第一章(2) 勇者と魔王が手を組んだ!
朝飯も終わった俺は家にルシファーを残して、学校に行く道を登校していた。
ルシファーの放ったさっきの一言のせいで周りをキョロキョロと見回してしまう。
(それにしても、魔物が俺たちと変わらない心を持ってるなんてな……)
昨日に襲われたあの狼のような獣からは全くそんなことを感じなかった。
感じられたのは目の前を動く物体を潰す、というような異常な破壊衝動だけ。
あの獣だけが特別おかしかったのか。
それは俺には確認できない。
「黒條君!」
考え事に耽っている俺に誰かが話しかけてきた。
声のした方を見てみると、走ってきたのは結城さんだった。
「おう、結城さん。今朝の調子はどうだ?」
「どこも変わって異常はない。黒條君も大丈夫か? 魔王と住んでいるんだろう?」
自分の宿敵と住んでいる俺を心配してくれる結城さん。いい人だな……!
「いい人だな……!」
「えええっ!? く、くろえだゃ君!」
「ん? 俺が何か言ったか?」
「な、ななな何でもないぞ!? うん、何でもない!」
「?」
よく分からないが、何かに顔を真っ赤にして顔の前で手をバタバタ振る結城さん。
あと俺は聞き逃さなかったが、確実に今、結城さんは俺の名前を噛んだ。
……俺の名前など正しく発音する必要もない、ということだろうか……?
「まあ、今のところ俺も異常無し。あいつの環境適応力はすさまじいもんだよ」
「それなら良かった。あの魔王の先祖は遥か昔に天界を追放された堕天使ルシファーだと聞いていたからな……」
「ああ、それで『ルシファー』って名前が付いてんのか」
「そうだ。ルシファー家は魔界でも屈指の強さらしい」
「へぇ〜……」
会話が途切れる。
ふと、結城さんを見ると何やら俯いて何かを口ごもっていた。
「ど、どうしたんだよ、結城さん!?」
「……く、黒條君は軽蔑したりしないか……?」
「軽蔑? 何を?」
「わ、私が……その……あんな魔物と闘っていることを……」
「尊敬はしても、軽蔑はぜったいにしない。カッコいいじゃないか! 世界を守る勇者なんて!」
と言った瞬間。
何故か結城さんは悲しげな顔をした。
すぐに元の表情に戻ったが、俺の頭にはさっきの顔が焼き付いて離れない。
「結城さん、本当は――」
「さあ、もう学校だ。早く行こう!」
俺の手を引っ張りながら、結城さんは学校への道を進んでいく。
「くそかったりぃ……」
現在、授業は四時間目。
淡々と続く古文の授業。すでに俺の耳は念仏として捉えてるらしく、全く頭に入ってこなかった。
しかも、もう腹が減って仕方がない。マジで早く終わってくれないかな……。
ふと時計を見ると、授業が終わるまで残り一〇分。もうすぐじゃないか!
さあ来い早く来い終われ終わるんだ! と思って時計をじっと見つめるのだが、なかなかに時計の針は動いてくれない。
「はあ。暇だな」
暇なので、結城さんのほうを見てみると、さすが優等生。ちゃんと先生の話を聞き、ノートを取っていた。うん、偉い。
そしてそのまま見つめること三分。見つめすぎて自分が危ない奴かと思えてきたよ……。
先生の声をボーっと聞いていると、突然教室にガチャン!! という大きな音が鳴り響いた。
が、それをクラスメイトが気づいている様子はない。唯一気づいているのは――
「(結城さん!!)」
結城さんはその音に気付くと同時に席から立ち上がり、教室の窓から校庭へと飛び降りた。ってかここ三階だぞ!?
だがそんな出来事もみんなは気づいている様子がない。
慌てて窓から外を見ると、校庭に対峙している三つの影があった。
一つは先ほど飛び出していった結城さん。前に見た少し大きめの剣を持っている。
それに対するように反対側にいるのはドラキュラのような黒いスーツを着た男とカラスを人にしたかのような魔物だった。
俺も慌てて教室を飛び出し、階段を駆け抜け、靴を履きかえることもなく校庭に出る。
「結城さん! 俺も力になるぜ!」
「黒篠君!?」
「ただの人間ごときがこの結界に入るとは」
ドラキュラはニヤリと笑いながら、こちらを見る。
「結界……?」
「そうです。今結界が張られた場所で動けるのは限られた人間のみ! 例えばそこの勇者とか、ですかね」
そう言って、ドラキュラは俺から視線を移し、結城さんを見る。
じゃあ、なんで俺は動けるんだ……?
と言おうとしたところで、先に結城さんが口を開いた。
「……黒篠君。ここは逃げてくれ。君を守り抜ける自信はないんだ」
「大丈夫だ。自分の身は自分で守る」
「だが――!!」
結城さんが何かを言う前にカラス人間のほうが我慢できなくなったかのように襲いかかってきた。
大きな黒い右翼を上に構え、俺の元へ一直線に走ってくる。ヘン、こんなの単純――
「黒篠君! 足だ!」
右の翼を上から下へ振りぬいたかと思うと、その勢いを利用し、空中で前転のように一回転。
そして伸ばされたカラス人間の足が俺の脳天に直撃した。
「ガ――――――ッ!?」
前転の勢いを利用していたこともあって、重い砂袋を上から思い切り投げつけられたような衝撃が脳天から足へと走り、激痛が遅れて全身を駆け抜ける。
そんな衝撃に普通の高校生である俺の体が耐えられるはずもなく、あっという間に地に這いつくばってしまった。
「ぐぅぅぅ……!」
視界は揺れ、口からはうめき声しか出ない。
体は動かず、指先にすら力が入らない。体と意識が離れてしまったみたいだ。
少し前のほうでは結城さんが魔物二体と戦っているのが見える。だが何もできない。
くっそおおおおお! 俺には何もできないっていうのかよぉぉおおお!!
ただ這いつくばることしかできない俺は、自分の無力さ、弱さにただただ歯を噛み締めることしかできなかった。
そんな時。
「雑魚はソコで寝てろ」
聞き覚えのある声と黒い豪奢なコート。その二つでそこにいるのが誰かすぐに分かった。
俺んちの飯をたらふく食いやがったアイツ。俺の母さんに妙に気に入られているアイツ。
そうアイツは――
「ル……ルシ……ファー……?」
俺の意識はそこで途絶えた。
「フン、アイツは気絶したか」
ルシファーは自分の後ろで倒れている黒篠に目を向けてそう言った。
「おい勇者。お前はアイツの看病をしていろ」
「ど、どういうつもりだ……? 私と戦うつもりじゃないのか?」
そう、勇者と魔王は本来敵対関係にあり、勇者と魔物二体が戦っているこの場では魔物側につくはずである。
が、それを魔王ルシファーは否定する。
勇者である結城聖月と共闘する、と言っているかのように。
ただの人間である黒篠白兎を助けるために。
「多対一は趣味じゃねえし、居候の家主であるそいつに死なれちゃ困るからな……。ほらさっさと行けよ」
聖月はコクリと頷くと、黒篠を抱えてどこかへ飛び去って行った。
その様子をじっと見ていたドラキュラは目と口を引き攣らせ、血走った目で激怒したようにルシファーを見る。
「み、見損ないましたぞ! あんな勇者に手を貸すなど……! 魔界の歴史上、最大の汚点です!!」
横にいるカラス人間も同意見らしく、同じような表情をしながら激怒していた。
「最大の汚点? それはだな――」
ルシファーの言葉がドラキュラ達の耳に入った瞬間。すでにルシファーは二人の後ろにいた。
それに気付いた時、ドラキュラ達は後悔した。
喧嘩を吹っ掛けた相手を間違ったのだと。
もう少し冷静でいなければならなかったのだと。
だがもうすでに遅い。ドラキュラ達には見えなかったが、二人の体はルシファーの放った魔弾をまともに受け、それに気づいた瞬間に彼らは肉片一かけらも残すことなく消滅した。
「お前らのことだろ……」
悲しげに言うルシファーの声が校庭に虚しく響いたのだった。