第一章(1) 自宅に魔王が住んじゃった!?
結城さんのもう一面と魔王に出会った日の次の日。魔王は俺の家の居候となっていた。
現在、ウチのリビングで目玉焼き、味噌汁、白ご飯、サラダという朝御飯定番メニューを食っている。
「いやぁ、やっぱ人間界の飯はうまいな!」
…………人間界に溶け込みすぎだろ。こいつ本当は人間じゃなかろうか?
「お前人間界に溶け込みすぎだろ……? 服まで人間のもんになってるし……」
昨日は黒マントに王族が着るような豪奢な服を着ていた魔王が、今は白いTシャツにジャージのズボンといういかにも人間だ、という服装をしていた。
「気にするなよ。ハゲるぞ」
「それくらいでハゲる訳ねぇだろ。バカ魔王」
「んだと?」
「あらあら。喧嘩しないのよ」
今のやり取りを喧嘩と思ったのか、一人の女性がキッチンからやってくる。
両手に持ったおぼんでお茶を運んできたのは、俺の母さんこと黒條陽子だ。
もう四〇歳近いにも関わらず、大学生に近い容姿を持ち、近所の奥さん達から羨望の眼差しで見られている。
いつも見ている家族の俺が見ても二〇代に見えてしまうから不思議でしょうがない。
「別に喧嘩じゃねえよ」
「あら、お母さんにそんな言い方して……。チューするわよ?」
「ハイィッ!? ちょちょちょっと待て母さん!! 頭は大丈夫か!!」
「バッチリ、イェーイ!!」
「もうダメだ……!」
おーい、ここに手遅れの精神疾患の方が一人いるぞー。
そんな心の声など気にすることもなく、母さんは魔王に料理を出していく。
一皿、二皿、三皿、と増えていく食事に俺は思わず声を出す。
「出しすぎだろ!」
「イケメン君、いっぱい食べてくれるから〜!」
「ああ! まだいけるぜ!」
「……………………。……まあ、それは分かった。でも何で快く居候させたんだよ?」
あの出来事の後、俺と魔王の二人で家に帰り(家に帰る俺に堂々とついてきた)、母さんに事情を説明(家出というウソの事情)すると、『ここに住みなさい!』と魔王を即刻住まわせた。
ちなみにイケメン君というあだ名は見た瞬間から呼んでいる。
「とってもイケメンでおいしそ――コホンッ、可哀想でね……」
「おい、今『おいしそう』って言いかけたよな!? 危ないぞコイツ!!」
「おいテメェ! 母親の事を『コイツ』呼ばわりすんじゃねぇ!!」
「そ、それは悪かった……。だがとんでもないことを言ったのは事実だ!」
「言ってねぇ! この人は何も悪くねぇ!! ちょっと口が滑っただけだ!」
「認めてんじゃねえかよ!」
喧嘩の元凶となっている母さんは「あらあら、私の為に喧嘩しないでね☆」とか言いながら、リビングからキッチンへと引っ込んでいった。
「大体、お前本当に魔王なのか!? 全く魔王らしさを感じねぇぞ!?」
あんな次元を裂くような登場をされたから、魔界の存在は認めざるをえないが、人間界への適応力高すぎるだろ!?
本当に魔王なのか疑わしいコイツに確認を取る。
「ちゃんとした魔王だ! 見ろ! この証明書を!」
そう言って俺に見せてきたのは履歴書のような一枚の紙。
……ふむ。『レイエス=ルシファー』か……。今初めて名前知ったよ。
ってか――
「名前しか読めねぇよ!」
名前以外は象形文字のような記号が並び、何が書いてあるか分からない。
「ああそうか。名前以外は機密事項だった」
……コイツ、正真正銘のバカだろ。
「またアイツに怒られるぜ……」
「アイツ? 魔王を叱れる奴なんているのか?」
「あ、ああ……。まあ、なんと言うか……、俺の婚約者なんだよ……。俺は認めてねぇがな」
コイツ、婚約者なんていたんだな。半ば強制的みたいだが。
「ってか、魔界も人間界と変わらないんだな」
「ああ、お前らと姿形こそ違う奴もいるが、心だけは変わらねぇ」
何かの自信を持ってそう告げたルシファー(これからこう呼ぼう)はふと一瞬、寂しそうな顔を見せた。
「じゃあ、その婚約者のことも認めたら――」
「嫌だ。絶対認めねぇ」
強情なやつめ。
「あら……。イケメン君、婚約者いるの……残念ね……」
「おい。いい加減にしろ」
いつの間にかキッチンから顔を覗かせていた母さんの言葉に、思わずツッこむ。
ツッこまれた後、非常に残念そうな顔を浮かべ、ルシファーが食べ終わった後の食器を持って再びキッチンへ帰っていった。
……自分の母さんながら危ないんじゃないか? と思わなくもない。
「あ、そう言えば」
「なんだ? 何かを思い出したのか?」
ルシファーが何かを思い出したような声を上げる。
何かを婚約者に頼まれたりしたのだろうか?
案外こいつも良いとこあるのかも――
「さっきの紙を見た奴は処刑、ってジジイが言ってた気がする」
前言撤回&この少しの間に俺の命が危なくなった。