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お馬鹿コメディ短編集

ヤキモチ焼きと焼き餅焼き

作者: 湯気狐

とあるキッカケにより、小説にしたいと思い付きで書いたお馬鹿短編六作目です。

今までのようにくだらない話ではなく、「こいつら……」みたいな感じに思うのではないかと思います。


では、それを了承した上でお読みください。

「やっほ~。ほら朝だよ、早く起きて~」


 眠い。恐ろしいくらいに眠い。もしこのまま無理に起きてしまったら、眠気という病のせいで倒れてしまい、永久的なコールドスリープにかかってしまいそうなくらいに寝不足だ。


 平日は控えようと毎度心掛けているというのに、どうしてもこの衝動が抑えられないから困ったものだ。まぁ、好きでやってることだから後悔はしていないんだが。


「もう……早く起きてってば! これで遅刻したら貸一にしちゃうからね?」


 いつもの朝。彼女は毎朝必ずこの部屋にやって来る。ほぼ密着しているベランダから勝手に侵入してきて、奴は俺の親の暗黙の了解を得て飽きもせずに世話をやいてくる。


 いや別に嫌だとは思っていない。むしろ喜ばしい現実だ。ムーンサルトした後に華麗なストリップアクションに及んでも良いと思えるくらいに清々しく、そして何だかんだで癒される。


 そりゃそうだ、物心ついた時からずっと一緒にいるんだし、ここまで長い付き合いになってくると恋愛感情の一つくらい沸いてもおかしくはないだろ。


 その好きな娘。しかも幼馴染という設定を持っている奴が自分から世話をやきに来てくれるんだぜ? 喜ばない方がどうかしてんだろ。


「全然起きる気配は無し……仕方無いなぁ。だったらここは強行手段に出るしかないよね」


 眠いのは事実だが、遅刻すると分かったら起きられる状態である。でも今はまだ余裕があるので、こうして彼女が何をするのかを毎回見物するのが俺の日課だ。他の野郎共が聞いたら『贅沢な日課だな死ねよ』と言ってくるに違いない。


「……やっぱり昨日もこれをしてたんだ。控えないと駄目だっていつも言ってるのに全くもう……」


 呆れの溜め息を吐きながら、彼女は俺の部屋の隅に放置されている“とある道具達”の一つを掴み取った。すると否や、


「これは燃えないごみで良いのかな……どうなんだろ?」


 等という暴言を吐きやがった。


「ちょっと待て海乃みのゴラァ!!」


 そして気付けば、俺の身体はそれらに引き付けられるように起き上がり、彼女――海乃が手に持つトングを取り返した。


 クソッ、いつもなら優しげな行動のあれこれに及ぶくせに、俺の命の次の次の次辺りに大事な道具達に手を出すなんて……。


「ふむふむなるほど……餅焼き道具関係は効果適面なんだね。今度から毎回そうしよっかな~?」


「止めて! お前のしているそれは、我が子にお母さんのブラジャーのデザインを自慢しているくらいの暴挙だぞ! 正気か!? 正気なのか海乃!?」


「私はいつも通りに正気だよ。というか、正気じゃないのはみなとの方だと思うけど?」


「そんな……止めてくれ、照れるだろ……」


「ぷっ……褒めてないってば」


 小粋なジョークにくすりと笑ってくれる海乃。くっ……相も変わらず清純系黒長髪少女か……写メにしたろかその笑顔!


「やれやれ……昨日もお餅焼いてたの? 夜食は太るから良くないんだよ?」


 そう言いながら、俺が愛用している餅焼き道具の一つを指で突っつく海乃。


 海乃の言う通り、俺は昨夜に自分の部屋にて餅を焼いていたのだ。何故なら、それが他でもない俺の趣味だからだ。


「別に俺の勝手だろーがよ。それに俺は“誰か”と違って太らない体質だし、何も問題は――悪かった! 俺が全面的に悪かったからトングを折ろうとしないで!」


 間接的な物言いであれど、女子にとって体重話はNGワード。それは海乃も例外ではないようで、そのストレスを全てトングに放とうとしたくらいだ。非力な奴なはずなのに、逆鱗とは恐ろしい高ぶりスイッチだな。


 というか、別に海乃だって俺と同じで太らない体質みたいだし、その栄養分は胸の方にいっているとか何とか。聞いた話、海乃のBは90近くあるとか……。日にちが過ぎるにつれて、俺の身近じゃ精神破壊兵器が製造中だ。男として、居ても立ってもいられないぜ!


「それで、昨日はどんなお餅を焼いてたの?」


「ん? いや、昨日は未知の味の探求はしてねぇよ。シンプルに砂糖と醤油ぶっかけて食べてた」


「え? ならなんで呼んでくれなかったの~!?」


「いやお前寝てたし。つーか、夜食は駄目とか言ってたさっきの発言の効果は何処いった?」


 海乃は甘い物が好きなスイーツ系女子だ。だからこそ、砂糖というキーワードに弱い。食べるものは餅なれど、味は甘いものだから誘って欲しかったらしい。


「私思うんだ。法律や常識に捕らわれていたらいつまで経っても成長なんてできやしないんだって……」


「格好良く聞こえるけど、都合良く解釈してるの丸見えだかんな?」


「う、うるさいな~! たまには良いでしょ別に! 私だって我慢せずに好きな物を沢山食べたい時があるんだよ~!」


「開き直ったな。軽く脆い女ですね海乃さん。最近の若い奴は精神的にやわっちぃからいけねぇや」


「……明日からは自力で起きられるよね?」


「じょ、冗談だって! 軽くなく、我が強く、それでいて優しい心を持ち合わせてるって海乃は! うんうん! 魅力的でたまらねーよ! なぁ!?」


「そ、そんなに褒めても何もでないからね? お世辞だって分かってるんだから……」


 とか何とか言いながらその表情は満更でもないご様子。ふっ、この程度の言葉で機嫌を直すとは単純な女だぜ……。


 まぁ、その単純で純粋なところも可愛いんだけどな! 更に惚れ直してしまうわっ!


「って、もうこんな時間!? ほら~! 湊が無駄にふざけてるから余裕が無くなっちゃったでしょ~!?」


「ん? あぁ、そうッスね」


 気付けば時刻は八時を過ぎていた。確かにこのままだと全力疾走でもしない限り遅刻は免れないだろう。


 ……だが、それを心配するのは全くの無意味。目も覚めたことだし、そろそろネタバラししてやろう。


「……時に海乃よ」


「な、何?」


「今日は何の日か知ってるだろうか?」


「え? 別に特別な日ってわけじゃないし、平日だよ?」


 やっぱりか。いつも通りに平常進行だな海乃さんや。


 俺はニヤニヤと憎たらしい笑みを浮かべ、朝飯の餅を焼く準備を始める。


「今日は振り替え休日で学校は休みだ。だからどれだけ眠ってても本当は良かったんだよ」


「…………え゛っ?」


 前のホームルームの時に先生が言ってたんだが、確かあの時の海乃は何かを作ることに夢中になってて聞いてなかったっけか。とんだ困ったちゃんだぜ。


「な、何でそれをもっと早く言ってくれなかったの~!?」


「顔を真っ赤にして羞恥心に溺れるその顔が見たかったから」


「さ、最低! この捻くれ者! 餅オタク! バーカバーカ!」


「高校生の物言いなのかそれ……?」


 今、七輪の上でぷっくりと膨らむ餅のように海乃の顔が真っ赤になる。同時に俺の背中を何度も叩いてくるのが地味に痛い。話を聞いてなかった海乃自身が悪いというのに、横暴な奴だぜ。


「そう怒るなって。ほら、醤油に砂糖多めに混ぜた餅食わせてやっから」


「食べ物で釣られる程、私は安い女じゃないもん!」


 口ではそう言うものの、しっかりと餅は受け取っている。ギャーギャーと喚きながら素直な行動を取るその姿を見ていると、なんだか微笑ましいと思える。


 マジで可愛い奴だなぁ……彼氏がいないのが不思議でならねぇぜ。まぁ、そんな奴がいたら今の俺は廃人になって朽ち果ててるだろうがな。


 一目見た頃から続いている片想い。この想いが実る日は来るんだか来ないんだか……。


 い、いやいや弱気になるな俺! なんなら今日こそ気持ちを伝える覚悟を持っても良いんだぜ!?


「ふぅ……甘い物を食べる時ほど、至福と感じる時ってないよね。湊もそう思うでしょ?」


「っ……そ、そうだな」


「?」


 だ、駄目だ! このキョトンとした顔を見るだけで満足してしまう俺がいる! 癒された顔で餅を食べるところなんてもう、見ているだけでお腹一杯だわ! 甘い物を食べることなんかより、今この瞬間が俺にとっての至福の時だっつの!


 仮に、俺が海乃に告白したとしてだ。それで「え? それはちょっと……」みたいに引かれて断られたらどうなる? もう二度と朝には起こしに来てもらえないだろうし、こうして一緒に餅を食べる機会も無と化すだろう。


 うわっ! 想像するだけで死にてぇ! そうなったら俺の精神は確実に崩壊するわ!


 こいつは……海乃はどう思っているんだろうか? 俺は海乃のためなら死んでも構わないくらいに好きだが、海乃の方は俺のことをどういう風に見ているんだろう?




~※~




 私にとっての至福の時。甘い物を食べている瞬間だと言ったけど、それは全くの間違い。


 本当は、今こうして湊と一緒に餅を食べたり……ううん、一緒に何かをしているこの一時ひとときがそう。


 今日が振り替え休日だってことくらい分かってた。でもそれだと湊に会う口実が無かったし、私はこうしてとぼけたフリをして起こしに来た。


 湊にはきっとまた「気の抜けた野郎だな……」なんて思われてしまっているかもしれないけど、結果的には拒まれることなく一緒に居させてくれるから良かった。ずっと昔からそうだけど、やっぱり湊は優しいなぁ。


 口が悪いところがあるし、私をからかうためにわざと憎まれ口を言って来る時があるけど、それでも最後には仲直りの印として優しくしてくれる。それが私の唯一の幼馴染の湊という男の子。


 そして私は――そんな湊に小さな頃から片想いしてる。


「さーて、誰かさんのせいで朝早く目覚めちまったことだし、今から未知の味でも求めようかねぇ」


「え……また下手物を生産するの?」


「下手物言うんじゃねぇ! 稀に希少価値を産み出す旨味が誕生する時だってあるんだぞ!」


「稀にってことは、基本は下手物しか産み出せてないんだね……」


「べ、別に良いじゃん! 好きでやってることなんだから別に良いじゃん!」


 湊はなんというか……麻薬を求める麻薬中毒者のようにお餅に依存しすぎているところがある。


 子供の頃から餅が好きで好きで堪らなくて、おばさんに「何のお菓子が食べたい?」と聞かれてたら「わらび餅!」という、渋い答えばかり言っていた記憶が鮮明に残ってる。


 好みは人それぞれだから文句を言うつもりはないし、言われる筋合いもないんだろうけど……湊はもっと他のものを好きになった方が良いと思う。


 た、例えば……その……。


「っ~~~!!」


「どした海乃? そんな首振ってたらヘルニアになんぞ。それともパフォーマンスアーティストになるための一歩を踏み出し中か? なら俺は何も言うまい……」


 な、ななな何を考えてるの私!? 端から見たら痛い女だよ私!? 例えば何!? 調子乗りすぎだよ!


 夢の見すぎ……そう、これは夢の見すぎだよね。湊が私何かを好きになってくれるわけなんて無いし……。


 ……って、駄目駄目駄目! 何諦めモードになってるの!? 近々告白するって決めたでしょ!?『この片想いを両想いにしてみせるんだから!』って意気込んでたでしょ!?


 ……でも、湊に想いを伝えて「は? いやいや思い上がるなよお前? 鏡という存在知ってるか?」みたいなことを言われたりしたら……十中八九、私は廃人になって身も心もそこにあって無いような存在になると思う。


 だって、もしもフラれてしまったら私達の関係に亀裂が生じて、こうして一緒にお餅を食べるどころか、二度と会えなくなって疎遠に……。


「…………ぐすっ」


「っ!? な、なんで泣いてんだ!? わ、悪い! 今の冗談に悪意は無かったんだが、何か癪に障ったって言うならマジですまん!」


「あっ、ち、違う違う! このお餅があまりにも美味しくて感動しちゃっただけだよ!」


「そ、そうか……なら良いんだけど……」


 ついうっかり外に感情が漏れちゃったみたい。でもそれだけ湊と一緒にいられなくなるのが嫌だってことだよね……こんな感じでどうするんだろ私……。


 依存し過ぎて怖いとか思われたらどうしよう……あぁ駄目駄目駄目だよ! 考えれば考えるほどネガティブなことばかりが思い浮かんできちゃう! 弱気になったら駄目って常々思ってるのに!


「あっ……あー! そういえば最近聞いた話なんだけどな? 一組の当部と三組の霧島がカップルになったんだって。海乃知ってたか?」


「え? そうなの? 初耳だよ私」


 うぅっ! 気を遣ってくれてるよぉ! ごめんね湊……でもそんな優しい君が私は大好きだよ! でもそう言えないのがこの現状っ! 酷い! 酷いよ! 現実って残酷だよ!


「何でも、その二人は昔馴染みで今でも仲良かったらしいんだが、当部の野郎が無い知恵振り絞ってデートのプランを立てた後、観覧車の中で告白したんだと。そしたらまさかの両想いだったみたいで、見事ハッピーエンドを迎えたらしい」


「そ、そうなんだ……羨ましいなぁ……」


 昔馴染みの二人がカップルか……凄いなぁ当部君。関係が壊れるかもしれないことを恐れていたと思うのに、勇気を出して告白したってことだよね。


 良いなぁ霧島さん……きっと凄く嬉しかったんだろうなぁ……。


 ……湊はどう思ってくれてるんだろう。私は大好きって断言できるけど、湊は私のことをどう見てくれてるんだろう……。




~※~




 よりにもよってなんつー話題を持ち出してんだ俺はぁぁぁ!?


 何か雰囲気が気まずくなったから話を持ち出さないとと考えたものの、出てきたのが幼馴染達による恋愛劇。これじゃ俺が海乃を狙ってる感丸出しじゃねーか!


 大丈夫なのかこれ? 『え? 湊もしかして私のことを狙ってる? うわぁ……キモッ』とか思われてないよな? 大丈夫だよな? 海乃がそんな辛辣なことを思うはずないよな!? ねぇ教えてよ神様!!


 だってしょうがないじゃんか! 今さっきの海乃のあの涙が感動の涙じゃないことくらい分かってしまったんだもの! アレはそう……フラれた後に流すような類いの涙だった!


 ……って、あれ? フラれた後の涙? ま、まさか海乃――誰か好きな人がいて、勇気振り絞って告白したらフラれたみたいなことが最近あったりしたのか? そして今のそれは、その時のことをふと思い出しての涙だったり……?


 そんな……もしそれが本当のことだとしたら……悲しいけど、それ以上に海乃のような可憐な女の子をフりやがった何処ぞのクソ野郎に殺意が芽生える。


 あっ、駄目だ許せねぇ。これは探りを入れて名前を導き出すしかないな。その野郎、必ず俺の手でミンチにしてやらぁ……。


 と、とにかくだ。どういう風に話の流れを持っていこうか……。


「……そ……それで思ったことがあってな?」


「思ったこと?」


 不幸中の幸いか、今の話は丁度恋愛における話。つまり、この流れを利用してそっち方面の話をしても自然に受け答えしてくれる……はずだ。


「え、えーとな……そういや海乃って好きな奴とかいんのかな~? みたいなことを思って――」


「ぶふっ!!?」




~※~




「うぉっ!? ど、どうした海乃!? 大丈夫か!?」


「だ、だだだ大丈夫大丈夫。ちょっと餅が変に口の中にへばりついちゃっただけだから」


 いやいや全然大丈夫じゃないよぉ!! 意味の分からない言い訳言っちゃってるし、内心も今の湊の発言で動転しちゃってるし、もう何がなんだか混乱しちゃってる!


 好きな人って! 突然好きな人って! そんなの湊に決まってるよ! でもそんなこと言えるわけない! だったらなんて答えたら良いの!?


「で、実際どうなんだ? その……いるのか? 好きな人……」


 目の前ぇ!! それは私の目の前だよぉ!! 言いたいのに言えないこのもどかしさ!! 酷いよ! あんまりだよこんなの!


 ど、どうしよう……もしここで好きな人がいると言ったとして、そこに誤解が生まれて私が湊以外の人が好きっていう勘違いなんかされちゃったら嫌だし、でも言わなきゃ言わないで私の想いはいつまで経っても伝わることがないだろうし……。


 何かないのかな!? 何か良い言い方はないのかな!? 考えて私ぃ! 今こそ、今まで培ってきた恋愛法が書かれていた雑誌の知識を活かす時!


「そ、その……い、一応いるにはいるよ……?」


「……どんな奴か聞いても?」


 な、なんだろう。湊から凄い殺気を感じるような? 気のせい……なのかな?


 ……って、なんて言ってる場合じゃない! 言うんだ私! そう、密かに私の想いが伝わってくれる言い方で!


「えっと……その……そ、その人は特殊な趣味を持っててね? それと、いつもはだらしないところがあるけど、一緒にいて楽しくて、凄く優しい人で……」




~※~




・『特殊な趣味を持っている』

・『いつもはだらしないが一緒にいて楽しい』

・『凄く優しい人』


 これらの情報から考えてみたところ、俺はその答えを導き出してしまった。


 そんな……まさか……そういうことだったのか海乃? だとするとお前は……。


 こんなことって本当にあったんだな。マジで信じられねぇぜ……。


 海乃……お前が……お前が好きな人って――









 ――当部だったのかっ!!


「うぅっ!」


「み、湊?」


 あいつは確か、牛乳瓶を集めるという変わった趣味を持っていたし、生活面にだらしないとも聞いた。でも野郎共からの評価は『優しくて良い奴』とのこと。


 つまりはこういうことだ。海乃は当部のことが好きだったが、当部は昔馴染みの霧島と付き合ってしまったことにより、想いを伝えることなく失恋してしまった。


 俺は海乃をフりやがった野郎が許せないと言ったが……それは大きな間違いだった。こんなの誰も責めることなんてできないじゃんかよ……。


 こんな時、俺は海乃になんて言ってやれば良いんだろうか……?


 元気だせよ? 次の恋に向かって頑張ろうぜ? それが人生ってやつだ? いやいや、どれもこれも皮肉のようにしか聞こえない。これじゃ逆効果になって海乃に嫌われてしまう。


 でもだからって放っておくことなんてできやしない。そっとしておいた方が良いのかもしれないが、傷付いている海乃を見続けるのは我慢ならねぇ。


 海乃が他の人のことを好きになっていたことに関しては……まぁ、傷心旅行にでも行って泣き喚くことにしておいてだ。やっぱり好きな女の子、ましてや幼馴染にはずっと笑顔で幸せになってもらいたい。


「うーむ……俺にできることか……」


「湊? さっきからどうしたの? 急に身震いしたり、今度は悩んだりしてるようだけど……」


「ん……ちょっと考え事だ」


 にしても凄いな海乃は。フラれたってのに、今もこうして何事も無かったかのように冷静さを保ってやがる。本当は失恋のショックで泣き叫びたいだろうに、なんていう強い精神の持ち主なんだろうか。


 俺だったら……俺だったら熱い抱擁と共に全てを受け入れてやるのに! でもそれは叶うことなき幻想だ! まやかしだ! 夢物語だ!


 と、とにかくだ。失恋に触れず、さも自然に海乃を癒せる方法はないだろうか? 例えば、海乃が行きたいところに連れていってやるとか。


「…………おぉ! それだそれ!」


「ど、どれ? ホントにさっきからどうしたの湊?」


 そうだよ何で気付かなかったんだよ俺! 一体何のために金を貯めたりしてたと思ってんだ! 全ては海乃一人のためだろーが! 今こそ、海乃のために一肌脱ぐ時なんじゃねーか!




~※~




「行きたい場所……いやそれだけじゃ足りねぇ。物を買ってやったり、旨いものを食べさせたり……よしよし良いぞ! 冴えてるじゃねーか俺!」


 どうしよう……私が変なことを言ったせいで湊がおかしくなっちゃった……。


 やっぱり好きな人がいるなんて言わなきゃ良かった。いや、もういっそのこと湊のことが好きって言えば良かった。そうしたらこんなことには――ううん、どちらにせよ湊が暴走しちゃうよね……そして私も暴走するよねきっと……。


 でも急にどうしたんだろう湊? いきなり好きな人のことを聞いてくるなんて……ま、まさか湊に何かしらの恋愛事があったとか?


 そ、そんな……違う違う! 絶対違うもん! だって湊も自分で「モテない自分が嫌で仕方ない」ようなことを言ってたもん! そんなことあるはずが……ないと思う。


「な、なぁ海乃。お前今日何か予定とかあるか?」


「えっ!? よ、予定!?」


「お、おう。用事があるなら無理なことは言わねぇけど――」


「ないない! 何にもないよ! もう何も無さすぎて誰も極めたことのない謎な何かを極めようとしてたくらい!」


「そ、そうか。努力家だな海乃は。まぁ、何もないなら良かった」


 予定空いてるかって……も、もしかしてそれってそういうことなのかな? そんな夢みたいなことがあるのかな?


「そ、それで? どうしてそんなこと聞いたのかな?」


「あ~……その……なんだ……もし良かったら何処かに出掛け――」


「行く! 絶対行くよ!」


「おぉう……即答かい」


 ヤバいどうしよう! ま、まさか湊からデ……デートのお誘いをしてくれる日が来るなんて! あぁぁぁ! 顔とかニヤけちゃってないよね私!?


 でもやっぱり嘘までついて湊を起こしに来て良かった! 少しでも積極的に行動するって大事なことなんだね! ありがとうあの時の雑誌情報!


「っ~~~…………ん?」


 アレ? でもこれって本当に素直に喜んで良いのかな? 湊がデートに誘ってくれたことは紛れもない事実だけど、本当にデート目的で私のことを誘ってくれたのかな?


 だって、こんな突然私をデートに誘ってくれたことがイレギュラーな事態だし、今になってよく考えてみると何か裏があるとしか思えない。


 ……ま、まさか湊って……もしかして――










 ――好きな女の子ができたってこと!?


「うぅっ!」


「えぇ!? ど、どーした海乃!? なんだ!? 何かあったのか今!?」


 そう考えると納得がいっちゃう。だって、もし湊に好きな女の子ができたとしたら、どうやってお近づきになれば良いのか分からないって言うだろうし……。ならデートの練習相手として相応しいのは他でもない、変に気を遣わなくても良い幼馴染の私くらいしかいないと思う。


 でもそれを私に言わないのは、私に真意を知られて怒らせたくないってことなんだと思う。一応私も女の子なんだし、その考え方は失礼とか思ってるのかもしれない。


 そっか……湊、好きな女の子ができたんだね……。


「…………(ぷるぷるぷる)」


「っ!!? 海乃!? おまっ……んんっ!?」


 お願い! お願いだから今は泣かないで私! 私の都合で泣いてる姿なんて湊に見られたくないよ!


 でも……やっぱり辛いなぁ……いつかこの時が来ちゃうんじゃないかって気にしてたけど、まさかそれが今日やってくるなんて……。


 ……辛い。凄く辛いけど……それでも私は湊が笑ってくれるなら……私の些細な力添えで湊が幸せになれるなら……力になってあげたい。


 だって、私の一番の願いは、湊が幸せになってくれることだから。


 今はまだ泣かない。泣くのは湊の恋が成就した時。そしたら私の鬱憤が晴れるまで泣き続けよう。


 うん、そうだよ! 今は泣いてる場合なんかじゃない! 湊のために頑張らなくちゃ!


「それじゃ、出掛けるのはお昼の一時からで良いかな?」


「良いけど……本当に良いのか!? 本当は嫌なんじゃないか!? 嫌なら嫌って言ってくれぇ!!」


「お、落ち着いてよ湊。別に嫌じゃないし、むしろ一緒に出掛けるの久し振りだから楽しみだよ私」


「そ、そうか……でも本当に嫌だったら言えよ!? 俺なんかの都合を気にしなくて良いからな!?」


「だ、だから大丈夫だってば~。リアクション激しいってば湊」


 笑顔でいないと。湊が困らないように、この笑顔を保たないと。


 大丈夫だよ湊。貴方の恋はきっと成就するよ。例えその相手が私じゃなかったとしても、優しい湊ならきっと……。




~※~




 そしてこの後、海乃は自分の部屋に戻った。それから約束の時間前の二人のご様子はというと――


「泣いてたよ!! やっぱり失恋が堪えてるよアレ!! くそぅ! 待っててくれよ海乃! お前の傷付いた心はこの俺が完全完治してやるからな! お前には幸せになってもらわないと俺が納得いかねぇからな!!」


「デートの予行演習なんだから、きっとプランは湊が考えるんだよね……。私だったら湊が一緒の時点でもう満足だけど、相手の女の子はそうはいかないよね。むぅ……贅沢だよその女の子! ていうか、湊が好意を寄せてるんだから、もしこれで湊のことをフッたりしたら許さないんだから! 湊の想いを成就させるためにも頑張らないと私!」




 とりあえず、御両人共々面白いことになっているのだった。

というわけで、お互い勘違いしてしまったままデートすることになったもどかしい馬鹿共。この続きはどうなるのか……。


期待してくれた方にはご安心を。ちゃんと完結続編は書きますので、少しの間お待ちください。


では、6.5作目の次回まで御機嫌ようです。

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