だ」

彼は、粘体を氷で覆っていく。段々と、動きが鈍くなってくる。そして、今度は冷気でその周りを包み込んでいく。周りは、ねっとりした粘液で覆われているため、段々と冷気によって冷やされ凍っていく。そのためか、動きが段々と鈍くなっていく。彼はそれをチャンスと受け取った。そして、今度は「氷槌(アクアマルテッロ)」を力いっぱい叩き込む。

――パリーン!

まるで硝子細工が壊れるときの音が部屋に響き、粘体は四散した。そして、黒い霧を上げて消えていった。すると、蓮はトンっと軽やかな音を立てて、床に立ち、演技じみた態度で拍手をした。

「流石だね、湊。僕が長い時間をかけて作り上げた最高傑作を此処までぶち壊してくれるなんて。本当、怒りを通り越して、嬉しく思うよ。さて、こうなったら、僕が直々に手を下さないと駄目みたいだね」

彼はそう言うと、手に大きな魔法陣を描き出した。

「さぁ、闇に飲まれて死ぬといいよ」

彼はそう言うと、魔法陣を床に叩き付けた。すると、叩き付けられたところには、大きな深淵が顔をのぞかせた。しかし、こんな修羅場を潜り抜けてきた彼にしてみれば、あまり混乱しない。彼は冷静に対処すると、反撃に転ずる。

彼は、さっき以上の冷気を発動させた。一気に空気が凍り付き、空気中にある水蒸気は氷の粒となって、はらりはらりと舞う。

「…此処から何をしたい…?」

蓮は呟くように言った。

「お前を一度気絶させ、逮捕する」

すると、蓮は軽く鼻で笑った。

「僕の事を気絶させられるかな?」

そう言うと、今度は湊に直接魔法を放った。湊は障壁を展開しようとするが、一瞬遅く蓮の魔法に当たってしまった。

「クッ」

彼は、小さく舌打ちした。しかし、何も変化を感じない。彼は少し安堵して、新たな魔法を発動する。しかし、魔法が出来ない。どうしてか、手元に魔力を集められない。湊は悔しそうに顔を歪めた。その様子を見て、蓮は嬉しそうに笑う。

「…引っかかったね。これは僕が作り出した魔法、『魔法(マヒア)封印(セリャド)』だよ。君は、もう、魔法は使えないよ!君はただ、僕の魔法に蹂躙されるだけだ!」

彼はそう言うと、湊の足元に再び大きな深淵を具現させた。それは、かつての戦いの時、まるでゴミ箱のように使ったあの深淵だ。彼は、急いで脇に飛び退ける。

「チッ」

彼は、ベルトに挿しておいた特殊警棒を手に取る。もう、こうなったら実力行使しかない。特殊警棒を振って伸ばすと、そのまま蓮に向けて振り上げた。

――カツーン!

そんな音が部屋の中に響く。連は一瞬で障壁を展開したようだ。警棒と障壁がぶつかり合う。蓮は障壁に魔法をつぎ込み、具現させた深淵を閉ざしていく。湊は、警棒に折れんばかりの力を込める。二人の力がぶつかり合う。

 湊が押し切った。そのまま警棒は鈍い音を立てて腕に当たる。

「ウッ」

彼はそう呻くと、腕を押さえた。彼はそこをチャンスととらえ、蓮の腕をつかむ。

「…帝京に対する破壊計画で逮捕する」

小さく呟くと、腰につけていた魔封石の手錠を蓮の細腕に掛けた。


<第八章>

 「ふぁ~ぁ…」

私は寝台で大きな欠伸をした。今日は木曜日。本来なら学校なんだけど、今日は特別に休みをもらった。

「…さて、魔力もまだ回復し切ってないわけだしね…。とりあえず、提出物を終わらせることにしよう」

私は、鞄の中から課題を取り出そうとするが…。

「…ない…!?…忘れて来たぁ~~~~~~!」

この絶望感はヤバい。これ、提出不可能だ…。翔に借りてみようかな。まぁ、今、あいつ寝てるし。あとで、借りることにしよう。私は、再び寝台に倒れこむ。なんもすることないし、どうしようか…。あ、そうだ、文化祭用の小説でも書くことにしようかな。私は、棚から自分のパソコンを取り出す。そして、パソコンの中にため込んである音楽を掛ける。今回は、かつての図書館跡にあったというCDと呼ばれるものの中に入っていた曲を流すことにする。何だか、こういう魔法が出来る前にあった音楽を聴いていると、ぼんやりと世界観が見えてくることもあるわけで、私はその曲を掛け乍ら、小説を描く。今、本当満ち足りた気分だ。

 一人、満ち足りた気分で楽しんでいると、下の階から呼ぶ声が聞こえてきた。

「美桜~」

「…あ、は~い!」

私は、ドアの方に向かって返事をする。そして、小説を保存すると、下の階へ降りた。


 下の階ではパンケーキが六つ並んでいた。

「…おやつ?」

私が問うと、家の中で一番の甘党、湊が答えた。

「まぁ、昨日の捕り物で消耗した魔力の回復だね」

「はぁ…」

私は頷く。そして、自分の定位置に座る。


 「さて、お疲れ様でした!」

湊が嬉しそうに言う。

「…お疲れ様だね~。今回はなかなかきつい戦いだったけど、よく頑張りました~!」

麗奈が笑いながらまるで他人事のように言う。まぁ、確かに治癒魔法の遣い手であまり戦いには参加していなかったけど…。

「さて、甘味を愉しんでいる途中で悪いが、あの後の話を此処で報告させてもらう」

湊が任務の時の厳しい口調で言う。

「…まずは、美桜からの情報で地下街の古書市を他の班が調べてくれた。それで、一応禁書の方は何冊か手に入れ、禁書の売人は取り調べたが、何処から手に入れたかを全く話さない。そのため、明日からそこを重点的に問うことにする。二つ目、彼の部屋にあったあの拷問具のミニチュアや実物だが、それは彼が個人的な趣味で集めたものだという。だから、深く考える必要はなかったな。それから、最後だ。上官からだが、『今回の捕り物、ご苦労だった。帝京の崩壊を阻止したということと聴いているが、流石だったな。これからも頼む』以上だ」

湊は淡々と語った。私は、その言葉を一応頭に叩き込みつつ、今書いている小説の展開を考える。

「それから、美桜と翔だが、今週は学校を休みにさせて貰った。曽於間にしっかりと、魔力を回復しておけ。と言うことだな。以上」

…終わった。さて、あと四日?あるから、ゆっくりしよ~。私は、ふわふわと考えながら、甘い甘いパンケーキを口に運ぶ。今回は、自分でもかなり頑張ったと思う。まぁ、この四日間は自分のやりたいことをやって過ごすことにしよう。


 いかがだっただろうか。これで、私がかかわった事件の全てだ。またこんな事件が起きないことを祈ってこの話を終わりにする。

 また、機会があったら何処かで逢いましょう。




 書いててとても楽しい小説でした。主人公のモチーフを自分にしてみたことで、中々書きやすかったですね。今回はその作品の一作目と言うことで、これからも新たな物語を作り上げていきたいですね。

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