4_チャイナロック
競馬というものは、馬だけで出来ているわけではない。
人間が作る。
そして人間は、いつも時代の中で判断する。
血統というものもまた、その時代の価値観で決まる。
昭和三十年代の日本競馬は、**ヨーロッパの血統**を理想としていた。
当時の競馬人たちが信じていたのは、
「距離を走る馬こそ名馬である」という思想だった。
日本の最高のレースは、長距離だった。
たとえば天皇賞は、三千二百メートル。当時はそれが最高の格式だった。
その思想を象徴する馬がいた。
シンザン。
この馬は日本競馬史の伝説である。
三冠を制し、天皇賞を勝ち、有馬記念を勝った。長距離でも無類の強さを見せた。
その父は
ヒンドスタン。
イギリスから輸入されたこの種牡馬は、日本競馬に巨大な影響を与えた。
スタミナ。
持久力。
長距離適性。
それが名馬の条件と信じられていた。
だから日本の牧場主たちは、こぞってヨーロッパ系の血統を求めた。
イギリス。
フランス。
そのあたりの血統が、もっとも価値があると考えられていたのである。
ある年、日本の競馬関係者がイギリスで種牡馬を探していた。
良血の種牡馬を輸入する計画だった。
契約の席で、イギリスの牧場主が言った。
「もう一頭いる」
日本側は首をかしげた。
「これはどうだ」
その馬の血統表は、悪くはない。
だが、特別に優れているわけでもない。
競走成績も、決して一流とは言えなかった。
日本側は言った。
「いや、結構です」
すると牧場主が笑った。
「いいから持っていけ」
日本側は戸惑った。
「値段は?」
牧場主は肩をすくめた。
「安くしてやる」
さらに言った。
「むしろ**おまけ**みたいなものだ」
つまり、こういう意味だった。
「良い種牡馬を買うなら、この馬も一緒に引き取ってくれ」
日本人たちは顔を見合わせた。
安い。
とにかく安い。
輸送費の方が高いのではないか、というほどだった。
「まあ」
誰かが言った。
「悪くはないだろう」
「数合わせにはなる」
そういう理由で、日本へ連れて来られた。
その馬の名は
**チャイナロック**
当時、この馬に大きな期待を抱いた者は、ほとんどいない。
むしろ評価は低かった。
なぜなら血統が違った。ヨーロッパ型のスタミナ血統ではなく、アメリカ系のスピード型だったからである。
日本の競馬人たちは、まだその価値を理解していなかった。
「短距離型だろう」
「日本では合わない」
そう言われていた。
だが、競馬というものは、
人間の思い通りにはならない。
やがてこの馬は、日本競馬史の中で巨大な存在になる。
チャイナロックは、数えきれないほどの重賞馬を出し、地方競馬にも中央競馬にもその血を広げていくことになる。
だが――
その未来を、この時代の誰も知らなかった。血統というものは、ときどき人間を裏切る。
そしてその裏切りの中から、新しい時代が生まれる。
北海道・新冠の牧草地で走っている一頭の牝馬――
**タカツナミ**
その血統もまた、誰も期待していない血だった。
だが競馬史というものは、しばしば**期待されなかった血から始まる。**
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