復帰
守が『失われた世界』にやってきて、一週間が経過した。彼がゴーレムと交戦した以降、第四の国からの動きは見られず、しばらく平穏な日々が続いていた。
守の傷の具合も日常生活に問題がない程にまで回復し、今では自由に動きまわる事ができる。負傷していた教師達も順調に回復していた。
そんなある日。
守は椅子に座りながら朝食として出されたパンを食べていた。机の上にはバケットがあり、そこの中にはフランスパンがいくつも入っている。その横には紅茶の入ったティーカップが置かれていた。
守はモグモグと口を動かしながら、まるでほんの些細な物が気になってしょうがないような動作をすると、視線をある方向へと見ていた。
そこにはジーと守の顔を見つめながらもじもじとする校長の姿があった。朝食を届けに来た校長だったが、そのまま部屋にのんびりと居座り、守を観察しているのだ。
校長の視線に耐え切れなくなったのか守は溜め息雑じりに口を開いた。
「住まわせてもらってる立場から言うのも何だけど…何も用がないなら帰ってくれないか?」
そう言いながら、手に持っていた食べかけのフランスパンを全て口の中に放り込み、机に置かれていた紅茶を口の中に流し込む。
「大丈夫大丈夫。用ならちゃんとあるよ。だけど、守クン食事中でしょ?食べ終わってから話すよ」
「いや、今話してくれよ。飯の最中にジロジロ見られてると、気が散って飯どころじゃないんだよ」
そう?と言うと、校長は机から体を離し、今度は礼儀正しい姿勢で椅子に座り直した。
「え~とねぇ…言いにくいんだけど守クンが壊したあのゴーレム。結局何の手がかりも得られなかったんだよ。第四の国だと言う仕業と言うのは分かるんだけど…。これだとまともに彼らに抗議することも出来ない。痛い目に合ったのに何の成果もなくてごめんね」
守は難しい顔をしながら、寝癖のついた頭をぐしゃぐしゃと掻いた。
「俺、謝られるの苦手なんだよ。あと、なんて言うのかな…こう…申し訳ないような雰囲気もどうも好きじゃなくてさ」
だから、と言いながら守は続けた。
「いつものように馬鹿みたいなテンションでいてくれよ。俺はそっちの方がやり易くて楽しいから」
守はそう言うと、校長に笑って見せた。いつになく落ち込んでる校長を見れば、これくらいの励ましは必要だろう。
だが、そんな考えは次の返事で覆される。
「お、ありがとう」
感情がこもってない。如何にも台本に書かれた文章を棒読みをするかの如く軽く言い放たれた一言に、守の額に青筋が浮き出た。
前言撤回!!やはりこいつにはずーと落ち込んでもらうか!!と、心の中で呟く守。
「あはは!!冗談だよ冗談!!本当に感s……って!?えっ!?物凄い怒ってる!?」
守から溢れる負のオーラみたいなのを感じ取ったのか、校長は慌てた様子でごめんさいと机に頭を着けた。
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しばらく時間が経った後、校長の必死の謝罪と行為で守はどうにか会話してくれるようにはなった。
「で、いつまで居るきなんだ?」
ふてくされたような態度をとりながら、守は外の景色を眺めていた。
「えぇ、そうですねぇ…。あと一つ、守サンにお伝えしなくてはならないことがありますから…それをお伝えするまでは…」
身を縮めながら、校長はなるべく守の機嫌を損ねないように振舞う。
「何だよ、伝えなくちゃならないことって」
守は依然そっぽ向いたまま、校長の顔を見ずに答える。校長は校長で再びもじもじと体を動かす。
「この学校に入学してみてはどうかなぁと思いましてですね。守サンは高校生と言う言わば学生らしいじゃないですか。前の世界と全く同じ授業の内容とはいきませんが、やはり勉強をするのは大切かと」
「学校かぁ…」
そう言えば、守はここの所傷の回復に専念していて学校や勉強のことをすっかり忘れていた。今頃元の世界では俺がいなくなったことに気づいてるのかな?と思いながら軽く考える守。
「守クン…?」
恐る恐る校長は守に話しかけた。
すると、
「良いよ」
呆気なく返事は返ってきた。予想外なことに、校長は念のためにこう訊く。
「この学校に入学するの?」
「そう」
「ここで授業受けるの?」
「そう」
「僕のこと許してくれる?」
「全く関係ねーからな、その質問!!」
校長の誘導尋問に引っ掛からず守は鋭いツッコミを入れると、ティーポットを手に取り、ティーカップに紅茶を注ぐ。ポットを置くと、紅茶で満たされたコップを持ち、口へと運んでいく。
「じゃあ、明日の朝校長室に寄ってね。そこで教材の受け渡しと授業の具体的な説明、それと入学手続きをするから」
「でも俺、金とかないけど大丈夫か?」
コップを机に置くと、ふと思ったことを質問をした。
「あぁ、いらないよ。学校を救ってくれたお礼だし、異文化交流って言うのも大切だろ?」
「そうだな。それと、色々と迷惑かけて悪いな。本当にありがとう」
校長はいいよいいよ、と明かる気に笑った。
「じゃ、これで用は済んだことだし!僕はこれでお暇するかな!」
席を立ち、腰を曲げたり伸ばしたりとストレッチをする校長。
「では、また明日!!」
そう言うと、校長は守の部屋から出て行った。
校長が出て行った後、守は静かに綻んだ。明日という一日が待ち遠しい。なぜなら、誰もが一度は夢みる魔術が使えるかもしれないのだから。勉強もそれなりに必要となるかもしれないが、とにかく明日に備えて色々と準備しなくては…。
よっしゃー、と自分に気合を入れながら席を立った。
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そして翌日。
守は編入されたクラスの教室にいた。ざわざわと、外国人のような風貌をした生徒がコソコソと守を見ては話し合っていた。悪い意味ではないだろうが、守からしたら決して良い意味でもない。
今朝、校長からの説明もちゃんと受け、教材もしっかりと持ってきた。準備万端と言わんばかり、朝早起きしてしっかり身だしなみも整えた。しかし、守の表情はあまり晴れやかなものではなかった。寧ろ、守の周りはどよーんとした空気が流れ、長机に突っ伏しながら項垂れていた。
「見えるのは絶望じゃねぇか…」