表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

取り立て



 彼は氷水でボールを冷やしながら、生クリームをかき混ぜていた。

 頃合いを見計らって話しかける。


「終わりました」

「あっそ。お前さ、制服は?」

「あ、まだです」

「じゃあ、これから用意するから待ってな」


 待っている間、興味深そうにあたりを見渡した。

 一人ひとりが役割を担っているらしい。

 オーブンを扱う人、カスタードを作っている人、生クリームでケーキを作っている人。

 航平の胸は高鳴り、興奮した。

 自分にもどれかやらせてもらえるかもしれない。


「おい、行くぞ」

「は、はい」


 呼ばれてついて行く。

 ロッカールームに入り、ここで着替えろと少しくたびれた制服を手渡された。


「前の奴が使ってたやつ。お前、使え」

「は、はい」


 ちょっと臭う。


「帽子はこれな」


 白い帽子を渡される。


「後はシェフに聞け」

「分かりました」


 着替えを済ませ、事務所の戸をノックした。返事がない。


「シェフ…?」


 そっとドアを開けてぎくりとした。男が三人、拓巳を取り囲むようにして立っている。


「拓ちゃんっ」


 思わず中へ飛び込んだ。


「誰だこいつ」


 眉下を剃った男が航平を睨みつける。

 腰が引けたが拓巳に近寄った。


「じゃあな、困ったらすぐに連絡してくれよな」


 拓巳の頬を撫でてから、男たちが離れた。

 航平は拓巳にしがみついた。


「だ、大丈夫?」

「航平、今見た事は誰にも言うなよ」

「今の人たち何なの?」


 拓巳はそれには答えずにふうっと大きく息を吐いた。


「くそっ」


 口から汚い言葉が発せられる。航平は手を離した。


「金、借りてるんだよ。やつらから」

「そ、それってヤミ金とかいうやつ?」

「まあな」

「は、早く返さなきゃ」

「返せるわけねえだろ。一千万以上あんだから」


 一千万……。航平は呆然として拓巳を見た。


「な、何でそんな大金……」

「見ての通り赤字だよ。経営が追いつかなくて家賃払えなくてさ、金借りるしかなかったんだよ」

「じ、陣には?」

「言ってない」

「どうして? 陣なら何とかしてくれるんじゃないの?」

「あいつが取り立てに来てるんだぜ」

「え―――」


 航平は言葉を無くした。


「あいつが勤めている銀行に金を借りてるんだ。毎月、十五万払わなきゃいけない。けれど、滞納しているから。ヤクザに追われ、恋人からも金の無心に迫られて、不幸だと思わねえ?」


 拓巳は自嘲気味に笑ってソファに寝転がった。


「ああ…もうどうでもよくなってくる」


 投げ捨てられたセリフにくらりとする。

 目の前の男が幼なじみの拓巳だとは思えなかった。


「だめだよ…。そんな投げやりな事言ったら。だって、従業員たちはどうするの? お給料は?」

「払ってやるよ」


 拓巳は急に声を荒立てると、目の前にあった雑誌を投げつけた。


「十万でも二十万でも幾らでも払ってやるから、今すぐ目の前から消えろっ」


 航平は慌てて部屋を飛びだした。

 今の話をきちんと分別して、組み立てなきゃ。

 深呼吸をする。

 拓巳はおそらく軍資金として、銀行からお金を借りた。

 毎月の支払いが十五万。

 それを滞納してしまったから、銀行員である陣が取り立てに来ている。

 そう言っていたのだ。陣はヤクザなんかじゃない。絶対に違う。

 ヤクザはヤミ金業者の連中だ。

 一千万という金額が銀行へ返すお金なのか、ヤミ金業者に借りたお金なのかは分からなかったが、どちらにしろ、拓巳には多額の借金がある事が分かった。


「どうしよう……」


 航平はへたり込んだ。

 自分だけではどうしようもない。


「おい、航平っ」


 いきなりドアが開いて拓巳が怒鳴る。


「陣には言うなよっ」


 拓巳の迫力に航平は何度も頷いた。

 切羽詰った男の顔は醜く歪み、拓巳は何をするか分からないほど緊迫した雰囲気を出していた。

 ドアが閉まって、航平はため息をついた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ