第2話 ぬるいコーヒーはもう要らない
「なんでハズレが二枚もあんのよ!? いっ、インチキじゃないの、これ!」
リリスがそのふざけたジョーカーのトランプをアキトに突きつける。これは明らかに事前の説明と食い違っている。抗議の余地がある。
だが、アキトは開き直ったのか、あっさりとインチキをしたことを認めたような発言をする。
「あぁ、それ? その通り、実はタネも仕掛けもあるよ。魔力に反応するちょっとしたお・ま・じ・な・い。──おまじないっ。ふふ、今の君たちが似たもの同士の境遇だってこぉーと」
「はぁ? おまじないって、意味が分かんないんだけど……(なんで二回言ったの……?)」
「境遇……」
それを受けてタイキが真剣な顔で顎に手を当て考え込むが、そんな天然な仕草をする彼を、隣のリリスが小突いた。
「ってタイキ、こんなの真面目に考えなくていいから! デタラメよ、でたらめっ」
「二回言ってるよ」
「んな!? だっ、だからなにっ!」
「アハは。まぁ、何か面白いことや困ったことがあったら連絡をよこしてくれよ。……そこにね」
リリスと戯れながら笑うアキトが指差したのは、先ほどまで二人が持っていたジョーカーのカード。炙り出されるように文字が浮かび上がっていく、それは彼の名刺代わりでもあるようだ。
「じゃあ、また後日。今日はもうジブンは帰るから、君たちも手を繋いで仲良く帰るんだよ。それとも、ジブンのお守りが必要かな? ……なぁーんてね、アハはは!」
「ちょっ!?」
「ありがとうございましたっアキトさんっ!」
「礼には及ばない。ジブンはこの世界を楽しむ同志の味方だからねっ、アハはは!」
対照的な反応を見せる二人にその軽薄な笑い声を残し、アキトは夕闇に染まる森の奥へと一足早く消えていった。
だが。その直後、彼は浮かべていた微笑みの仮面を一瞬崩した。その刹那、手元から一枚のカードを突然空に向かい放った。
狙いは遥か遠くの樹上。オレンジの木の葉に紛れ、氷の矢を番えていた狙撃手の女。その柔らかな左の耳たぶを一枚のカードがかすめた。やがて、背後の幹にまで突き刺さる。
何が起こったか分からず思わず振り返る狙撃手。突き刺さった血のついたカードは、瞬時に鮮やかな青い花へと変貌し、異物が巨木の幹に寄生した。
それは死に花──。森の暴君ウッドコングにも与えた美しい花だ。
『やはり直感は、時として信じて動いてみるものだね。素晴らしい日に立ち会うことができた。ねぇ──すけべさん?』
「──!?」
不吉に騒ぐ木の葉の間からもう一度地を見ても、黒帽子のヤツはそこにはいない。
今、銀髪の女スナイパーの近くに聞こえたその耳の内側まで粘つくような声、そして剥き出しの何か恐ろしい魔力が、彼女の身をまるで金縛りにするように支配した。
動けない──動いたら殺される、暗躍しターゲットを屠ってきた熟練のスナイパーは、そう、未知の恐怖の支配下で直感する。
番えたままで固まっていた氷の矢は、彼女の指先から冷や汗のように流れ、みるみると溶け落ちた。
『その青い花は君の飼い主にでも渡しておいてくれ。きっと、とても似合う──フフ』
そう伝言を囁くと、騒ぐ周囲の木の葉の揺れが治まった。
尋常でない汗をかいた銀髪の女は、己の身ごと支配していた得体の知れないその殺気と魔力が失せると共に──糸が切れたように樹上で項垂れ、忍べない荒い呼吸音を鳴らした。
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▽
彩光都市シロツメ、ギルド【エメラルドクロウ】。都市の中央に佇むその鮮やかな緑の建物が、沈む日のオレンジに染まっていく。
「……なんだ? 急に腹が底冷えしたような……」
ギルド内、受付カウンターの奥で暇をしていた職員のアジバが突然謎の身震いをした。
「まぁいいか……。あーあ、なんかシロイさんの淹れたコーヒー飲みたくなってきたなぁ。自分でやると、なぁーんか違うんだよなぁ? 変な魔力使ってたりすんのかぁ? ははは」
腹を少しさすりながらも、アジバが独り言をこぼしていると、ギルドの入り口であるミラードアが開いた。
「おぅ、ルーキー! 帰ってきたかぁ?」
入室して来たのは、青髪と赤髪の新米冒険者二人組。アジバは担当し送り出したその二人の若者に、受付カウンターから身を乗り出し大きく手を振り呼んでいる。
「はい、アジバさん!」
「って、こりゃすげぇ……でけぇ〝ミラー〟だなァ!?」
アジバが驚き目を剥いたのは、冒険者タイキたちが持ち帰って来た大きなミラーの欠片。この世界ガライヤの魔物を倒した際に入手できる、煌めく討伐の証であった。
「そりゃあ、デーーーーっカいウッドコングでしたからね!」
呑気な応対をするアジバ職員に、リリスが声を張って言い返す。
「え? どれくらい?」
「えっとぉ……これくらい!」
タイキが身振り手振りでその大きさを伝える。それはもう青髪の彼の背丈の二倍、三倍はあるようだ。
「おまけに、茹で蛸みたいに真っ赤になっちゃってて!」
おまけに赤髪の彼女のような色合いだったのだと言う。
冒険者の二人から話を伺っていたアジバの顔から段々と血の気が引いていく。
「これくらーーっいのサイズで、茹で蛸みたいに真っ赤……だと?」
討伐の証であるミラーの大きさ模様。そして大きな赤毛のウッドコングの目撃情報。心当たりがあったアジバは、職員専用の情報端末【ミラーパッド】を焦り操作し、並べられた情報を照合していく────。
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▽
一転して、アジバはカウンターの机に両手をつき、深く頭を下げた。
「顔を上げてくださいよ、アジバさん」
「うぅ……ルーキー。なんて優しいルーキーなんだ、君は……」
「ちょっと、そのルーキーって呼び方やめてくれない?」
その呼び方も怠慢ではないか。そう思ったリリスが呆れたようにツッコミを入れると、アジバ職員は力なく笑いながら、誠意でデコまでつけていたその顔を上げた。
「あぁ……はは。いやはや、初歩的なところで失礼をしていてすまなかった。……タイキ・フジルーキーそして、リリス・アルモンド女子」
「名前、知ってるんじゃないの! ……って、また最後にルーキーって付けてるし」
「はは。すまんすまん。……実を言うとね、帰ってこないと何かと悲しいから、顔は覚えても普段は冒険者の名前をなるべく覚えないようにしているんだ。だが……君たちには、なにかオーラみたいなものがあったからさ。……つい、覚えちゃったんだよね、ははは」
軽薄なルーキー呼びに込められた意外な重みに、リリスは一瞬毒気を抜かれた。だが、負けじとまだ続け言い返す。
「笑えないんですけど、それ! おまけに女子扱いっ?」
「まぁまぁリリス。アジバさんも悪気はないんだし、僕にはただ、紳士的に接してくれてるように見えるよ」
「紳士なら最初から教えてくれればいいのよ! あんなデっっカいのが出るなんて!」
ごもっともなリリスの怒鳴り声を粛々と受け入れつつも、アジバは真剣な表情でまた身を乗り出し問うた。
「……そうそう。さっきからお聞きしたいのは、その〝デっっカいの〟の話なんだが。……一体、そのウッドコングどうやって倒したんだ? トリプルのタイキ・フジ、ダブルのリリス・アルモンド……?」
「そっ、それはぁ……」
「あっ、それならアキ──むぐぷっ!」
リリスが電光石火の速さで、タイキの口を両手で塞いだ。また余計なことを喋るだろうと、隣の彼女は一瞬で、タイキの単純で天然なその思考を先読みした。
あの恐ろしい賞金首トランプメンと遭遇し共闘したなど、目の前のギルド職員に知られていいはずがない。知られてもまるで創作話扱いされ、話がややこしくなるだけであった。
(あんたはちょっと黙ってなさい……!)
(わかったわかったリリスっ)
(これはこれは、上でじっくり話を伺うコースかァ……?)
リリス女子の必死な視線と、小刻みに頷くタイキルーキー。仲の良い二人のことを不審そうに眉をひそめるアジバ職員。
東の森ウッドフットのウッドコング討伐依頼。今回の件は、ただクエスト完了の判を押すだけで、済ませる訳にはいかないようだ。
ギルドの2階【特別応接室】。革張りのソファーに腰掛けたタイキとリリスの前には、担当ギルド職員アジバによって提示されたミラーパッドから、最新データが浮かび上がっていた。
「……脅威度BBB級相当? ということは、それって」
「とっても危険ってことじゃない!」
リリスが声を荒らげる。タイキはミラーパッドに映る極秘資料にただただ目を通す。
「いやぁー……まさにそういうことだ!」
「なに自信げに言ってんのよ!」
アジバの能天気な肯定に、リリスはすぐさまツッコミと叱責を重ねる。
「あのぉ……なんでそんなのが、依頼の森にいたんですか?」
「それが俺も分かりたいんだがな、何か要因を思い出してくれるとこちらも助かると言ったところだ、タイキ・フジルーキー」
「あんたの仕事でしょっ! 調査不足もいいところっ! あ・ん・た・がルーキー!」
「ごもっともです、リリス・アルモンド女子」
アジバは肩をすくめて、そう返した。リリスは深くため息をつき、天を仰いだ。
「はぁ? ふざけてるの?」
「はは。どうも俺は公務や堅苦しいのが苦手でね。アジバギルド職員はこれでも悪気はないと言ったところだ、リリス・アル」
「はいはいもういいからっ! いちいちフルネームなのもなんなのよっ、全くふざけてる……」
リリスが溜息混じりに呆れ、アジバ職員が二人から聞き出したクエストの調査資料をまとめながら笑う。その時だった──。
「その通りだ。度の過ぎたおふざけはいけないよ、アジバくん」
突然、ドアの開閉音と共に、落ち着いた男の声が部屋の中に響いた。
「おっとぉ……誰かと思えばシロイさん? 今日はもうお帰りでなかったんですかい?」
小麦色のスーツを着た同ギルド職員、同僚のシロイのご登場に、アジバはとぼけた様子でそう問うた。
「君が客人にコーヒーの一つも出さないからね。飛んで来た次第だ」
シロイが木のおぼんを手に、足音もなく入室してきた。そこには三つのカップが載っている。
「おぉー、お疲れ様です! あ、ちょうど喉が渇いてっ、ありゃっ?」
「何をしている? これは私のだ」
アジバがおぼんの上のカップへと伸ばした手を、シロイは鮮やかに、踵で絨毯にターンを決めながらすり抜けて回避した。
「あは、あははは……!」
空を切ったアジバの手が虚しく、ぐーぱーしながら彷徨う。期待していたコーヒーは、彼の分はオーダーされてなかったようだ。
空笑いするその同僚の声と仕草を一瞥し微笑う。そしてシロイは平然と、客人の冒険者二人の前に歩み寄り、湯気立つその白いカップをことりと置き、それぞれに差し出した。
おぼんを腰元前に置き一礼するシロイの姿に、タイキとリリスもソファーにかけながら会釈を返した。
「あれ、甘い?」
「ほんとね……! これ、コーヒーなの?」
一口含んだ二人が、想像とは違ったコーヒーの味わいに顔を見合わせる。
それは、この世界ガライヤのコーヒー通の間でもっとも下等とされるブルーベリーコーヒー。独特の甘みと、鼻に抜けて残る安っぽいベリーの香りが特徴だ。
「ぜひ君たちに、この味を共有したいと思ってね。故郷でよく飲んだ、私の好きな安いコーヒーだ」
シロイは鼻を近づけ、自分のカップから嗅いだその甘い香りに目を細めて頷いた。
「シロイさんっお言葉ですが、客人には出し渋らず、もっと上質なのを淹れるべきじゃあないんでしょうか?」
アジバがさっきの腹癒せか、それともおふざけか皮肉を飛ばすがシロイは動じない。
「それは〝後の楽しみ〟ということだよ。アジバくん」
「……あーっ。なるほど? そういうことっ……?」
シロイの言葉の裏を察したのか、アジバが顎に手を当てながらニヤリと微笑った。
ソファーにかける二人の客人の対面に離れて立ったシロイは、手元のミラーパッドをスライドさせ、記録写真を映し出した。
「ウッドコング。胸にある二つの魔力貯蔵袋から、威嚇と攻撃を兼ねた破壊力のある魔力波【バトルドラミング】を繰り出す厄介な魔物だ。君たちが持ち帰ったあの巨大なミラーの欠片……あのサイズを逆算し考慮すると魔力の貯蔵量は膨大。通常の個体の何倍にもなる」
冒険者の二人は息を呑み、ミラーパッドを用い始まったシロイの解説に傾聴する。
「そして発見例は少ないが、貯蔵量が限界を超え、かつ普段は温厚なこの魔物が〝怒り〟に満ちて狂暴化した時、激しいドラミングと共に全身が赤く染まる。これが……君たちの戦った〝赤毛のウッドコング〟強化種への覚醒だ」
「「強化種への……覚醒……」」
「この時、その強化種の脅威度はAAA級からBBB級、あるいはそれ以上へと一気に跳ね上がる。……と、ここまではアジバくんから聞いた復習になったかな?」
シロイの冷徹な視線がアジバを射抜く。すると冒険者の二人はゆっくりと首を振った。赤毛の脅威度は聞かされていたが、通常種のウッドコングが強化種へと至るそこまで詳細な情報は、アジバ職員から説明されてはいなかったようだ。
シロイが遠くから指をぐっと押し込むように指すと、アジバ職員が連動するように後ろに首を仰け反り、おどけてみせた。
「そこでだ。本題に入ろう。そこのローテーブルに置かれた討伐の証の大きなミラーの欠片だが、このままでは我々ギルドとしても処理に大変困る。……正直に言おう。AAA級の剣士とAA級の魔術師が強化種に覚醒したあのウッドコングを倒したとあっては、あまりに不自然だ。中央ギルドからの面倒な監査が入る可能性すらある」
リリスの背中に冷たい汗が流れる。あの凶悪犯のトランプメンと共闘したと第三者に知られれば、それは大変まずい事態だ。
「そこで提案だ。その価値ある強化種のミラーの使い方は一度ギルドで預かり、保留とする。その代わり……緊急措置として、君たちを今この瞬間からどちらも〝B級冒険者〟へと昇格させることに決めた。我々ギルド職員二名の連名による推薦だ。もちろん、相応の責任は伴うがね」
シロイが淡々と語る。だが語られたその驚きの内容に、沈黙が部屋を支配した。
初心者の枠をいきなり超え、B級すなわち中級者帯へ。万年初心者帯最上位のAAAを超えられない者も数多くいる中で、冒険者としてもう一人前とも言えるB級へと、難しい昇格試験をパスし、それも二人揃って今この場で特例を持って昇格してしまうと言うのだ。
「これで〝ルーキー〟呼びじゃなくなったな? ごほんっ……アジバ職員、異議なーし!」
温めていたとっておきのユーモアを込めて、ノータイムで推薦に賛同したアジバが、軽快に二人にウインクして笑う。
「「ええええーーーーっ!?」」
タイキとリリスの驚愕の叫びが、特別応接室に響き渡った。
ぬるいコーヒーはもう要らない、新しいものを用意しよう。──シロイは自分のカップに余ったブルーベリーコーヒーを飲み干した。そして、揃って立ち上がった若くエネルギッシュな冒険者の男女二人に、柔らかな微笑をそっと浮かべた。
急遽執り行われることとなった、B級認証ミラーツールの授与式。
ローテーブルの上には、オリンピックのメダルのように輝く鏡の欠片が埋め込まれた、威厳ある緑の首飾りが二つ並んでいた。
「ではリリス・アルモンド女子。──ルーキー卒業と言っても、先は長いぞぉ?」
アジバがその内の一つ目の首飾りをさっそく手に取り、立ち上がり歩み寄ったAA級冒険者リリス・アルモンドの首にかける。
「わ、わかってるわよ。……あんがと」
いつもの威勢はどこへやら、リリスは照れくさそうにも引き締まった顔で、首飾りを首にくぐらせ受け取った。
この瞬間をもってして彼女はB級冒険者。アジバはこれでもかと手を叩いて盛り立てる。
「B級昇格おめでとうっ! よっ! よっ! 中級冒険者、大魔術師リリス女子! いよっ!」
「ちょっと、うるさいわよっ! ってあんたがさっそく調子に乗ってどうすんのよっ!」
賛辞の拍手といつもの調子に戻った彼女の声。賑やかなやり取りが続く中、次はいよいよ青髪の冒険者彼の番が巡って来た。
アジバに代わりしれっと、だが当然のような顔でシロイが二つ目の首飾りを手に取った。
「…………」
だが、タイキは地蔵のように立ち止まったまま、その認証ツールをなかなか受け取ろうとしなかった。
「どうしたの、タイキ?」
「ごめん、リリス。……やっぱりこれはまだ、俺には受け取れない」
「ま、まさかあんた……!」
リリスが息を呑む。そして彼という純粋な男が何を言い出すかを必然的に察してしまう。
タイキは真っ直ぐにギルド職員のシロイとアジバのことをそれぞれ見つめ、やがてそのモヤついていた胸の内を吐露した。
「あの……本当はっ! 途中で協力してくれたアキトさんの助けがなければ、俺はあのウッドコングを倒せてません。これは俺のそのっ……実力じゃないんですっ」
「アキト……?」
静寂を切り裂いた突然の告白。拍手のポーズを止め、片眉をぴくりと上げたアジバ職員がその名を聞き、手元のミラーパッドを素早く操作した。
「clan:ネコジタクラブ所属。……現ランク、BB級冒険者アキト。もしかしてそれは、彼のことか?」
「え、BB級!?(なにそのクラン??)」
リリスが驚愕の声を上げるも、プロフィール写真にあったそれはいつぞやの変装したトランプメン、実力としてはその位置でも低いぐらいだ。
彼女は二度口を塞ぐように仰々しい仕草で手を当てる。アキトがギルドの管理するデータベースに、普通に登録されていることにまた驚いてしまった。
アジバが今検索し提示したミラーパッドに映るその男のプロフィールに目を凝らす。タイキはそこに映る三つ編みの黒髪、覚えのある中性的な顔立ちに、力強く頷いた。
「あ、はい! それがアキトさんですっ! その人が助けてくれたから、俺は俺たちは今ここにこうしていられるんです!」
青髪の彼のその偽りのない言葉を聞いた瞬間、シロイは思わず小さく、愉悦を孕んだ笑みを漏らした。
「ふふっ」
するとアジバとシロイ職員同士が静かに視線を交わし、短く頷き合う。その僅かな沈黙には、新米冒険者のタイキには計り知れない大人の計算が含まれていた。
「どうやら規定によると、彼に二つ目のメダルは必要ないようだね。おめでとうタイキ・フジ。B級冒険者の世界へようこそ」
シロイはくいくいと片手をゆっくりと二度扇ぎ、自ら〝こちら側へ〟来るように青髪の彼のことを手招きする。
「っ……!」
隣で真剣な眼差しを向け、首飾りのミラーを握りしめたリリス。そして、渋いウインクをし笑うアジバ職員。
タイキは静かに後押しする二人のことを見渡し、やがて一歩、二歩、前へと自らの足で踏み出した。
そして、シロイの手により、タイキの首にエメラルド色に光り輝く【B級の認証ミラーツール】がかけられた。
「ありがとうございます! 俺、絶対……推薦してくれたお二人の期待を裏切らない、強い冒険者になります! なってみせます!」
少年の純粋なる決意表明。余計な脚色はない。真っ直ぐに突き刺さったその台詞に対し、アジバとシロイは、まるで示し合わせたかのように声を重ねた。
「そう気負わなくていい。我々ギルド、エメラルドクロウは──」
「「君の力を必要としている」」
二人のギルド職員からの熱量と力ある返答に、熱く真剣な眼差しを崩したタイキは、晴れやかな笑顔を浮かべた。
厳かな授与式の雰囲気が終わり、近寄ったリリスは、そんなタイキの頬をからかうように指で突いて笑った。
「アジバくん、何をしている」
「ははは、仲の良いこって……。はい?」
「ケーキだ。ここで一番マシなケーキをさっさと持ってくるんだ」
共に二人の冒険者を傍観していた同僚のシロイの言葉に、アジバは一瞬きょとんとしたものの、すぐに事を悟り了解をした。
「あははは、了解っ! ギルド長、ついでにとびきりのコーヒーもよろしくっ!」
「……私はただのギルド職員だよ。冷めないうちにね、ふふ」
おどけた敬礼をしたアジバが、バタバタと飛ぶように部屋を出ていく。
棚から手に取った銀のドリップポットの細口から、挽いた上等なコーヒー粉へと、湯が流れていく。
用意周到──。ケーキが来るまでの間、シロイは段取り通りにコーヒーを淹れながら、心の中でささやかでありふれた歌を口ずさみ始めた。
(ハッピーバースデー・トゥー・ユー……ハッピーバースデー、ディア……タイキ、イチゴちゃぁーん。……ハッピーバースデー・トゥー…………ゆぅう〜〜っ……ふふふふふふ。──あ、蝋燭を持って来るよう言い忘れていた。もちろんだよね、アジバくぅん?)
その弾む心の歌声は、新しいB級冒険者たちの誕生を祝うものか。それとも──。
深い深いエメラルドのミラーの輝きが、タイキ・フジの胸元で妖しくそして美しく反射していた。
トランプメンをお読みいただきありがとうございます。
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