第一章(3) 後輩登場。でも立場逆!
「ううん……」
ふと目を開けると、目の前には心配そうに覗き込む結城さんの顔があった。
後頭部には暖かくて柔らかい感触。
俺今、結城さんに膝枕されてる? あの男性の憧れの?
……ははーん、これは夢だな?
目が覚めるとルシファーの顔があって、『うわぁぁああ!!』ってオチだろコレ。
なら、今の内にこの感触を楽しんでおこう!
……………………。
アレ? 目が覚めないな……。
うっすらと目を開けてみる。やはり結城さんの顔がそこにはあった。
「ゆ、結城さん? 俺今、膝枕されてる……の?」
恐る恐る聞いてみると、結城さんはトマトのように顔を赤くして、慌てふためきながら『い、いや違うんだ! こ、こここは地面だからと思って……!』と何故か言い訳みたいに言っていた。
「ゆ、ゆゆ夢の体験をありがとうございます……?」
そう言いながら、慌てて結城さんから離れる。
ああ……。気持ち良かったな……! 結城さんの膝枕……!
「目、覚めたのか!?」
突然後ろから話しかけられた俺が振り返ってみると、そこにはルシファーがいた。
……ああ。そういえば、俺はコイツに助けられたんだよな。
「ありがとう。そしてごめん」
「感謝と謝罪はそこの勇者様にしろよ。お前を安全な場所に運んだのはコイツだぜ?」
ふと、結城さんを見てみると、俯きながら顔を真っ赤にしていた。
……なんで戦うときはあんなに凛々しいのに、普通の時はこんなに照れ屋なんだ! 可愛すぎる!
「結城さん、ごめん。そしてありがとう」
「い、いや私は普通の事をしただけだ……! ……でも迂闊に魔物の前に出るのは危険だから、それだけはやめてくれ」
「ああ……。今度は気を付ける」
「こ、『今度は?』」
予想していた返答と違ったのか、結城さんは驚いた表情を浮かべる。
「あの時の俺は本当に迂闊だった……。でもあと一回戦えば、何かがわかる気がするんだよ」
「黒條君……」
「フン、雑魚のお前に何が分かるのか、楽しみだぜ」
ルシファーは何か楽しそうな表情を浮かべながら、フェンスの上に立つ。
そして「じゃあ、俺は家に帰るからな」と言い残し、この場を去っていった。
「自分の家みたいに言うんじゃねぇ!!」
その叫びが聞こえたかどうかは定かではない。
するとちょうどいいタイミングで、学校中にチャイムが鳴り響いた。
「ところで結城さん」
「ん? 何だ?」
「今何の時間?」
携帯を胸ポケットから取り出した結城さんは現在の時間を確認する。
「今ちょうど五時間目が終わった所だ」
「何だとぉぉおおおお!?」
せ、せっかく楽しみにしていた飯の時間が……!
かなりのショックを受けた俺は結城さんの手を引っ張り、とりあえず教室へ戻ろうとダッシュしたのだった。
「で、何で黒條先輩は五時間目に体育館にいなかったんですか!」
これは何かの間違いだ。
誰もまさか俺が放課後に自分の教室で後輩の女子に怒られるとは夢にも思うまい。
五時間目は体育館で緊急の集会だったらしく、全学年合同だったらしい。
その時に俺の姿を探していたらしいのだが、見かけなかったため、こうして放課後に俺の教室へとやってきたらしい。
……何で俺を探す必要があるんだろうか?
ちなみにこの女子は風紀委員の雨音紗季さんだ。
黒髪のショートヘアー、顔はアイドルっぽく、生徒達の間では可愛いと評判らしい。
体つきはスレンダーで綺麗なラインを描いている(上半身の一部分除く)。
「今、先輩を怒らなくちゃならない気がしたんですけど?」
「き、気のせいだ」
後、妙に勘が鋭い。これが女の勘ってやつだろうか。
「とにかく、なんで五時間目に体育館にいなかったんですか」
「い、いや〜それはだな……? ち、ちょっと用事があって……な?」
「用事って何ですか!? あ、もしかして結城先輩と何かしてたんですか!? 屋上で黒條先輩と結城先輩が一緒にいるところを見た人がいました!」
え? 話が変な方向に進んでない?
「全く……、学校で不純異性交遊だなんて……!」
「ちちち違うに決まってるだろ!! 何でそういう方向に話が進んでんだよ!?」
「私の友人が見たからです!」
と言うと、教室のドアから一人の男子生徒が入ってくる。
ソイツは俺の後輩の櫻葉智だった。
すこしチャラついた茶色の髪に、耳にはイヤリングを装着。
顔は近所で話題になる程にイケメンで某事務所のアイドルに匹敵すると専らの噂。
学校の制服をかなり着崩しているのだが、風紀委員のおとがめは全くない。
雨音さん、怒るならまずアイツだろう。
でもそんなアイツと友達、というのだから不思議だ。
「プ。先輩が後輩に怒られてるなんて……!」
あの野郎……! 後で絶対ぶん殴ってやる……!
「ってか、あいつは何で五時間目に屋上にいるんだよ!?」
「俺の直感力を侮らないでください! 好奇心のくすぐられるところならどこでも現れます!」
「パパラッチか!!」
大体、俺たちがどういう関係かというと、さっき言っていた通り、先輩・後輩の関係であっている。
だが、雨音さん達が入学してきて二日後にあった、とある事件がきっかけで彼らと話すようになった。
その日、俺は先輩に呼び出され、校舎裏に向かっていた。
呼び出された理由はおそらく、その当時に荒れていた俺の態度が気に入らない、というごく普通の理由だろう。
『全く、俺に構う暇があったら勉強しろよ』
とそんなことを言いながら校舎裏に着いた俺。
さっさとやってさっさと帰ろうと思って顔を上げると、俺の視界に飛び込んできた光景は許せないものだった。
一〇人くらいの不良が二人の男女に暴力を振るっていた。
いや、一人の男子が女子を庇い、全ての攻撃を一身に受けていた、というのが正しい。
男子は全身痣だらけになっても、口から血を流しても、女子を庇い続けている。
『おい、お前ら何やってやがんだ!!』
その言葉で俺がいることに気づいたのか、不良達の視線が一気にこっちに集まった。
『おう、テメェが調子に乗ってるっていう――グボェ!?』
話を聞く気になんてならなかった。
ただただ、目の前の不良達が気にくわなかった。
まず先に前に出てきた先輩らしき不良を殴り飛ばすと、次に近い生徒から殴っていく。
途中、どこから持ってきたのか分からない鉄パイプやバットで全身を強く殴られたが、痛みなんて気にもならなかった。
そして気がつくと俺は血まみれになって、倒れている不良達の中心に立っていた。
『ちっ、不愉快なもん見たぜ……』
足を引きずりながらその場を去ろうとした俺の目にあるものが映る。
庇われていた女子が、その庇ってくれていた男子を運ぼうとしていたのだ。
『私がこんなところに来たばっかりに……! ごめん……! 本当にごめんね……!』
後に聞いた話だが、女子が不良達の格好を注意した事で、こんなことになったらしい。
泣きながら運ぼうとするが、やはり女子が男子を運ぼうとするのは無理があり、少し持ち上がるくらいだった。
『はぁ……』
見かねた俺は女子に近づく。
女子は俺に驚いていたが、俺は気にせず男子生徒を背負うと、そのまま保健室にむかったのだった。
ちなみに保険医には『両方とも病院に行ってもらうから』と抵抗するまもなく、俺も病院に送られた。
その時の二人がこの後輩たちである。
「で、先輩。聞いてます?」
「ごめん。全く聞いてなかった」
と言った瞬間殴られた。
「全く……、あのかっこ良かった先輩はどこへ行ったんですか……」
「お空の星になったよ……」
ゴスゴスと頭を殴られる。意外と痛いんだけど……。
そんな時、教室のドアがガラッと開く。
「何だ。黒條君まだ残っていたのか」
頭を擦りながら顔を上げると、そこには結城さんがいた。
「結城さん! 助けて! この暴力娘が――っていだぁっ!? 肘で殴るなよ!」
「先輩が悪いです」
「そうだ先輩が悪いな」
「んだと! テメェら先輩に向かってなんて態度を――」
「ふふ、黒條君って本当におもしろいな」
わ、笑われたっ!? ダメだもう俺、立ち直れない……。
「結城先輩! 黒條先輩と屋上で何をしていたんですか!」
最初は何を言われているのか分からない顔をしていた結城さんだが、少しすると理解したのか、顔がボッと赤くなり、突然挙動不審になった。
「げ、幻覚を掛けていたはずなのだが……!」
小さな声で何かを呟いた結城さんだったが、その言動はより疑惑を深めていく。
「やっぱり何かあったんですね!?」
「い、いや、なんにもないっ!? 何もしていないから!!」
怪しすぎる結城さんをジロッと見ていた雨音だったが、「まあ、結城先輩がこんな先輩と何かあるわけないですよね」と言って、なぜか俺の心に深い傷跡を残していった。
「黒條先輩、結城先輩」
櫻葉が突然口を開き、ある提案をした。
「せっかく四人もいるんですから、今からボーリングでも行きませんか?」
「ボーリング!? うん行こう行こう! 黒條先輩は強制ですからね!」
「選択権無しかよっ!?」
どうやら後輩二人は行く気満々みたいだ。
まあ、俺も楽しい企画には賛成だから行くけどな。
「わ、私はやったことないんだが……大丈夫かな……?」
「大丈夫! 俺が手取り足取り――ゴブァ! いちいち肘で殴ってくるな!」
「セクハラ発言は禁止です」
「なら暴力も禁止だッ!」
この後、結城さんも承諾し、四人でボーリング場へ行くことになった。