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第39話 空腹パニック

 マジックコンロの火加減はオーケー。調節するツマミがないのは困ったが、初めの頃よりも扱いに少し慣れたものだ。


 フライパンを片手に指定の調味料を回しかけて、リリスは料理の完成を熱気のそばで見届けた。


「出来た! って……これってぇ……あの野菜炒め?」


 完成したはいいもののこれが野菜炒めと言われる料理なのか、まだリリスは半信半疑で周りにいた皆に聞いてみた。


「うーんこれは……」


「「「肉じゃが」」」


「にっ、にくじゃが!?」


 こちら世界ガライヤにとっての異世界、地球出身のメンバーが声を揃えて言うのは「肉じゃが」。なんとなく内容の想像ができるような、野菜炒めではない別の料理名だった。


「あのさ……この際もういいんだけど。ほんとにこの調子で大丈夫なの? 今までもらった点数も224の辛口で、本当に? 勝て──」


 リリスはもう内心、完成の兆しの見えない野菜炒めのことは諦めた。されど、料理対決にしては低すぎるこれまでに提供した料理の評価について、彼女なりに心配の言葉を投げかけた。


「あぁ。大丈夫さ、こっちの船はね」


「え?」


 返ってきた言葉は「大丈夫」。

 アキトの今さらりとつぶやいた台詞に、リリスは一言驚き声をあげた。


 しかし彼が見せるのは余裕の表情。これまで幾度かピンチに陥りつつも見せたことのある、そんな微笑だ。


「言ったろ。食べられればなんでもいいのだと」


「……どういう??」


「おや、そろそろかな? 面白いものを見せてあげるよ」


 アキトは肉じゃがの盛り付けられた皿を片手に、リリスに自分の後をついてくるように手招く。


 甲板上にある調理部屋から外へ抜け出すと──。


「ってぇ、なんか沈んでるー!!!」


 アキトの指差した先。平らな戦米丸を飛び越えた先にある、一隻の青い船。


 その青竜の船首が、長首の端のあんぐりと開いた口から激しく水を吐き出していた。


 リリスはその光景に思わず叫んだ。

 先ほどの第四回目の食材選択の時間に、彼女が見かけた時よりも、遠くに映る青いそれは明らかに〝低い〟のだ。


 そう、違和感どころではない、嘘のようにも見える事態は既に進行している。敵側の青竜船が海面に向けてその船体を沈ませつつあるのに、リリスは一目見てすぐに気づいたのだった。


「えっ!? えっ、えぇっ? え……これもしかして! ──わひゃっ!?」


 アキトは、また何かにピンと閃き気づいた様子のリリスに手を伸ばした。


 不意打ちで何故か、無防備なお腹を撫でられてしまったリリス。くすぐったいその変な声を聞き、アキトはまた笑った。


「あはは、そういうこと」


 果たして、水を吐き出す青い竜と、今撫で上げられた少女の腹。道化師により明かされたその仕掛けとは──。








「あのさ……これ、狙っていたんだったら……もしかしてあの謎の〝肉被せ〟って最初からそれに……気づいていたってこと?」


 口から水を盛大に吐き出す青竜船のそんな異様な様を、しばらく眺めたリリスは引きつった複雑な表情を浮かべ、隣の道化師のことを仰ぎ見た。


 思えばこの神技の最初からおかしなことばかりをしていたアキトに対して、リリスは今やっとか細いながらも納得のいく筋を見つけたような気がしたのだ。


「まずゲストに好き嫌いがあること。野菜好きの偏食家をこちらの船にわざわざ寄越したこと。そしてゲストがあの待機部屋の席に着いてからは一歩も外に出ようとはしなかったこと。ゲームに支障が出ないような良い契約があるんだろうね。また、ゲストがしきりに腕時計を確認していたこと。このゲームにタイムリミットがあることは明白だね。それと、女船長が被せにいったら案の定クールなポーカーフェイスで驚いてみせたこと。彼女がしきりに双方の船の状態を確認しつつゲームの進行を見計らっていたことも分かったよ。今はお焦げのついたあの平たいデッキをせっせと清掃中だね。たぶん今日はもうさっきのジブンの番でお開きだろうさ。そして、疑念が確信に変わったのは勝者にのみ配られるチェンジカードの存在。普通負けた側に配るだろう? それをしなかったということは、これはもう全力でお相手の邪魔をしろと言っているようなものだ、ふふふ。さらに、どちらの船にも一本のマジックポールを搭載していたこと。からくりを施すならここだよね、彼らの腹の虫がその制御にリンクしていたことは、冷たい柱に耳をすませばすぐに窺い知れたよ」


「ちょ、ちょちょちょ……とりあえずッ……長い! 長いって! その……もちろんッ! 私もだいたいは分かっちゃったんだけど……!」


 男の口からすらすらと発せられていくあまりの情報の濁流に、リリスは一旦手のひらでストップをかけた。


 今長々と吐いた事をもちろん理解できたという彼女の謎の強がりに、揶揄っていた張本人であるアキトは思わずまた笑う。


「あはは、まぁ最初からこの結末に至るまで、色々と裏で考えられる要素は散りばめてあったって話さ」


 難しい事は何も言っていない。どこか抜け目のない彼はただ人より少し早く、その仕掛けに気づいただけなのだ。


「野菜好きならば、向こうは肉好き。運営がフェアにゲームを成立させる気でいるならばそうします。拝見した食材リストの傾向からもその事は窺えましたね。──あと、そもそもこのゲームの名称を一度思い出してください。ハンガーは飢え。アンカーは(いかり)を指す言葉。つまり、ゲストが空腹になることはリスク。次第に船首にある竜が唸りをあげ怒り、船体ごと海底へと向かい出すように仕組まれていた──ということでしょう」


「あはは、概ね、〝ということ〟だろうね」


 ミタライ支部長の補足にアキトは指を軽快に弾き頷く。どうやら二人だけはそのプランを共有し、最初から綿密に相談し合っていたようだ。


「そうだそれがクラン対抗の料理対決、竜曜の神技【ハンガー・アンカー】だ。十字架はないが、錨はあるぞ?」


 すると、シロツメ支部の一行ががやがやと騒いでいたところに、戦米丸から赤竜船の甲板上に現れたカタリナ船長。


 その女船長はよくぞ見破ったとばかりの不敵な笑みを浮かべ、愛船の戦米丸に搭載されていた大きな錨に向かい刀を抜いた。


 それは見ようによっては、とてもしっかりした大きな海の十字架にも見える。


「それは気が利いてるね」


 道化師は十字架に祈らない。変わりに微笑しながら、口から海水を吐き沈みゆく青竜船のもがき様を、彼は眺めた──。






「橋だ、橋を渡れ!」


「げぇ、途中が落とされてやがる!?」


「って崩れるぞ! ひけひけ! 邪魔だでかいの! 落ちる落ちる!! ケツ振ってねぇで走れ!」


 戦米丸と青竜船を繋いだ木の橋が突然に崩れ落ちていく。


 三人の黒服のコックたちは渡っていた橋の途中から、海面へと落っこちる前に急いで引き返した。


「次はコイツをぶち込むぞ」


 カタリナ船長は、甲板上のご自慢の大砲を片足で足蹴にした。そしてその砲口を今、青竜船に慌てて引き返した三人の滑稽なコックたちに向けている。


 船長の彼女に無許可で戦米丸のデッキに忍び込むなど言語道断。太陽光を反射し煌めく砲口に、三人の男たちは汗を流し息を飲んだ。


「……チッ、見ろあっちは全然沈んでねぇ!」


 玉ねぎ丁ペコロ・ココットが赤竜船に指を差す。その姿はこちらの青いボロ船に比べてまるで万全、航行に支障はなしに見える。


「ぬぅ……ということは!」


 激丁ペネロ・ペッパーは汗を拭わない。もはやこの青い船が沈みゆく要因を悟った。


「沈むのは俺たちだぜぇ!? だめだだめだ肉だ肉ぅ! 肉持ってこいぃ!! この肉丁コンガ・リー・ダン様に! 最上級の肉を使わせろ!」


 肉丁コンガ・リー・ダンは叫ぶ。肉が1gもなければ話にならない、なんとしても自分の元に持って来るように、他の料理人たちに野太いその声を響かせ指示をする。


「チッ!? 安くてもなんでもいい、あのわがままおデブに食わせるぞ!」


 この際、肉の質など問わない。事態を重く見たペコロ・ココットは急いで厨房に戻るように皆を促す。


 しかし今ペコロの急いだ先に、大きな腹がぶつかり止まった。


「だれがデブだと! 半人前! 玉ねぎ一つしか持って帰れない役立たずの馬鹿が、俺様に指図するんじゃねぇ! この船ではお前が下で俺様が上だ! 覚えておけっ!」


 何故か怒り出した肉丁コンガ。どうやら待機部屋で待つゲストを揶揄し言った一言を勘違いしたようだ。それにその飴色髪の無名のコックに命令されるのが、とても気に障ったらしい。


「てめぇじゃねぇよ! 半人前! 玉ねぎのねぇ料理なんて、このセンスのねぇおデブが! やってられるか! それに俺が上で、お前が地の底のツチブタだ馬鹿野郎!」


 ペコロは即座にその口喧嘩を買った。勘違いした図体だけの料理人に見下されるのを、良しとしなかった。口汚く罵り返した。


「んだと!? 玉ねぎの皮みたいなぺらぺらな使えねぇ頭しやがって!」


「あぁ!? やんのかツチブタ!?」


「ここで無駄な諍いをしている場合カーーッ!! ある食材でカカッと急いで仕上げるぞ!!」


 ペネロ・ペッパーは声を張り上げた。同時に口から火を吹き出し、至近で睨み合っていた二人の男を引き離した。


 激しく割り込んだ火に喧嘩を中断されてしまったコンガとペコロは、もう一度だけ互いに目を合わせ一瞥し合った。


「「チッ……応!!」」


 仕方なくも意志を固めた三人の料理人は、調理部屋へと向かい走り出した。傾き沈む青竜船のデッキの上に、慌ただしい足音が響いていく──。

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