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アキラ

作者: yuri
掲載日:2012/03/08

私は一度死んだ。

あの闇の中で、一度だけ底の底まで沈んだのだ。


そこは、あまりにも真っ暗で、

いや、真っ黒で。


私の視界は奪われているはずなのに、何かが見えた。



体が締め付けられて、だんだんと気だるくなっていく。


どんどん沈んで、私は、そこで死んだ。



















私の中の最初の記憶は、幼稚園の頃。


友達とおもちゃを片付けている記憶。


さちちゃんと呼んでいた女の子がいた。

彼女とはもう疎遠になってしまったのだが。


でも、彼女にも"現在"があると思うと、

少しだけ滑稽に思える。

さちちゃんも、私に対して同じことを思うのだろうか。


私も、現在を生きている。


さちちゃんとは全く違う記憶を基にして、

私という個体、性格、人格が出来上がった。

今の私は昔とは違うのだろうか。



対照に、最後の記憶は、恋人と一緒に横になっている記憶。


たしか、お昼に二人でラーメンを食べに行って、

…だから、昼過ぎくらいのことなんだろうな。


社会人と高校生。


私はまだ高校生だった。


この「まだ高校生」というのも奇妙で、

人によっては「もう高校生」なんだろう。


そして彼はどこまでも優しかった。

過去形なのは、私が一度死んだからだ。

勿論形式上ではまだ付き合っている。


私が死ぬ前は、彼は私を生きがいにしてくれていた。

自惚れなんだろうか?

そこまで言い切れるほど、愛してくれていた。

私も同じだけ、愛情を与えていた。


懐かしいのは、彼の厚みだ。


抱きしめ返すと、私よりも堅い体が

はっきりと認識できていた。


それは他の人にも同じことで。


それぞれ厚みがある。


私はそれを意識することで、その人が

生きていると理解していた。



今の私に、厚みはあるのだろうか。




「こんにちは」



声が、聞こえた。


何かが触れたような気がした。


それを気のせいだと、思いこんだ。




「今日も、来ちゃったんだ」



最近はあまり泣かない彼だ。

ゆっくり強くなって、私を忘れていく彼だ。


彼の声だ。




ということは、今はお昼なのか。


少し、ニンニクの匂いがする。

昨日は誰かと食べに行ったのかな。



「最近は、寒くなくなってきたよ」


「」


「今日は、ほら。手袋なしでも出歩けるよ」


「」


「俺さ、また引っ越すんだ」


「」


「また近場なんだけどね、次は二部屋あるんだよ」


「」


「今の家は狭いから、次は落ち着けるスペースがあるんだよ」


「」


「日当たりもいいから、二人で昼寝でもしようか」


「」


「」



声が止む。


私の返事は聞こえてるんだろうか。

聞こえてないのかなぁ。



目が開けば、いいのになぁ。


指が動けばいいのになぁ。





私は植物人間。


なんだか変な自己紹介。


でも事実なんだよなぁ。



私は一つだけ嘘をついていた。


最期の記憶は事故の記憶。



忘れたい、なかったことにしたい。


あの昼寝のあと、バイトに向かう途中。


何かにはねられてから、私は動かない。




彼は、今何を思っているのかな。





でも分かることがある。


彼はいつか誰かに恋をするんだろう。


私はこの真っ黒な世界の中に取り残されて、

生命維持装置を外される時が来る。


そうなる時は遠くはない。


この意識は途切れ、なかったものとして扱われる。



いつか誰かに、彼は必要だと思われる時がきてしまう。




それを少しでも早めるためにも、


私は唯一動く右足を動かさない。










「目をさましてくれ、明…」



















おやすみなさい、




それでも私は、あなたが来るこの時間を

生きる糧にして眠っているんだよ。





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