第一章(7) 少しの間の休憩
俺たちは一瞬耳を疑った。
ええっ!? この二人が魔術師!?
…………ん? よく考えてみると、魔術師だから何なんだ?
「結城さん。魔術師って一体……?」
「魔術師とは様々な魔術が使える者の事だ。昔は勇者の一族と行動を共にしていたのだが……」
心底言いにくそうに顔を曇らせる結城さん。
昔ということはあの戦争の事が関連しているのか……?
そこは紳士の黒條白兎。結城さんにしか聞こえないように耳元で話しかけた。
「(まさか、あの戦争か……?)」
「!!」
突然顔を真っ赤にした結城さんは、驚いたかのように一歩後ろへ退く。……やっぱりタブーな事に触れたから、俺を警戒してるのかな……。
「ご、ごめん結城さん。お、俺――」
「み、みみみみみ耳はダメだっ! なんかくすぐったい感じがするっ!」
…………なんか、俺まで顔が熱くなってきた……!
耳まで顔を真っ赤にしてモジモジする結城さん。か、可愛いっ!!
「……ハイハイ、そこでベタベタしないでくださーい」
氷のように冷めた目線でこちらを睨む雨音。
「べ、別にベタベタしてなんか……」
「う、うん。そう! ベタベタなんか……ベタベタなんか……」
どんどん結城さんの声のボリュームが小さくなっていく。
「……そんなことしたら、黒條君に迷惑が掛かってしまう……」
「え?」
何が何だか聞こえなかったが、少し元気がないようだ。……こんな時に戦争の話をしたら、余計に結城さんを傷つけてしまうだろう。
ここはおとなしくしておく方がいいな。
「でも、二人が魔術師なんてな……。って事は結城さんやルシファーなんかの事情は全部分かってるのか?」
俺の質問に雨音と櫻葉は軽く頷き、「はい、一通りは」と答えた。
「そっか……それならいい。よし、今日は遊びまくるか!」
「……えっ? 黒條先輩?」
ちょっと楽しみにしていたジェットコースターへ行こうとした俺は、櫻葉に呼び止められる。
「何で俺らが黙っていたのか、とか聞かないんですか?」
「え? 何で?」
すぐに返した言葉に呆気を取られたのか、キョトンとした顔をする二人。そんな変なこと言ったかな……?
すると、雨音が慌てたような顔で声を出した。
「ふ、普通気になりませんかっ!? 後輩が魔術師なんですよ!?」
「いや、こういった事態にもう慣れたし……」
「な、慣れた!?」
いきなり魔物に襲われたり、家に魔王が居候したり、クラスメイトが勇者の血を引く人だったり、突然メイドに殺されかけたり、タンスの引き出しから関西弁を喋る少女が現れたりして、もう大抵の状況に慣れてしまった。
後輩二人が魔術師と聞いた時、最初こそ驚いたが、すぐに納得してしまったし……。
「うん、やっぱりそこまで衝撃はなかったな」
「そう……ですか。先輩は私達に興味がないんですか……?」
「確かに『魔術師』には興味はねぇ。関わってるって言っても、あんまりそっちの世界の事も分からねぇしな。でもお前達『個人』は別。後輩でもあり、友達でもある二人には興味がありまくりで、引いちゃうくらいだぞ☆」
「「………………」」
最後にウィンクをしながら言ったのが気に入らなかったのか、櫻葉は苦笑い、雨音は軽蔑の表情を浮かべていた。
「さ、行こうよ櫻葉くん」
「そ、そうだな。うん、行こう」
何かを警戒するように俺を避けながら、二人はメリーゴーランドの方向へ走っていってしまった。
「ちょっ! そういう意味の興味があるじゃないって!!」
手を伸ばしながら叫んでみるが、時すでに遅し。
周りに立っていた人達から、『見てあの人。男女二人に変態的な告白をしてたわよ。きっとバイよ、バイ』なんていうとんでもない声が聞こえてきたのだった。
「あの二人、嬉しそうだったな……」
突然、結城さんがそう呟いた。
嬉しそう? 俺からじゃ表情は見えなかったけど、すごい気持ち悪いものを見るような態度だったような気が……。
「さ、私達も行こうか。黒條君!」
「あ、ああ……」
結城さんに手を引かれ、俺はジェットコースターの方へと向かうのだった。
「次はアレに乗ろう!」
俺の手を引っ張り、次に指差したのは、円形のステージに馬や馬車が設置してある、メリーゴーランド。子供やカップルがニコニコしながら乗っており、とても楽しそうなのだが……。
「な、なんかカップル比率の方が高くて、の、乗りにくい……」
乗っている殆どが男女のカップル(なのかどうかは知らないが)で、俺としては気まずいことこの上ない。結城さんは平気なのだろうか……?
俺がそんな事を思っているなんてつゆ知れず、結城さんはメリーゴーランドの順番待ちの列に並ぶ。
するとそんな時、前方のカップルからこんな声が聞こえてきた。
『ここか? 二人一緒に乗ると離れなくなる、という噂があるメリーゴーランドは』
『そうよ? ここのメリーゴーランドには二頭の馬がペアのように並んだ場所が一つだけあって、そこに一緒に乗れば、二人は永遠に結ばれるらしいの!』
『ふ〜ん。噂が本当か嘘かは分からないが、乗らないわけにはいかないな』
『愛してる……』
と、一見普通の会話だが、この会話をしている二人は男である。……そ、それぞれの愛の形とやらがあるのだろう……!
そんな二人の会話は耳に入っていない結城さんは、目を輝かせながら順番を待っていた。
(その噂が本当なら、結城さんは俺なんかと乗っていいのだろうか……。お、俺的にはすごい嬉しいんだけど……)
もっと大切な人ができた時に来た方がいいんじゃないのか、とは思ったが、もう既に列の中腹。途中離脱はできない。
そして待つこと数十分。俺たちの番が回ってきた。
「はい、どうぞ!」
係員のお姉さんに案内され、二人はそれぞれの馬に乗る。
するとそれは二頭が横に並んでいるペアの馬だった。
「べ、ベタな展開来たぁぁああああ!?」
「ど、どうしたんだ黒條君っ!?」
ハッと係員のお姉さんを見ると、親指を立てて、『頑張れ!』的な表情をしている。お姉さんが仕組んだ事だったのか……!
少し取り乱した俺を慰めるかのように、結城さんは俺の左手を握ってくれた。
さっきから思っていたが、結城さんの手はすっごく暖かくて心地がいい。なぜだか分からないが、心の底から安心感が込み上げてくる。
「落ち着いたか……?」
心配そうに見る結城さんに俺は「あ、ああっ!」と裏返った声でしか返事ができなかった。
そしてメリーゴーランドが動きだし、俺と結城さんは揺られなから辺りの景色を見ていた。
「黒條君」
「ん、何? 結城さん」
返事をしてから結城さんの方を見ると、少し微笑んでいたのが分かった。
「今日はありがとう。私達に気を遣って誘ってくれたのだろう……?」
「ま、まぁ、たまには気分転換でもしないと、と思ってな……」
「ふふ、黒條君は優しいな……」
「そ、そんな事、なな無いって!」
女性にあまり『優しい』と言われた事がない俺はその言葉にかなり動揺してしまう。
や、ヤバイ……! か、顔が熱くなってきた……!
「ふふ、顔が真っ赤だぞ」
「い、いやこれは暑いだけであって、別に照れてる訳じゃ……」
「私は別に『照れてる』なんて言ってないぞ?」
からかうように言われ、俺はさらに顔が熱くなり、何も言えなくなってしまった。
しばらくするとメリーゴーランドも終了の時間が訪れ、ゆっくりと回転を停止していく。
「楽しかったな黒條君!」
「ああ、楽しかった!」
メリーゴーランドを出て、近くのベンチで座っていると、どこかから物凄いスピードで走ってくる影が一つ。
誰だ? と思って見ていると、その影は俺に向かって突撃してきた。
「ちょ、ちょっとスピードを――ぐばぁぁあああ!?」
激突してきた影によって俺は吹っ飛び、近くの地面に背中を強打する。
「ゲホッゲホッ!! いつつ……。一体誰だよ!?」
「なんや、この程度の突進も止められへんのか?」
こ、この関西弁は……、と思って見てみると、そこにいたのは案の定、ツインテールの魔界人アミーだった。
「な、何でいきなり突進……?」
「いや、なんとなくや」
「何となくで人を吹っ飛ばしてんじゃねぇぇええ!!」
「まあ、そういうなや。ウチもテンションが上がってんねんから! やっぱり遊園地は楽しいな!」
「そ、そうだったのか……。楽しんでもらえて何よりだ」
楽しそうにニコニコしているアミーを見ていると、誘って良かったな、と思う。
「ところで、ルシファーはどこいったんだ?」
アミーと一緒に消えていったはずのルシファーがいない。
「ああ、アイツならな――」
「連れてきましたよ!」
「ぐはっ!」
突如聞こえた女性の言葉と共にルシファーがごみ袋のように投げられる。
その女性の声の正体は雨音だった。
「雨音か! ルシファーはどこにいたんだ?」
「ジェットコースターの鉄骨にいました」
「鉄骨? 鉄骨ってまさか!?」
「はい。ジェットコースターの鉄骨の上で、やってくるコースターを飛んで避けるというゲームをしてたんですよ」
どれだけ危険なことをするんだアイツは……! ってかあの野郎……! 周りの人に不自然な行動を見せるなよ……!
注意しようとルシファーの方へ振り向くと、アイツは体育座りのままいじけていた。
「最近俺、魔王として扱われてなくね? さっきもごみ袋のようにポイされるってどういうことだよ……。つーか、出番すら少ないし」
出番なんたらはさておき、確かに魔王としての風格は失われつつあるルシファー。そこはデリケートな部分なので、あんまり触れないでおこうか……。
「先輩。最後にみんなで観覧車に乗りませんか?」
雨音と共に帰ってきていた櫻葉がそんな提案をした。
みんなで観覧車か……。今日はあんまりみんなで遊んでないもんな。
「よし乗るか!」
ということで、最後に観覧車に乗ることになった俺たちは、すぐに観覧車のあるエリアに着き、早速乗車することにしたのだが……。
「なんでテメェと二人なんだよ」
「それはこっちのセリフだ!」
なぜか俺とルシファーの二人という組み合わせになってしまった。
自分の前方の籠を見てみると、四人が楽しそうに話しているのが分かる。
一つの籠に六人は多すぎるっていうのは分かるけど、なんでコイツと二人なんだ……! あっちのほうが楽しそうじゃないか……!
「おい」
「な、何だよ?」
突然話しかけられ、焦った声を出してしまう俺。
「この遊園地のことだけどよ……。一応感謝はしてるからな……」
照れくさそうに言うルシファー。
いつも思うけど、こういう時は素直なんだよな。……いや、やってる行動も素直っていえば素直か。
「お前、俺がなんで人間界に来たか分かってるんだろ? だから気遣って俺をここに連れてきたんだろ?」
「………………ああ」
コイツは気づいていた。俺がルシファーの目的を知っていることに。そして俺を説得するようにこう言う。
「でも、これは俺の問題だ。一般人のお前が出しゃばる場面じゃない」
言い方こそ違うが、結城さんと同じで『一般人を巻き込みたくない』と言っているのだろう。
それは分かってる。分かってるけど、俺は――
と、言葉を発しようとした瞬間。全身に異様な寒気が走った。
「っ――!?」
観覧車から辺りを見回す。が夕焼けに染まる空と海や、遊園地の中の人、アトラクションが見えるだけで、怪しいものなんかない。き、気のせいだったのか……?
と思った時、沈みゆく夕日をよく見ると、小さく一つの影があった。眩しくて見えづらいが、あれは人っぽい形をしている。
「どうしたんだよお前?」
「お、お前にはアレが見えないのか?」
俺は人影がある方を指差すが、『何もねぇけど?』と言って違う方向を向くルシファー。
もしかして俺にしか見えていないのか? とそんなことを思っているうちにその影は姿を消してしまった。
(な、何だったんだアレは……?)
アレが何だったのか分からないが、そうこう考えている間に籠がスタート地点に着いてしまい、俺たちは観覧車を降りたのだった。
あれから四日後。
「できたで~」
自宅のリビングでくつろいでいた俺にアミーがそんなことを言った。
「できた? できたって何がぶぉぅふ――!!」
「お前の脳みそは赤みそでできとんのか? 転送ゲートができたゆうてんねん! 早よせえ!」
「い、いちいち殴る必要があるか!?」
殴られた頭をさすりながら、自分の部屋へ向かう俺とアミー。
するとそこには引き戸版ど○でもドアらしき扉が立っていた。
「お前、もしかしてド○えもん好きか?」
「何の話や? ウチが好きなんはキテ○ツ大百科や」
「うん、ごめん。俺が聞いといてなんだけど、この話やめようか。……で、このドアを入れば魔界に行けるのか?」
「ああそや。でもどこに転送されるかわからんから、きぃつけや!」
「ええっ!? いきなり危険な場所に転送されたりしねぇよな!?」
「………………。早よ行くで」
「今の無言は何ッ!? ちょっ、待って! 嫌な予感がするいやぁぁあああああああ――!!」
抵抗する暇もなく、俺はアミーに服の裾を引っ張られ、引き戸版どこで○ドアの中へと入っていったのだった。