最後
病室を後にすると、廊下に拓巳が立っていた。
「拓ちゃん…」
「陣は?」
「大丈夫。拓ちゃんは平気?」
「ああ」
拓巳は小さく呟くと、ちょっといいか、と航平の肩を抱いた。
「う、うん」
航平と拓巳は病室を離れると庭へ出た。
澄み切った青空が広がっている。
「航平…。陣の事、まだ好きなのか?」
「え? あ、うん。でも、言ってないよ」
「それ、言わないで欲しいんだ」
「え?」
航平は息を呑んだ。
「これから陣に本当の事を全部話すよ」
拓巳の口が動くたびに、航平は耳を押さえたくなった。
「俺とお前が異母兄弟だって事、陣に話す」
「分かった。いいよ」
「俺と陣は、東京へ出てきてすぐに恋人の関係になった」
航平はショックのあまり声が出ない。
「俺たちは愛し合っていると思っていた。でも、陣が言い出した。俺とお前がダブって見えるって。俺の顔を見ると、お前を思い出して辛いって言うんだ」
「え?」
「当然だよな、血が繋がっているんだから」
拓巳が笑って言った。
航平は笑い返せなかった。
「俺たちの前から消えてくれ」
それだけ言うと拓巳は背を向けて行ってしまった。
夜行バスを予約して、片道切符を買ったらお金は一円もなくなっていた。
貯金通帳の残りと食費と書いた封筒に入れて、陣のアパートに置いてきた。
東京駅にバスが到着した。乗り込む時、足が止まった。
「ちょっと、早く行ってくれる?」
後ろから急かされて航平は我に返った。
「す、すみません」
大急ぎで階段を上がり、自分の席に坐る。
隣には誰も坐っていない。
カーテンを開けて東京の街を眺めたが、タクシーと大型バスばかり見える。
再び前に向き直って、頭を座席に押し当てた時、ツンと鼻が痛かった。
陣にお礼を言っていなかった。
一緒に暮らしてくれてありがとう。
優しくしてくれてありがとう。抱いてくれてありがとう。
泣き顔ばかり見せていた気がする。
もう、会えないのだと思うと、涙が止まらない。
「陣…っ」
バスが走り出す。
最後に声だけでも聞きたかった。




