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第81話 次代のリーダー

 漆黒の鱗に覆われた巨躯を震わせ、全身から吹き出した赤い魔力の残滓を払う。ツツミは眼下にいる青髪のことを見下ろし、まだ剣を手放さずにいるその男の無知と蛮勇ぶりを鼻で笑った。


「ひとつ教えてやろう、真に鍛えて熟成された雷は〝赤〟に染まる。つまり、お前のその青い雷は未熟の証……到底俺に、かなわないということだ。ドラははは……」


 ツツミが饒舌にそう語ると、また赤く、威圧する音を立てながら帯電し始めた竜の体。青に染まるちっぽけな剣を構えた人間と、扱う雷のギフトは同じでも、その練度・威力は歴然たる差があることを豪語するように示した。


 それでもタイキは黙り剣を握る。天に聳える恐ろしい竜の面から目を離さない。


 青髪の男はまだまだ反抗の意志を見せ続ける。しかしツツミにとって、そんな敵の駒の一つや二つはもはや些事。もう一度その竜の首のある高みから、パーティー会場にのこのこと姿を現した反乱軍のことを見渡す。


(ミタライはもはや戦意喪失。放っておいてもおそらくブーストした製菓の副作用で戦えんくなるやろ、そうなったらあん時のように躾け直してもええ。そして今、生意気にも立ちはだかるこいつは、ハハハ……やはりあの聖騎士様より格段に劣る。祭り上げるクランのエース戦闘員としてはそこそこやが、ギフトが属性系で直球勝負の分なんら怖くはない。俺の本来持つ雷のパワーが戻りつつある今問題はない。──勝利は確実。あとは、クロキリ本部が再編した時のことを踏まえて……)


 震えて縮こまりその恐怖が透けて見える支部長の女、地べたでぴくりとも動かない聖騎士の男はもはや傀儡にすぎず。武器を手にし戦うポーズだけは上手い、取るに足らないその他軍勢。やはり、この場にいる誰もがツツミにとって、この竜の首を脅かす存在ではなかった。


「無能どもを潰すか」


 その時、支配する静寂の最中、竜が邪悪に口元を歪めた。そして竜は顎を大きく開き、喉奥に練り上げ溜め込んでいた赤い雷閃の魔力を一気に外へと吐き出した。


 ツツミが狙いを絞ったのは、正面に対峙していたタイキではなく、この場で一番価値のない後ろに控えていた雑兵どもだった。


 【天雷喝采(てんらいかっさい)】薙ぎ払うとてつもない熱量と魔力量を内包する雷閃が、悲鳴の喝采を作り上げようとした──まさにその時、仲間たちの元へと駆けつけ前へと躍り出たタイキが、己の剣に目一杯魔力を込め直した。


 タイキは団員たちを襲った攻撃をかばおうと、己の剣を避雷針代わりにし、迫る赤い雷撃を全て自分の方へと誘導し引き受けた。


 青く唸る天に掲げた雷剣が、一瞬で殺到する赤い雷光に塗りつぶされていく。


「そんなところまでアイツの真似をしているつもりか? ははは……実力のないやつが、調子に乗るな! 聖騎士様との勝負を愚弄する馬鹿者め! その蛮勇っ万死に値するっ、ドラハハハハ、ハーーッ!」


 竜は放射する雷のパワーをさらに上げる。同属性のギフトを持つタイキとの戦いで、ツツミは本来持つ己の雷の威力と魔力のコンディションを取り戻しつつあった。


 勇敢にも勝手にも塵どもをかばうその形、その光景。一見デジャヴするようだが、同質ではない。そう、竜の眼はすでに見抜いている、青髪の剣士が黒髪の騎士の姿に遠く及ばないことを。


 あの熱き戦いを、挑戦を、化かし合いを、いま愚弄する真似をした未熟者には天罰を。

 大口を広げた黒竜は尽きぬ雷の魔力を腹の底から吐き出した。いっそう太く輝いた一条の雷閃が、青く頼りなく歪む小さな切先へと盛大に浴びせられた。


 一身に集束させた赤い雷の威力を切先から外へ拡散させながら、耐えるタイキの剣。だが、その刃に走るひび割れが、みしみしと不吉な音を立て深くなっていく。


 刃に纏わせた青い雷電の魔力が、せめぎ合っていた赤い竜の魔力に押し潰される。それでも剣士は地に踏ん張り、ひび割れた剣を重そうに掲げる。なんとかそれで粘り保たせているが、もはや青い魔力は消え入る寸前。損耗した刃が折れたその時が、悪あがきの最後であることは明白であった。


 そしてついに、歯を食いしばるタイキが懸命に握るその震える剣に限界を迎えようとしていた、その時──。


 突如横合いから飛来した小さな影が、雷を吐き出していた竜の顎を力任せに殴り飛ばした。


「ドラハハッぅバっ!? なんだっ!? ……貴様ぁ!」


 竜の眼に映ったのは、風に流れる緑の髪と野生味のある琥珀の瞳。似合わぬ黒いスーツを纏ったその男、アトラだった。

 何故あの女狐の部下がこちらを攻撃しているのか一瞬混乱したツツミだったが、考える間もなく、いいところで水を差された殺意の感情が上回った。


 同時に現れた、ちくちくと背を引っ掻く他のやんちゃな羽虫どもの気配も鬱陶しい。黄色い眼をぎろりと剥き出しにし怒りを募らせたツツミが、至近眼前に浮かぶ邪魔者のことを、真下から払う爪剣のギフトで引き裂こうとする。


 だがその瞬間、またしても邪魔な横槍が介入した。ツツミの視界に飛び交って来たのは怪しげな魔力を纏った無数の骨。ばらばらに散った白骨のパーツが、黒い竜鱗にぶつかると同時に爆発した。


「一体全体どうなってんのよこれ! タキナキは危ないんだからっその黒トカゲから離れて、あっちに寝転がってる約束破りの常習マンをどうにかしてきなさいっ!」


 派手なギフトを惜しみなく竜の巨体に炸裂させるとともに出現したのは、灰色の大猫ララ・リンクス。愚痴を吐くも彼女はつづけて、アトラと一緒に竜にかかって行っていたタキとナキ獣人兄妹の団員に向けて声を張り上げた。危ういその場を即座に離れて、向こうで寝転がるアキトの容体を診てくるようにネコジタクラブのクランマスターとして緊急の指示を下した。


「いい加減くらえっコイツコイツぅ! ──え、アキトっ……!? うそっ、お昼寝じゃないのっ!」

「なんだよこれッ硬いしおまけに足がびりびりするぞっ! ──っておいおいアキトっ、負けたのかよ!? うそだろっ、昼寝のじかんはまだだぞぅ!」


 背を叩くように襲ってきた鞭打つ竜のながい尾を、身軽なステップで獣人由来の優れた反射神経で避ける。硬い鱗でしていた爪研ぎをやめた獣人兄妹はそのまま湾曲した竜の背を蹴り、リンクスの指示通りにアキトの元へと急ぎ向かった。




 謎の骨のギフトの急襲により、もくもくと竜の巨体を覆い漂っていた爆煙の目隠しが明ける──。

 次から次へと雪崩れ込んできた小者どもに、ツツミは今手元に現した風のギフトの軍配を振るおうとする。


 だが風を吸い上げ振り上げたその軍配を持つ右手は、突然右の手首に光り現れた白い光輪に手痛く捻りあげられた。


「【チャクラムツイスト】!」

「ぐぎっ、なんや!?」


 竜の抵抗により光輪に赤い電撃が流れ一気にひびが入る。謎のギフトが竜の右手首を重点的に襲う中、その壊れかけの輪の拘束に連携するように素速い影が飛翔した。


 赤く炙られた光輪が弾けて散った魔光の飛沫が舞う中を、颯爽と突き抜ける速さで上昇した茶髪の冒険者が、クールに見せた歯を煌めかせる。


「風より速いぜッ、つぁっ!」


 カラフルな魔光を宿した右足のブーツが、不吉な風のベールを押し除け、軍配に爪先を届かせ明後日の方向へと蹴り飛ばした。


 竜の手元から離れ風の制御を失った黒い軍配は、狂った風船のように乱れ舞いながら、赤い雷電の魔力を弾けさせどこかへと消え失せた。


「アトラ……? ハヤトさんチエミさん!? みんな……!」


 視界が眩しく真っ赤に染まった手に汗握るピンチの場面に、続々と割り込み映り込んできた仲間たちの姿。焼ける剣の柄を構えながらいたタイキは、握り込んでいた手の力を思わず緩めて驚く。


「よぉ、やっと追いついたなタイキ! ってなんだこりゃ!? でっけぇ!? おいおい相手はヤクザの組長じゃなくて、まさかのドラゴンかよ?」


 風の反動に天から飛ばされたハヤトが宙返りをしながら、タイキの前へと着地し右手を陽気に挙げた。そして振り返り改めて見つめた敵の巨大さに、彼は今更驚愕していた。あれほどのアクロバティックな動きを見せたというのに、中身はいつものハヤトのようだった。


「自分で蹴った相手に今更びびってどうすんのよ……。そーそーそんなことより、へへん、タイキっ驚きなさい。ここからはお姉さんも戦力戦力っ♪ あ、ついでにこいつもね」

「ついでじゃねぇぞ。ドラゴンでもゴンドラでもなんでもかかって来やがれっての、負ける気しねぇぜ! なぁタイキ?」


 つづいてやってきたチエミが、ハヤトの隣に並び立ち良い笑みを浮かべていた。いつものチエミの軽口と気のいいユーモアで「ついで扱い」されたハヤトは、自信満々の台詞をタイキに向けて投げかけた。


「……はいっ!」


 タイキは確信した。ハヤトとチエミが放つ魔力はとても大きく、言葉通りの自信に満ち溢れていることを。


 タイキは二人の先輩冒険者へと向けて真っ直ぐで元気な返事をかえした。

 その反応とその言葉を長らく待っていたと言わんばかりに、ハヤトとチエミは手のひらと拳を胸の前でぶつけるように合わせ、同時に威勢の良い音を鳴らした。




「鼻をくすぐる……今戦えそうなでかい魔力の反応が四人。まだアレとどんぱちするには最低でも五人はいるわね……はぁ、戦力的に私も前ね」


 二足で地に立つ世にも珍しい灰色の猫が、そう人語を喋った。膨らんだ尻尾を天に逆立てながら、左右にユラユラと揺らし悩んだ様子だ。


「おおきい……猫っ……?」


 揺れる長い尻尾とピンと三角に立った猫耳、そんな灰色の後ろ姿をまじまじと見ていたタイキは、彼女の名を知らない。ただ、失礼とは知らず見たままの感想を口にこぼしてしまっていた。


「失礼ね! ララ・リンクスよ! 猫じゃなくてリンクスでいいから。えと……青毛ってことは、あんたがアキトの言っていたタイキね? じゃあ、あんたが今はリーダーよ」


 振り返る灰色の山猫の名はララ・リンクス。だが、名前や自己紹介は今どうでもいい。その青髪のシルエットにぴんときたリンクスは、彼を「リーダー」と呼んだ。


「リーダー……俺が?」

「聞き返さないでよ、あいつが次のシロツメ本部のクランマスターはあんただって言ってたんだから。状況的に……今は必然的に……そうなるでしょ? だから私はその指示に従っているだけなのよ、いーい?」


 『次のシロツメ本部のクランマスターはタイキ』そうアキトが言っていたとリンクスは伝え言う。だから仮の協力クランであるネコジタクラブ所属のリンクスは、今は眠る彼のその指示に従っているだけだという。立案者である本人不在の今、聞き返されても困るのだ。


 シロツメ本部、次のクランマスター。語気を強めるリンクスの口から不意に出てきたそのワードは、タイキにとって随分先の未来を見ているように思えた。


「で、今ここに並んだ戦力はざっとどれも……そうねBBB(トリプルビー)以上。そこそこならいけそうよ。作戦は?」


 思い詰める仕草で固まっていたタイキの沈黙に、リンクスは勝手に今ここに集った主戦力を分析し報告する。そしてこれから決行に移すべき作戦の内容を手短にタイキへと問う。


 戦場の前線に立ち止まるアトラ、リンクス、ハヤト、チエミ。かつてはルーキーと呼ばれたタイキを見つめる全員の目が、今や彼を頼るように真っ直ぐに見つめ、返答を待ち望んでいた。


 タイキはひび割れた剣を握り直し、大きな影をつくる巨敵に向かい一歩前に踏み出した。


「もちろん……倒す!」


 青い英雄は今堂々と剣を掲げた。目指すは竜の首、それのみ。

 再びその身に宿してみせた、みなぎる青い雷電の闘志と魔力。タイキ・フジの飛ばした檄が、頼れる仲間のたちの耳を伝い、やがて彼らの全身を震わせた。

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