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勇者パーティーを追放された付与術師、実は【ボディビルダー】 〜「肩にちっちゃい重機乗せてんのかい!」の掛け声がないと聖剣も振れない勇者たちは見捨てて、魔王軍をパンプアップさせます〜

作者: 家守 慈絵夢
掲載日:2026/05/16

地響きが鼓膜を打ち、熱風が焦げた土の匂いを運んでくる。

王都から遠く離れた荒野で、勇者アレンは頭上にそびえ立つ漆黒のドラゴンを見上げ、絶望に歯を食いしばっていた。


「くそっ、瘴気が濃すぎる……! 脚が鉛みたいだ!」


巨大な爪が、無慈悲に振り下ろされる。アレンの腕力では、握りしめた聖剣エクスカリバーを持ち上げることすらできない。死を覚悟し、彼が目を閉じたその瞬間だった。


——パァァァァンッ!!


背後から、分厚い布が弾け飛ぶような破裂音が響き渡った。


「サイドチェストォォォォォッ!!」


野太い、しかしどこか神聖さすら帯びた咆哮。

直後、アレンの全身を凄まじい力が駆け巡った。鉛のように重かった四肢に、バネのような活力が満ちる。血流が沸騰し、視界が恐ろしいほどクリアになった。


「おおおおおっ!!」


アレンは跳躍した。自重の数倍はあるはずの聖剣が、まるで木の枝のように軽い。そのまま空中でコマのように回転し、ドラゴンの分厚い鱗を豆腐のようにあっさりと両断してみせた。


轟音と共に、巨体が荒野に沈む。

勝利の静寂の中、アレンは己の手のひらを見つめ、陶酔の笑みを浮かべた。


「はぁ、はぁ……見たか! これが俺の、選ばれし勇者の力だ!」


誇らしげに振り返ったアレンの視線の先。

そこには、千切れたローブを足元に散らし、テカテカに輝く極太の腕にオイルを塗り直している付与術師——マッスルの姿があった。


「……ッ、この変態が。せっかくの勝利の余韻が台無しだ」


アレンは唾を吐き捨てるように呟き、顔を歪めた。

己の圧倒的な才能の横で、ただ裸になってポーズを決めているだけの男。それがアレンには、許しがたい不純物に思えてならなかった。



「マッスル。お前は今日をもってパーティーから追放だ」


数日後。冒険者ギルドに併設された酒場の喧騒の中、アレンの冷酷な声が響いた。

円卓を囲む魔法使いのエリー、僧侶のセリアも、同意するように冷たい視線をマッスルに向けている。


マッスルは、ジョッキに入った特製プロテイン(生卵八個、すりおろし大蒜(にんにく)入り)をゆっくりと飲み干し、静かに口元を拭った。


「……理由を聞かせてもらおうか、アレン」

「理由だと? 分からないのか? 俺たちが命懸けで戦っている最中、お前は一切魔法を使わず、服を脱ぎ捨ててポーズを決めているだけだからだ!」


ドンッ、とアレンがテーブルを叩く。


「そうよ! ドラゴン戦の時だって、私が必死に呪文を練っている横で『キレてるよ!』とか叫ばれたら、集中が霧散するわ!」

「神への祈りを捧げる最中に、マッスルさんの大胸筋がピクピク動くのが視界に入るんです。……はっきり言って、不快です」


三人の軽蔑の眼差しを受けながら、マッスルは悲しげに首を振った。

彼らは理解していない。筋肉これがどれほどの恩恵を与えていたかを。


マッスルの固有スキル【肉体展示ボディ・ビルディング】。

それは、極限まで鍛え抜かれた筋肉を収縮・披露することで生じる「生命力パンプ・エナジー」を周囲に伝播させる、究極の付与スキルだ。高密度にパンプアップされた筋肉は、もはや高密度の魔力結晶そのものなのである。


「……アレン。俺がポーズを取らなければ、お前たちは満足に歩くことすらできなくなるぞ」

「負け惜しみはやめろ! 俺の強さは、俺自身の選ばれし才能だ。お前のような裏方の変態にすがる必要など、最初からないんだよ!」


アレンは苛立ち紛れに、パーティーの離脱同意書を突きつけた。

マッスルはため息をつき、バルクアップした前腕筋を隆起させながら、羽ペンで力強くサインを書き込んだ。


その瞬間、マッスルと勇者たちを繋いでいた見えない契約バフが破棄された。


「ぐふぉっ!?」


同意書からペンが離れたコンマ一秒後。

アレンの腰に帯刀されていた『聖剣エクスカリバー』が、突如として彼を床に引きずり倒した。

メリメリッ! という嫌な音を立てて、頑丈なギルドのオーク材の床板がクレーター状に陥没する。


「お、重い……!? な、なんだこれ!? 急に重力が十倍に……っ!」

「きゃああっ!? 私の、杖が、持ち上がらな……!」

「法衣が……岩盤のように……っ」


床に這いつくばり、白目を剥いてカエルように潰れる勇者たち。

騒ぎに気づいたギルド中の冒険者たちが、何事かと一斉に振り返る。


マッスルは椅子から立ち上がり、床でもがくアレンを見下ろして静かに語りかけた。


「教えてやろう。その聖剣は本来、重さ二百キロある大剣だ。俺の『フロント・ダブル・バイセップス』が、お前たちの貧弱なフィジカルを強引に八倍まで引き上げていたんだよ」

「そん、な……バカな……! じゃあ、俺の才能は……」

「お前が天才だったんじゃない。俺の筋肉が、天才だったんだ」


マッスルはローブを脱ぎ捨てた。

酒場の薄明かりの下、日々の鍛錬とオイルによって彫刻のように削り出された、鋼の肉体が現れる。


「対話をサボった筋肉は嘘をつかない。……せいぜい、基礎的な有酸素運動からやり直すことだな」



それから一時間後。

王都の正門から少し外れた草原で、かつての勇者パーティーは地獄を見ていた。


「はぁっ、はぁっ……! ま、待て、一回タイムだ……!」


アレンは聖剣を地面に突き立て、それを杖代わりにして必死に立ち上がろうとしていた。しかし、二百キロの鉄塊は微動だにせず、彼の両腕は限界を超えてブルブルと痙攣している。

その足元で、青色の半透明なゼリー状の生物——レベル1の野生のスライムが、ボヨヨン、と無邪気に跳ねた。


「ひぐっ!?」


スライムの体当たり(ただのジャンプ)が(すね)に直撃し、アレンはたまらず後方に転倒した。その横では、エリーが重い杖を引きずりながら半泣きで這いつくばり、セリアは一歩も動けないまま祈りのポーズで固まっている。


「嘘でしょ……スライム相手に、何もできないなんて……」

「勇者様がスライムに負けてるぞ!?」


街道を行き交う商人や野次馬たちが、ざわめきながら遠巻きに指を差している。

そこへ、巨大なリュックを軽々と背負ったマッスルが通りかかった。


「マ、マッスル……!」


アレンは泥だらけの顔を上げ、藁にもすがるような目で叫んだ。


「呪いだ! 貴様、俺の剣に呪いをかけたな!? 早く解け! このままでは俺の英雄としての名声が……!」


マッスルは足を止めた。そして、アレンのプルプルと震える細い腕と、全く機能していない体幹を見て、心底哀れそうに目を細めた。


「呪い? 違うな、アレン。……エクスカリバーが重いんじゃない。お前の上腕二頭筋バイセップスが泣いているんだ」

「な、何を……」

「筋肉との対話を怠り、他人のバルク(バフ)で英雄を気取った代償だ。そのスライム相手に、精々いい汗を流すんだな。……あ、転ぶ時の受け身のフォームが崩れてるぞ。もっと顎を引け」


「き、貴様ぁぁぁ!」


絶叫するアレンを一瞥もせず、マッスルはプロテインバーを齧りながら、新たな「筋肉の聖地」を目指して歩き出した。



王都を去る直前。マッスルは中央広場の噴水前で足を止めた。

己の筋肉を忌み嫌った者たちへの当てつけではない。ただ純粋に、この街の冒険者たちに「真の付与術」の美しさを知ってほしかったのだ。


「皆様! 本日はお日柄も良く、絶好のパンプアップ日和! これが真の付与術——刮目せよ!!」


広場の中央で、マッスルは両腕を顔の前で交差させ、全身の力を爆発させた。


「モースト・マスキュラァァァァァァッ!!」


バキィィィィン!!

筋肉が悲鳴のような咆哮を上げ、極限まで収縮した広背筋に「怒れる鬼の顔」が浮かび上がる。

直後、彼の肉体から放たれた黄金の生命力パンプ・エナジーが、衝撃波となって広場全体を飲み込んだ。ドーム状に弾けた風圧で噴水の水が天高く舞い上がる。


その圧倒的な生命力の美しさを前に、群衆は息を呑んだ。


「デカい! デカいよ!!」

「肩にちっちゃい重機乗せてんのかい!!」


野次馬だった冒険者たちが、次々と理性を吹き飛ばされ、本能のままに叫び声を上げた。掛け声がマッスルの筋肉に届くたび、筋肉の光はさらに激しさを増していく。


「腹筋6LDK! マッチョのタワマンやぁ!!」

「背中に大山脈が見えるぞ! 登頂させろ!!」

「グレート! 圧倒的キレ! 今日イチ仕上がってるよぉぉぉ!!」


「フンッ!!」


熱狂コールの相乗効果により、マッスルのバフは限界を突破した。

黄金の光を浴びた街中の人々のステータスが、異常な数値を叩き出し始める。


「うおおおおっ! 長年の腰痛が消し飛んだ!」

「車輪が外れた馬車を、俺、片手で持ち上げてるぞ!?」

「今なら素手でワイバーンを絞め殺せる気がする!!」


ただの荷運びの青年が英雄クラスのオーラを放ち、杖をついた老人が歓喜のバック転を決める。

広場は瞬く間に、狂喜乱舞しながらスクワットと腕立て伏せを繰り返す、熱狂のボディビル会場オリンピアと化した。


マッスルは満足げにうなずき、上腕三頭筋を強調する完璧なサムズアップを残して、黄金の光の中へ消えていった。



それから半年後。

世界を恐怖に陥れるはずの魔王城・最深部の玉座の間は、今や「強烈な熱気とプロテインの匂い」で満ちていた。


「い〜ち! に〜い! さん! はい、そこでキープ! 大胸筋の収縮を感じて、魔王様!」

「ヒィィィィッ! も、もう限界……我が、我が魔界の王としての矜持が、乳酸に負けそうなのだ……!」


かつてガリガリの虚弱体質だった魔王が、涙目でベンチプレスに挑んでいた。

その横で補助に入っているのは、ヘッドハンティングされて魔王軍の専属パーソナルトレーナーとなったマッスルである。


「限界を決めるのは自分の心です! 魔王様が諦めたら、魔界の筋肉は誰が守るんですか! さあ、あと五レップ!!」

「うおおおおおっ! 我の……我の大胸筋よ、応えろォォォォ!!」


ガチャンッ!

魔王が限界を超えてバーベルを押し切った瞬間。


「ナイスバルク! 素晴らしいカッティングだ、魔王様!」

「仕上がってるぞぉぉっ!」


周囲でプロテインをシェイクしていた四天王たちが、一斉にポーズを決めて祝福の歓声を上げた。

マッスルの指導とバフを受けた魔王の腕には、今や美しい筋肉の筋が刻み込まれ、溢れ出る魔力は物理的なオーラとなって城を揺るがしている。


魔王軍は今、世界で最も健全で、最も筋肉を愛する無敵の軍団へと変貌を遂げていた。


一方その頃、勇者パーティーがいまだに始まりの街の近くで、スライム相手に「地獄の合同自主トレ」を泣きながら続けていることを、彼らはまだ知らない。


世界のパワーバランスが、パンプ・エナジーによって完全に塗り替えられる日は、もうすぐそこまで来ている。

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