表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血統ー蹄の記憶ー  作者: あいまいもこ
初めて怪物の異名を冠された馬

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/32

5_安い種牡馬

北海道・新冠の春は遅い。


競優牧場の事務所の窓からは、まだ色の薄い牧草地が見えていた。

遠くに海があり、風は少し塩の匂いを運んでくる。


机の上には、数枚の血統表が広がっていた。

榊憲治はそれを眺めながら、ため息をついた。そこへ扉が開き、小畑正雄が入ってくる。


「どうだ」


榊が血統表を指で叩いた。


「タカツナミの配合です」


小畑が椅子を引いた。


「三番目か」


「ええ」


タカツナミはすでに二頭の仔を産んでいた。

どちらも一勝だけして終わった、ごく普通の競走馬だった。


つまり――


繁殖牝馬としては、特別に期待される血ではない。


小畑が言った。


「で、何を付ける」


榊が少し困った顔をした。


「それなんですが」


小畑が先に言った。


「金はないぞ」


榊が笑った。


「分かっています」


牧場の経営というものは、夢では回らない。

種付け料という現実がある。


一流の種牡馬になれば、料金も一流だ。


そんな金はない。


榊が紙を一枚差し出した。


「これなんかどうでしょう」


小畑が覗き込む。


「……」


そして眉を上げた。


「チャイナロック?」


榊がうなずく。


「ええ」


小畑が椅子にもたれた。


「ずいぶん安いな」


「安いです」


榊が言う。


「とにかく安い」


小畑が笑った。


「理由がそれか」


榊も笑った。


「ええ」


少し沈黙があった。


小畑が血統表を眺める。


チャイナロック。


イギリスから輸入された種牡馬だが、最初の扱いは決して高いものではなかった。

むしろ逆である。

良血の種牡馬を輸入するとき、「おまけみたいな形でついてきた馬」そんな言われ方をしていた。


榊が言う。


「もともと別の種牡馬を買うときに」


「“これも持っていけ”って付いてきたらしいですね」


小畑が笑った。


「商売だな」


「ええ」


当時の日本競馬は、まだヨーロッパ型の血統が主流だった。


スタミナ型の血。


長い距離をじっくり走る馬。


その代表が――


シンザンのような血統である。


チャイナロックは、どちらかと言えばアメリカ型のスピード血統だった。

当時の日本では、少し異質だったのである。


小畑が言った。


「人気はないな」


「ないですね」


榊が答える。


「種付け料も安い」


「どのくらいだ」


榊が言った。


「近所の牧場でも、気軽に付けられるくらいです」


小畑が笑う。


「それはいい」


そして牧場の外を見る。


遠くの放牧地で、タカツナミが草を食んでいた。


「あの血統だ」


小畑が言った。


「クニビキにヤシママンナ」


榊がうなずく。


「ええ」


小畑が肩をすくめる。


「いまさら夢の配合を考えても仕方ない」


榊が言う。


「現実的にいくしかありません」


小畑が笑った。


「つまり安い馬だな」


「ええ」


榊も笑う。


「安い種牡馬です」


そこへ、東京から電話が入った。受話器の向こうには、例の仲間たちがいた。

高橋の声が聞こえる。


「どうだ、配合は決まったか」


小畑が言った。


「決まりそうだ」


「何を付ける」


小畑が答えた。


「チャイナロック」


電話の向こうで沈黙。


そして――


爆笑が起きた。


「安いからか!」


勝村の声だった。


角田が言う。


「分かりやすいな」


藤波が笑った。


「まあタカツナミなら、それで十分だ」


高橋が言う。


「当たれば儲けものだ」


小畑が受話器を肩に挟んだ。


「競馬はな」


「そういうものだ」


電話の向こうで角田が言った。


「安い馬から大物が出ることもある」


勝村が笑う。


「そうそう」


「宝くじみたいなものだ」


藤波が言った。


「当たる気はしないがな」


小畑が笑った。


「俺もだ」


そして言った。


「まあいい」


「付けてみる」


こうしてタカツナミの三度目の配合は、チャイナロックに決まった。


理由はただ一つ。


**種付け料が安かったからである。**


だが競馬史というものは、ときどきこういう

**何気ない選択から始まる。**


昭和四十年。


タカツナミは三番仔となる牡馬を産む。

作者のやる気のためにもブックマークと面白ければ星5。面白くなければ星1を是非ともお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ