第一章(6) とある少女から語られる魔界の歴史
……で、何から調べていいのか分からない。
結城さんに『魔物の人間界侵略』に関して調べるぜ! と言ったのはいいものの、魔界の状況は俺には分からないし、情報を調べに帰ったアエリアルもいつ戻ってくるか分からない。
初っぱなから、手段ゼロと言っていいほど、手詰まりを起こしていた。
「はぁ……。せめて魔界の様子とかを見れたらな……」
『ほな、見せたろか?』
突然聞こえてきた声に体を強張らせる。い、一体どこから聞こえてきたんだ!?
『ああ、ごめんごめん! どこからゆうてるか分からんよな? 今姿見せるから待っててな?』
突然、収納タンスの引き出しが開き、その中から一人の少女が現れた。それも驚きなんだけど、何で魔界から関西弁の少女が現れるわけ? ……もしかして、魔界にも方言とかあるのか?
そんな事を思っている間に、少女は俺のベッドの上に座っていた。
見た目は俺とそんなに変わりないように見える年齢の少女は、中に黒のタンクトップ、その上に淡い黄色の上着を着て、下には膝までのデニムパンツを履いていた。……えらく人間界っぽいファッションだな。
そして夕日を彩るかのように赤い髪を一ヶ所で束ね、ポニーテール状にしている少女の顔は可愛いと呼ばれるようなタイプをしていた。
「いや〜、ごめんな〜! こっちに来んのは始めてやから、どこから出たらエエんか、分からんかったわ〜!」
「いや、別にタンスの引き出しから出てくる必要は無いんじゃ……。未来の猫型ロボットじゃあるまいし……」
「ほんで自分、魔界の様子を知りたいんやったな!」
き、聞いてねぇ……!
「あ、そうやそうや。自己紹介が遅れたわ! ウチの名前はキャロル=アミー。よろしくな!」
「あ、ああ……よろしく……」
おかしい……! 全然自分のペースにすることも、相手のペースに乗ることもできないぞ……!?
しょうがない。個性的な自己紹介でペースを取り戻す!
「聞いて驚け! 俺はこの世に蔓延る悪を成敗する正義の味方――」
「ああ、黒條白兎やろ?」
惨敗したよ母さん……。せっかく中二っぽい設定まで考えたのに……。
「まあ、ルシファー家が治める魔界では有名やからな〜、アンタ」
「へ?」
「だって、魔王と暮らす人間は、嫌でも有名になるやろ〜!」
マジで? 魔界ではそんなことになってんの?
「普通、人間と魔界の住人が一緒に暮らすことはあらへん。……二〇〇年前なら即死刑や」
そ、そんなに厳しいのかよ、魔界って……。
「でも、レイエス=ルシファーの親父さん、ロバート=ルシファーが魔王になってから変わった。人間界と友好関係を築く事になったんや」
「へぇ〜。そうなのか」
ルシファー家ってのは、人間界になにか特別な感情でも持っていたのかな……。
「でも、それに反対する王家はようけおった。それまで魔王だったサタン家を始め、ベルゼブブ家、ガープ家とかやな」
アミーは一呼吸おいて話を続ける。
「でも、ルシファー家の血筋は特別魔力が強く、勝てるもんはそうおらん」
「そんなに強いのか……」
でもじゃあ、その反対している王家はおとなしく従うしかないんじゃ……?
「だから勝たれへんて分かってる反乱軍が起こした行動は、『人間界に魔物を送り込む』という卑怯極まりない作戦やった」
「なっ……!」
強大な力を持つルシファー家を狙わず、力が弱い人間の方を消そうとしたのか!?
「当然、ルシファー家は人間に荷担し、その王家達相手に善戦したんやけど……」
「したけど?」
それまで普通だったアミーの顔が、突然暗くなる。
「ロバート=ルシファーはその戦争で戦死した」
「……!」
な、なんで!? ルシファーの父さんの力は強大だったんじゃ……!?
「ある王家がとある一族の人間を催眠をかけ、ロバート=ルシファーを暗殺したんや」
突然重みを増す空気。息を吸うのも苦しくなる。
「ロバート=ルシファー死亡により、魔王の座は再びサタン家に戻るかと思われたんやけど……」
もったいぶるように話を区切るアミー。
「次に魔界の住人が選んだのは、ロバート=ルシファーの息子、レイエス=ルシファーで、サタン家に入れた奴は反乱を起こした奴等だけやった」
「人間と友好関係を結ぼうとするルシファー家の方がみんなに受けいられた、って訳か」
「そうや。それでサタン家率いる反乱軍はルシファー家への反対をやめた」
こうした歴史を経て、アイツは魔王になったのか。
「でも親父を人間に殺されたルシファーは、相当人間を恨んでるはずじゃ?」
「それはない。息子に父が最後に残した言葉が『決して人間を恨むな。この裏切りも魔界の欲望が産み出したのだから』やったらしいからな」
「じゃあ、ルシファーの父さんは裏切りに気づいていたのか?」
「ああそうや。でもそれでも人間に少しも敵意は向けへんかった」
すげぇ……! どこまで男らしいんだルシファーの親父……!
「で、裏切った人間ってどうなったんだよ? 他の人はその人が操られていた、なんて知らないんだろ? ずっと憎しみの対象になったんじゃないか?」
「しばらくは非難、差別の嵐やったみたいや。でも長い時間が経ち、みんなの記憶からは忘れ去られていった」
「今でも裏切った人間の血筋って生きてるのか?」
その質問にアミーの顔が真剣味を増す。それを見て俺も唾を飲んで聞く事にした。
「裏切った人間の一族。それは勇者の血を引いた一族の事や」
その瞬間、俺の息は止まるかと思った。……ゆ、結城さんの一族が裏切った……!?
い、いや操られてたから、裏切ったのとはまた違うけど、それでも――
「まあ大分昔の話やし、その勇者様がどこにおるかは知らんけど、今でも罪の意識は引き継がれてるはずや」
「ゆ、結城さん……」
それで俺が『勇者はカッコいい』って言ったとき、一瞬暗い顔をしたのか……。
「でも、何でアンタそんなに戦争詳しいんだ? 見た訳じゃないんだろう?」
「そや? 見た訳じゃないけど、ウチの親がルシファー家と親しかったから、色々と情報は手に入るしな! それにレイエスとも何回か遊んだことあるで?」
そ、そういうものなのか……? なんか、いいとこのお嬢様みたいな会話だったな……。
「で、話を本題に戻すで!」
いきなり声を大きくするアミー。
と、突然何だよ……?
「アンタ、魔界の様子を見たかったんやな?」
「あ、ああ……。そうや――じゃねえ、そうだ」
思わず関西弁が移っちまったじゃねぇか。
「ほんじゃあ、ウチが一週間で人間用転送ゲートを作ったる!」
へ? そんなの作れんの? ってか、魔界に俺が行くの?
ベッドから飛び降りたアミーはタンスの中から色々な道具を取り出す。な、なんだ? ほとんどがホームセンターに売ってるような物ばかりだぞ!?
「ってか、なんでお前は俺に協力してくれんだよ!?」
別にこの俺に直接的な繋がりがある訳じゃないし、ルシファー家繋がりだけで、ここまでしてくれるのはおかしい。
なにか、裏があると思ったのだが――
「まあ、ルシファーの友達ってのもあるけど、アンタはアエリアルの友達らしいからな! 友達である二人の友達は、ウチの友達でもある! だからここまで来たんやから! ……あれ? 『友達』言い過ぎてワケわからんなった」
予想外の一言に俺は息が止まる。
「…………え? アエリアルが俺の事を友達って言ってたのか……?」
「ああ! 『男の友達は初めてです☆』って言ってたで!」
あのメイド、そんな事を言ってくれたのか……! な、何だか目から塩水が出てきやがったぜ……!
アミーはドリルやら木材やらを持つと、
「じゃあ、今から工事開始や!」
で、一体何処を工事するんやろ? ……ハッ! また移った!
工事開始から三日後。
アミーの気分転換も兼ねて、俺と後輩の櫻葉と雨音の二人、そして結城さんとルシファーの合計六人で遊園地に遊びに来た。
……分かるよ? お前らそんなことしてる暇があるのか、って俺ですら分かるもん。
でも、息抜きは必要だと判断した俺は無理を承知して、みんなを誘った。するとみんな、快くオッケーしてくれたのだった。
「よう、久しぶりだなアミー」
「そうやな。何年ぶりや?」
「八〇年ぶりくらいじゃないか?」
「せやな。あん時はお互いに生意気な子供やったからな〜」
お前ら一体何歳なんだ? 聞くのは何だか危険な香りがするので、とりあえずやめておこう。
「せや! レイエス! あん時のウチとの決着ついてへんで!」
「そういや、そうだったな! よしここで決着を着けるか!」
え? まさか戦闘するの?
「や、やめろよ? ここには一般人が――」
「どっちが先にジェットコースターで酔うか勝負だ!」
「受けてたつで!!」
…………俺の心配返せ。
そんな俺の心の声も知らず、ルシファーとアミーはジェットコースターのある方向へ走っていってしまった。
「黒條君、今の会話はこの二人に聞かれても良かったのか?」
はっ!? 今結城さんに言われて気づいた!
恐る恐る見ると、櫻葉と雨音はニコニコと笑っていた。
「あ……あれ? 二人は今の会話、おかしいと思わなかったのか?」
普通の人が聞けば、絶対おかしく聞こえる会話だったのに、二人は普通に笑っていた。
「ええ、先輩。別におかしいと思いませんでしたよ?」
「そうですよ? だって私達――」
二人は一呼吸置くと、声を合わせてこう言った。
「「魔術師ですから!!」」
「なっ……!」
「ええぇぇええええ!?」
突然のその言葉に、俺と結城さんは衝撃を隠せなかった。