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第59話 確定した未来

 人面樹レインの元へと戻り、先ほど達成したクエストの葉を幹へと貼り付け、さらに入手した魔物のミラーを木の根本へと収めた。こうして無事、請け負っていたクエスト達成の報告をし終えたタイキと美楚羅。


 二人はミタライ支部長の指示通りにクエスト間の休息を取りながらも、木陰で涼みこれからのことを語り合っていた。


「……もはや、僕がタイキさんと今後戦うことはないのかもしれませんね」


「ん? なんでだ、ミソラ?」


 舞踏円月の時には、あれだけ自分との勝負を切望していた彼が何故そのようなことを言ったのか。不意につぶやかれた美楚羅の言葉に、タイキは不思議そうに隣を振り返った。


「なんだか、ふと思ってしまったんです。タイキさんならひょっとして……あの人を、いずれアキトさんを倒せるのではと?」


 またも口から放たれた美楚羅の思いがけぬ一言であったが、タイキはそれほど驚いた仕草を見せなかった。


「俺がアキトさんを……? あぁー……なんというかそれ……。つい昨日、支部長にも似たようなことを言われたな……はは」


 海曜日の神技が行われた島内のホテルで、既にミタライから彼はそのような意の言葉を耳にしていたからであった。


「支部長さんが? それまたどうして? 確かに聡明でお強い方ですが、彼女もそのような見立てをしていたとは? 念の為に聞いておきたいのですが、アキトさんは僕やペコロと違って正式にシロツメ支部の団員なのですよね?」


「そうなんだけど……俺のせいで、ちょっと二人には色々あってさ」


「色々……?」


 ミタライ支部長がアキトとタイキ、二人の団員の力量を測り比べるその意図とは何なのか。今困ったように青髪を掻き、タイキが言い淀んだ「色々」という言葉を聞いて、謎の多い三人の関係を美楚羅は訝しんだ。


「なぁ。あのさ……もしアキトさんが仮に悪人だったとすれば、ミソラはどうする?」


 ぶつけられた突飛な質問に美楚羅は驚きつつも、タイキの神妙な顔に向かい答えた。


「悪人? ……あはは、あの人が悪人ですか。悪人の種類にもよりますが……やはり、これしかないのかと」


 顎に手を当て考えた末に、美楚羅の導き出した答えは、道場通いの彼らしいとてもシンプルなものだった。美楚羅はタイキに向かい、硬く握った右の拳を掲げて見せつけていた。


「これか……」


 タイキもそうつぶやき、美楚羅の掲げる右の拳を真似する。


「ええ、まず全部ッ! 恩返しをしてから考えますね、僕なら」


「恩返しか……なんかそれなら、分かるかもしれない」


 握りしめたその勇ましい拳が恩返し。タイキはいつの間にか美楚羅のするその考えに共感していた。


「あはは。まあ、あの人がどんなに凄い悪人の一面を持っていようとも、とにかく今は上を目指したい! そんな僕には些細な事です!」


 美楚羅は持て余していた右の拳を、左の手のひらに打ち鳴らした。


「俺も上を目指したい……だからこそあの人に会った時、シロツメ支部に来てくれるよう頼んだんだったな。うん──それにやっぱり俺は、その〝最初の感覚〟を信じたいんだ」


 美楚羅よりも強く、タイキは己の胸の前で右の拳を左手へとぶつけた。そんな決意を固めた彼の凛々しい横顔を覗いて、美楚羅は何故か思い出したように笑った。


「最初の感覚……? ──ははっ。なら、そうすることをおすすめしますよ」


「え?」


「自分も今まさに、そうしているところです! さぁ、休息は十分ッ、次のクエストに行きましょうか!」


「あぁっ! ミソラ!」


 美楚羅もまたアキトやタイキ、シロツメ支部の者たちに感じた〝最初の感覚〟を信じてここまでついて来ていた。自分の直感を信じ貫く事もまた、悪くはないと。


 美楚羅の元気よく突き出した拳に、すぐさま拳を合わせて答えたタイキ。問答の末に意志を確認し士気を高め合った二人は、人面樹レインから次なる依頼の葉をしっかりと請け負い、ワンダーメイズの洞窟へ向かおうと力強く足を踏み出した。


 だが、肩を並べて進み始めた二人のその行手を阻むように、一人の男が立ちはだかった。


「待て。お前ら、──そのクエストは後回しだ」


 横薙ぎに鋭く振るわれた銀のお玉が、通ろうとした道を塞ぎ二人の足を止めた。今、水を差す台詞を吐いたのは黒服のコック、ペコロ・ココットだった。


 左手には銀のお玉、右手には湯気立つスープの器。「行く前に料理を食べていけ」──てっきりそうとでも言いたいのかと思ったが、今目の前に立つそのコックの表情が、いつになく険しくなっている事に足を止めた二人は気づいた。


 並ぶタイキと美楚羅、二人が問いかけようとする前に、洞窟に背を向けていたペコロはそのまま振り返らずに指を差した。


 沈黙するペコロのじっと見つめる視線の先──。風に靡いた緑の旗が、ユラユラと踊るその布地の端から微かに、妖しげな火を宿し燃え上がり始めた。











 スタート地点とクエスト先の目的地を不思議にもつなぐ、薄暗く怪しいワンダーメイズの洞窟を抜けた。暗がりを抜けた先に広がる木漏れ日射す洞窟の出口付近、皆とは少し遅れてやって来た黒髪の男を迎え入れ、合流した四人の冒険者はさっそく鬱蒼とした森の道を進んでいく。

 人面樹レインから請け負った一枚の依頼の葉を片手に、その葉脈に流れる淡い魔力の導く矢印を頼りにし、彼らは臆することなくまた未知の森の中を彷徨っていた。


 タイキたち第二班とは別働でクエストをこなすことになったのはミタライ、アキト、アトラ、そしてコットン・シルバーの四人からなるシロツメ支部の第一班である。第二班と比べて団員たちの平均年齢が若干お高いパーティーとなっていた。


 そんな少し歪なようにも見えた組み合わせに、銀髪の男は何かつけ入る隙を見出したのか。

 最後尾を歩いていたコットン・シルバーは思い切って、船の時よりも口数が少ない気がした黒髪の男の背に向かい異議を唱えた。


「おい三枚目ぇ。お前たちの配役基準は一体全体どうなってやがる? これにはさすがの温厚なお兄様も一言、言わせてもらう余地がアールぅう!」


「何がだい?」


 四人に流れていた静寂を破り、舞台上で演技でもするように声を張るコットン。しかしアキトはというと、そのまま探索を続け歩きながら、振り返らずに淡々と問い返した。


「何がもなにも全体のバランスと指揮を考えりゃ、お前にミントの姉御にワタァシ、頭脳派のお友達をこっちに多く残してどうするってんだ? だらしない放火魔のコックと勢いだけの青髪の二枚目が中心じゃ、あの班まともにうごかねぇぞ? あの黒ロン毛の男女(おとこおんな)もそうだ! 皿のように硬ァい笑顔でワタァシのことをサンドバッグを見るような目でいやがる、あれだと知能の方はお察しだろう。おまけに一番やさァしく賢いであろう人物、鉄車のジョーさんも、こないだ空をかっ飛んで船に着地を決めこむくらいの肝のすわったおてんばだ。大人しく花畑を眺めるようなタマじゃねぇ。だが俺に言わせりゃまだまだ深窓のお嬢様、大事な衣装がほつれちゃほっとけねぇ。ほらっ、そうなると……お兄様の高尚な裁縫スキルが何かとすごぉーく入用だろう? ほらなんだか、すごぉーーくそう思えてきたろう?」


 一言にしてはその男の話は長すぎる。

 だが、今コットンが長々と唾を飛ばしながら語った熱意と知見に溢れる声が、前をゆくその道化師の背中にぶつかり届いたのか。


「へぇー、入学式初日にしては、よくみんなの特徴を捉えているね。なるほどね……。しかし気のせいかい、今聞こえた話だと自分も頭脳派の内に入っているのかな? 照れるね」


 アキトは耳をほじらずにコットンの話を聞いていたようだ。軽く拍手をした後、後ろを振り向きながら照れた仕草で髪を掻いた。


 そんなもので照れているはずがない。

 道化師の臭い芝居は咎めずに、唾をごくりと飲み込んだコットンは皿のように硬い笑顔を作り対応する。


「そ、そうだ! だからともっ、このコットンお兄様が目の前の忙しいお友達の代わりにしばらくあっち側に移ってやろうか? っていうスーパー合理的な提案なのさコ・レ・は!」


 嘆願するように胸元で擦り合わせていた手を、今大きく広げ堂々と胸を張る。


(──とまぁ。頭ン中をさっぱり読めねぇ気味悪ィ貴様と一緒にいるよか、あっちの脳筋のお友達どもと戯れている方が遥かにマシだろうネッ! ワハハハ、ワタたたたっ)


 しかし突き刺さる冷徹な黒い瞳に、楽しげな笑みとは裏腹にある〝腹積り〟は見抜かれたのか。

 自称みんなのお兄様、そんな皮膚から汗水を垂らし主張するコットン・シルバーの魅力的な提案に、アキトは目を細める。そして穴が開くほどに部外者かつ密航者である怪しげな銀髪のその面を、冷たい眼差しで睨み続けた。






「うーんそうだね? 確かにそう言われると少しアチラが心配になってきたところだよ。うーんだがね……だからと言っても今から手放すのは少々惜しい。こうしてそばにキミがいてくれると心強いのは確かだ」


「な、なんでぇ気持ち悪い……?」


 後ろを睨んでいた目を離し、アキトはそう言いまた前を向いて歩き出した。


(だから、その酔って書いたような支離滅裂な台本をいっぺんよこしやがれってんだ。──ン? そう言えばコイツ、さっきからいつもの肩笑いの癖をしてやがらねぇな?) 


 コットンは内心で愚痴を吐き、冷や汗を軽く拭いつつも、やはりこの三枚目の道化師の考える突飛な台本は読めない。班の編成に合理性はなく言動も意味が分からない、コットンがせっかく気を利かせて行った提案も結局うやむやにされてしまった。

 いつもの肩笑いの癖を忘れたのか怪しげな背が緑のマントを揺らしながら前を行く。コットンは、そんなひらめく衣装の背を睨みながら、何か裏があるのではと難しく考えたが、この黒髪の男がこの大舞台で何をしたいのかさっぱりその目的とゴールが分からなかった。


「本心さ。既に確定した未来に、持ち込める武器(おもちゃ)は多い方がいいだろう? さぁ選んで」


「確定した未来ぃ? このワタァシがおもちゃだと? ちっ! んだこれ?」


 また妙に神妙なトーンで男は意味深なことを言い出す。

 前を歩くアキトが片手に掲げて差し出してきたのは、扇状に広げられたカードの束。後ろを歩いていたコットンは怪訝な顔を隠さないまま、アキトの肩越しに手を伸ばしてその中から一枚のカードを掴み取った。


「悪魔? いやジェスター? って痛!? おいこら急に止まるんじゃねぇ三枚……! あ?」


 コットンが選んだカードの奇妙な絵柄に目を落とし眺めていると、視界一面に広がった緑の背にぶつかった。何も言わずに勝手に立ち止まった前のアキトへと、大げさにその場に転んだコットンが声を荒げるも──。


 ──静寂。アキトだけではないミタライ、アトラ三人の雰囲気が変わったことに、立ち上がってすぐコットンは気づいた。

 いや、不審で異様なのはそれだけではない。肌をちくりと刺すような気味の悪さが、コットンの身に警鐘を鳴らし続けている。それは彼が、自身の綿のギフトの天敵である青髪の二枚目に感じたものと似ていた。


 そして辺りにうっすらと霧が立ち込め始める。まるで森の様相そのものが変わったように、不鮮明にぼやけていく辺りの視界に四人は警戒を高めた。


 やがて白く濃くなる深い霧の奥から、耳にざらつく不気味な男の声が響いて来た。



『──あなたの主人(おうち)はどこですか』



 口ずさむ男の声。それはアキトでもアトラでもコットンでもない、全く未知の第三者の声。


 霧の帳の向こうから、草地をずけずけと踏み締める音が近づいてくる。そして霧は濃密な白から赤く滲んだ、いや、赤く放電するように光った。一人の大きな赤い影を先頭に無数の影の軍団が、ついに風にそよぐ白いベールを脱ぎ捨てて姿を現した。


 黒い影の軍団を引き連れ現れたのは、霧の中でもくっきりと映る純白のスーツを身に纏った一人の渋い男。黒と灰色の髪色が混沌と入り混じるその姿。


 歪んでいた気に食わない緑のネクタイを無造作に直しながら、行進を止めた男はまた、悠然とその口を開いた。


「じっくり話そうや、まいごのまいごのシロツメ支部。ドラハハハ……」


 ネクタイをきゅっと握り潰すよう締め上げる。直後、乱雑に漏れ放たれた赤い雷の魔力が、立ちこめていた眠たい白霧の景色を鮮烈に光り裂いた。


 霧を赤く晴らし、渋く笑いかける男の名は、ツツミ。強大な権限を持つクラン、ise会八大本部の一角、クロキリ本部を束ねるクランマスター。


 今、最悪のイレギュラーが、クエスト中のシロツメ支部の四人の目の前に、圧倒的な威容を放ち立ちはだかった。

第三章 葬魔七曜血選(終)


ここまでトランプメンをお読みくださりありがとうございます。

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第四章のクライマックスへと物語が続く活力になります。なにとぞどうかよろしくお願いします!

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