第28話 再会と再燃
「やっとこうして近くでお会いできましたね」
「あぁっ、ミソラ! おっと、僕のことはタイキって呼んでくれ。まさかまた会えるなんて、ははっ!」
それは幻のマッチアップ。
舞踏円月では、アキトの割り込みにより直接対決とは至らなかった二人。赤い双眸同士が今近くで向かい合い、硬い握手を交わした。
「分かったタイキ。いや失礼、タイキさん! 実はあの後……あなたが師範を一対一の戦いで倒し、勝ったとお聞きました。……すごいっ! 僕が最初に見込んだ以上のお方だったのですね! それはそれは師範が悔しそうにしていましたよ、羅黄師範のあんな姿を見るの初めてだったな……ふふっ。羨ましいです」
「……ラキさんが? ははは、でも試合中はずっと試されていたって感じだったんで……なんというか、アレが完全な勝ちだとは思ってなくて、俺」
「ふふふ。師範はああいう方なので……それでもあの悔しがりようは本物だったと思いますよ! 弟子の僕が言うんで間違いないです! 勝ちは勝ち、今はそれを誇ってください。……と言っても自分は将羅たちから聞いただけで、直接見てはいないんですけどね……ははは……タイキさんの戦いぶり、見たかったナァ」
「勝ちは勝ちか……うん、そうするっ! あぁ、やでも僕も美楚羅とは戦いたかったから、なんというか……お互い様かもな!」
「ははは、──違いないです!」
昨日は敵同士だった二人の男が交わしたその握手の意味合いは、何なのか。とても近くで語り合ったタイキと美楚羅は今、互いの闘志を再燃させるように高め合いつつも、笑う。
だが、そんな平然にもぬるりと移行した男同士の握手のシーンを今断ち切るように、それを黙って見ていたリリス・アルモンドは割り込んだ。
「ちょ、ちょちょちょ!」
「どうした、調子が悪いのかい?」
「大丈夫かリリス? あっ、酔い止め使う?」
「あのっ、失礼ながら見たところ、髪の調子はあまり良くなさそうですが……あっ、よければ僕が使っている櫛と髪用の石鹸で──」
「じゃなくてっ! 酔ってないし、髪の手入れもあとでよくてっ! ……えーっと、せ、整理すると──あんた、ミソラが私たちのクランに今から入団するってことぉ?」
次々に彼女を気遣う男たちの言葉も、どれも的外れ、もしくは後でいい事だ。
こんがらがっていた様子のリリスが、自分の頭を整理してそう述べると──。
「違うね」
「えっと、たぶん……それは少し違いますね」
「違うのか?」
「違っているようです」
「違うの!? ってなんで皆して……野菜炒めみたいに……」
「違う」いや「少し違う」──そんなレスポンスが、また質問者のリリスの方に雪崩のように返ってきた。
「ふふふ、まぁサッカーのレンタル移籍のようなものだよ」
「さっかーのれんたるいせき? って……またそれも分かんないんだけど……」
アキトのガライヤ人には伝わらない例えが、リリスの頭に余計に混乱を生んだ。
すると、ここで美楚羅がおもむろに、自分の黒髪をまさぐるような手つきをした。そして彼の手中にあったのは、普通、髪を掻き出てくるはずのない一つの〝コルクの栓〟だった。
「それが……なに?」
美楚羅が指に摘み皆に見せつける、謎のコルクの栓。変哲のないそれに、リリスは分からず首を傾げる。
「あの注文していたワインのことさ。やっと届いてね」
アキトが淡々とした口調でそう言い足すと、リリスにも何か、今彼が口にしたその注文に覚えがあったのか──。
「え! あのあんたが、支部長のへそくりで注文していたワインで? ……そのコルクってこと?(確か、最後まで何も出てきた様子は無かったけど)」
入り口のカウンターから、そこにいたバーテンダーに、アキトがまるで常連のような素振りで注文していたあの謎のワインのことだろう。──と、リリスは昨日のブラックマーケットでのシーンを思い出す。古めかしい魔術書の購入を淡く期待して彼の動向を覗いていたので、その時の光景は彼女もよく覚えていたのだ。
しかし、彼がクールにも指定したその番号のワインボトルが、店を出るまでに実際に出てきたことはなかったようにリリスは記憶している。
やがて、美楚羅が摘んでいたコルクの側面を見せると──そこには小さく【36】と赤い数字が書かれていた。
「目覚めた僕のところに届いたんです。そして、これを切符代わりに、タイキさんたちの元へ来た次第です!」
「切符!? そのコルクが……?」
「──という、からくりさ」
美楚羅が堂々とそう言い手にしていたコルクを軽くトスする。宙にふわりと流れた注文のそれを、今ようやく受け取ったアキトが、微笑しながらしたり顔を浮かべる。
「どうやらブラックマーケットには、指定の参加者に連絡を取る裏サービスが存在していたようですね」
「ええ!? 裏で連絡が取れたら……待って、それってありなの?」
皆に改めて言い聞かせるためか、ミタライが推察したものを補足するように説く。
だが、リリスはまだ完全にその裏のサービスの全貌を理解できてはいなかった。
「あり」か「なし」か──裏打ちのあるはっきりとした答えを望んでいるようだ。
「そう思って、さっき念の為にルールを再確認したさ。それで、『ルールなぞない』と──あの愛嬌のある顔をした案内人に怒られてしまってね」
「ま、まじ……」
つまりは、「あり」。現剣流道場の美楚羅が己の意志で、一時的にでも途中からでも、シロツメ支部に協力するのは、葬魔七曜血選のルール上何も問題のない行為なのだと言う。
「もちろん承諾してくれるかまでは、分からないものさ。なんせ昨日の夜、初めて遊んだばかりの友達だからね? フフフ」
「大丈夫です、安心してください! 師範に許可は取って来ました! むしろ、『奴らに学んでこい未熟者』と、追っ払われたくらいです。ははは」
快諾もいいところであった。
結果的に捻出したへそくりの半月で、あの存在しない番号のワインを選んだアキトの発注と読みは正しく機能した。
初めからその道化師により、こうなる筋書きが描かれ、仕組まれていたのを疑うくらいの快諾であった。
「戦力的に考えれば、正直こちらもかなり助かると言ったところですね」
「あぁ、アキトさんとあれだけ渡り合ったミソラがいれば!」
「……ぅす」
ミタライ支部長も、タイキも、力添えに来てくれた美楚羅の参入を好意的に捉える。戦力的にも人格的にも、昨日のアキトとの一対一での戦闘から申し分ないことが窺えた。
寡黙なアトラもそんな新参者のことを、じっと睨みながら軽く会釈をした。
「では、自己紹介と簡易な歓迎の儀はもうこの辺でいいかな。そうそう、今はそんなことより。──さぁ、野菜炒めだ」
「優先すべきは野菜炒めですね」
「はいっ! 野菜炒め!」
「よしっ! 野菜炒めだ!」
「肉……」
「ちょ、ちょっと……えぇ!?」
同室に集っていた五人が、示し合わせたようなその「野菜炒め」の合図を、口々にしながら散っていく。
話題を切り替え、急速に別の目的へと動き出し去って行ったシロツメ支部の皆に、一人部屋に取り残されたリリスは右往左往する。
「トマトは入れるな」
「って知らないしっ……!」
痩せ男の細かい拘りなど知らないが、念の為に記憶しておく。
無駄口を叩き、右往左往している場合ではない。出遅れたリリスもこのとんちきなお題を達成すべく、皆の熱につられ動き出した。




