双子星と森のヴァイオリニスト
天に在る星の宮で、一番好奇心が強く一番困り者な双子の二つ星がありました。イタズラが大好きな双子の星は広き夜空に煌々と輝き、常に笑いあっておりました。
双子の二つ星はとにかく楽しいことが大好きだったのですが、昼空の中で毎日のようにとびまわっておりますと、射手の星が放った矢がうっかりとささってしまい、とうとう双子星は地におちてしまいました。
はじめて地におちた双子星は、いつもならば興味津々に周りを見渡し、今にも走り出してしまいそうなのですが、あまりもの出来事にすっかりと怯えてしまっていました。おちた先は深い森の中です。見渡す限りの木々たちが今にも襲い掛かってくるように見えたからなのか、かわいそうに二人で抱き合いわんわんと泣き出してしまいました。
あんなにも近かった空は手を伸ばせど遠く、ささってしまった射手星の矢を抜いてしまえば、じくり じくりと双子星は痛みを感じはじめます。
ああ、こうなるなら今日は二人で遊ばずに星の宮の中に閉じこもっていればよかった、そう考えるのもあとのまつり、途方にくれて世界の終わりさえ感じていた時に、それは聞こえてきました。
古めかしくてあたたかい、木々の葉がその音にならってさわさわとゆれています。
双子星はのろのろとその音の元へと歩いて行きました。葉におおいかくされたその先をぬけると――金色の毛並を持つキツネが、優雅にヴァイオリンを弾いていたのです。
キィギィ キィギィ ツィールギィキィ
御世辞にも上手であるとはいえませんでしたが、キツネの鳴らすヴァイオリンの音はふしぎと心に響き、花々は安らぎ花弁をとろけさせていました。
双子星は乙女星のハープの音は聞きなれておりましたが、今までに聞いたことのない音に顔をあげ、目を丸くさせてヴァイオリンの音に耳を寄せました。いつも飛び回っている双子星が黙り込んでいたのは、彼らを知る星々からみればなんとも奇妙な光景であったにちがいありません。
キツネの弾くヴァイオリンの音が止むと、双子星は手を叩きキツネに拍手をおくりました。
キツネは自分のヴァイオリンの音を聞いていたものがいることにはじめて気づき、それこそびっくりしたのか尻尾をピン!とたて、双子星に照れ笑いの表情を見せました。
「わ! はじめまして! うわあ、聞かれていただなんて気づかなかった。うわあ、ボク、失敗しませんでしたかね?」
双子星はぶんぶんと首をふり、そんなことなかったよ、すごくよかったよ、とあわてて言いました。キツネはその言葉によかった、と言い、そしてまた照れて笑いました。
「すごく上手だった」
「はじめてあんな音をきいたよ」
「それの名前はなんていうの?」
「どうやって音を出しているの?」
双子星は興味津々にことばを並べ立てて言います。キツネは二人のことばにえ、え、とあわて、それから一つ一つの答えをしっかりとかえしました。
「この楽器はヴァイオリンといいます。ボクのものは、森の木と、羊星とヤギ星の糸に天秤星の水を含ませた、艶やかな弦でできているんです。それと同じもので作られた射手星のお墨付きの弓をひいて鳴らすんですよ」
キツネの言葉に双子星はぱちぱちと瞳をまたたかせました。星の宮の星々がこのキツネにそのようなものをあげていたことを知らなかったからでもありました。
「キミは」「どうして」「そんなヴァイオリンを」「持っているの?」
とぎれとぎれに交互にことばを発する双子星に、キツネは嬉しそうに応えました。
「実はボクはそれまでは今のようなヴァイオリンを持っていませんでした。あくる日もあくる日も、手さぐりで作り上げたヴァイオリンとよぶにはおこがましい自作の楽器で音を出していました。森にその音が響いていたのかどうかはわからないんですが、その音がいつしか空にも届いてしまったのか、ボクの音は星の宮の皆さんに知っていただくことができたんです。そうしたら、以前と比べ物にならないくらいの出来の、今のヴァイオリンをいただくことができたんですよ」
双子星は知りませんでした。いつだって楽しいことを見つけ、他の星たちが知らないことを自分たちが知ったつもりでいました。こんなに楽しいことを知らないだなんて、みんなはなんてもったいないんだろう!と思ったこともありました。
でも、違ったのです。双子星の知らない間のすぐ近くの森の中で、ヴァイオリンを弾くキツネのことだなんて一つも知りやしませんでした。
「ボクはそれからこの森のなかで、『森のヴァイオリニスト』とよばれるようになりました。ですから、ボクはこの森の、キツネの森のヴァイオリニストなんですよ」
双子星はハッとして、キツネを見ました。自分たちと違ってずっとこの森にいる彼は、それ故にそのふしぎな音を空に届かせてしまうほどのものにしたこと。飛び回っている自分たちと、まったくちがうものであることを。
双子星は射手星の弓を抜いた時の痛みよりも心に残る『何か』を感じていました。そんな二人に、キツネは何かを思い出したのか、嬉しげに笑います。
「どうしたの?」
「何かうれしいことがあったの?」
二人のことばにキツネは笑みを深めて言いました。
「はい、ボクは今日、星の宮の皆さんに確かにこの音を聞いてもらうことができたということが、嬉しくてたまらないんです。昼空ではどうしても星も月も見えません、ボクらが星を見るためには夜空を見上げなければできないことです。だから、いつも仲良く並んで笑いあうように輝いている双子星のお二人にボクのヴァイオリンの音を聞いてもらえたことが、心からしあわせなことでたまらないんです」
双子星はびっくりしました。キツネが自分たちのことをそう見ていること、それから自分たちが双子星であると気づいていたことに!
森のヴァイオリニストはニコニコと笑っていますが、それと同時に双子星は思い出しました。
「あのね、森のキツネさん」
「残念だけどボクらはもう空にはもどれないよ」
「だって戻る方法を知らないんだもの」
「だから、ボクらは双子星だった。それだけになってしまうのさ!」
自分たちの言ったことばに、こみあげるかなしみは大粒の涙を二人にもたらし、そうしてわんわんと泣き出してしまったのです。ああ、ああ。どうして自分たちはこんなにすてきなヴァイオリニストに会えたというのに、自分たちの大好きな夜空にいないんだろう!
キツネはきょとんと双子星を見ています。二人で抱き合って泣いている双子星をよそ目に、キツネはどうして悩んでいるんだろうと言いたげでした。
「ええ? どうしてです? お二人はすぐにでも空にもどることができるというのに」
すい、と指差した先にあるのは湖でした。それからどこかで見たことがあるような長いリボンが見えました。
「あの湖は、うおの星が定期的に開いているボクの演奏会に参加できるようにと作っていただいた場所なんです。皆さんはあの湖から地におりたって、いつだって来てくれるんですよ」
双子星は無事に夜空に戻ることができました。見慣れた空に、美しき夜色の中にです。
射手星は双子星にひどくすまなさそうに謝り、双子星はそれをゆるしました。自分たちが飛び回っていなければあの弓は当たることはなかったでしょうし、射手星に悪いところなんてなんらないからです。
それに、そのおかげで双子星はキツネに会うことが出来ました。ですから、今では射手に感謝をしているものでもありました。
森のヴァイオリニストの響かせる音楽が響く中、双子星は今日も夜空で煌々と輝いています。月に一度、月がかくれ、雲が空をおおうそんな日には、きっと星たちが彼の演奏会に顔を出していることでしょう。そして、双子星がその輪に加わっていることも、今では当たり前のお話なんですよ。