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第61話 未来を共に

「……カレン」


 周りを埋め尽くすほどに掲げられた緑火の旗を見渡し、今ツツミの視線が、背後にいる赤と黒の髪をした部下へと向けられた。

 低い声でただ名前を呼び、ぎろりと鋭い眼光でカレンのことを振り返り睨むツツミ。周囲を取り囲むように支配していく予想外の事態に、動揺を隠せないカレンは両手を激しく揺らしながら声を荒げた。


「先生……! 違います先生! きっと何かの間違いです! こんなことはありえない! 馬鹿な!? な何故だ……私の──」


「──ギフトで見た未来と、今の光景がまったく違うのか」


 カレンの必死の弁明の途中に割り込み、楽しげに口を挟んだのは、冒険者アキト。そんあ彼が勝手に続けたその言葉を耳にした瞬間、カレンの顔から血の気が引いていく。


「ナッ……!?」


「ねぇ? この見えないギフトの攻撃には随分ジブンも長い間頭を悩まされたよ。だって赤と黒の衣装を着た目玉四つのおかしな道化師が、毎晩ジブンの枕元に立っては、あちこち夢の中までついて来て全然寝かせてくれないもんでねぇ」


「夢の中で、きづっ……馬鹿な……ありえ──」


 カレン・アズマは自身がヒーロースーツを纏い変身した【カレンダーマン】の姿では、まだ現実に存在するアキト本人に会ってはいない。だがカレンとツツミ、クロキリ支部の数名しか知りうることのない、その決して気づかれない秘匿のヒーローの姿を、その男はなんと言い当てて見せたのだった。


「馬鹿じゃあるまい。対象に作用するそれがギフトである以上、常に送られる側と送る側の図式が成り立つ。つまり自身の纏う魔力を一時的に極限まで薄めれば……そう、ジブンの身に起こっている魔力的な異常を検知することは決して不可能じゃないよ? まさか……知らなかったのかい? それだけの素晴らしいギフトを持っていながら」


 もちろんカレンはギフトの相互作用があることには気づいている。ダイブした過去の中では、この姿をなるべく対象に気づかれてはいけないことを。もし気づかれれば、気づかれる前にある時間点へとランダムに巻き戻されてしまうこと、また過去へと潜るための魔力や重要な手がかりを一つ一つ失ってしまうことを。だが伴うリスクであるそれは、あくまでギフトを行使し潜り込んだ過去の領域の内での話、対象の現実の認知に影響を及ぼすことなど今までありはしなかった。


「おそらくキミのギフトの本質は、対象の過去を覗くこと。そして、過去という他人の情報エリアの中をふらつき覗き見した分だけ、何らかの負荷、デメリットが生じる。いや、──この場合それは『反動』と言った方がもっと相応しいのだろうか。そう、その肝心のギフトの反動とは」


 その男は知りすぎている、何故当てずっぽうであるはずのその男の嘘の指摘がここまでの精度を誇っているのか。狼狽えるカレンは額から流れる冷や汗を拭いもせずに、息を呑んだ。


「──【未来視】。対象の持つ過去の重要なピースをかき集めることで、ひとたび夢から抜け出して現実のゼロ地点へと戻る。そして今まで結んでいたギフトの効力を解いたその時に、これから起こりうる〝確定した断片的な未来〟をとびとびに見て知ることができる」


 草地をうろうろと徘徊しながら推理を繰り広げるアキトの独壇場。そしてついに足を止め、彼の口から放たれた一撃は、カレン・アズマの表情を大きく歪めた、推論と真実を結びつける決定的なものだった。


「その途切れた重要なシーンの一つが、この森を雁首を揃えて彷徨っていた愉快なハイキング中の四人の一幕だったわけさ。もっとも……今は少しばかり、登場人物ががやがやと増えすぎてしまったようだけどね? あはははは」


 勢いのある饒舌な推理を最後は高笑いで締めくくると、アキトは懐から急に一枚のカードを手に取り、前方へと投げた。

 カレンが反射的に受け取ったそれには、丸まりすやすやと眠るモンスター、ふざけたタッチの獏の絵が描かれていた。


 カレンは力任せにそれを引き破り、足裏にくしゃくしゃに踏みにじった。


「こんな紙ペラ一枚で対策ができるものか! よくもべらべらとでたらめな妄想を……! チッ……だが、だからとて、貴様らが何故ここに、ここまでの援軍を敷いて用意できるというのだ! 何の小細工をした貴様! そのデタラメを言ってみろ! 舌だけではない……首を刎ねてやる!」


 たとえアキトが自信げに言い明かしたことがすべて本当で、こんな長鼻のモンスターカード一枚で未来を盗み知れたとしても、今この瞬間に現れた「大量の旗を掲げた援軍」の方は説明がつかない。このような予備戦力を隠し持ち、統率をかように取り足並みを揃え、この秘密の島の森の中に秘密裏に行軍させることなど絶対に不可能。あり得ないことなのだ。


「何を言っているんだい。それはキミたちもだろう? 神技にハナから参加していないはずのキミたちクロキリ本部の一団が、一体どこからチケットを盗んで、ここに労せず一瞬で来たと言うのだい? そろいもそろってそんな綺麗な靴をして? ふふふ」


 白々しく向けられたカレンの疑惑への返答を終えたアキトは最後に視線を落とし、前方にずらりと並ぶクロキリ本部の彼らの綺麗な足元を、指で左から右へ順々に妖しくなぞっていった。


「ッ……!」


 怒り狂っていたカレンの言葉が完全に詰まる。

 ここは鬱蒼とした森の中。にもかかわらず、靴の汚れが一切ないクロキリ本部の者たち。そのトップであるツツミに至っては、気合いを入れて真新しい真っ白なスーツを着こなしている有様だ。まるでこれから自分たちが意気揚々とその撮影シーンに直接乗り込む出番があるのを知っていたように、彼らの身なりは不自然に小綺麗であった。


「わーはっはっは! そういうことか三枚目ェ! 謎が解けたぞ、見立て通りキサァマも中々の頭脳派じゃないか」


 そしてこの銀髪の派手男も、同じ舞台に立つ彼らの衣装や登場の仕方のおかしさに気づいていないわけがなかった。


「それェニィー! 先日船の上で言ったろう? ここがまるで安っぽいハリボテの舞台だなんて……この歴戦の猛者コットン・シルバーお兄様には最初からお見通しなんだよコラァ! ほら見ろ、見てみろ、ちゃんと見ろ!!! 周りを囲むのは超有名揃いのクランの旗の数々、みぃーーーーんなッ、この大人気なお兄様のお友達たちぃい! つまりさっきまで偉ぶっていた貴様らこそが、逆に詰んでいたのだーーはっはっは!! ワタァシたちの名演技にまんまと釣られてなぁーーはっはっは!!」


 コットンはこれ見よがしに囲む軍勢の強大さのアピールをし、手のひらを返し敵認定したクロキリ本部の者どもに、今日一番の大声で笑いながら指を差した。


 誇張し煽り散らかすコットンに苦笑しながらも、右肩に置かれた彼の手を払いアキトは続けた。


「そう、タイキが黒い手紙に誘われたここが、ギフトとまやかしで作られた台本のある空虚な大舞台と仮定するのならば……そこに出てくる登場人物の行をこっそりと書き換えればいいだけ。ジブンと支部長の能力を合わせて上手く使えば、この程度の仕掛けを看破し逆に利用するのは簡単なことだったさ」


「私のギフト、【ウィルオウィスプ】の本質は森の案内人。寄り添う火と火は互いの魂を感知し、やがて引かれ合う。たとえいくら遠く隔て離れていても、千の大軍をも同時にこの正しい場所へと導くことができます」


 アキトの言葉を受け、一歩前へ出たミタライが冷静さを取り戻したその顔で、堂々と自分のギフトの持つ能力の詳細を明かした。


 アキトはこの森にあるワンダーメイズの洞窟でただ宝探しをし遊んでいたわけではない。この大掛かりな嘘めいた舞台のどこかには必ず、あの港で入手した二部の新聞のように脆弱な綻びがあると疑っていた。そして仕掛けを見事に看破し、距離とコントロールに優れたミタライの緑の怪火の羅針盤を用いれば、その指定のシーンへと、外で待機させていた部隊をいつでも好きなタイミングで誘導できると信じていたのだ。


 掲げられた緑の火の旗の下には、数多の人影。窮地に陥る演技を見事にこなしたシロツメ支部の四人は、援軍を呼び込むことに成功し、これで形勢は完全に逆転した。


「ちょうどいい、キミのギフトとキミの未来。いくらで買わせてくれるのか……今度はそちらに選んでもらおうか。フフ」


 アキトがおもむろに拾い上げたのは一本のナイフ。手元から素速く投げ放たれた鋭い煌めきが、呆然とするカレンの股の間を縫うように突き刺さった。

 クロキリ本部を内と外から完全に包囲し優位に立ったシロツメ支部は、その土に汚れた違法な契約書と突きつけられていた脅しの選択肢をそっくりそのままツツミたちへと投げ返したのだった。

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