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大金



「おら、行けよ」

「待って、陣を自由にして。俺が戻るまでは何もしないって約束しろっ」

「約束? めんどくせえな」


 男はそう言うと、ポケットから手錠を取り出した。


「名取さん、何でそんなもの持ってんスか?」


 金髪男が目をきらりと光らせた。


「女が逃げそうになると、これ使うんだよ」

「うわ、それ楽しそう。俺もやってみようっと」


 名取と呼ばれた男は、陣を手錠で繋ぐとテレビをつけた。

 この場に不似合いなほどのんきなCMが流れ出す。


「今日の夕方、五時だ。それまではこいつには何もしねえ」

「絶対だぞっ」

「心配すんな」

「約束を破ったら、金を持っていても渡さないっ」

「あるんならさっさと取って来いよ。お前がぐずぐずするからこいつが苦しむんだろ、全部てめえのせいなんだろ」


 航平は言い返せなかった。


「早く行けよ、時間がなくなるぞ」


 航平は唇を噛み締めると陣の傍に寄った。


「航平……、俺の事は……」

「陣、待ってて。必ず戻ってくる。信じて」


 陣は答えなかった。

 何か言って欲しかった。だが、一刻の猶予も残されていないのだ。

『ブリュレ』を飛び出して、公衆電話を探した。震える指で覚えている番号を押す。暫くコール音が続いてから、プッとそれが消えた。


 相手は無言だった。


 航平は声を絞り出した。


「ね、姉ちゃん……」

「航平……?」


 背後ではやかましい音が鳴り響いている。

 また、パチンコ屋に行っていたのだろう。ジャラジャラと玉が流れる音がしていた。


「あんたっ。どこにいるのっ?」


 久しぶりに聞いた怒声。

 すぐには声が出ない。

 姉は移動をしたのか、パチンコの音がしなくなり急に静かになった。


「何よ…。泣いてんの?」


 呆れたような声が懐かしかった。

 どしどしと家の床を鳴らす足音。誰よりも太くたくましい腕。


「姉ちゃん…お金貸して……」


 姉が息を呑んだのが分かった。少しの間、無言でいたが、


「……幾ら…?」


 とお腹のそこから唸るような声で答えた。


「一千万」


 グェッとかえるを踏み潰したような声がした。


「何それ……」


「お願い…します。お金…貸してください」


 航平にはもうそれ以上の言葉が見つからなかった。

 姉は息を殺したまま静かな口調で言った。


「どこにいるの? 場所を教えて。じゃなけりゃお金は貸さない。言いなさい」


 航平は今いる場所を伝えた。

 姉はすぐに飛行機に飛び乗ってそちらへ向かうと答えた。

 飛行場からタクシーで行くから、三時間後には付くはずだと答えた。

 一千万もの大金を一日で作れるのだろうか。





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