動き出す者
平民の国、『リヴァイア』。そこで殺人事件が発生した。太陽が眩しい大空の下、周りは畑ばかりが広がっている。そんな場所に一件だけ、ポツンと建つ石造りの家があった。普段あまり人が集まらなそうな場所なのだが、今回は多数の人が溢れ返っていた。
「おい、またやられたのか?」
「おう、胸から腹の辺りまでバッサリとな」
「やっぱり被害者って…」
「ああ、黒髪の奴だ」
野次馬が家の出口の前でひそひそと話ながら、ある方向を見ていた。野次馬の視線の先には大の字になりながら、黒髪の女性が床に仰向けに寝かされている。女性は両手両足に杭か何かで打ち込まれ、胸から腹にかけては服の上から刃物で切り裂かれていた。
「はーい、離れて離れてー!」
その時、大きな声が野次馬の会話を打ち切らせた。野次馬は一体なんだ?と怪訝な顔でその声をした方向へと向けるが、彼らをみた瞬間表情が固まり、大人しく指示に従った。家に群がる野次馬をかき分けながら、二人の男が家に入る。男は三十代から四十代の大柄の男でもう片方の男は十代後半から二十代前半位の若々しい男だ。そして、二人は何かの組織の一員なのか、黒い帽子を被り、黒いポンチョを羽織っていた。
大柄な男は部屋をすまし顔で辺りを一通り見回すと、視線を死体へと移した。
「こんなべっぴんさんを殺すなんて勿体ないことするもんだ」
そう言いながら、大柄な男は死体へと近づく。
「犯人はこの家主ですかね?犯行時間ここにいたのはこの女性と畑仕事をしている家主だけですから」
若い男はそう言いながら、あまり死体を野次馬に見せないように扉をガシャリと閉める。すると、さっきまで明るかった部屋が一瞬の内に薄暗くなり、若干不気味な雰囲気が漂ってきた。
そんな雰囲気にも動じず、大柄な男は膝を曲げ、中腰の状態で暫くの間女性の死体を見つめるとズボッと死体の傷口に手を突っ込んだ。
ぐちゃぐちゃと気持ちの悪い音を立てながら、男は何かを探すように手を動かす。
「犯人はここの家主じゃないなぁ…。犯人はやっぱりアイツだよ」
大柄な男は女性の中から手を抜くと、立ち上がり、血を払拭するために何度も手を軽く振った。
「悦楽殺人鬼……ですね」
神妙な面持ちをしながら若い男はそう言った。
「ああ。黒髪、黒目、黄色の肌をしている人物を主に目的とする殺人鬼。殺り口は生きた人間を床や壁、天井に杭か何かで打ち付け、胸から腹まで切り裂き、心臓を抉り取る。正に俺たちが目の前にしてるのがそれだろ」
大柄な男はそう言いながら、コキコキと首を鳴らした。
「もうこれで五件目ですよね?何で黒髪の人たちばかりが狙われるんでしょう」
「噂では黒髪、黒目、黄色の肌の人種は周りの奴らに比べて魔力を多く持っているそうだ。特に心臓は魔力を生み出す根源だから、手を出そうとする変人共も稀にいるらしい。今回の事件もその変人共の一人だろう。分かったかね?エルダント君」
大柄な男は扉へと足を進めながら続ける。
「それと、警戒網を世界各国に引いてくれ。殺人鬼は神出鬼没だからな。どこから現れるか分からん。現に各国で被害者が出ている。唯一事件にあっていないのは魔術に特化した国、『ホルクス』だけだ」
「わ、分かりました!」
戸惑いながら言うエルダントを横目に大柄な男はドアノブに手を掛けた。
「あと補足だが、俺たちもホルクスへと向かうぞ」
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守は煉瓦で造られた段差に腰掛けながら、やっぱりと言わんばかりにはぁ~と溜め息を吐いた。目の前には女子、女子、女子!!男子は数人はいるが、女子に混ざって楽しそうに雑談している。
守が今いる場所は魔術学校の一室に存在する調理実習室だ。普通の教室と違って天井と壁は煉瓦で造られており、床はオレンジ色に輝く木製の床。また、長方形型で石で造られたテーブルが縦三つ、横二つと言うような状態で設置されている。
テーブルの上には誰が作ったかは分からないが、とても美味しそうな盛り付けがされたサラダに肉料理。それに一ホール丸ごとに置かれたケーキ。
子供だけでは用意できそうにもないような料理が数々並んでいる。クラスメイトはそれを皿に盛りつけながら食べたり話したりしていた。
「さーすが、金持ち。パーティ開くのに金は惜しまないってか?」
別に誰かに訊いた訳でもない。ただの独り言。ただジーと見ているだけよりはまだ全然マシだった。守自身、クラスメイトと色々話したりとかしたい訳なのだが言葉があまり出てこない。まず、初対面の人に声を掛ける事自体したことがないため、どのように接したら良いのか分からずにいた。
一つの手段として、高校一年生の時を思い出そうと必死に脳をフル回転させるが、頭のスペックの悪さに結局断念した。
残る手はアレしかないと決行したのがこれだ。ただの傍観。
つまらなくない事もないが、残ってるのはこれしかなかった。仮にここで飯を取りに行くという作業に移行しても、周りからしてみれば「うわー、あの人誰とも喋らず黙々と食べてるよー」等とタダ飯食らいのレッテルを貼られる。
程良い時間を見つけ、早々に立ち去るのが良いと守は判断した。
「ねぇ、隣良いかな」
すると、守の隣から声が聞こえた。最初、自分に話しかけてきたことに気が付かなかった守だったが、向こうから、聞こえてるかな?と確認の声が聞こえた時、初めて自分に話しかけているんだと気が付いた。
「ん、あぁ…良いよ」
そう言いながら、ふと声のした方向を見ると、そこには前回守を窮地から救おうとしてくれたアレシアが、隣に座っていた。片手には、綺麗に盛り付けられたパスタやサラダが置かれた皿を持っている。
「守君は食べないの?」
アレシアは微笑を浮かべながら、守に問いかけた。
「腹減ってない」
グゥゥ~
タイミングを見計らってたかのように守のお腹の虫が鳴った。突然のことに、守は動揺を隠しきれず、ついアレシアから視線を逸らす。
「素直じゃないんだね。守君は」
ふふっ、と口を押さえながら笑みを広げるアレシア。
「これ良かったら食べてよ。ちょっと多く取り過ぎちゃって…」
そう言いながら、アレシアは皿に盛りつけられた料理を守に差し出す。それに反応するかのように、守の腹がグゥゥゥ~とさっきよりも増して大きな音になった。
「あ、ありがとう」
空腹に負けた守はアレシアから料理を受け取ると皿に添えられたフォークで料理を堪能した。
―――――――――――
日が落ち始めた。辺りはだんだん夜の闇に飲み込まれ、学校の側に位置する街の光が唯一の灯りとなり始めていた。
街の規模は約五十キロ。民家や農場も存在するのだが、一言で言うと、市場のような所で、至る所に食品や衣類、魔術関連の物を多く販売している。
毎日観光客が溢れ返り、景気が良い所として有名だが、逆に観光客を狙った盗賊紛いの連中もちょくちょく現れるといった事態もある。対魔術無効組織という、今で言う警察が時折パトロールをして、盗賊を捕まえてはいるがなかなか減らないのが現状だ。
そんな街を守は歩いていた。理由はアレシアの恩を返すために荷物運びの手伝いをするつもりだからだ。周りは祭りのように店がどっしりと構えられ、気前の良さそうな人たちが頑張って宣伝している。それが守の見える範囲内までずーと続いていた。そんな中、守は気を付けなくてはならないことがあった。
チラッと視線を右に寄せた。店と店の間に大の大人がやっと通れるサイズの道が不気味に存在していた。この街の道は枝のように別れていて、守の今いる場所は人通りが多い大きな道だが、左右を見てみるとあまり人が寄り付かなさそうな細い道がいくつもある。
そこには盗賊や違法の薬物を所持している売人がウロウロしている時があるから気を付けろ、と守は校長が言っていたことを思い出した。
「細い道とかに行かないよな?」
守は前を見ながら傍にいるボブの髪型をした少女に声を掛けた。
「大丈夫。私の知り合いが経営してるのはこの大通りの先だから!」
アレシアが得意そうな笑みを浮かべながら、そう言った。しばらく歩いただろうか。大通りにはあまり人がいなくなり、それに比例して、開いている店も少なくなり始めた。
「あ、アレだよ!」
アレシアが人差し指を立て、ある場所を指した。一瞬だけ見ると、普通の家のように見えるが、よーく確認すると看板のような木の板が扉の上に飾られていた。
看板には何か書いてあるが、守には全く読めない。
「何屋なんだ?」
店の前に辿り着くと、守は店を見上げながらアレシアに質問した。アレシアは慣れたように店の扉の前にまで足を進め、こう言う。
「雑貨屋さんだよ。ちょっと待ってて!」
アレシアはそう答えると、シャリンシャリンとベルの音を立てながら扉を開け、店の中へと入って行った。後に残った守はただボーと突っ立って、アレシアが出てくるのを待つ。
数分後。紙袋いっぱいに物を詰め込んだアレシアが危なっかしく店から出てきた。小柄な少女の体をほとんど覆ってしまう程に大きな紙袋を彼女は両手で抱えているが、袋が邪魔で前が見えないらしい。
頭を必死に上げて、視界を広げようとするも結局見えない。見かねた守は何も言わずアレシアから荷物を取り上げた。取り上げた瞬間、案外荷物はそんなに重くはなかった。女性からしたら意外とキツイだろうな程度の重さ位だろう。
「あぁ…守君、良いよ持たなくて!悪いよぉ…」
申し訳なさそうな表情をしながら、アレシアは守を見上げていた。その時、上目遣いの少女に不覚にも萌えてしまった守だったが、頭を左右に振って気持ちを紛らわす。
「これはお礼だ。やらせてくれ」
ドキドキと心臓が高鳴りながら言う守。冷静な表情とは裏腹に心の中ではパニック状態だった。そう?とまだ府に落ちなさそうな感じがあるアレシアだったが、守の任せてくれという返事に何とか納得したようだ。
「じゃあ、行こうぜ」
「う、うん!」
守達は来た道を戻ろうと足を進めた時だった。
グチャ…ベチャ…ズチャ…
「!!」
守は表情を一変させた。さっきまでドキドキとしていた心臓も事態を警告するかのように鼓動を速めている。微かに聞こえた。肉を裂くような音。動物の解体をしている店もなくはないが、こんな音が出るのかまずおかしい。
まるで、死体の中を手でかき回しているかのようだ。
ロベルトの言った言葉が頭を過る。
守は衝動的に足を止めた。
「ん、どうしたの?」
アレシアは足を止め、表情を固まらせている守の顔を覗き込むように見た。気づいていないのか、守が止まったのを見てキョトンとしている。
「……」
守は音のした方へと足を進めた。守の進む先は誰も近づきたくないような感じにさせる細い道。他の細い道とは違い、ネットリと絡みつくような空気が流れ出ている。守は額に汗を浮かべ、近づく。決して走ることはせず、ゆっくりと。
「守君!そっちは!」
アレシアが声を掛けた瞬間、守はアレシアの方へと向き人差し指を口の前に立てた。静かにしろとの合図だろう。アレシアは守の様子からただ事ではないことを察知し、静かに頷いた。
守は再び細い路地を進む。中は暗く、足元もまともに見えないがそれでも守は進んだ。後ろにはアレシアも進んでいる。
色々と入り組んだ道なのだろう。分かれ道がいくつもあり、何度も迷いかけるが肉を探るような音を頼りに何とか位置を特定して足を進める。
次第にグチャグチャとかき回すような音が大きくなり始めた。アレシアもそれに気が付いたのか、表情を少し歪ませる。
そして、ついに。
「アレ…か」
守は足を止めて身を屈めた。アレシアもそれに続いて身を屈める。目の前は暗闇が広がり、ここで道が途切れ、そこには大きなスペースがあるのが理解できた。
グチャ…グチャ…
暗闇の奥から音が聞こえる。守は目を凝らし、暗闇の中を見る。すると、地面にもぞもぞと動く人影が見えた。音の発生源もあそこから放たれ、何か尋常じゃないことをやってる、守はそう思った。よく確認するためにそこを重点的に見る。暗闇にも大分目が慣れてきて、ある程度見えるようになった訳だが守はそこで後悔した。
簡単に言うなら服装は校長と同じ死神をイメージさせるかのような黒装束だ。近くには男が大の字に寝かされ、ピクリとも動かない。黒装束の人物は倒れている男の上に跨り、『何か』をしている。黒装束の人物は背を守に向けていて何をしているかは全く分からない。が、すぐに何をやっていたのかを理解した。
ズシャ、と言う音と共に黒装束の人物は片手で大きく持ち上げた。
「「……ッ!!?」」
持ち上げられた片手には液体が滴り落ちていた。暗くてもそれは何かは理解できるだろう。血。そして、黒装束の人物が持ち上げる物のシルエットを見て、二人は絶句した。
心臓。
黒装束の人物は心臓を取り出していた。
守は、やはりロベルトの言う殺人鬼だと、心から思った。逃げよう。今すぐにこの場から逃げよう。そう思いながら、唖然としているアレシアに今すぐ離れようと伝えようとした時だった。
ガタッ
守が持っていた荷物が音を立てて動いた。マズイと思った守は慌てて殺人鬼の方を見る。ゆっくりと持ち上げた物を下に下ろすとスーと顔を守の方に向けようと動かす。
「逃げろアレシア!!」
「あ…うん!!」
気づかれたことを察知した守はアレシアに声を掛けた。アレシアも何とか我に返り、立ち上がった。そして、二人は元来た道を走って引き返す。
残された殺人鬼は立ち上がり、
「ミツ……ケタ…」
守達が逃げて行った方向へと歩き始めた。