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魔術世界の高校生  作者: パラレル
魔術戦争編
19/28

暗躍する者

 守とアレシアが今いる場所は資料室だ。ここには対魔術無効組織トリーズンが関わった事件や魔術を書物に記録し保管する場所である。


 そんな所で、守は床に寝かされていた。アレシアを捜すために色々無茶をしてしまったが為に傷が開いたのだ。そのお蔭で彼は今、崖っぷちに立たされている。お蔭で高熱で顔を歪め、体から嫌な汗が流れ出ている。


 「……」


 寝かされている守の横でアレシアは守を治療するために膝に地を着けながら手を動かしていた。この場で守の怪我が完璧に治るわけではないが、応急処置はできる。アレシアは守の包帯を取り外すと、目を瞑って口を小さく動かし始めた。


 「青の癒しを造り、全てを浄化せよ」


 そう詠唱すると、ザーという音を響かせながら宙から渦を巻きながら水が現れた。そして、その水はすぐにシャボン玉のような形へと変形し始める。


 「ちょっと沁みるかもしれないけど我慢してね」


 真剣な表情でそう言うと、水はゆっくりと守の傷口に入って行く。


 「……ッ!!」


 まるで蛇か何かが自分の中へと滑り込んで這いずり回っているような錯覚を覚えた。内臓をズルズルと撫でられ、おまけに冷たい。傷口を嬲るような感触に守の表情がより一層苦しくなり始めた。歯を剥き出し、床に投げ捨てられるように置かれた守の手に力が入り、思わず床をガリガリと引っ掻く。


 数分後、赤く染まった液体が守の体から出てきた。それはついさっきにアレシアが入れた魔法で作った水だったもの。水は守の中から出てくると、そのまま力尽きたかのように床へと広がった。


 アレシアはすぐに自分の羽織っているローブを破り取り、その切れ端で守の傷口に当てる。


 「ごめん、ちょっと体起こして」


 守は黙って頷くと体をゆっくりと持ち上げた。アレシアは即座に布を手慣れた手つきで守の腹部に巻き付ける。


 「これで大丈夫だよ」


 キッチリ布を巻き付けると、安心しきったような表情でアレシアはそう言った。緊張していたのか、彼女の体が若干震えている。守の傷口の方は、最初の出血量とは打って変わって、血が見事に止まった。


 「悪いな…迷惑かけちまって」


 守はアレシアに心から感謝した。さっきまでの痛みは少しだが引き、体が軽くなった気がする。守はここまで出来る子はなかなかいないだろうな…と感心した。


 「そ、そんなことないよ!むしろ私の方こそごめんね!私のせいで守君が怪我を…」


 「いや、それに関しては自分で選んだことだから気にしなくて良いよ」


 でも、と何か言いたげな表情を見せるアレシアだが守はすぐに違う話題を持ち出した。


 「それよりも、何があった?」


 「う、うん…実は……」


 アレシアは今までの事を淡々と話し始めた。悦楽殺人鬼フィジカルキラーが現れたことやそこにエルダントが駆けつけてくれたこと。なるべく全てを話した。


 「で、今に至る訳だけど」


 アレシアが一通り話すと、守は腕を組んで難しい顔をしていた。


 「そのエルダントっていう人が今その殺人鬼と戦ってるんだな?」


 守はアレシアの顔を見ずにそう言った。何を考えているかは分からないが決して良い状況とは言えないのは守の表情を見れば明白だ。アレシアは戸惑いながらうんと、呟くように答えた。


 「アレシアはここで助けが来るのを待ってろ。俺は誰か呼んでくるから」


 意を決したように、守は立ち上がった。その時、腹の傷のせいもあるのか、それとも足が縺れたのか、思わず体がよろける。


 「危ないッ!」


 アレシアが急いで立ち上がり、守を支えようとする。しかし、思ったより勢いに乗っていたためアレシアの体は…。


 「きゃっ……!」


 少しの間、静寂が包み込んだ。


 「イタタ…ごめん、大丈夫かアレs……」


 痛みに顔をしかめながらもゆっくりと目を開けながら言う守だったが途中で言葉を止めた。なぜなら目の前には、頬を薄いピンク色に染めたアレシアが唖然として守を見つめていたからだ。しかも態勢は守がアレシアの上へ馬乗りしている状態。


 「守……くん?」


 「ごごごごごめん!!」


 顔を真っ赤にした守が慌ててアレシアから離れる。ハァ、ハァと焦りで呼吸は乱れ、緊張で心臓が高鳴った。いきなりのハプニングに守は戸惑いを隠せない。


 「……」


 一方のアレシアは何も言わず立ち上がった。こちらも守から視線を逸らし、頬がより紅潮している。


 二人の間で気まずい空気が流れた。もしここに誰かがいたのなら甘酸っぱい青春ラブコメか!とツッコんでくれるのを期待したいところだが、ここにいるのは守とアレシアだけ。


 「本当にごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」


 きっかけを作った張本人である守はこの空気に耐えられなくなり、口を開いた。が、


 「……うん」


 しかし返って来たのは曖昧な答え。守は正にこの世の終わりと表現するのに相応しい表情を浮かべた。


 (絶対怒ってるよ…うんって言ってるけどぜってー怒ってる。だってこれ確実に俺の世界だとセクハラだぞ……)


 アレシアの態度を見て途方に暮れた時だった。


 「ッ!!」


 「……え?」


 守は何かに気が付き、いきなりアレシアを突き飛ばした。アレシアは尻もちを着いて倒れた。一秒も満たない内にアレシアが立っていた場所に何かが横切る。そしてその後、ザクッ、と音が鳴った。


 守は音の鳴った方へと目を向けると、そこには見覚えのあるナイフが壁に突き刺さっていた。守は最悪な事態を脳裏に過らせながら、ナイフが飛んできたと思われる方へと視線を移した。


 「……最悪だ」


 扉の前には殺人鬼が立っていた。片手にはナイフを持ち、あの時と同じように嫌な雰囲気をだしている。


 「考えたくはないけど、ここに殺人鬼がいるってことは、エルダントっていう人は死んだか逃げたかもしれないな」


 「ッ!?」


 守の言葉に驚愕を隠せないアレシア。無神経かもしれないがここで言わなくてはちゃんとした状況判断が守もそうだがアレシアもできない。


 守は壁に刺さったナイフを引き抜き、不慣れな手つきで構える。その時、ナイフがとてつもなく重く感じた。相手からでるプレッシャーのせいなのかそれともこれから殺人鬼と言う狂気に立ち向かうという恐怖だからなのか。


 だがどちらにせよ、守は戦うことを選ぶ。


 「こんな物騒な物使ったことないけど、まぁなるようにはなるかな?」


 それを見たアレシアは立ち上がり、物凄い勢いでナイフを持ってる守の手を掴んだ。そして、彼女はボソッとこう言った。


 「……やめて」


 アレシアはまるで幼児のように守の手にしがみ付く。顔は俯いてよく見えず、体は一定のリズムを刻みながらヒクヒクと痙攣しているようだった。一体なんだ?と少し戸惑いながらも冷静を装う守。


 「アレシア?」


 守がそう問いかける。すると、

 

 「もう…やめて…!」


 今度は大きな声でしかもハッキリと聞き取れた。それによって、守の決心が少しばかりだが揺らいだ。アレシアが目に涙を溜めて、守を見上げる。それをやられたらどこの男でもすぐに言うことは聞くだろうが、守は違った。


 「頼む、やらせてくれ」


 「嫌だよ、何でそこまで戦おうとするの?守君がそこまで戦う必要なんてないんだよ?」


 守は少し黙ったあと、こう言った。




 「お前を守りたいから…」





 「えっ…?」


 その時、スッとアレシアの拘束が緩まった。その隙を突いて、守はするりとアレシアから逃れると殺人鬼に迫って行く。


 「アレシア、どっか隠れてろ!」


 守は前を向いたまま叫ぶと殺人鬼に飛びかかっていく。守はナイフを縦に振るが殺人鬼はその攻撃をナイフを横にして降りかかるナイフを防いだ。ガキンッと金属同士が擦れあう。


 アレシアはその光景を呆然と見るが、すぐに我に返り自分に言われたことをすぐに思い出す。


 「う…うん」


 さっきの守の『お前を守りたいから』という言葉の意味がよく分からないがとりあえずどこか適当な場所へと隠れるべく移動する。


 「オラァッ…!」


 守は自分の足を殺人鬼の足と足の間に入れ、そして引っ掛ける。ぐらりと体が傾き、バランスを崩す殺人鬼。その時を狙い、守は地面に倒れこんだ殺人鬼にナイフを振り下ろす。


 「ッ!?」


 しかし、殺人鬼はガシッと振り下ろされたナイフをそのまま手で受け止める。そして、どこから取り出したのか逆の手からナイフを取り出し、それを守の顔面へと突き出した。


 「……ッ!!」


 守は突き出されたナイフを大きく仰け反り、ギリギリ避けることに成功した。だが、追い討ちをかけるように腹部に衝撃が走る。


 「ぐっ!!?」


 守の腹に殺人鬼の足が減り込んでいた。その蹴りは常人とは思えない程の威力を見せ、肺の中の酸素を搾り取っただけではなく、守を数メートル飛ばし、置かれた机を薙ぎ払いながら床を転がる。


 勢いが止まると仰向けに倒れる守。痛みに悶えながらごほっ、ごほっと咳き込む守。


 だが、殺人鬼は休む暇を与えなかった。殺人鬼はアクロバットに起き上がると、両手から計十本のナイフを裾から取り出し、人間離れした脚力で守に近づく。


 「ッ!!」


 気づけば守の真上に殺人鬼はいた。今まさに、守を串刺しにしようとナイフを構えている。守は右へと転がり、回避する。


 そして、守がいた場所に殺人鬼が降ってきた。殺人鬼の持っている凶器が床に触れた瞬間、ドォォン!!と音を立てながら、粉塵が勢いよく舞った。守は急いで立ち上がり、呼吸を荒らげながら辺りを確認する。だが、生憎粉塵が濃く、殺人鬼が今どこにいるのか分からない。


 「……また…傷口が…」


 守は嫌な顔をすると、チラッと傷口の方を見た。さっきアレシアに応急手当をしてもらったが、無駄になってしまったようだ。ローブの切れ端から赤く滲んでいた。


 その時だった。


 「やっべッ…!!」


 突如煙の中からナイフが飛び出してきた。軌道として守の顔面一直線。守は首を横に動かし回避するのだが、完璧には避けきれなかったらしく頬を掠める。しかし、それで終わりではなかった。守が避けた方向にもナイフが迫っていた。


 「ッ!?」


 守は素早くしゃがみ、その攻撃を躱す。その時、それを待っていたかのように煙の中から蹴りが飛んできた。思ってもいない攻撃に守は反応しきれず、まともに受けてしまう。メキメキ、と骨が軋み、次の瞬間彼の体は宙を浮いた。


 そのまま守は本棚に叩き付けられ、複数の本と一緒に床に崩れ落ちる。


 「守君!!」


 守のことが心配で我慢できなかったのかアレシアが隠れ場所から出てきて、彼の元へと駆け寄った。


 「大丈夫!?早く手当を!!」


 「バカ…早く…逃げろ……!」


 掠れた声で守はそう訴えるがアレシアはそれを聞かず、守の手当を始めようとする。が、アレシアのその行動が仇となる。


 アレシアの声を感じ取ったのか、粉塵の中からゴーストのように殺人鬼がスーと現れた。そして、音もなく守達に向かって歩き出していく。両手にはナイフが一本ずつ握られ、確実に二人を殺す準備が整っている。


 アレシアはまだ気づかない。後ろに殺人鬼がいることを。そして、ゆっくりとその距離を縮めていくのも。唯一気づいている守は何とかアレシアに気づいてもらおうと話掛けるが声が届かない。


 こうしている間にも殺人鬼は近づいてくる。ヤバい、何とかしないと。焦りの気持ちでいっぱいになりながら辺りを見渡す守。そして、


 「これは…!」



 その時、コツンと守の側で足音が聞こえた。見上げると、そこにはナイフを振り上げ、今にもアレシアを殺そうとする殺人鬼の姿があった。すぐ後ろに殺人鬼がいるのに彼女はパニックになって気づかない。これでは彼女が殺されてしまう。ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ。


 振り下げられるナイフ。瞬間、守はか細い声で呟いた。



 「我、命ずる。此れに従い彼の者を固定せよ」


 その時、殺人鬼の手が止まった。いや、氷漬けにされ動かせない、の方が正しい。殺人鬼はグッと抵抗して腕に力を入れようとする。しかし、どんなに力を入れても肩が固まって動かすことが出来ない。殺人鬼の腕から冷気がカーテンを引くように滑らかな動きを見せて消えていく。


 守はスーと深呼吸をすると、



 「我、続けて命ずる。此れに従い彼の者を封じよ」


 守の言葉により、まるで氷が生きているかのように腕の氷がどんどん広がり殺人鬼の体へと向かって行く。多少の抵抗はみせようと氷を取り払おうとするが、体の自由が奪われていき、動かすことが難しくなってきた。


 そして、最終的には殺人鬼の体は全部氷で覆いつくされ、動かなくなった。


 「はぁ…心臓にわりぃ…」


 「ちょっと待ってね守君!とりあえず傷口を綺麗にしなくちゃ!」


 未だに慌てふためくアレシアをどうしようかと守は考えたが、疲労と痛みが一気に押し寄せ、おまけに睡魔に襲われるという事態だ。守はまぁ、良いかとどうでも良くなり、少しずつ瞼を下ろしていく。


 薄れゆく意識の中、見納めるようにそれを見ると守は深い眠りに入る。守の見た先には、開かれた状態の本が一冊落ちていた。そこには日本語でこう綴られていた。


 『禁呪詛

 

 ・我、命ずる。此れに従い彼の者を固定せよ。


 ・我、命ずる。此れに従い彼の者を封じよ。


 これを扱うものは絶対なる精神と肉体を持ち合わせなくてはならない。』






 ――――――――――――――――――――――

 闇が包み込む夜。ある一人の人物がランプを持って廃墟にいた。フードを深く被って顔を分からないようにしている。そして、その人物がいるのはかつて住居として使われていたが火災で大部分が焼失し、その家の住人が死んだとされる場所だ。


 「懐かしいですかのう?この家は」


 ヒョヒョヒョ、としゃがれた声がどこからか暗闇から聞こえてくる。フードの人物はふん、と鼻を鳴らすと服の中から革袋を取り出した。


 「御託は良い。とっとと済ませるぞ。私はあくまでこの治安を守る側にいる者なのだ。貴様と対談しているのを誰かに見られるのはマズイ」


 すると、しゃがれた声の人物はまたヒョヒョヒョと小ばかにするように笑うと暗闇から出てきた。ランプの光に照らされ、しっかりと顔は確認できる。


 しわくちゃの顔に、赤いローブを身に纏う老人。手には大きな杖が握られている。名はケスペル=ノックス。第四の国、サラナゴス=エイブンの側近だ。


 「ふっ、それもそうですのう。対魔術無効組織トリーズンであると同時に死霊使い(デッドマスター)であるあなたが儂と密談しているのも問題でしょうなぁ」


 ケスペルはさて、と言葉を続けるとフードの人物に近づく。そして、ある一定の距離まで近づくとケスペルは手を差し出した。フードの人物は黙って老人のしわくちゃの手に革袋を置く。


 「ヒョヒョヒョ、これで六つ目。計画が一歩前進ですのう」


 ケスペルは革袋を袖の中にしまうと、不気味な笑みを浮かべた。


 「ほらっ、金を寄越しな」


 ケスペルは逆の袖から革袋を取り出すと、フードの人物に投げた。フードの人物はそれを片手でキャッチすると中身を確認した。


 「確かにあるな」


 確認を終えると、革袋を服の中にしまう。


 「ヒョヒョヒョ、それではエルダント殿。今夜はこの辺で失礼させてもらいますのう」


 ケスペルがそう言いながらUターンして徐々に暗闇の中へと飲み込まれていった。シーンと静まり返った空気の中、家の残骸を見渡すエルダントだったが、チッと舌打ちをすると、後ろに隠れさせていた死者を引きつれ、闇へと消えて行った。



 

 

 

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