第1話 光の主人公をもとめて
凶暴な魔物たちが跋扈する不浄の地を持ちながらも、多種多様な種族が棲み、繁栄を続ける世界──ガライヤ。
神の抱える聖なる瓶から、運悪くも溢れた、そんなはぐれ者の魂たちが行き着く場所。
そう、異世界。この地に召喚され流れ着いた旅人たちは皆、ここをそう呼ぶ。
異世界ガライヤは今日も、一人につき一つ芽生える超常の能力〝ギフト〟を得た旅人たちを迎え入れ、そのとこしえの歴史を共に紡いでいる。
ここ、中立国家バークローズ王国にある彩光都市シロツメ。その都市に佇む活気あふれるギルド【エメラルドクロウ】の受付には、今日も魔物討伐の依頼を求める冒険者たちが列をなしていた。
「はい、お気をつけて。行ってらっしゃい」
受付係の男シロイは、このギルド内でも極めて評価が高い。人当たりの良い態度で接し、熟練の目利きで冒険者の実力に見合った依頼を振り分ける彼は、まさに優良なギルド職員の鑑だった。
だが、そんな彼の手がふと止まる。
視線の先にあるのは、掲示板に貼り出された指名手配書の数々。まるで犯罪者のオールスターのような面子が並んでいる。
そして、その錚々たる面子の一番左上の一枚、手に取りづらい所にある〝仮面の者の姿〟をシロイは遠く睨んだ。
その者の名は──
【D級賞金首:トランプメン】
神出鬼没の殺人モンスター。トランプを模した仮面で素顔を隠し、百に及ぶ変幻自在の技で、バークローズ王国の騎士団すら手にかける恐れを知らぬ怪人。近頃は複数犯説が取り上げられたり、心酔者による模倣犯まで現れている始末。今もっともこの世界で関わってはいけない存在──。
(……うーん、また悪評が知らない所で増えてるなぁ。最近は心当たりがない殺しまで全部彼のせいにされている気がするよ? おまけについに、モンスター扱い。これ、どこに相談すればいい? 弁護士やってた異世界人とかどこかにいないかなぁ?)
シロイが内心でため息をついていると、カウンターに一人の少年冒険者が詰め寄ってきた。ボロついた外套に身を包んでいるが、その目は鋭い。とても年相応と思えない飢えた獣のような目をしていた。
「こいつに用がある……! ……クエストを受けさせろ」
そう言い少年が叩きつけたのは、掲示板から直接剥がしてきた話題の怪人トランプメンの手配書であった。
(……見たところ魔力は雀級。どれどれぇ……うーん……光の主人公感──ないなぁ? それに嫌な目つき。世界の楽しみ方、知らないのかな?)
持ち前の目利きで少年の実力をざっと測ったシロイは、営業スマイルを維持したまま、世間話を投げかけて少し様子を窺うことにした。
「トランプメン。世界新聞にも載っちゃうほどに、何かと世間をお騒がせ中の正体不明のミステリアスな実力者。ピンからキリまである悪辣な賞金首とはいえ、デス級と言えば脅威度は最高クラス。しかもご本人は神出鬼没ゆえに、その目撃情報だけでも高値で取引されることもある……この意味は分かるね?」
「関係ない……親父は勇敢なシロツメの戦士だった……こいつに用がある! そのクエストを受けさせろ」
記憶をたどるが、勇敢なシロツメの戦士のことなど彼は聞き覚えはない。
ギルド職員のシロイは、なおも頑なに先ほどと同じことを言い張るその少年の耳元へ、そっと顔を寄せた。
そして、先ほどまでの柔らかな声とは似ても似つかない冷徹な口ぶりで囁く。
『遺書は、金は、伝言は? ママやパパに許可は取ったかい? あ、パパの方はもういないか、ごめん。そういうつもりはなかったんだトム。じゃあ、他に頼れる家族や味方はいるかいナンシー? 何人でヤる? ギフトは戦闘向きか? 魔力量は何級相当だ? B級なら五人、十人? いやそれでもまだ足りないね? 策は? 毒物は? 良い用心棒は雇ったかい? 最後の晩餐は何にしたい? ここに出る飯はレベルが低いからジブンが淹れるコーヒー以外おすすめしないよ。あぁ、三途の川をその素足で渡りたいなら少しなら〝これ〟貸してあげてもいいけど、──そもそも君ここ初めてだろ? 死に急いでどうした?』
「っ!?!?」
動けない。まるで金縛りにあったかのように体が動かない。カウンターを叩いていた右腕はその職員の大きな手に掴まれたまま、びくともしない。
さらに、異変はそれだけではなく。少年の羽織る外套のその懐には、いつの間にか冷たくて鋭い銀のナイフが一本差し込まれていた。代わりに右のポケットに本来あったはずのナイフが消えている。
その男性職員との一瞬の交錯で、自分の持ってきた五千ゼニーで買った安物のナイフが、別の鋭利なものにすり替えられていた。
少年が得体の知れない恐怖に顔を白くした瞬間、シロイは寄せていた顔をパッと離し、両手をおどけたように広げ、いつもの柔和で明るい調子に戻った。
「なーんてね! 冗談冗談。というわけで、初心者の君におすすめのクエストを勝手ながら選んでおいたよ。 私はなるたけ死人ゼロをモットーにしている〝ゴールドギルド職員〟だからね。もちろん寝言の方は受け付けていない。そして例外も認めない。実力をつけてからまた相談しに来てよ、君ならなんとなく……そうだねっ、次はもっといい提案ができるとおもうよ?」
「は、はい……っ」
少年は渡された依頼書を黙って取り、そのままそそくさと逃げるように出口の方へと去っていった。
珍客との対応を終えたシロイは、やれやれと肩をすくめる。
(力のない野犬は復讐すらままならない。それはガライヤも元いた世界もどこも同じ。精々、その牙を研いで生きて強くなることだね。……もっとも、期待はしてないけど。遠くで吠える犬のことを象はわざわざ潰さない……なんてね。──ところでさっきのお気に入りのナイフ、あれ、どうにか返してくれるわけにはいかないかな? ……ってもう遅い? あ、あれ、一点ものなんだけどなぁ……アはは)
さっき気まぐれにもあげた銀のナイフのことが急に惜しくなった。男は困ったように己の黒髪をかきながら、賑わいの薄くなったギルド内のことを見渡した。
ノリで渡してしまったナイフの後悔がもう済んだのか。シロイがおもむろに手元の職員専用の魔導端末・ミラーパッドに目を落とすと、そこに、少し気になる依頼が飛び込んできた。
(ところでのところで。さっき、ナイフ借りの少年の後に出て行った……青髪と赤髪の新鮮な男女二人組、目をつけていたのは果たして本当にジブンだけかい?)
シロイはどこか不自然に思えた他職員の担当依頼の内容を、ミラーパッドを指でスライドしていき再確認する。
【ウッドコング討伐:脅威度AAA級】
場所 東の森ウッドフット
依頼主 トーマス・エンド
受領者 タイキ・フジ(AAA級) リリス・アルモンド(AA級) 《clan:ise会シロツメ支部》
その依頼を受理した二人の若い冒険者の顔写真が拡大して表示される。
熟練の職員としての嫌な匂いと同時に、道化師としての楽しそうな匂いがシロイの心をくすぐった。
「クランise会シロツメ支部の、剣士タイキと魔術師リリス……。ふぅーん……気に食わないね、この目、このクラン」
しかし何故か、端末に映る若者たちのことをしばらく睨んだ後に、ミラーパッドの魔力とモニターの出力を切る。シロイはまるで興味が失せたように、受付の奥へと引っ込んだ。
裏の階段を一段一段ゆっくりと登り私室へと戻った彼は、休憩のコーヒーを淹れることにした。この異世界で一番下等なブルーベリーコーヒーを。
白く湯気が立つ中、紙のフィルターに雫は落ち切り、甘くて苦い香りが部屋に充満した。
熱い液体をゆるりと味わう。次第我慢できずに、天を仰いだ。
飲み干したコーヒーカップをことりと置く。
大嫌いな小麦色のスーツを脱ぎ捨て、そこそこ好きな臙脂色の外套を羽織る。まだ温もりの残る片手が彼の素顔を覆い隠した時──。
甘く安っぽいため息と共に、トランプメンが目を覚ました。
▼
▽
東の森ウッドフットの奥深く、巨人の足の様に太い巨木がひしめく静寂は、今や猛る化物の咆哮に支配されていた。
冒険者の二人の目の前に立ち塞がるのは、森の暴君、脅威度AAA級ウッドコング。
「はぁ、はぁ……っ! これがウッドコング……!」
「だいたいデカすぎんでしょ!? ウッドコングって皆こうなわけっ!?」
「きっと……育ったんだ……!」
「ぅげふっ!? 普通のことしか言えてないじゃない! 何よそれっ!(タイキによっぽど余裕がない証拠!……っていつもこんな感じだったわ!)」
「タイキっ、こいつから逃げられそう!?」
「いや、逃げてなんとかなる気配なんてない……。とっても怒ってる。もう、倒すしかないよリリス」
「まじぃ……一応聞くけど、あんたが倒したいわけじゃぁないわよねっ!?」
「それもないと言ったら嘘だけどっ、今はこの場を切り抜けることが肝心だよリリス!」
「そっ、そうね!(正直なところはいいんだけど)ってそんな場合じゃないわね!」
これまでの戦いを通して、どうやらこの巨大なウッドコングから逃げることは至難。予想以上に強く大きな敵と遭遇してしまった二人は腹を括る。
前衛を務めるのは青髪の剣士、タイキ。そして後衛は赤髪の魔術師、リリス。
剣士タイキの鋭い一撃が、再び待たず襲いかかってきたウッドコングの脇腹を、上手く突進を躱しながら裂いた。
紙一重の回避、タイキがいつにも増した勇敢さでウッドコングを相手している内に、リリスは古杖の上に念じた火球を肥やしていく。
そしてまた勇敢に仕掛けたタイキが、ウッドコングの豚のような大きな鼻先を、得意の雷剣で鼻先を斬ったその瞬間、遠方より放たれた魔術師リリスの火球がその獣の巨体にタイミング良く命中した。
隙に放ち隙を埋める火球と、勇敢さと強心臓から放つ雷剣。強敵を相手にも、いつも以上に発揮したそのコンビネーション。
そのまま押し切れる。一気呵成に攻め立てる二人が勝利を確信した、その時だった。
『ゴガァアアアアアアア!!!』
ウッドコングの猛烈なドラミング。天に聳え立った猛獣が、己の胸を両腕で叩き打ち鳴らす怒りの音。
ただの威嚇ではない。【バトルドラミング】と呼ばれるそれは、胸内に貯蔵した魔力タンクを解放し指向性のある衝撃波へと変える、森の暴君の奥義。
「くっ!? ぐあああっ!」
穏やかな緑の体毛が、怒り猛る赤へと変わる。周りの草まで赤く染め上げた強烈なバトルドラミングが、トドメを刺そうと飛び上がり剣を繰り出したタイキの体を、逆風の嵐のように吹き飛ばした。
あまりの音圧と魔力の圧に、耳までやられてしまった。平衡感覚に異常をきたし、まるで泥濘に沈んだような感覚に支配される、それでもタイキは受身を取り、なんとか立ち上がるが──。
「タイキ、来てるっ危ないっ!!」
「っお!? なんとか!! ……ナッ!? リリスっ危ない!!!」
片耳に聞こえたリリスの一声に気づき、タイキは休むことなく襲ってきた赤毛の猛獣の突き刺さる右の拳を、左に転がりながら避けた。
だが敵の次の攻撃に素早く備えようとしたタイキ視線の先、安堵の表情を浮かべたリリスの方へと──大きな大きな影が迫り差す。
巨木を蹴り大跳躍したコングの影が、安全圏から攻撃を続けていたはずの魔術師の彼女へと向かい覆い被さっていく。
陽光を遮る漆黒のように黒い影が、見上げるリリスの視界一面を制す。赤き眼、赤き毛、全ての怒りを大地へ向けるように、もうそのモンスターは止まらない。
丸太のような両拳を振り上げ、轟音と共に叩きつけた。死の落下。
「リリスーーーーーーッ!!!」
タイキの絶叫が森に響く。森の腹をへこませるほどの衝撃に舞い落ちる木の葉。誰もが最悪の結末を予感した、その瞬間。
──パチ、パチ、パチ、パチ。
場違いな乾いた拍手の音が、轟音と絶叫の過ぎ去った森の舞台に響き渡った。
『素晴らしい。実に勇敢で、救いようのない無謀さだ』
叩きつけられたウッドコングの拳が、叩き潰していたのは、何の罪もないただの草花。それと太い指に突き刺さった一枚の謎のカード。
心臓が止まった様に見上げ竦んでいたはずのリリスの姿は、そこから消えていた。
それとは別の離れた場所に代わりに現れたのは、白地に黒の模様が躍る──冒険者二人の見たことのないツギハギの犬の姿だった。
黒斑の白犬はその口にリリスの服を咥え、いつの間にか叫んでいたタイキの傍まで彼女のことを運び届けた。
「た、たすかっ、な……何、これ……。犬……? いや、紙? ひょっとしてカード……?? え、カード???」
咥えられて放り投げられる。尻尾をふる謎の犬を前に礼すらろくに言えず、与えられた情報を処理できず困惑するリリス。
しかし犬が喋り拍手するわけはない。さっき聞こえた声はいったい。タイキとリリス、二人が怪しげな気配のする方に振り返ると──。
木々の影から、臙脂色の外套を翻し、白い仮面の男がゆっくりと歩み出る。
「君たちの熱い知略と痺れる勇気には、先ずは、拍手を送ろう。──でも、この依頼は君たちの身の丈に合っていない。これは少々アンフェアだ」
トランプメンは、乱雑にスートの模様が描かれた白き仮面の奥で楽しそうに目を細める。
本来なら身の程を知らない若者がモンスターと対峙し、その結末がどうなろうと知ったことではない。
だが、このどこか不自然な依頼の先に待っていた、赤く毛を逆立たせ怒り猛る巨大なウッドコングは、初心者帯最上位のAAA級を優に超えている強さと脅威だ。現地に赴き、実際に観察したトランプメンにはモンスターのことがよく分かる。
剣や火の魔法ではつかないと思われる、モンスターの肩口にある小さな矢傷のことも気になる。
そして〝ise会〟とマントや背に書かれたあの気に食わなくダサいクランの紋章もある。
何より、どこか青臭い匂いのする彼らを見捨てるのは、影を自負しこの世界の楽しみ方を謳歌し探求する道化師トランプメンの美学に反する。
「さぁ、やろうか」
仮面の男が指を鳴らすと、太指に刺さったカードから青い花が生えた。それは死に花、これから摘むことになる命へのささやかな慈悲。
怒る獣が花を美しいと思う知性と余裕など持ち合わせない。虚空を潰してもフラストレーションはまだ発散されない。森の暴君が現れた次なる獲物へと咆哮し、トランプメンは優雅に一礼した。
「速い──!」
仮面の男の身のこなしに、タイキは思わず驚愕した。
巨体に見合わぬ速度で暴れ回るあのウッドコングの圧と攻撃を、男はまるでリハーサル通りのダンスでも踊ってみせるかのように、かろやかに躱し続けている。
「この程度で驚くなよ。メインディッシュには顎がなくなっちゃうだろ、フフ」
トランプメンが不敵に微笑む。巨体のゴリラをいなしつづけ、反撃に移ろうと前に駆けたその瞬間──。
「危ないっっ、それは!!」
体を大きく見せるように立ち上がったウッドコングの独特の所作に、あの技の前兆と危機を察したタイキが叫ぶ。
本日二度目の【バトルドラミング】。先ほどタイキの耳までおかしくした、あの周囲を蹴散らす魔力波だ。
だが、胸を強く打ち続けたドラミングの衝撃が届かない。両腕を挙げたウッドコングの無防備な脇腹に突き刺さっていた二枚のカードが、水面のように揺らいでいた。その薄い紙片が大海の如き包容力で、空気を引き裂き死へ誘う音圧をことごとく吸収し、呑み込んでしまったのだ。
胸内にある魔力タンクは異常をきたし、機能不全。可愛いただの威嚇行動にトランプメンは、耳を澄ませる仕草で目を閉じた。
「こういう機転もたまにはありだよね。……まぁ、ジブンの場合、〝たまに〟じゃないんだけど──ネッ!」
自慢のドラミングが封じられた。挑発され痺れを切らしたウッドコングが、丸太のような太腕を振り下ろす。トランプメンはそれをするりとウナギのように回避すると、指に挟んだ一枚のカードをすれ違いざまに、握手を求めたその獣の腕へ押し付けた。
「ガ、ガァアア!?」
たった一枚のカードから流された強烈な電撃がコングを襲う。あまりの予期せぬ衝撃に、我を忘れた暴君も思わず、突き出した自分の腕を抱えてのけ反った。
「水……今度は雷!? タイキと同じギフト……!?」
「ははは……え、そうなの? はははは! でもジブンのは大道芸。所詮はタネも仕掛けもある、なんてことない手品さ」
トランプメンは笑いながら、今度は十数枚のカードを一気に扇状に広げた。
「アハははは! 芸がない力押しも悪くないよねぇ!!」
乱れ飛ぶ雷属性のカード。痺れるギフトが次々と、ウッドコングの胸に突き刺さる。
突然豹変したトランプメンの猛攻に蜂の巣にされ怯むも、ウッドコングは雄叫びを上げさらに怒り狂った。
横殴りに降るカードの雷雨をものともせず、真っ赤な眼を剥いて突っ込んできた。
「こいつ……やばすぎる……え、タイキ!?」
リリスの目に映るのは、異様な強さを誇る仮面の男。華麗かつ残虐な一面を覗かせる奇妙な怪人を、リリスはどうもただの善人な助っ人であるようには思えなかった。
その狐のような独特の形状と模様の白面。どこかで見覚えがあるような、けれど決して触れてはいけないような、得体の知れない不安が彼女の胸をざわつかせる。
彼女の中に渦巻いた不穏な疑いが、モノクロの記憶をたどり、確信に重ね合わさろうとした時──。
その隣で。タイキが、折れんばかりに剣をぐっと握りしめた。
「はあああああッ!!」
突如、ウッドコングの横腹を狙い、叫ぶタイキが雷光を纏って突進する。
気配を悟ったウッドコングが辛うじて襲う刃を回避するが、その気迫の雷剣には、あれほどの巨体を持つモンスターですら本能からか避けることを選んだ。
「おや? あはは。おーい、君ピンチじゃなかったのかい? 大丈夫? 耳は? 鼓膜は? 絆創膏いるかい?」
不意に混ざって来た猪突猛進の横槍に、トランプメンは思わず立ち止まり、ダメージのまだ癒えてないであろう彼へ問いかけた。
「手柄を横取りする気はありませんから!! 耳は……まだ半分生きてますからぁああ!!」
青い雷剣を構え直すタイキ。また恐れ知らずにも格上の巨体へ挑み向かっていく若者の様に、トランプメンは楽しげに肩を揺らした。
「え? あはは! いや全然いいよ、そのまま仕留めちゃって? 構わずやっちゃいなよ。もちろん、ジブンもこの〝ゲーム〟まだまだ好きにやらせてもらうけどっ!」
このカオスな状況すらトランプメンは歓迎する。大物を仕留める手柄よりも過程、トランプメンはどう転ぶか分からないそっちの方に興味があった。
「ありがとうございます!! うおおおお!!」
礼を叫びながら、再び巨大な獣へ挑みかかる剣士。言葉よりも先にもう体の方は機敏に動いている。うずうずと魔力を放電しながら、タイキ・フジは果敢にウッドコングを相手取った。
「ちょっとタイキ!? あんた、ソイツが誰だか分かってんの!?」
「大丈夫、リリス! 助けられたら助け返すのが礼儀ってもんでしょーっ、日本人はぁああ!!!」
叫ぶタイキに、トランプメンが愉快そうに賛同の指を鳴らす。
「アハはは、正解ッ! しょうが焼きっ!」
「ぬぇええ!? にっ、ニホンジンって馬鹿しかいないの!? はぁ、もう……っ!」
異世界人で謎の民族ニホンジン、タイキのタイキらしい叫びに呆れ驚愕しながらも、リリスは仕方なく杖に魔力を溜める。不安は消えない。この先、不安を払拭するプランもない。けれど、今は戦うしかない。
咆哮する獣。迸る雷剣。火を灯す杖。
「役者は出揃った。ジブンはカードを切るだけさ、フフフフ」
トランプメンの手の中で、新たなカードが不気味な光を放ち始めた。
自分がその大物を仕留めるのは、容易いことかもしれない。だが、それではただの残虐なお掃除だ。
「過程のない勝利は、まるでショートケーキの上のイチゴ。ただそこに置いてあるだぁーけっ。トランプメンは見え透いた結果に飛びつかない。勝負は一期一会、つまりもっと血みどろに……クリームたっぷりが望ましいっ! ふふふふ」
トランプメンは、ただの勝利を求めない信じない。ショートケーキの上の苺も特段好きではない。あれば先に食べちゃうくらい嫌いだ。
新米冒険者の二人、それに対する格上のモンスター、そして気まぐれな道化師。ここまで用意されたせっかくの機会シチュエーション、さらなる面白いものを求めて戦場に目を凝らした。
彼がきょろきょろと見渡した視線の先には、前衛で踏ん張るタイキを援護すべく、今必死に魔力を練り、火球を肥大させていく赤髪の魔術師リリスの姿。
「イチゴちゃん、発見……!」
トランプメンが閃いたように軽やかに指を鳴らす。
「はわっ!? ちょ、ちょっと何してんのよ!?」
集中するリリスの視界を横切った唐突な一手に、彼女は驚き悲鳴を上げる。彼女が古杖の上に作り上げた火球へ、トランプメンの放った一枚のカードが突き刺さったのだ。
「ごめん、食べちゃった♡ジブンやっぱ好きなんだ、ケーキの上の主人公っ」
「はぁ!?」
訳の分からない事を宣っている、訳の分からない事をされた。突如怪人から投じられた謎の干渉に、リリスは最後の魔力で作り上げた自分の火球が爆発でもしないかと一瞬青ざめたが、それは杞憂に終わる。
近くで揺らぐおかしな青い光の波を、彼女が恐る恐る見上げると──古杖の先に浮かぶその魔法の色、そして質までもが劇的に変貌していた。
『バチッ、バチッ!!』弾けるように耳元に鳴り響くのは、焚き火の音ではない。
赤い火の荒々しさが消え、視界を焼き切るような青白い放電が球体を包み込む。
「属性変換……!? わっ、私の【ヒノタマ】がっ、雷属性に変わったっていうの!? うそっ!」
「イチゴ味にラムネ味、一人にひとつ、神の定めたそのギフトが正しいとは限らない──。嘘だと思うなら、パなしてみなよ。……トぶよ?」
火が雷に化ける──そんな高度な魔法なぞ、新米魔術師のリリスは知りはしない。
火球に焚べられたたった一枚の気まぐれ、怪人トランプメンの変幻自在のマジックによって、巨大な雷の塊が確かにそこに、痺れる魔力を放ち続けている。
「っ、言われなくても! いけっ、えーっと……【エレキダマ】!!!」
困惑している場合ではない。雷球の魔法はそこに有る。肌を灼くような痺れる魔力を今もなお放ち続けている。
気遣い上手な強気娘、リリス・アルモンドはもう躊躇わない。
ずっしりと重いその特大の魔法を、負けじと押し出すように、威厳ある魔術師の古杖を力いっぱい振り抜いた。
空を支配する存在感と、とてつもない魔力を内包するスケールで猛進する雷球。
だが、怒った状態の赤毛のウッドコングは、脅威度のとても高い凶悪なモンスターだ。なかなか捻り潰せない剣士タイキを相手取りつつも、横から迫り来たその雷球の接近に気づいた。そして肉を斬られながらも即座に地を蹴り、ダメージを貰い跳躍してでもその場から逃れることを選んだ。
今の魔法が最後のリソース。練り直す時間も魔力ももう残っていない。
大きな雷球を打ち出したはいいものの、上手く制御はできず。リリスが限界寸前の魔力の行使でオーバーヒートする額から、汗を流しつづける。
跳躍するコングに当てる軌道修正はとてもできない、間に合わない。
「大丈夫、楔は打ってある。こうすれば、外さない」
突然背後から音もなく忍び寄った仮面の男が、奮闘するリリスの手を包むように杖を支える。その瞬間、外れたはずののろまな雷球が息を吹き返したように急上昇した。
楔──それは、これまでにトランプメンがウッドコングの全身に打ち込んできた雷属性のカードのこと。
タネも仕掛けもそこにはある。それがトランプメンのカードマジック。雷球は同じ属性を持つそれらの断片に引き寄せられるように、巨木から巨木へと飛び移り逃げ回るコングを執拗に追う。まるで羊を追い詰める猟犬のように。
それでもこの森を知り尽くしているウッドコングに地の利はある。掴んだ枝をしならせ、巨木の幹をぐるりと一周し、しつこく迫る雷球を完全に置き去りにした。
奇妙な雷球との空中の追いかけっこを制した森の暴君。だが、次の瞬間──爽快に風を切った化物の目の前に現れたのは、バチバチと光り輝く青い刃だった。
モンスターが空で鉢合わせたのは、まさかの青髪の剣士タイキ。さっきまで地で対峙していた、しつこいしつこいその人間の気迫に満ちた姿だった。
逃げ続けるもの、追うもの、待ち伏せていた者。計算通りのはずはない。だが、全てが不思議とその一点の答えへと向かい続けていた。
「唸れっ……【爆雷斬】ッ!!!」
猛る雷剣が正面から交錯したウッドコングの厚い胸板を貫く。
闘志と魔力を極限まで燃やしながらも、その剣士は冷静だった。タイキは空中で刺したままの自分の剣を支点に、ウッドコングの胸をスニーカーで思い切り蹴り飛ばし、反動で後ろへと逃れた。
真っ向から不意を打たれたウッドコングと何かを察知し飛び退く青髪の剣士、両者がもつれ合ったそこへ、後方から今追いついた味方からの特大パス。大きな大きな雷球が、無防備なモンスターの背中へと直撃する。
鬱蒼とした森林の空が、煌々と光を放ち青白く染まった。巨木を焦がし震わせる絶命の雷鳴がいつまでも、天を地を、まるで支配するように鳴り響く。
(へぇー君って、そんなに高く翔べるんだ。ふふふ、ふふふふ……)
天を仰ぎ、轟く豪雷にその肌まで震わせる。空を落ちてくるその青髪の剣士のことを、仮面の内側の網膜に焼き付けていく。
トランプメンは笑う。予想外の痺れる過程と最上の結末を味わい、彼は笑わずにはいられなかった。
影を這い探し求めていた〝光の主人公〟の誕生に────。
「ふふふふふ、ふふふ……っ!」
気色が悪い──。自分の背後耳元で長々と笑い続ける変態に、苦笑し固まるリリスはそう思わずにはいられなかった。
されど、いかなる変態であっても彼は恐ろしい仮面の怪人。ここから下手には動けない。
彼女は背後に立つ男のことを嫌悪しつつも、おそるおそる、いつまでも笑い声を奏でるその謎の愉悦の余韻に割って入った。
「ちょ、ちょっと! もう戦いは終わったでしょうに!?」
リリスがそう指摘すると、彼女が両手で握る古杖、そのさらに上から包んでいた怪人の手がやっと離れた。
「ふふふふおっとぉ……! これは失礼。大丈夫、恋じゃないよ。どちらかと言えば発明……いや、素晴らしい発見に立ち会えた喜び、かな?」
「っ……」
トランプメンは戯言を言いながらおどけるも、笑えない。依然油断せず男のことを警戒するリリスは、引き攣る苦い顔をするばかり。
笑う怪人と若い魔術師が戯れていたそこへ──空から木の葉を散らし、茂みの中へと何かがずっこけるように落ちて来た。
「おっと、本日の主人公のご帰還だ、ふふふ」
「タイキっ!! 大丈夫なのっ!」
今落ちたその音の響く方に、すぐさま駆け寄っていく赤髪の少女。
彼女の大声の呼びかけに応え、沈んでいた茂みの方から青髪の彼が、ひょっこりと顔を出しその姿を現した。
立ち止まったままいたトランプメンは、既に彼らに背を向けていた。そして仮面の奥で独りごちる。
(ショートケーキにカボチャは合わない。本日はジブンもここまでとするか。──いやぁー、まさかアシストがあったといえ、中級帯でも最上位BBB級の脅威度はあろう赤毛のウッドコングを、初心者最上位のAAAの剣士が、空中戦で真っ向から突き倒しちゃうな・ん・てっ、びっくりしたなぁ)
この異世界ガライヤの階級制度は、鏡合わせのように逆を向いている。
初心者の出発点であるA級から始まり、昇格に成功するとAA級、AAA級とその数を増やしていく。そこからAAA級を経て、中級者帯の出鼻であるB級の昇級試験を受けられるようになる。同じ級でもダブルよりトリプルの冒険者の方が偉く格が高い。
そして最高位はD級。
依頼のモンスターや賞金首の脅威度もまた、この逆行した歪なアルファベットに従って定義と区分けをされている。
(ははは、さてさて……これからどうしようかなー。まずはブレンドした下剤で担当職員のアジバくんを休職に追い込んで、そこにジブンが入る。いやいやそれとも、冒険者に扮していつものように友人Aとしてお近づきになるのもまた、たのし──)
根回しや準備。トランプメン以外の役での接触。次なる暗躍プランを、色々と湧き出る妄想で膨らませていく仮面の男であったが──。
「あぁっ、このとおり大丈夫だよリリスっ。それよりっ……!」
落下の衝撃から立ち上がったタイキが、木の葉と土煙も払わず真っ直ぐに、立ち去ろうとしていた怪人の背へと駆け寄った。
「あの……お願いします! 俺たちのいるクランise会に入ってください!! シロツメ支部に、そのっ……必要なんです!!」
足音もなく森の中に消えようとしていた臙脂色の外套が、ぴくりとその動きを止めた。
「…………そこに勧誘? ジブンのことを? 冗談がうまいね、君」
足を止めたまま首だけが後ろを向いた。浮かべつづけていたトランプメンの薄笑いが、その仮面の裏から消えた。
白面に覆われていても雰囲気が変わったのが分かる。その冷たい横顔から、後ろで傍観していたリリスには見て取れた。
リリスは慌てて頭を深くさげている呑気なタイキの肩を掴んで、愚かな夢と幻覚から覚ますよう強く揺さぶった。
「ちょっとタイキ、何言ってんのよぉお! ダメに決まってるでしょ! 第一、そんな誘いにこんな怪人が乗るわけッ──」
「うん、いいよっ!」
「ふぇっ!?」
「うおおお! やったあああ!!」
リリスの焦燥と困惑を途中で置き去りにし、身まで振り返った怪人は、あっさりと頭を下げるタイキの提案に承諾した。
(おいおいなんだその近道、一足飛びぃ! 瓢箪から駒、いや、シンデレラにカボチャの馬車!!! いやはや信じられないお馬鹿ぁッッ、アハははは)
仮面の内側で、歓喜が爆ぜる。
この男が、そんな最高の招待状を断るわけがない。
もちろん選び取るのはカボチャの馬車でひとっ飛びの方、脳内で妄想し組み立てていた平凡な暗躍プランは全て水に流して破棄された。
(よかったね、アジバくんっ♪)
「あっ、そうそう。これからはそうだな……ジブンのことは〝アキト〟と呼んでくれ」
少し斜め上を見上げ考え始めたトランプメンが、何を思い立ったのか軽快にその指を弾くと、無数のカードが彼の周囲をモザイク状に埋め尽くした。
しばらく全身を覆っていた目隠しのカードが霧散した後、そこに立っていたのは、臙脂色の外套を着たあの怪人の姿ではなかった。
野球チームのロゴが入った黒い帽子に、長く編み込まれた黒髪の三つ編み。スポーティーだがどこか中性的な見た目をした一人の青年になっていた。
「じゃあ僕のことはタイキって呼んでください、アキト!」
はや着替えで変装し現れたアキトと名乗る人物に、タイキは遅ればせながらも自己紹介を返した。
「へぇ……タイキ。うん、その名ますます気に入ったよ。ま、イチゴちゃんが何度も吠えるから知ってたけどっ、アハはは」
「誰がイチゴ……ってちょっとタイキ! 来なさい、こっち!!」
何事もなくスムースに進んだその呑気な二人のやり取りに、リリスが耐えかねてタイキのマントと腕を引っ張り、今現れたアキトから距離を取る。
「何やってんのよ、タイキあんた! こんなのクランに勝手に引き入れてどうすんの!? 絶対ろくなこと考えてないわよーーっ」
「え? でも強いよ、アキト。あの実力ならクランのみんなもきっと歓迎して──」
「強いのは当たり前でしょ! 今あんたの目の前に堂々と化けてるのは、世界新聞に一面で載るような凶悪犯、あのトランプメンなのよ! 王国の騎士団だって何人も殺されてるって噂なんだから! あぁー……とにかくもうあんた、喋らなくていいからっ!(せっかく勝手に帰ってくれてたってのに何やってんのよほんとにぃ……!)」
リリスは必死の訴えで、アキトという見るからに偽名を名乗る男の凶悪性をタイキへと説いた。
「え……そうなのかい? いやぁ、でもリリス。僕は彼がそんな風にはとても」
「いいからっっ!!」
ここまで説明されてもまだ分かっていないタイキののほほんとした言葉を、リリスは強い語気で遮る。
すると、忍び寄る大きな影が、息を荒げる彼女の背にぴったりと付きながら、その耳元でデジャヴするように語りかけた。
「やだなぁ。しつこい旧友の相手をして、ちょっと返り打ちにしただけなのに。そんな噂を広められちゃあ困るね。……まぁ、半分は当たってるけど?」
「っ!?」
タイキを叱っていたリリスの顔が引きつり固まる。すると、異世界人風の服装をしたアキトに扮した彼は楽しそうに、ポケットから一組のデックを取り出した。
「ま、そうだね。じゃあ、分の良いこんな〝遊び〟で決めるのはどうだい?」
アキトは用意したカードを華麗にシャッフルしながら、そう言った。
「この五十三枚のカードの中に、ジョーカー、いわゆるハズレが一枚ある。君たち二人のどちらかがそれを引かなければ、ジブンはそこのイチゴちゃんの言うことを聞こう。即座にアキトからトランプメンに戻り、金輪際、君たちの前には現れない。この都市からも即刻出ていく、どうだい?」
53分の51。終始難しい顔をするリリスの直感的にも、アキトから提案されたこれは負ける方が難しい遊びだ。
「さあ、日も暮れてきた。時間が惜しい。同時に選びたまえ、ジブンの気が変わらぬうちに」
「分かった! 引くよ、アキト!」
「……はぁ、わかった、それでいいわっ!」
タイキは何故かやたらに熱く答える。
この怪人の気を損ねる方がもっと損だと判断したリリスは乗り気でないものの、そのルールでいいと承諾した。
そして、アキトの元へと歩み寄ったタイキとリリスが、扇状に差し出されたカードの束から同時に一枚、今勢いよく引き抜いた。
「っげ!?」
「ははっ!!」
リリスが顔を歪め、タイキが思わず引き抜いたカードを掲げ揺らす。
「アハはははははは!!!」
二人の手元にあったのは、全く同じ、不気味に笑う悪魔のようなピエロの絵柄。二枚のジョーカーだった。
殺人モンスター、トランプメン。今は高笑いの止まらない冒険者、アキト。
ちなみにその変哲のない名〝アキト〟とは、彼が友人に向けたひと匙の誠実さとジョークでもあった。
本名、四島彰人。
かつて日本と呼ばれた地から世界ガライヤへ召喚された異世界人は、並び立つ青髪と赤髪、一回り若いその後輩たちの隣と後ろを、しばらくの遊び場に決めたようだ。
トランプメンをお読みいただきありがとうございます。
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