【第2話】 〜高鳴り〜
「ダレ?」
〈ヒャッ!!!!????〉
店内へ入った真由美の後ろから、気配無く男の低い声が追いかけてきた。パッと後を振り向くと、東南アジア系で長身のゴツイ男が真由美を見下ろしている。
「メッ。め。。。面接に来たんですけど。。。」
〈怖っ!誰コイツ?えー!いきなり外人!?〉
真由美の心臓は、苦手な短距離とスクワットを交互にやりながら1000m無呼吸で駆け抜けた後くらいバックバクだ!
「アソ、コッチダヨ。」
流暢とはいえない日本語だが、面接者とわかると薄っすら微笑んだ。ゴツイ身体に白い歯が目立つ。
〈まったく驚かせんなよっ…〉
心では強気に思いながらも、まだバクバクビクビクしながら大人しく男の後を着いていった。奥へ奥へ。
店内にはルーレットや緑色のテーブルが沢山あった。
テーブルの大きさは様々で、真由美にはなにがなんだか。
一番大きなテーブルにトランプをバラバラといじりながら若い男が座っている。
「テンチョ、メンセツノコヨ。」
〈店長って、あの渡辺?あれ?若くない?〉
「こんにちは、どうぞ座って。」
「シツレイします。」
真由美がジジィと思った渡辺は実際にはジジィではなく、真由美からみると25歳位だろうか。
申し訳なさそうなアゴヒゲに、やや細身で色白だ。目は細くまつ毛が長くて女装したら似合いそう。
「失礼ですけど、店長って若いんですね…。」
さっきまで、心臓バックバクの小娘が吐くセリフとは思えない。根性のある子だ。
「あははっ!本当に失礼だね!言うじゃないっ。やるなぁー。君も若いね!はははっ!」
「19歳です。」
「俺の事、オジサマだと思ってたわけね!?んーオジサマの年じゃないけど、OK!いいよぉー!ウケルから合格!明日からおいでっ。」
たった30秒の面接で採用だ。
〈オジサマじゃなくて“ジジィ”だし。干支とか聞かないの?身分証明書は?履歴書は?採用ぉーー?マックより簡単じゃんかっ!〉
あまりに簡単すぎて真由美のほうが不安になった。
「そんなんで良いんですか?私、ディーラーとかあんまり、って言うか全然意味わかってないんですけど…。」
「大丈夫だよ教えるから。ただ、制服はミニスカートなんだけど、脚出せる?出せれば合格でいいよ。」
脚には自信あり。問題なし。
「ミニでも大丈夫です。」
「あそ、サイズは?7号?9号?明日までに用意しとくから。」
「じゃぁ、9号で…。」
「おはようぉーございまぁーす!」
能天気な女の声が聞こえた。くるっと振り向き声のするほうを見ると、長身の女性がいた。
シャンプーのCMに出演できそうな漆黒のストレートロングと、細長い脚、大きな目に大量のマスカラと、ぷるっとしたエロい唇を、これでもかと言わんばかりにアピールしながらディーラーの制服を着こなしている。
真由美よりはずっとお姉さんに見える。
近づいてきた。
〈うわぁーイイ女だなぁー〉
到底、女子高生には出ないエロ気の持ち主に真由美は気持ちよく完敗だ。彼氏には、真由美ってなんかエロいよね。なんて言われて自信はあったが次元が違った。
「はじめましてぇー!新しい子?ウェイトレスさん?宜しくね!シャネル可愛いね!」
「ウェイトレスじゃなくてディーラー志望だよ未経験だけど。仲良くしてやって。」
渡辺がボソッと言った。さっきまではゲラゲラ笑っていたのに、やけに大人しい。
「はじめまして、小林っていいます。」
「どぉーも!亜矢子でぇーす。アヤって呼んでね!ディーラーの女の子はうちらだけだから宜しく!」
「あ、はい宜しくお願いします!」
そう挨拶すると亜矢子はルーレット台へ向かった。どうやら亜矢子もディーラー成り立てで練習しているらしい。何度かルーレットの玉を場外へぶっとばしていたから真由美でも初心者だと見てわかった。
〈良かった。他にも素人いるんじゃん!〉
「じゃ、明日の5時から出勤ねっ!すね毛剃ってきてね。ははっ。」
「すね毛ありませんから。」
〈やっぱジジィだなコイツっ!ふんっ!〉
「あ、名前なんていうの?」
「小林真由美です。」
「真由美ちゃんねっ!じゃ、よろしくどぉーぞ!」
名前とすね毛の確認だけでさっくりと面接が終了し、こんなんで本当にいいのかと思いながらエントランスへ向かうと他のディーラー達が出勤してきた。
5〜6人ほど、年齢はバラバラだ。
「こんにちわぁー♪」
「こっんちはぁ〜」
「こんわんばんこぉー」
「はろぉー!」
「ぐっもーにんハニー!」
「おっーす!」
軽薄声でディーラー達が挨拶してきた。
「こ、んにちワ…。」
あまりの軽薄さに、いくら明日から先輩になるとはいえ媚びたくなかった真由美。
〈ここのディーラーってみんな変!芸人かよっ!ディーラーってさ、カッコイイイメージじゃないの?〉
エントランスを出ようとして、遠くで軽薄ディーラー達の声がまだ聞こえてた。
「だれ、あのコ?」
「知らねぇー。新しいウェイトレスじゃん?」
「けっこう可愛いじゃん!」
〈ふふっ、見る目あんじゃん〉
「えー、68点かなぁー。」
「卓、厳しいっ!!」
〈68点!? 卓って奴許さねぇー!お前は12点だっつーの!〉
ようやくドアを出る時、ひどいタバコの匂いと、高級なのか安っぽいのかわからない柑橘系の香りが真由美を送り出した。いつもならタバコの匂いを毛嫌いする真由美だが、不思議とイヤな気分ではなかった。
「しっかし、暑いなぁー。。。」
夏休み中なのだから、くそ暑いに決まってる。夕方といえど体温よりもあきからに高い。ジリジリと真由美の肌に突き刺さって、さらにアスファルトから照り返しこれでもかと攻撃してくる。
こっそり拝借した姉の大人っぽいキャミソールも、汗で透けそうになるほどの暑さだ。いつもなら真夏でも透けそうなキャミなんてめったに着ない真由美だが、今日ばかりは亜矢子の影響だろうか
〈もうちょっとセクシー路線にすれば良かったかな〉
なんて調子に乗っていた。とりあえず面接には受かった。その位の余裕はもうあったのだ。
「おかえりぃー。」
もんじゃ屋の実家へ戻ると、珍しく姉の尚子が早く帰っていた。
扇風機の真ん前に陣取り、
「あれ、ちょっとぉー、あたしのキャミ着ないでよねっ!あっ、シャネルも!」
「ごめぇーん!ちょっとデートでさっ!許せっ!」
「えぇー?真由美の彼氏、ブランドとか嫌いって言ってたじゃん。彼氏変わった?」
「んー?うーん、別に別れてないけど・・・。」
「とにかく、ちゃんとキャミはクリーニングしてから返してよね!今日、メイク濃くない?」
「ふぁぁーい・・・。」
〈あぶなぁーい!なに早く帰ってきてんの?こんな日に限って。尚子こそ彼氏にフラれたんじゃないの?ま、いいけどね。〉
メイク濃くない?の答えはスルーして、尚子が二階へ上がってこないうちに保険証とシャネルを返した。保険証はさすがにヤバイからだ。言い訳が難しい。
メイクを落として、お気に入りのアロマを準備しリラックスしようとしたが、頭の中はリトルリノでいっぱいだった。
「店長ってあんな若くて出来るんだぁ。ってか亜矢子さんていくつぅー?尚子よりも上?メイク超いけてた!あのグロスどこのだろう・・・。つーか!卓って奴、マジむかつく!明日ぜったい誰か確かめてやるっ!」
真由美・・・。そんな事ばっかりかよ。
明日からはじまっちゃうんだよ? “リトルリノ真由美”が生まれちゃうんだぜっ!?